2013年2月17日日曜日

Corner Office 角部屋オフィス

先日、同僚のトリナを横に座らせてコスト予測の方法論を教えていたところ、突然彼女の両目が潤み始めました。え?どして?なんか変なこと言ったかな?と戸惑っていたら、涙が頬を静かに伝わり落ちました。少し落ち着くのを待って理由を尋ねたところ、

「こんなに頑張ってるのに誰からも感謝されないばかりか、時間をかけ過ぎだって小言を言われるの。」
彼女がサポートしているプロジェクトは、請求書の様式に関するクライアントからの要求が異常に細かい他、財務上の制約が多いため、コスト管理のためのデータ処理が複雑なのです。私がやっちゃえば一時間で済むことも、データ扱いに不慣れなトリナは四、五時間かけてしまう。元々これは彼女の得意分野じゃないのですが、他に人手がないので仕方なくやらされている、というのが実態。

「毎日のサービス残業に加え、土日まで使ってただ働きしてるのよ。それでも厭味を聞かされるなら、一体私にどうしろって言うのかしら?」
ここのところ、同僚達がほぼ漏れなく疲労困憊状態に陥っています。情け容赦ない人員整理の結果、ひとりひとりの社員が複数の役割を掛け持ちし、極限ギリギリまで働く体勢が定着してしまいました。廊下で立ち止まって無駄話をしたり、誰かと一緒に一時間ランチに出かける、なんて機会もぐっと減りました。

皮肉なことに、会社の株価は破竹の上昇を続けております。上層部はホクホクでしょうが、前線に立つ者たちは燃え尽き症候群の一歩手前。同僚シェリルと会った時も、嫌気のさした笑顔でこう言いました。
「成果品のクオリティは間違いなく落ちてるわ。レビューをする連中だって、かけられる時間が3分くらいしかなかったりするでしょ。技術屋のプライドなんかとっくに吹っ飛んじゃってるわよ。B級品だと分かってる成果品を提出したい人なんて誰もいないけど、締め切りに間に合わせるのが精一杯な状況でしょ。皆もう諦めちゃってるのよね。」

かく言う私も、ちょっとヤバイ状態です。「頼まれたらノーと言わない」ことを信条にしていたのですが、もうとてもそんな余裕は無い。可能な限り依頼を断るようにしています。先日、部屋の前を通りかかった同僚リチャードを呼び止め、調子どう?と尋ねたところ、彼も超多忙だと答えました。みな同じだね、と笑い、
「仕事が無いよりよっぽどいいけど、こんなのがずっと続くかと思うと正直キツいよ。」

とこぼす私。
「会社としては、イヤなら辞めてもらって結構ってところだろうね。景気がこう悪くちゃ転職も容易じゃないのは承知してるだろうし。実際、隣の芝生は青い(Grass is greener on the other side of the fence)ってヤツで、他にもっと良い条件の仕事があるかどうかだって怪しいよ。」

とリチャード。
「ま、結論としては、置かれた状況に感謝して生きよ、ってことだよね。自分がいかに恵まれているかを思い返せば、辛いことも乗り切れる。自分には健康な身体があり、素晴らしい家族がいて、…。」

冗談めかす私を遮り、リチャードがこう言います。
「平均的な社員と較べても、シンスケはすごく幸せなポジションにいると思うよ。」

「え?そうなの?」
「そうだよ。成功してるって言ってもいいんじゃないかな。コーナーオフィスで働いてるし(“You have a corner office.”)」

私は思わず大笑いし、そうだそうだ、僕はシアワセだ、元気付けてくれて有難う、と会話を締めくくりました。

しかしその後、この言葉がだんだん気になり始めます。コーナーオフィス?角部屋?確かに私の部屋は建物の角部分にあります。
“I have a corner office.”
「コーナーオフィスで働いてる。」

これが出世している社員を指す表現であることは知っていました。角部屋には大抵大きな窓があるため、何かお偉いさん的な風格があるようなのです。でも、どう考えても私はそんな大物じゃない。第一、私の部屋は総務の人からあてがわれたものだし、隣の会議室の給湯スペースを押し込まれた結果いびつな台形になっていて、他のどの部屋に較べてもずっと小さく不恰好なのです。特別なステータスを感じたことなど一度もありません。リチャードがどういうつもりであんなことを言ったのか解せなかったので、数分後に彼を訪ねました。
「あのさ、さっきのコーナーオフィスってさ、あれジョークで言ったんだよね?」

すると彼が真面目な表情で、
「なんで?だって本当にコーナーオフィスでしょ。」

と答えました。しばらく待ったのですが、「なんちゃってね」というセリフが出てきません。冗談なのか本気なのか、結局分からないまま彼のオフィスを後にする私でした。

アメリカ人の同僚に、「あいつは出世街道を突き進むエリート社員だ」と思われているかもしれない。このことを考えて、暫く角部屋でニヤつく私でした。

2013年2月9日土曜日

必殺の陪審員逃れ

先日の夕方、同僚シャノンがやってきて私のデスクの脇の椅子にどすんと腰を下ろしました。

「この忙しいのに、金曜からJury Duty が始まるの!」

Jury Duty (ジューリー・デューティ)というのは、アメリカ国民の義務。たとえ仕事で超多忙でも、他人の裁判の陪審員を務めるために出頭しなければいけないのです。私も二年に一回くらいのペースで召喚状を受け取りますが、「アメリカ国民ではない」という理由でお断りしています(というか、私には権利が無い)。生粋のアメリカ人は、余程のことがない限りこの義務から逃れられません。
「罪状が酔っ払い運転か薬物中毒だったら、ほぼ間違いなく辞退出来るんだけど…。」

とシャノン。
「叔父のひとりが酔っ払い運転の前歴があるし、もうひとりの叔父が薬物中毒だから。」

つまり、身内に似た境遇の人がいたら判断にバイアスがかかる可能性があり、「不適格」として篩い落とされるだろう、というのです。
「僕は一度くらいやってみたいけどなあ。」

と私。
「シンスケは楽しんでやれそうよね。私すぐ感情的になっちゃうから、陪審員には向いてないと思うの。責任の重さを考えただけでプレッシャーになるし。」

「僕はさ、裁判映画の見過ぎかもしれないけど、ちょっとした憧れもあるんだよね。」
そこで私は名作映画の題名を挙げます。「12人の怒れる男」「アラバマ物語」などなど。

「冷静沈着に事の真相を考え抜き、皆をまとめて最良の結論へ導くっていうの、最高じゃん。」
「私、密室で初対面の人たちと議論するって状況を考えただけでもうイヤなのよね。」

「でもさ、弁護士の弁舌をナマで聞く機会もなかなか無いでしょ。」
「弁護士なんて、一人残らず嘘つきよ。」

「え?」
シャノンは弁護士事務所で何年も働いたことがあるそうで、そこにいた6人の弁護士が6人とも、とんでもない嘘つきだったというのです。

「誠実な人なんて一人もいないの。屁理屈を重ねて相手を言いくるめることしか考えてないのよ。弁護士なんて、誰も信用出来ないわ。」
何か非常に不愉快な記憶を呼び覚ましてしまったようで、シャノンが顔を歪めました。しかし次の瞬間、ぱっと表情を輝かせて叫びます。

「あ!その手があった!弁護士なんて皆嘘つきで信用出来ないって言いまくればいいのよ。」
にんまりと笑って、シャノンが何度も頷きながらこう締めくくりました。

「これで間違いなく逃れられるわ。」

ふうん、そこまでイヤなの…。こうなると、召喚された本人が嫌がっているのに「国民の義務だから」と陪審を無理強いするのが、本当に正しいことなのかどうか分からなくなります。不承不承務める陪審員に己の運命を握られる被告の立場を想像すると、ちょっとぞっとします。

2013年2月3日日曜日

CRS 健忘症

先日、 “Forgetting Sarah Marshall”(邦題「寝取られ男のラブバカンス」)というコメディ映画のDVDを借りて来ました。原題を直訳すると「サラ・マーシャルを忘れるために」で、彼女に別れを告げられた男が主人公のドタバタもの。話がスタートしてわずか10分ほどで、いきなりこの男がすっぱだかになります。更になんと、イチモツがどどーんと丸出しに!ええっ?流れから考えて、そこまでする必然性あるか?

ここでふと、そもそもなんでこの映画を借りたんだっけ?という疑問が浮かびました。普通はiTunes をブラウズしてレビューを読み、これは良さそうだ、と思ったら図書館のデータベースで検索して予約、という手順を踏むのですが、この作品に関してはそんな記憶が無い。ううむ。なんでだろ?
二日ほどして同僚マリアと会った時、なんとなく直感があり、

「ねえ、Forgetting Sarah Marshall の話って僕としたことない?」
と尋ねました。彼女はちょっと戸惑ってから、急に記憶が蘇ったように、

「あ、したかも。うちの妹一家を訪ねてオーストラリアへ行った時の話じゃない?」
と答えます。

「そうそう!やっぱりマリアだったか!」

随分前に、彼女からこの映画の話を聞かされていたのでした。マリアの滞在中に、みんなでDVDを観ようということになり、妹さんがこの映画を借りて来たのだとか。彼女のご主人が、
「これって子供に見せても大丈夫 (age appropriate) なのか?」

と尋ねると、妹さんが真顔で答えます。
「うん、わたし前に見たもん。すごく面白かったわよ。」

14歳の娘と12歳の息子も一緒に鑑賞し始めてわずか10分。どど~んと丸出しシーンが登場します。
「一体どういうつもりだ!」

動転してテレビのスイッチを切るご主人。マリアが妹さんを見ると、ぽかんとした顔で暫く黙った後、
“I forgot that part.”
「この場面忘れてた。」

と呟いたのだそうです。

“How could you forget it?”
「どうしたら忘れられるっていうのよ?」
と驚くマリア。
 

そうそう、彼女からこのエピソードを聞かされた後、すぐに図書館のホームページで予約したんだった!ようやく記憶が蘇り、すっきりしたのでした。
さてその後、同僚リチャードの部屋を訪ねてこのエピソードを話しました。

「最近、本当によく物を忘れるんだよね。病気とかそういうのじゃないとは思うんだけど、時々ちょっと心配になるよ。日本語ではこういうの、Kenbosho(健忘症)って呼ぶんだけど、英語にそういう単語ってあるの?」
彼は暫く考えた後、

「そうだなあ。具体的な病名を挙げるのは問題あるからねえ。何かなあ。」
と上を向き、

「そうだ。Brain Fart ってのがあるよ。」
「え?ブレイン・ファート?」

Fart というのは「おなら」のことです。「脳のおなら」?自分の部屋に戻ってネットで確認したところ、これは「ど忘れ」のことでした。違う違う!探してたのは「健忘症」なんだよ。

その後、マリア、リチャード、元ボスのエドと、サンディエゴに出張中のエリカを連れてランチへ行きました。私があらためてこの話題を切り出したところ、皆で「なんだろう」と悩みだし、最後にエドがこう言いました。

「CRS(シーアーレス)だな。」
隣でエリカがくすくす笑います。

「うちのばあちゃんがこれだった。」
とエド。

「何の略ですか?」
と私。

“Can’t Remember Shit.”
皆で大笑い。これはCRS Syndrome (CRS症候群)のようにも用いられる言葉だそうです。Shit とは「くそ」のことですが、否定的な文脈で何か「もの」を指す時にも使われます。直訳すると、「な~んも憶えられん」でしょうか。

この単語、いつまで覚えてられるか自信ありません。

2013年1月29日火曜日

Hit a snag 思わぬ邪魔が入る

先日あるクライアントが我が社の11月分の請求に対し、何の説明も無く1%差し引いて支払っていたことが発覚しました。一体なんでそんな非道なことを?にわかにプロジェクト・チームがざわつきます。

「前回の契約変更で、請求書を送った日から数えて15日以内に彼らが支払えば1%ディスカウントする、という条項が盛り込まれたのは確かだけど、契約変更の有効日は12月末日のはず。11月分の請求までさかのぼってこれを適用するのは間違いだと思うよ。」
と皆にメールを出したところ、上層部が一斉に賛同の意を表明しました。

「でも、万が一ということもあるから、一応法務部に確認するね。」
と断り、弁護士の同僚ラリーに質問メールを送ります。しかし暫く待っても反応が無いので、これはきっと不在に違いない、と彼の上司であるサラに転送。彼女はラリーに輪をかけて多忙なので、しっかりフォローアップしないと返事を貰えないぞ、という予感があり、一日おきにメールを送ることに決めました。すると、三日目にして返信が到着。締め切りのある仕事に追われているが、今週中に何とか時間を作って契約書を見直してみる、との返信。その際、こんな断り書きがついていました。

“I’ll let you know soon if I hit a snag that could slow me down.”
「もしもスナグにぶつかって(hit a snag)さらに時間がかかるようなら、すぐに連絡するわね。」
このHit a snag というフレーズ、割と頻繁に耳にするのですが、今まであまり気にしたことがありませんでした。さっそくウェブの辞書をチェックしたところ、「暗礁に乗り上げる」とか「思わぬ困難な問題にぶつかる」という訳が多かったのですが、念のため同僚リチャードの部屋を訪ねます。

Speed bump (車の速度を落とさせる道路上の段差)みたいなもんだよ。やろうとしてたことがあるのに邪魔が入ってなかなか手をつけられない時ってあるでしょ。」
「そうなの?じゃ、すごく大きな障害ってわけじゃないんだね?」

「うん、ちょっとした邪魔が入るって感じかな。」
自分の部屋に戻り、あらためてsnag の意味を調べました。「沼や池の表面に顔を出した立ち木のこと」とあります。なるほど、と納得です。水面下に少し太めの幹がある木を想像すれば分かりやすい。もう一度リチャードのところに戻ってこれを説明したところ、

「へえ、そうだったんだ。」
と驚きます。ええっ?スナグの意味自体を知らなかったの?ううむ、こういうことってあるのね。気を取り直したようにリチャードが、

「それならますますさっきの説明があてはまるよ。越えられない障害ではなく、一旦ストップして方向転換をしないといけないような邪魔のことだね。」
これが「氷山に衝突した」なんて話だと、事情が大きく変わってきます。船体が損傷し、航行不能に陥る可能性もあるのですから。「立ち木」ならそこまで深刻じゃない。ウェブ辞書に載っていたような、「暗礁に乗り上げる」ほど厳しい障害とは思えません。私の和訳はこれ。

“I hit a snag.”
「思わぬ邪魔が入ってね。」
ちなみに私の日常を表現させて頂くと、こういうことになるでしょう。

“I’m hitting a snag after snag.”
「思わぬ邪魔の連続だよ。」
 
さて、半ば予想していたことですが、その後二度ほど催促メールを送った後、サラからの連絡がパッタリと途絶えています。川底から鬱蒼と生い茂る立ち木群に囲まれて、立ち往生してるのかもしれません。

2013年1月26日土曜日

Sorry to harp on it. ハープしてゴメンね。

先日の電話会議で、PMのジェイソンに財務のミケーラが、

「どうしてクライアントからの未払いがこんなに続いてるの?」
と尋ねました。たちまちジェイソンが、「ああ、またか。」とため息モードになります。この質問、複数の人から嫌になるくらい聞かれているのです。我々は下請けで、元請けは役所からの支払いを待っている。彼らが払われなければ我々も払われない。この役所、金払いが極端に悪いのです。過去に何度も答えているので、ジェイソンの説明にも淀みがありません。

「でもね。」
とミケーラが食い下がります。

「元請けに対して支払い状況を頻繁に確認することくらいは出来るわよね?」
ジェイソンが、それはもちろんやっている、と答えます。ミケーラはこれに対し、

“Sorry to harp on it.”
「ハープしてごめんね。」
と断ってから、支払いの遅れが組織経営にとっていかに大きなダメージかを語り始めました。

この「ハープする」という表現、度々耳にするのですが、どうも呑み込めません。間違いなくネガティブな意味合いがあるのですが、あの美しい音色を奏でる楽器に、どうしてそんな冷たい扱いをするのか?
ちゃんと調べたところ、これは「くどくどと同じことを言う」という意味でした。ミケーラが言いたかったのは、こういうこと。

“Sorry to harp on it.”
「クドくてごめんなさいね。」
この後、同僚のエリック、シェリル、リチャード、ジム、と片っ端から疑問をぶつけてみました。

「ハープって、音色だけでなく姿かたちも含めて綺麗な楽器でしょ。なんでこういうネガティブなフレーズに使われるの?」
これには皆、天を仰いで黙ってしまいます。

「確かにシンスケの言う通りだ。なんでだろう?分かんないけど、ただそう言うんだよ。」
結局、誰からも手がかりが得られませんでした(後でよく調べたら、シェークスピアが使い始めた表現だ、という説を見つけました)。

みんな忙しいのに、くどくどと質問しちゃってごめんね。

2013年1月24日木曜日

Inappropriate laughter 不適切な笑い

火曜の朝、会議のため出かけたオレンジ支社の駐車場で、それは起こりました。助手席の足元に置いてあったボブルビー(バックパック)を前かがみの姿勢で引っ張り出し、背中に担ごうと上体をひねった瞬間、鋭い痛みが腰を襲ったのです。ああ、やっちまった!一瞬にして、世界が変貌します。腰を伸ばすこともしゃがむことも出来ない、いわゆる「ギックリ腰」です。

お昼の会議は私が進行しなければならなかったので、どうにかこうにか鎮痛剤で乗り切りました。ボスのリックに事情を話し、サンディエゴへ逆戻り。それからはカイロの先生と自宅との往復。二日半、ほぼ寝て過ごしました。忙しい生活が長く続くと、こういうことになっちゃうんだよなあ。
思えばギックリ腰との馴れ初めは、渡米を目指して塾通いをしていた頃のこと。夜の神田で突然歩行不能に陥り、電信柱に抱きついて、タクシーが通りかかるのを苦痛に耐えながら待ってたっけ。

昨日の午後、妻の運転で病院へ向かっていたところ、リックからiPhoneにメールが入りました。
「怪我が起こったのが会社の駐車場だったので、これが労災に当たるかどうかという議論になってるんだ。報告書を出さないといけないので、もう一度詳しく話が聞きたい。電話くれないか?」

折り返し電話をかけたところ、いくつか質問をされました。
「じゃ、腰痛は初めてじゃないんだね。それは重要な情報だ。これが今回初めてだとなると、職務との関連性を慎重に検証しないといけなくなるからね。どのくらい前から腰痛持ちなんだい?」

私が「14年前からですね。」と答えたところ、電話の向こうで弾けるような明るい笑い声。私もつられて大声で笑ってしまいました。もうこれは断じて労災ではない、という安堵に満たされます。私もこんなことで余計なペーパーワークに時間を費やしたくなかったので、安心しました。するとリックが神妙な声で、
「申し訳ない。笑うところじゃなかったね。君が痛がってるっていうのに。ワイフにもよく指摘されるんだ。僕のこの inappropriate laughter をね。」

Inappropriate laughter とは、文字通り「不適切な笑い」です。リックはどんな逆境も笑って乗り越える、スーパー・ポジティブ・ガイ。世の中に彼ほど前向きな人間はそういないぞと思ってたけど、ポジティブさゆえの問題ってのもあるんだな、と気づかされたのでした。

2013年1月20日日曜日

リーダーの仕事

火曜日の朝、

2013年度の目標設定がまだ終わっていない人は、今週中に済ませるように!」
という御触れが出ました。我が社の会計年度は10月にスタートするので、2013年度の目標は3ヶ月前に設定が終わっているはずなのですが、あまりの多忙でずっと後回しになっていたのです。

我が社では、年度初めに上司と話し合った上でBusiness Goals (ビジネス目標)とDevelopment Goals (自己研鑽目標)を設定し、それがどのくらい達成できたかを年度の終わりに評価する決まりになっています。これが給与査定のベースになるのでもちろん重要な作業なのですが、私はあまり得意じゃない。理由は、達成度がQuantifiable(数値化可能)である目標にしなければならないこと。「何々をもっと頑張る」みたいな努力目標じゃ認められないのですね。しかし私の業務の大半は他人の仕事のサポートなので、己のコントロールの及ばないことが多く、「売り上げ目標100万ドル」みたいな具体的なゴールを設定しにくいのです。
特にDevelopment Goals (自己研鑽目標)は難しく、悩んだ挙句にこんなのを搾り出しました。

「リーダーシップとコミュニケーション・スキルの上達を図る。年度末までに関連書籍を三冊以上読む。可能であればセミナー等にも出席する。」
アメリカで働き始めて10年目にしてようやく正式な部下が出来たので、これはリーダーシップとかコーチングのスキルを会得する良いきっかけ、と喜んだものの、その達成度を数値化する方法となると全く思いつきません。だから苦し紛れに「本三冊」としたのですが、ボスのリックもこれに同意し、

「確かにリーダーシップの達成度は計測しにくいね。」
と承認してくれました。そんなわけで、夏までに5冊ほど読破し、早々に「目標達成」しちゃおうと目論んでます。

「それにしてもリーダーシップって、本当に分かりにくいコンセプトですよね。」
と私が言うと、リックがこんな話をしてくれました。

「息子が8歳の時、少年バスケットボール・チームのコーチ(もちろんボランディア)を任されちゃってね、そんな仕事は未経験で、どうやってチームをリードしていけばいいのか見当がつかず、兄貴のマイクに電話して相談したんだ。マイクは何年も子供のスポーツのコーチをしていて、彼のチームはどんどん強くなるので評判なんだ。何か一般的な手順を教えてくれるものと期待していてたら、彼がこう言うんだ。大事なことはたったひとつ。練習や試合が終わった後、子供達ひとりひとりに、その日良かった点を言ってやることだってね。」
これにはちょっと鳥肌立ちました。そうか、テクニックがどうこうより先に、チーム・メンバーのひとりひとりを心から大事にすることなんだよね。

本、三冊読まなくても良くなりました。

2013年1月13日日曜日

Nepotism ネプティズム

エミリオ・エステベス監督、マーチン・シーン主演の映画「The Way」を図書館で借りました。自分のオヤジと一緒に映画を作る、しかも親子役で共演するというのはなんとも仲の良い話だなあ、と感心していたら、ふと「何故親子で苗字が違うのか?しかも弟のチャーリー・シーンは父親と同姓なのに?」という疑問が湧いてきました。

さっそくググってみたところ、「親の七光りは嫌だったので、父の芸名を受け継ぐのは避けて本名のエステベスを名乗ることに決めた」のだと。
なるほど、マーチン・シーンってそもそも芸名だったのね。とすると、弟の方はそんなこだわりも無く襲名しちゃったわけか…。ちゃっかりしてんな、ちゃっかりチャーリー…。

さて、毎週金曜日の午前中は、私のオフィスに同僚のマイクとキャロリンがやって来て一時間ほど会議します。マイクがPMを務める高速道路設計プロジェクトの財務状況を私が解説し、彼らが宿題を持ち帰ってチームメンバーに適切な指示をする、というもの。二人とも声が並み外れて大きく、ドアが開いていると廊下伝いに他の社員の部屋にまで話が届いてしまいます。先日も、同僚リチャードがあとからやって来て、
「あの二人、なんでしょっちゅうシンスケの部屋に来てんの?」

と尋ねました。彼には、私と二人との接点が見つからなかったみたい。彼らのプロジェクトのサポートをしているのだ、と説明すると、
「え?キャロリンはマイクのプロジェクトチームの一員なの?」

と驚きました。キャロリンは去年大学を出たばかりの新入社員なのですが、マイクの実の娘なのです。マイクの奥さんのアルシーナも経理担当でプロジェクトに参加している旨を伝えたところ、二度驚くリチャード。
「やっぱりこれって、あまり一般的じゃない状況なの?皆何も言わないから、アメリカではこういうの普通なのかなって思ってたよ。」

と私が言うと、普通じゃないよ、とリチャード。
僕もかつて親父の商売手伝ってたんだけど、異常に神経使ったよ。社長の息子だからといって特別待遇を受けてはいるわけじゃないぞ、他の社員と同じだぞっていうメッセージを出し続けてた。」

「マイクもキャロリンもアルシーナも、ごく自然に親子として振舞ってるよ。会議中もキャロリンは、マイクのことを父さん(Dad)って呼んでるし。でも正直なところ、そういう時って若干居心地悪くなるんだよね。」
「そりゃそうでしょ。プロフェッショナルな態度と言えるかどうか疑問だよ。」

「ま、でも実害は無いよ。それぞれ優秀だし、ものすごく勤勉だしね。」
「いや、だからオッケーっていう話じゃないと思うよ。だってさ、同僚達からすれば、えこひいきがあるかもって勘ぐるのが普通でしょ。ただでさえ失業率の高いこの時期、娘と奥さんに優先的に仕事を回してるんじゃないかって疑われても仕方無いよね。」

「なるほど、確かに。それは考えてもみなかったなあ。」
リチャードがこう締めくくります。

“That’s a severe form of ネプティズム.”
「それは極端なネプティズムだよ。」

ねぷてぃずむ?なにそれ?

リチャードの解説によると、綴りはNepotism (ネポティズムとは聞こえません。ネプ、です。)、そして語源はnephew (甥)だそうです。中世のカソリック教会ではその要職に就く者が純潔を誓ったため子供がなく、代わりに兄弟の息子を跡継ぎに任命した、という話から来ているみたいです(ウィキペディアより)。日本語では「身内びいき」というところでしょうか。
二世タレントや二世議員が珍しくない今の世の中、それ自体にめくじらを立てる気はないのですが、キャロリンが「それはDad(父さん)に聞かないと分からないわ。」なんて発言をするたびに、「そこは父(My father)に聞かないと、だろ!」突っ込みたくなります。

2013年1月5日土曜日

Spoiler Alert スポイラーにご用心

図書館から借りてきた映画 “The Ides of March” の話を同僚ステヴとしていたところ、あれは自分のオハイオの故郷で撮影された作品で、製作前から町中すごい盛り上がり方だったんだ、と教えてくれました。

「知事役のジョージ・クルーニーがそもそもオハイオ出身でね。」
さらにこぼれ話を語ろうとしたので、

「ちょっと待って、まだ観終わってないんだ。内容が分かるようなことは言わないでくれる?鑑賞後にまた聞くからさ。」
と慌てて遮りました。

「そういえばさ、映画のレビューをオンラインで読んでると、時々 “Spoiler Alert” (スポイラー・アラート)ってラベルがついてたりするじゃない。あのスポイルと、 “Spoil children” (子供を甘やかす)という意味で使われるスポイルとが、どうも頭の中で一致しないんだよね。スポイルって、そもそもどういう意味なの?」
スポイラー・アラートというのは、日本語では「ネタバレ注意」。映画や小説のレビューに、作品の重要なトリックや結末が分かっちゃうような内容が書かれているので注意してね、というサインです。

「スポイルっていうのは、対象を腐らせる、駄目にする、という意味があるんだよ。だから子供を甘やかして駄目な人間にする、という意味で Spoil children と言うんだ。」
「でも、映画のネタをバラすことと、一体どう繋がるの?」

「これから作品を鑑賞する人が味わえるはずだった楽しみをぶちこわしにする、ということだね。」
おお、なるほど。それなら納得。でも、ここで新たな疑問が生じます。

「そういえば、スポーツカーの後ろにくっついてる、カッコいい尾翼みたいなのがあるでしょ。あれもスポイラーって呼ばない?どういう関係があるの?」
これにはぐっと詰まってしまったステヴ。暫く天を見上げた後、くるりとコンピュータに向き直り、ウェブ検索を始めました。真っ先に出てきたのが、「車に付け足すことで元のデザインを台無しにする付属品」という説明。

「なんだこれ。ちょっと疑わしいな。」
「うん、大抵は見栄えが良くなるもんね。」

次に出てきたのが、「空気の流れを妨害して乱流を起こし、下方向に圧がかかるよう調整するデバイス。」
「それでしょそれ!やっぱりスポイルってのは、何かを駄目にするっていう意味なんだね。」

帰宅してから再度調べてみたところ、スポイルの語源は spill (スピル)で、スピルの元々の意味は destroy (壊す)でした。大正解!

2013年1月3日木曜日

夢見る酋長

年が明けました。今年の初夢は、高速道路の真ん中でエンストして立ち往生する、というパニックものでした。ううむ。幸先悪いな。

本日午後、同僚ステヴに、
「初夢は現実になるっていう迷信、アメリカにある?」

と尋ねてみたところ、「聞いたことない」とのこと。夢のお告げに従って突飛な行動に走る人を扱った物語はあるけど、夢の内容に神秘的な意味を読み取ろうとする行為は一般的でないそうです。そういえば、「夢占い」なんてのもこっちじゃ聞いたことないな…。
「ネイティブ・アメリカンは夢を大事にしたりするんじゃない?」

と更に尋ねてみました。ステヴは人類学者で、インディアン居留地がらみのプロジェクトによく携わるのです。
「モハビ砂漠の周辺に住むある部族は、毎日見る夢をとても大事にするよ。」

祖先が夢に現れて伝えてくれるメッセージなどは特に重要で、これを本気で行動の指針にしたりするのだそうです。
「一度こんなことがあったよ。部族の人たちとクライアントとの会議をセットしていたのに、当日になって突然キャンセルして来たんだよね。理由を尋ねると、酋長がその会議の夢をまだ見てないからだって言うんだ。どんな会議にしたら良いかのお告げを夢で受けないことには、出席出来ないってね。」

これにはぶったまげました。
「たとえプロジェクトのスタート前にチームでリスク事項の洗い出しをしたとしても、簡単には思いつきそうもない話だねえ。」

「そうなんだ。おかげでスケジュールが大幅に遅れちゃってね。クライアントの面々に事情を話したんだけど、なかなか理解してもらえなかったなあ。」

こういう話を聞くたびに、世の中って本当に面白いなあ、と嬉しくなります。