私の好きなビジネス本のひとつに、 What Got You Here Won’t Get You There というのがあります。トップ企業のエグゼクティブを対象としたコーチングをしているマーシャル・ゴールドスミスという人が書いていて、たくさんの実例が扱われています。中でも私が気に入っているのは、ものすごくキレやすい人の描写。これを筆者は、
This executive was notorious for his volcanic temper.
この重役は、キレやすいことで悪名を馳せていました。
と表現していたのです。このVolcanic(火山性の)Temper(気性)というのが何とも写実的でいいじゃない!
で、実際に職場で何度か使ってみたところ、
「面白いね、その表現!」
と大うけでした。ちなみに、私の周りを見渡した限りでは、アイルランド系の男性にこの傾向が多く見られるようです。実際、Irish Temper という言葉まであるほどこの人たちの好戦的な性格は有名で、そのキレ方は笑っちゃうほど極端です。
追記:これ、あからさまな悪口になりますので、必ず最後に、"He really is a good man." 「本当はいい奴なんだよ。」と補足しましょう。
2010年8月9日月曜日
2010年8月8日日曜日
Bet or Wager? 馬に賭ける!


昨日の午後、我々夫婦の長年の友人であるK子さんに誘われ、皆でデルマー競馬場へ行きました。私達は競馬に関しては全くの素人なのですが、連戦連勝のゼニヤッタという人気馬がやって来るというので興味をそそられました。さらに、
「パドックで、前足をひょこひょこ動かして踊るのよ。」
とK子さんに言われ、そいつはちょっと面白そうだ、となったわけ。
デルマー競馬場には、目を血走らせたおっさん達だけでなく、家族連れやカップルが詰め掛けていて、まるで国民的スター歌手のコンサートみたいな熱狂ぶり。この馬が得意としているのは、最終コーナーまでずっと後方につけておいて、最後の直線でいきなり前方集団をゴボウ抜きするという、極めてアピール度の高いレース運び。この日のレースでも美しい追い込みを見せ、鼻差で優勝をもぎとりました。18戦18勝。まさに競馬界のヒクソン・グレーシー(たとえがちと古いが)。観客は割れんばかりの歓声でこれを迎えます。
K子さんはゼニヤッタに10ドル賭けたのですが、さすがに人気抜群なので、当然倍率は低い。ど素人の私達は電光掲示板の数字(ちんぷんかんぷん)を見ながら、
「優勝したら元本割れすることってあるのかな?」
とか話してました。結局K子さんは11ドルの返金を受けました。1ドルの儲け。
ところでこの「賭け」。私はずっと英語ではBet というのだと思っていたのですが、K子さんが換金に行ったところで看板に、
How To Place Your Wager
賭けの手順
という文句を発見。Wager? 何それ?
帰宅してから調べてみたのですが、この言葉はBet とほぼ同様に用いられているようです。明確な違いは、Wager の方が言葉としての歴史が長く、古風な響きがあるということ。Make a bet よりPlace a wager の方が、70年以上の伝統を誇るデルマー競馬場にふさわしい、クールな表現であることは確かでしょう。
アメリカで武者修行 第19話 ただのランチよ。
2003年3月17日月曜日。アメリカ軍がイラク空爆を開始し、いよいよ本格的に戦争が始まりました。この軍事行動の準備にどこまで深く関わっていたのかは知るべくもありませんが、この日の朝、マイクが二週間の予備役任務から戻って来ました。予想通り、土質調査会社との一件について週末にリンダから報告を受けていたようで、朝から彼の怒りが炸裂です。
「お前がいながら、どうしてそうやすやすと交渉の糸口を与える羽目になったんだ?」
私が率先して進めた話なので、「お前がいながら」という前置きは的外れです。
「クレイグも了承した上でのことなんですが…。」
「あの男はこの仕事を始めたばかりでまだ状況を把握していないんだぞ!お前が食い止めないでどうする?!」
さらにその週の木曜日、フィルのキュービクルで打ち合わせをしていたところへ、マイクが飛び込んできました。今にも私を張り倒さんばかりの勢いで、
「これは一体どういうことだ?!」
と、クレイグのサインがついた契約書のコピーを私の鼻先に突きつけます。造園設計会社と追加契約した件が、ついにバレたのです。
「なんでこんな高額の契約書を作ったんだ?お前正気なのか?何でクレイグにサインさせたんだ?」
老フィルが、のんびりした口調で説明を始めました。
「造園設計費はプロジェクトの予算に含まれていなかったんじゃよ。まさか無料で働けとは言えんだろう。」
フィルが言い終わるのを待たず、マイクは踵を返して自分のオフィスに帰って行きました。
その後数分して、リンダが怒りに唇を震わせながら私のキュービクルに現れました。どうやら今度はマイクが彼女に告げ口したようです。
「食堂に行きましょう。」
リンダの後をついて食堂まで無言で歩き、大テーブルの隅に向かい合って座りました。
「私は今、なんとか冷静さを保って話しているのよ。あなたのやったことは、途轍もなくインパクトの大きい話だってことを分かって欲しいの。下請け業者に対して公正に振舞おうとしているのは分かるわ。でも、可能な限りお金を絞りつつ彼等に仕事をさせるのがあなたの役割なのよ。一瞬たりともつけこませては駄目。これはタフなビジネスなの。あなたもタフにならなきゃいけないわ。」
私の頭にも血が上っていたのでしょう。「タフになる」というのは具体的にどういうことなのかが、全くイメージ出来ません。すると、彼女の方から答えを提供してくれました。
「今すぐ下請けに手紙を書きなさい。この契約は間違いだった、再度話し合いたいって。」
これは断じて間違いなんかじゃありません。組織のトップがサインした契約なのです。一枚下の層にいる人間が手紙を送ったところで、要らぬ混乱を招くだけです。そんな反論をぐっと吞み込んで自分のキュービクルに戻り、手紙を仕上げてリンダに渡しました。彼女は無表情でそれを読み終わった後、
「マイクのサインは私がもらうわ。」
と消えて行きました。そんな訳で、マイクとリンダの怒りの表情が頭の隅に貼り付いたまま、どうにも気の晴れぬ週末を迎えました。
明けて月曜日。午前も終わりに近づいた頃、リンダが不意に私のところへやって来ました。
「マイクとランチに行くんだけど、一緒に行かない?」
これには椅子から身体が飛び上がるくらい驚きました。ここで仕事を始めて約五ヶ月、食事はおろかコーヒーにさえ誘われたことがなかったのに、どうしてこのタイミングで誘ってくるんだ?
「ランチミーティングってことですか?」
と尋ねると、
「いいえ、ただのランチよ。」
と微笑むリンダ。実は家から弁当を持って来ていたのですが、これはきっと断れない種類の誘いなんだろうなと思い、
「ええ、喜んで」
と答えました。
「マイクは今現場に行ってるの。彼が戻って来たら出かけましょう。」
それからマイクが事務所に到着するまでの間、仕事が全く手につきませんでした。
「この週末にリンダと良く話し合った結果、お前はこの仕事にふさわしくないという結論に達した。今日限りで荷物をまとめて職場を去ってもらいたい。」
そういう宣告の場としてランチを使うことは、充分考えられます。ようやくファミリーライフが再開したところだっていうのに…。気がつくと、脇の下に嫌な汗をびっしょりとかいていました。その時、
「ヘイ、マイフレンド。」
と声がしました。設計チームの一員で契約社員のカルヴァンが、キュービクルの仕切り壁の上に鼻から上だけ覗かせています。彼とは数日前、健康のため昼休みに歩こうじゃないかという話をしたところだったのです。
「今日あたりどうだい?ウォーキングシューズは持ってきた?」
しかし私の硬直した表情に気付いたのか、
「どうしたんだ。顔色が変だぞ。」
と心配げな声で言いました。
「今日は駄目なんだ。残念だけど。」
「おいおい、随分深刻そうだな。何があったか知らないが、とにかく深呼吸だ。深呼吸。ちゃんと息をしなきゃ駄目だぞ。ここにいる連中はみんな呼吸することを忘れてる。」
「分かった。深呼吸だね。やってみる。でもとにかく今は駄目だ。後で話すよ。」
「オーケーオーケー、じゃ明日にしよう。」
カルヴァンが立ち去ったのと入れ替わりに、
「準備はいい?」
とリンダがやってきました。
「家族はみな元気でやってるの?」
職場から十分ほど走ったところにある小さな日本料理店で、リンダが口火を切りました。私はことさら憐憫の情をかきたてようと、少々大袈裟なまでに家族水入らずの幸せな毎日を描写し、第二の矢を牽制しました。
「日本ではどんな仕事をしていたんだっけ?」
そら来た、今度は仕事関連の質問だぞ。無職時代に何度も練習してきた通り、すらすらと自分の実績をアピールしました。マイクは一言も口を挟まず、いつもの仏頂面でてりやきチキン定食を黙々と食べ続けています。ここで私は思い切って話題を変えてみました。
「ところでリンダ、ロースクール(法科大学院)時代の話を聞かせて下さいよ。すごく厳しい競争環境だと聞いたことがありますが、本当にそうなんですか?」
するとリンダは表情を和らげ、かつて彼女が開発した「教授の厳しい質問をさらりと交わすエレガントなテクニック」だとか、彼女の鋭い論ぱくに逆上した意地悪な教授の話だとか、面白いエピソードを立て続けに披露してくれました。早々に食べ終わっていたマイクは、その間ただただ黙ってつまらなそうにリンダの顔を眺めていました。その沈黙は、「いい加減に締めくくってそろそろ本題に入れよ。」という催促とも解釈できるし、「勘弁してくれよ。俺はその話聞くの、これでもう3回目だぜ。」という不満の表明とも取れる、微妙なものでした。
しかしそうこうするうちランチは終了し、マイクがそそくさと代金を支払い、席を立ちました。え?これだけ?本当に「ただのランチ」だったの?マイクの車で職場に戻り、疑念が完全に晴れぬまま午後の仕事に入りました。どうやらとんだ取り越し苦労だったようですが、このわずか一時間半で経験した精神的な消耗は相当なものでした。トイレの鏡に映った自分がすっかり白髪になっていなかったことが不思議に思えたほど。
帰宅して妻に今回の一件を話したところ、
「週末に二人で話し合って、シンスケには少し言い過ぎたから月曜にはご飯に誘おうってことになったんじゃない?」
と、とんでもなく暢気なコメントが返って来ました。
「そうかな。まあ、そう思っておけば気が楽だね。」
「やめられちゃ困ると思ってるのよ、きっと。」
「そこまで都合よくは考えられないよ。」
翌日、カルヴァンを誘って昼休みのウォーキングに出かけました。職場から十分ほど歩いて角を曲がると、突然美しい芝生の公園が開けます。広大な芝生の広場は人口湖を囲んでいて、我々はその湖を一周することにしました。汗をかくくらいの早足で歩きながら私は、前日の顛末を話しました。暫く黙って聞いていたカルヴァンは、
「そうか、そんなことがあったのか。様子が変だとは思ってたんだ。」
それから少し間を置いて、
「でもまあ、悪いけど俺に言わせりゃそんなの大した話じゃない。クビになったらなったまでのことだ。次の仕事を探すだけの話だよ。」
このあっさりした片付け方に、私は少し傷ついていました。
「僕はとてもそんな簡単には考えられないよ。自分ひとりなら何とかなるけど、家族の生活を守らなきゃいけないんだよ。」
「俺はね、これまで無数の仕事についてきたんだ。クビになった回数なんて数え切れない。一から出直すのにももう馴れたし、いちいち感情的になるのはとうの昔に止めた。俺の場合、それ以外にも差別という要素があったしね。」
「差別?どうして?」
「分かるだろ。これだよ。」
彼は自分の手首を指差しました。その時、彼が黒人であることを初めて意識させられました。肌の色の違いが差別に繋がる世の中はとうに終わりを告げたとばかり思っていた私には、正直、意外でした。
「え?、まだそういうの、あるの?」
「あるさ。まだまだある。」
「知らなかった。僕はこの国に来てまだ二年ちょっとしか経っていないけど、これまで人種差別を経験したことがないんだ。」
「うん、まあきっとそういうのは黒人である我々にしか分からないと思うよ。」
「僕もアジア人だけど。」
「そいつはまったく違うよ。」
彼は少し黙った後、こんなことを口にしました。
「俺はね、一度死にかけてるんだ。脳に腫瘍が出来て、ある日仕事中に倒れたんだ。昏睡状態が何日か続いてね。で、手術で奇跡的に生還したんだ。」
「後頭部の傷は、手術跡だったんだね。」
「うん。その時から人生がガラリと変わったよ。仕事に復帰した後すぐクビになったけど、それはもうどうでも良くなった。その日その日を目一杯楽しんで、自分が今呼吸をしている、そのことに純粋に感謝して生きてるんだ。」
カルヴァンのこの言葉に、何か救われた気がしました。そして背筋を伸ばし、大きくひとつ深呼吸をしました。
「お前がいながら、どうしてそうやすやすと交渉の糸口を与える羽目になったんだ?」
私が率先して進めた話なので、「お前がいながら」という前置きは的外れです。
「クレイグも了承した上でのことなんですが…。」
「あの男はこの仕事を始めたばかりでまだ状況を把握していないんだぞ!お前が食い止めないでどうする?!」
さらにその週の木曜日、フィルのキュービクルで打ち合わせをしていたところへ、マイクが飛び込んできました。今にも私を張り倒さんばかりの勢いで、
「これは一体どういうことだ?!」
と、クレイグのサインがついた契約書のコピーを私の鼻先に突きつけます。造園設計会社と追加契約した件が、ついにバレたのです。
「なんでこんな高額の契約書を作ったんだ?お前正気なのか?何でクレイグにサインさせたんだ?」
老フィルが、のんびりした口調で説明を始めました。
「造園設計費はプロジェクトの予算に含まれていなかったんじゃよ。まさか無料で働けとは言えんだろう。」
フィルが言い終わるのを待たず、マイクは踵を返して自分のオフィスに帰って行きました。
その後数分して、リンダが怒りに唇を震わせながら私のキュービクルに現れました。どうやら今度はマイクが彼女に告げ口したようです。
「食堂に行きましょう。」
リンダの後をついて食堂まで無言で歩き、大テーブルの隅に向かい合って座りました。
「私は今、なんとか冷静さを保って話しているのよ。あなたのやったことは、途轍もなくインパクトの大きい話だってことを分かって欲しいの。下請け業者に対して公正に振舞おうとしているのは分かるわ。でも、可能な限りお金を絞りつつ彼等に仕事をさせるのがあなたの役割なのよ。一瞬たりともつけこませては駄目。これはタフなビジネスなの。あなたもタフにならなきゃいけないわ。」
私の頭にも血が上っていたのでしょう。「タフになる」というのは具体的にどういうことなのかが、全くイメージ出来ません。すると、彼女の方から答えを提供してくれました。
「今すぐ下請けに手紙を書きなさい。この契約は間違いだった、再度話し合いたいって。」
これは断じて間違いなんかじゃありません。組織のトップがサインした契約なのです。一枚下の層にいる人間が手紙を送ったところで、要らぬ混乱を招くだけです。そんな反論をぐっと吞み込んで自分のキュービクルに戻り、手紙を仕上げてリンダに渡しました。彼女は無表情でそれを読み終わった後、
「マイクのサインは私がもらうわ。」
と消えて行きました。そんな訳で、マイクとリンダの怒りの表情が頭の隅に貼り付いたまま、どうにも気の晴れぬ週末を迎えました。
明けて月曜日。午前も終わりに近づいた頃、リンダが不意に私のところへやって来ました。
「マイクとランチに行くんだけど、一緒に行かない?」
これには椅子から身体が飛び上がるくらい驚きました。ここで仕事を始めて約五ヶ月、食事はおろかコーヒーにさえ誘われたことがなかったのに、どうしてこのタイミングで誘ってくるんだ?
「ランチミーティングってことですか?」
と尋ねると、
「いいえ、ただのランチよ。」
と微笑むリンダ。実は家から弁当を持って来ていたのですが、これはきっと断れない種類の誘いなんだろうなと思い、
「ええ、喜んで」
と答えました。
「マイクは今現場に行ってるの。彼が戻って来たら出かけましょう。」
それからマイクが事務所に到着するまでの間、仕事が全く手につきませんでした。
「この週末にリンダと良く話し合った結果、お前はこの仕事にふさわしくないという結論に達した。今日限りで荷物をまとめて職場を去ってもらいたい。」
そういう宣告の場としてランチを使うことは、充分考えられます。ようやくファミリーライフが再開したところだっていうのに…。気がつくと、脇の下に嫌な汗をびっしょりとかいていました。その時、
「ヘイ、マイフレンド。」
と声がしました。設計チームの一員で契約社員のカルヴァンが、キュービクルの仕切り壁の上に鼻から上だけ覗かせています。彼とは数日前、健康のため昼休みに歩こうじゃないかという話をしたところだったのです。
「今日あたりどうだい?ウォーキングシューズは持ってきた?」
しかし私の硬直した表情に気付いたのか、
「どうしたんだ。顔色が変だぞ。」
と心配げな声で言いました。
「今日は駄目なんだ。残念だけど。」
「おいおい、随分深刻そうだな。何があったか知らないが、とにかく深呼吸だ。深呼吸。ちゃんと息をしなきゃ駄目だぞ。ここにいる連中はみんな呼吸することを忘れてる。」
「分かった。深呼吸だね。やってみる。でもとにかく今は駄目だ。後で話すよ。」
「オーケーオーケー、じゃ明日にしよう。」
カルヴァンが立ち去ったのと入れ替わりに、
「準備はいい?」
とリンダがやってきました。
「家族はみな元気でやってるの?」
職場から十分ほど走ったところにある小さな日本料理店で、リンダが口火を切りました。私はことさら憐憫の情をかきたてようと、少々大袈裟なまでに家族水入らずの幸せな毎日を描写し、第二の矢を牽制しました。
「日本ではどんな仕事をしていたんだっけ?」
そら来た、今度は仕事関連の質問だぞ。無職時代に何度も練習してきた通り、すらすらと自分の実績をアピールしました。マイクは一言も口を挟まず、いつもの仏頂面でてりやきチキン定食を黙々と食べ続けています。ここで私は思い切って話題を変えてみました。
「ところでリンダ、ロースクール(法科大学院)時代の話を聞かせて下さいよ。すごく厳しい競争環境だと聞いたことがありますが、本当にそうなんですか?」
するとリンダは表情を和らげ、かつて彼女が開発した「教授の厳しい質問をさらりと交わすエレガントなテクニック」だとか、彼女の鋭い論ぱくに逆上した意地悪な教授の話だとか、面白いエピソードを立て続けに披露してくれました。早々に食べ終わっていたマイクは、その間ただただ黙ってつまらなそうにリンダの顔を眺めていました。その沈黙は、「いい加減に締めくくってそろそろ本題に入れよ。」という催促とも解釈できるし、「勘弁してくれよ。俺はその話聞くの、これでもう3回目だぜ。」という不満の表明とも取れる、微妙なものでした。
しかしそうこうするうちランチは終了し、マイクがそそくさと代金を支払い、席を立ちました。え?これだけ?本当に「ただのランチ」だったの?マイクの車で職場に戻り、疑念が完全に晴れぬまま午後の仕事に入りました。どうやらとんだ取り越し苦労だったようですが、このわずか一時間半で経験した精神的な消耗は相当なものでした。トイレの鏡に映った自分がすっかり白髪になっていなかったことが不思議に思えたほど。
帰宅して妻に今回の一件を話したところ、
「週末に二人で話し合って、シンスケには少し言い過ぎたから月曜にはご飯に誘おうってことになったんじゃない?」
と、とんでもなく暢気なコメントが返って来ました。
「そうかな。まあ、そう思っておけば気が楽だね。」
「やめられちゃ困ると思ってるのよ、きっと。」
「そこまで都合よくは考えられないよ。」
翌日、カルヴァンを誘って昼休みのウォーキングに出かけました。職場から十分ほど歩いて角を曲がると、突然美しい芝生の公園が開けます。広大な芝生の広場は人口湖を囲んでいて、我々はその湖を一周することにしました。汗をかくくらいの早足で歩きながら私は、前日の顛末を話しました。暫く黙って聞いていたカルヴァンは、
「そうか、そんなことがあったのか。様子が変だとは思ってたんだ。」
それから少し間を置いて、
「でもまあ、悪いけど俺に言わせりゃそんなの大した話じゃない。クビになったらなったまでのことだ。次の仕事を探すだけの話だよ。」
このあっさりした片付け方に、私は少し傷ついていました。
「僕はとてもそんな簡単には考えられないよ。自分ひとりなら何とかなるけど、家族の生活を守らなきゃいけないんだよ。」
「俺はね、これまで無数の仕事についてきたんだ。クビになった回数なんて数え切れない。一から出直すのにももう馴れたし、いちいち感情的になるのはとうの昔に止めた。俺の場合、それ以外にも差別という要素があったしね。」
「差別?どうして?」
「分かるだろ。これだよ。」
彼は自分の手首を指差しました。その時、彼が黒人であることを初めて意識させられました。肌の色の違いが差別に繋がる世の中はとうに終わりを告げたとばかり思っていた私には、正直、意外でした。
「え?、まだそういうの、あるの?」
「あるさ。まだまだある。」
「知らなかった。僕はこの国に来てまだ二年ちょっとしか経っていないけど、これまで人種差別を経験したことがないんだ。」
「うん、まあきっとそういうのは黒人である我々にしか分からないと思うよ。」
「僕もアジア人だけど。」
「そいつはまったく違うよ。」
彼は少し黙った後、こんなことを口にしました。
「俺はね、一度死にかけてるんだ。脳に腫瘍が出来て、ある日仕事中に倒れたんだ。昏睡状態が何日か続いてね。で、手術で奇跡的に生還したんだ。」
「後頭部の傷は、手術跡だったんだね。」
「うん。その時から人生がガラリと変わったよ。仕事に復帰した後すぐクビになったけど、それはもうどうでも良くなった。その日その日を目一杯楽しんで、自分が今呼吸をしている、そのことに純粋に感謝して生きてるんだ。」
カルヴァンのこの言葉に、何か救われた気がしました。そして背筋を伸ばし、大きくひとつ深呼吸をしました。
2010年8月7日土曜日
I’m out of the woods. もう大丈夫。
昔、村上春樹の「ノルウェイの森」の英語題が “Norwegian Wood” だと知った時には、おやっと思いました。森はForest だとばかり思っていたので。しかもWoodという単数形で「森」になるの?と。これは、そもそもビートルズの歌が和訳された時点での誤訳を村上氏が確信犯的に使ったようですが、たとえWoodsという複数形だったとしても、私にはしっくり来なかったでしょう。
昨日の夕方、エリカが私のオフィスの戸口に立って言いました。
「車の調子が悪くて修理屋に出してるの。今からエドに乗せてもらって様子見に行くんだけど、もしかしたらまだ直ってないかもしれないんだって。エドはその足で家に帰らなくちゃならないから、もしそうなったら私、ここに戻って来れないし、家に帰れないのよね。修理屋から電話したら、迎えに来てくれる?」
お安い御用と承知したのだけれど、30分ほどでふらっと彼女が戻って来ました。
「代車を出してもらったの。週末も使っていいって。心配かけたけど、もう大丈夫。」
この「もう大丈夫」というのを、彼女は
I’m out of the woods.
と表現しました。「森から脱け出したわ。」という感じですね。考えてみたら、脱出したくなるような深い「森」になんて入ったことない。西洋の童話にはよく森の恐ろしさが描かれているのですが、そもそも同じ意味での「森」って日本にあるのだろうか。富士山の樹海あたりがそうなのかな。
ところで色々調べてみたら、ForestはWoodsよりも密度の濃い、獣なども住んでいるような鬱蒼とした森林を指すようです。そうなると、
I’m out of the forest.
の方が安心感をずっとうまく表現出来ると思うんだけど、そういう言い回しは無いみたいです。
昨日の夕方、エリカが私のオフィスの戸口に立って言いました。
「車の調子が悪くて修理屋に出してるの。今からエドに乗せてもらって様子見に行くんだけど、もしかしたらまだ直ってないかもしれないんだって。エドはその足で家に帰らなくちゃならないから、もしそうなったら私、ここに戻って来れないし、家に帰れないのよね。修理屋から電話したら、迎えに来てくれる?」
お安い御用と承知したのだけれど、30分ほどでふらっと彼女が戻って来ました。
「代車を出してもらったの。週末も使っていいって。心配かけたけど、もう大丈夫。」
この「もう大丈夫」というのを、彼女は
I’m out of the woods.
と表現しました。「森から脱け出したわ。」という感じですね。考えてみたら、脱出したくなるような深い「森」になんて入ったことない。西洋の童話にはよく森の恐ろしさが描かれているのですが、そもそも同じ意味での「森」って日本にあるのだろうか。富士山の樹海あたりがそうなのかな。
ところで色々調べてみたら、ForestはWoodsよりも密度の濃い、獣なども住んでいるような鬱蒼とした森林を指すようです。そうなると、
I’m out of the forest.
の方が安心感をずっとうまく表現出来ると思うんだけど、そういう言い回しは無いみたいです。
2010年8月6日金曜日
Toy Story 3 はTear-Jerker か?
昨日の午前中に家族連れ立って、今日の便で日本に帰ってしまう息子の友達も連れてToy Story 3を観に行きました。夏休み中のため大混雑を予想していたのですが、木曜の午前中だったので、客はわずか10人程度(何という贅沢)!
映画の三作目というのは観客のハードルが高くなっていることもあって、コケる場合が多いと思います。私はToy Story もToy Story 2も大好きなので、期待を裏切られることを半ば予期していました。しかしなんと、そんな心配は全くの無駄でした。正真正銘、名作です。子供の成長と旅立ち、友との絆、そして別れ、愛する人の裏切りが残す心の傷など、胸を抉る様々なテーマが見事に織り合わさって、最後の30分は、一流の指圧師が涙腺を丹念にマッサージしてくれているようでした。映画館であんなに泣いたのは久しぶりだなあ。
午後、感動から醒めやらぬまま職場に戻ったのですが、同僚マリアにこの作品を薦め、「泣けるよ~!」と言おうとして、 “It’s a real tear-joker.” とうろ覚えの単語を使ったところ、
「あ、Tear-Jerkerね。」
と訂正され、ちょっと恥ずかしかったです。Jerk というのは「ぐいっと引っ張る」という意味があり、Tear-Jerkerは「涙をぐいっと引き出しちゃう奴」ということですね。
その後、この単語の意味をネットで調べていて、「お涙ちょうだい」という若干蔑んだ態度の日本語訳が多いのに気付きました。もしそうだとすれば、何だかToy Story 3に申し訳ない気がします。あれは断じてそんな薄っぺらい作品じゃない!英語の辞書サイト(Merriam-Webster)を調べてみると、
“a story, song, play, film, or broadcast that moves or is intended to move its audience to tears.”
とあります。「泣ける」と「泣かせる」の両方あるようですが、「お涙ちょうだい」までの悪意は感じられません。さらにネットを探すと、BBCで製作者に対するインタビュー “Why Toy Story 3 is a tear-jerker.” があり、これを聞いてさらに確信が深まりました。もしもこれが「Toy Story 3 は何故お涙ちょうだい映画なのか」という意味だったら、取材を受けた側が厳重抗議するでしょう。Toy Story 3 は何故「泣ける」のか?というのが正しい理解だと思います。
映画の三作目というのは観客のハードルが高くなっていることもあって、コケる場合が多いと思います。私はToy Story もToy Story 2も大好きなので、期待を裏切られることを半ば予期していました。しかしなんと、そんな心配は全くの無駄でした。正真正銘、名作です。子供の成長と旅立ち、友との絆、そして別れ、愛する人の裏切りが残す心の傷など、胸を抉る様々なテーマが見事に織り合わさって、最後の30分は、一流の指圧師が涙腺を丹念にマッサージしてくれているようでした。映画館であんなに泣いたのは久しぶりだなあ。
午後、感動から醒めやらぬまま職場に戻ったのですが、同僚マリアにこの作品を薦め、「泣けるよ~!」と言おうとして、 “It’s a real tear-joker.” とうろ覚えの単語を使ったところ、
「あ、Tear-Jerkerね。」
と訂正され、ちょっと恥ずかしかったです。Jerk というのは「ぐいっと引っ張る」という意味があり、Tear-Jerkerは「涙をぐいっと引き出しちゃう奴」ということですね。
その後、この単語の意味をネットで調べていて、「お涙ちょうだい」という若干蔑んだ態度の日本語訳が多いのに気付きました。もしそうだとすれば、何だかToy Story 3に申し訳ない気がします。あれは断じてそんな薄っぺらい作品じゃない!英語の辞書サイト(Merriam-Webster)を調べてみると、
“a story, song, play, film, or broadcast that moves or is intended to move its audience to tears.”
とあります。「泣ける」と「泣かせる」の両方あるようですが、「お涙ちょうだい」までの悪意は感じられません。さらにネットを探すと、BBCで製作者に対するインタビュー “Why Toy Story 3 is a tear-jerker.” があり、これを聞いてさらに確信が深まりました。もしもこれが「Toy Story 3 は何故お涙ちょうだい映画なのか」という意味だったら、取材を受けた側が厳重抗議するでしょう。Toy Story 3 は何故「泣ける」のか?というのが正しい理解だと思います。
2010年8月5日木曜日
Cliffs Notes アンチョコ
去年の夏、元ボスのエドが中心となってプロジェクトマネジメントのためのコンピュータ・プログラムが開発されました。今年中には世界中の支社のPMに使用が義務付けられる予定なのですが、昨秋使用を始めた環境グループのPM達には、あまり評判が芳しくありません。インハウスのプログラムにありがちな話なのですが、デザインが荒削りで、どのボタンが何をしてくれるのか、直感的に分からないのです。苛立ちを募らせたPM達は、時に「Fワード」まで織り込んでこのプログラムを罵ります。そこで私が登場するというわけ。Can I help you?
プログラムと格闘を続けた末に、疲れ果ててギブアップした人を鮮やかに救ってあげると、とても感謝されます。なんだかエドと組んでマッチポンプを演じているようでちょっと心苦しいのだけど、「困った人のいるところに飯の種あり」で、今の私はこのプログラムの恩恵に大いに浴しているのです。
先日、中堅PMのスティーブから、「ちょっと俺のオフィスに来てくれ」と電話がありました。数日前に、どうやってプロジェクトのデータ更新をすれば良いか、箇条書きにしたメールを送ったところでした。彼のオフィスを訪ねてみると、極めて初歩的な質問をされました。実際PM達のほとんどは、その初歩的な知識が無いためにプログラムを操れないのです。質問に丁寧に答えると、ようやく得心したように礼を言い、
“Then I’ll follow your cliffs notes.”
と私のメールをモニター画面に映しました。このCliffs Notes というのは、Cliffが「崖」ということから、以前は「崖から飛び降りる人の書置き」だと思い込んでいました。調べてみると、これはアメリカの学生なら誰でも知っていると言っても良いほど広く使われている、教科書の要約版冊子のことなのでした。Cliff という名の人が始めたビジネスだからこういう名前になったので、崖とは関係ありません。本屋に行くと、大抵専用の回転棚に沢山収まっているのですが、同じような商品は日本にもあるのでしょうか?和訳は「教科書ガイド」、または「アンチョコ」だと思います。スティーブはこう言ったというわけ。
「じゃ、あんたのアンチョコ見てやってみるよ。」
もっとも、「アンチョコ」という単語が今の日本で一般に使われているかどうかも怪しいんだけど。
プログラムと格闘を続けた末に、疲れ果ててギブアップした人を鮮やかに救ってあげると、とても感謝されます。なんだかエドと組んでマッチポンプを演じているようでちょっと心苦しいのだけど、「困った人のいるところに飯の種あり」で、今の私はこのプログラムの恩恵に大いに浴しているのです。
先日、中堅PMのスティーブから、「ちょっと俺のオフィスに来てくれ」と電話がありました。数日前に、どうやってプロジェクトのデータ更新をすれば良いか、箇条書きにしたメールを送ったところでした。彼のオフィスを訪ねてみると、極めて初歩的な質問をされました。実際PM達のほとんどは、その初歩的な知識が無いためにプログラムを操れないのです。質問に丁寧に答えると、ようやく得心したように礼を言い、
“Then I’ll follow your cliffs notes.”
と私のメールをモニター画面に映しました。このCliffs Notes というのは、Cliffが「崖」ということから、以前は「崖から飛び降りる人の書置き」だと思い込んでいました。調べてみると、これはアメリカの学生なら誰でも知っていると言っても良いほど広く使われている、教科書の要約版冊子のことなのでした。Cliff という名の人が始めたビジネスだからこういう名前になったので、崖とは関係ありません。本屋に行くと、大抵専用の回転棚に沢山収まっているのですが、同じような商品は日本にもあるのでしょうか?和訳は「教科書ガイド」、または「アンチョコ」だと思います。スティーブはこう言ったというわけ。
「じゃ、あんたのアンチョコ見てやってみるよ。」
もっとも、「アンチョコ」という単語が今の日本で一般に使われているかどうかも怪しいんだけど。
2010年8月4日水曜日
Time is of the essence 期限厳守
組織で働くことの利点のひとつは、多様なバックグラウンドを持つ人達から気軽に知識を頂戴出来ることだと思います。それも無料で。廊下を挟んで斜め右のオフィスにいるラリーは弁護士で、契約関係の大御所です。昨日の夕方、数年前からひっかかっていた疑問をぶつけてみました。
プロジェクトの契約書には大抵の場合、次の一文が大きな顔でふんぞり返っています。
Time is of the essence.
直訳すれば「時間は重要だ」ですが、実務的には「期限に遅れたら責任とってもらうからな!」という脅し文句です。この条項によって、契約相手が期限を守らずダラダラ仕事するのを防ごうとしているのですが、現実にはこの一点だけでは不十分。遅れの責任が誰にあるかを分析したり訴訟を起こしたりするには大変な労力がかかるので、よほどのことが無い限りこの条項をたてに相手を糾弾することはないのだと。ただし、建設プロジェクトの場合は必ずと言ってよいほどLiquidated Damage(一日遅れるごとに〇万ドル払わせるぞ)という条項があり、この二点セットで防御は完璧なのだそうです。
こういったことを事細かに解説してもらって、全てタダ。有難いなあ。しかも会話の半分くらいはトイレでの立ち話。でも実は、私の本当の疑問はどうして「Time is essential.」じゃ駄目なのか、という点だったんです。なんでわざわざbe 動詞にof つけて仰々しく身構えるんだろう、と。これは法律外の話かもしれないので、昨日は遠慮して聞きませんでした。でもやっぱり気になったので、本日再度質問。すると、
「この国がスタートするはるか以前から、西洋社会の法律で使われていた条文なんだよ。この文章はそれ自体が既に独り立ちしていて、誰も疑問を抱かないんだな。その文章構造にあえて手を入れたりすれば、そこに何か特別な意図を感じてしまうだろうね。」
勉強になりました。
プロジェクトの契約書には大抵の場合、次の一文が大きな顔でふんぞり返っています。
Time is of the essence.
直訳すれば「時間は重要だ」ですが、実務的には「期限に遅れたら責任とってもらうからな!」という脅し文句です。この条項によって、契約相手が期限を守らずダラダラ仕事するのを防ごうとしているのですが、現実にはこの一点だけでは不十分。遅れの責任が誰にあるかを分析したり訴訟を起こしたりするには大変な労力がかかるので、よほどのことが無い限りこの条項をたてに相手を糾弾することはないのだと。ただし、建設プロジェクトの場合は必ずと言ってよいほどLiquidated Damage(一日遅れるごとに〇万ドル払わせるぞ)という条項があり、この二点セットで防御は完璧なのだそうです。
こういったことを事細かに解説してもらって、全てタダ。有難いなあ。しかも会話の半分くらいはトイレでの立ち話。でも実は、私の本当の疑問はどうして「Time is essential.」じゃ駄目なのか、という点だったんです。なんでわざわざbe 動詞にof つけて仰々しく身構えるんだろう、と。これは法律外の話かもしれないので、昨日は遠慮して聞きませんでした。でもやっぱり気になったので、本日再度質問。すると、
「この国がスタートするはるか以前から、西洋社会の法律で使われていた条文なんだよ。この文章はそれ自体が既に独り立ちしていて、誰も疑問を抱かないんだな。その文章構造にあえて手を入れたりすれば、そこに何か特別な意図を感じてしまうだろうね。」
勉強になりました。
2010年8月3日火曜日
Hi stranger! おひさしぶりね

オレンジ支社のトップで私の大ボスにあたるエリックが、今日の午後私のオフィスに現れました。会議があってサンディエゴまで来たとのこと。
“Hi stranger!”
「久しぶり!」
と笑顔を浮かべて握手を求めて来たのですが、この挨拶、何となく意味は伝わるものの(しばらく会ってなかったから「誰だっけ?」って感じでふざけてるのでしょう)、どんな相手にどんな場面で使える表現なのかよく分かりません。で、ネットでチェック。すると、
「異性の知り合いに誘いをかける時などに使うこともある。」
という記述を発見。え?そうなの?これはいよいよ分からん。さっそく同僚エリカに確認すると、
「え?エリックはどんな表情で言って来たの?」
「いや、そうじゃない。エリックはいいんだ。僕の質問は、男女間で、セクシャルな意味で使うこともあるのかってこと。」
「う~ん、私の知る限りでは無いわね。言い方にもよるけど。」
そうか、なるほど、言い方か。綺麗な女性にじっと目を見つめられ、やや低い声で
「ハ~イ、ストレンジャー。」
って言われたら、ちょっとイイかも。
2010年8月2日月曜日
Pigeonholed - 「鳩小屋」される(?)

サンディエゴ空港で施設補修プロジェクトのスケジューリングを担当しているジェニファーが、先日相談にやって来ました。
「PMPの資格を取りたいんだけど、何から始めたらいい?」
会社が買収される直前まで私は、南カリフォルニアの三つの支社を回ってPMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)の試験対策連続講座を開催していました。以前一緒にランチした時話題にしたのですが、それを憶えていて情報収集に来たというわけ。最近一念発起して資格取得を志した彼女は、その動機を教えてくれました。
「20年以上もスケジュラーやっているでしょ。しかも過去五年はずっと空港関係の仕事に張り付いてるから、私には空港専門のスケジュラーっていうレッテルがついちゃってるの。今のままだと先細りなのよね。」
この時彼女が使った表現が、
“I am pigeonholed.”
「Pigeon(鳩)Hole(穴)」をこのように動詞として使うことは多いようで、職場でしょっちゅう耳にします。穴というと丸い形をイメージしがちですが、これは鳩舎を指している言葉。四角く仕切られた沢山のスペースが書類整理棚と似ているので、「分類整理する」、転じて「レッテルを貼る」「固定観念を持つ」という意味になっているのです。
プロとして何かを極めて行く人に、このジレンマは付き物。私も今じゃ自分を「プロジェクト・コントロール・マネジャー」という肩書きで自己紹介していますが、実はこれ、pigeonhole されないように勝手につけたタイトルなんです。自分ならではの武器を揃えて常に磨きをかけながらも、「実は他にも色々出来るんだぜ」というポーズをちらつかせることが、生き残るためには大事なのです。
日本でこれやると、嫌われる可能性大だと思いますが。
2010年8月1日日曜日
アメリカで武者修行 第18話 目を光らせておくべきだったわ。
マイクの不在をカバーするため、サクラメント支社から彼の上司であるラスがやってきました。銀縁眼鏡、身長180センチ強。年齢は私と同じくらいでしょうか。見るからに聡明ですが、物腰の柔らかさはマイクと対照的。彼はディレクターのクレイグと出会ってわずか数秒で意気投合したようで、まるで長年の友人のようににこやかに話しこんでいました。
一方私の方は、激しい緊張状態にありました。土質調査会社がいよいよストライキ状態に突入したのです。先方の社長と副社長が直々に乗り込んできて、クレイグとラスに怒りをぶつけます。
「プロジェクト開始時は、ここまで仕事が長引くとは考えていなかった。本来なら去年のうちに終わっているはずだったのに、これまで3箇所しか掘らせてもらっていない。現場に入ろうとするたびに、環境条件をクリアしていないとか何とか言ってJVから待ったがかかる。スケジュールが長引いた分の人件費を払うという承認を貰うまでは、一切仕事しないのでそのつもりでいてくれ。」
前回の衝突では手紙のやり取りで事が済んだのですが、今回は一歩も退かない覚悟が明白です。我々は四月までに基本設計を提出しなければならず、それには土質調査の結果が絶対に必要で、ここでグズグズとストライキに付き合っている訳にはいきません。クレイグとラスから交渉戦略の策定を任された私は、老フィルとも相談した上で、彼らにこう確認しました。
「交渉の着地点は、何とか仕事を続けて貰い、期限までに調査結果を得ることですよね。」
「その通りだ。」
とクレイグ。さっそく、土質調査会社との契約書や過去の通信録を丹念に見直した結果、以下の点が整理されました。
1.昨年12月に締結した下請け契約書には、「設計施工一体型プロジェクトの性格ゆえ、スケジュールは未定。JVと調整しつつ進めること。」とあり、彼らの「これほど長引くとは思っていなかった」という言い分は、法的には通らない。
2.同契約書には環境条件などを記した文書をよく読んでおくよう書いてあり、「これほど環境条件が厳しいとは知らなかった」という言い訳も通らない。
3.下請け契約の元となった彼等のプロポーザルは五年前に提出されており、この時点ではそうした制約条件を彼等が知る由もなかったのは確か。しかも見積もりには「3ヶ月程度で仕事が終了する前提」と明記されている。しかし結局は契約書にサインしたのだから、やはりこれも言い訳には使えない。
「調べれば調べるほど、我々の側に分があることが分かって来ました。妥協せずに強く出るという手もありますが、それではこの状況を打破出来ないでしょう。」
と私。クレイグとラスが顔を見合わせます。
「その通りだ。それに、もしも彼らが法廷に持ち込んだらどうなる。一般大衆の目には、下請けを泣かせるムゴいJVという風に映るだろうな。」
とクレイグ。ラスも同意します。議論を尽くした末、ようやく結論に辿り着きました。
「先方の言い分を文書化してもらい、それを我々がORGに突きつけて交渉する約束をしよう。金を出すか出さないかはORGが決めることだが、彼等にとっても土質データは生命線だ。勝機はあるだろう。」
翌週水曜日、再び土質調査会社と会議を開きました。我々の戦略を受け入れた彼らは、仕事を再開する約束をしてくれました。
金曜の夕方、それまで不在がちだったリンダが久しぶりにオフィスに現れたので、今回の顛末をさらりと報告しました。話を聞きながらみるみる般若の形相に変貌して行った彼女は、手にしていたボールペンを振り上げて机に叩きつけ、
「何でそういうことになったのよ?!」
と叫びました。ボールペンは彼女の足元に転げ落ちました。リンダはそれを拾おうともせず、今にも何か恐ろしい魔物に変身しそうな勢いで身を震わせました。
「彼等の仕事が遅いせいで被害を被っているのは私たちなのよ。こっちが賠償請求をするべきでしょう。どうして会議なんか開いたのよ?彼らに交渉の糸口を与えちゃ駄目じゃない!」
「ちょっと待って下さい。これはクレイグやラスの判断でもあるんですよ。」
と慌てて反論したのですが、
「彼らはプロジェクトに参加してから日が浅いのよ。この件を任せられると本気で思ってるの?」
と取りあいません。契約に関しては誰よりも知識が豊富だし、いつも師と仰いでいる彼女ですが、今回ばかりは意見が合いません。法的に分があるからと言って仕事のパートナーを徹底して窮地に追い込むことが、正しい判断とは思えないからです。隣のキュービクルで我々の会話を聞いていた老フィルも立ち上がり、
「下請けにひどい仕打ちをすれば、後で必ず自分たちに返って来るんだよ。彼等とは仲良くやっていかなきゃならんよ。」
と加勢してくれましたが、彼女は全く持論を曲げようとしません。
言おうか言うまいかずっと迷っていたのですが、私はとうとう切り札を出しました。
「そうやって追い詰めた結果、彼等がプロジェクトを下りると言ったらどうするんです?スケジュールは何ヶ月も遅れるでしょうね。そんな事態を受け入れる覚悟が我々にありますか?」
「我々」という複数人称を使うことで衝撃を和らげたつもりだったのですが、それでもこのセリフはぐさりと刺さったようでした。リンダはしばらく無言で私をにらみ付けていましたが、片手でさっとハンドバッグを鷲づかみにすると、
「この件にはもっと目を光らせておくべきだったわ。」
という捨て台詞を残して去って行きました。
リンダの後姿を見送った後、クレイグのオフィスを訪ねて彼女の意見を伝えました。彼は無表情で話を聞いていましたが、最後に私の目を見てきっぱりと、
「気にするな。これまで話し合って来た通りのやり方で行く。」
と言いました。気にするなと言われても、当然気になります。月曜にはマイクが戻ってくるのです。リンダが彼に一部始終を話すことは火を見るより明らか。私はマイクに雇われている身で、彼の逆鱗に触れれば解雇だって有り得ます。「気にするな」と言ったクレイグは、所詮別会社の人間。私を守ってくれるとは到底思えません。その夜は蒸し返し繰り返し、「リンダに刃向かったのは迂闊だったかもしれない」とか、「いや、あそこで黙っているなんてあまりに情けないじゃないか」と煩悶しました。
実は他にもうひとつ、心に重くのしかかっていた事件がありました。造園設計会社と打ち合わせしている過程で、彼らの設計費用がプロジェクトの予算から漏れていたことが明るみに出たのです。どうしてそんなことが起こりえるのか理解に苦しみましたが、フィルによれば、「契約交渉時に上層部の誰かが、元請けからのプレッシャーに負けて削ったんじゃないのかな。」とのこと。しかしだからと言って造園設計会社に無料で設計してくれと言う訳にもいかず、フィルが新たに彼らから見積もりを取りました。そして何度か交渉した後、クレイグの了解も得てようやく契約に漕ぎ付けたのです。実際、額の交渉に当たったのはフィルで、私は書類手続きをしただけだったのですが、問題はこれがマイクの留守中、しかもリンダの知らぬ間に起こったということ。あの二人に知れた時のことを想像すると、胃酸がじわりと噴き出して来るのでした。
そんな陰気な夜が明け、翌土曜日には遂に妻子がサンディエゴに到着しました。四ヵ月半ぶりにファミリーライフの再開です。両手を挙げずに歩くようになった息子を見て、その成長ぶりに驚嘆すると同時に、ようやく家族を呼び寄せたこのタイミングで職を失ったら最悪だな、と自虐的な笑いがこみ上げるのでした。
一方私の方は、激しい緊張状態にありました。土質調査会社がいよいよストライキ状態に突入したのです。先方の社長と副社長が直々に乗り込んできて、クレイグとラスに怒りをぶつけます。
「プロジェクト開始時は、ここまで仕事が長引くとは考えていなかった。本来なら去年のうちに終わっているはずだったのに、これまで3箇所しか掘らせてもらっていない。現場に入ろうとするたびに、環境条件をクリアしていないとか何とか言ってJVから待ったがかかる。スケジュールが長引いた分の人件費を払うという承認を貰うまでは、一切仕事しないのでそのつもりでいてくれ。」
前回の衝突では手紙のやり取りで事が済んだのですが、今回は一歩も退かない覚悟が明白です。我々は四月までに基本設計を提出しなければならず、それには土質調査の結果が絶対に必要で、ここでグズグズとストライキに付き合っている訳にはいきません。クレイグとラスから交渉戦略の策定を任された私は、老フィルとも相談した上で、彼らにこう確認しました。
「交渉の着地点は、何とか仕事を続けて貰い、期限までに調査結果を得ることですよね。」
「その通りだ。」
とクレイグ。さっそく、土質調査会社との契約書や過去の通信録を丹念に見直した結果、以下の点が整理されました。
1.昨年12月に締結した下請け契約書には、「設計施工一体型プロジェクトの性格ゆえ、スケジュールは未定。JVと調整しつつ進めること。」とあり、彼らの「これほど長引くとは思っていなかった」という言い分は、法的には通らない。
2.同契約書には環境条件などを記した文書をよく読んでおくよう書いてあり、「これほど環境条件が厳しいとは知らなかった」という言い訳も通らない。
3.下請け契約の元となった彼等のプロポーザルは五年前に提出されており、この時点ではそうした制約条件を彼等が知る由もなかったのは確か。しかも見積もりには「3ヶ月程度で仕事が終了する前提」と明記されている。しかし結局は契約書にサインしたのだから、やはりこれも言い訳には使えない。
「調べれば調べるほど、我々の側に分があることが分かって来ました。妥協せずに強く出るという手もありますが、それではこの状況を打破出来ないでしょう。」
と私。クレイグとラスが顔を見合わせます。
「その通りだ。それに、もしも彼らが法廷に持ち込んだらどうなる。一般大衆の目には、下請けを泣かせるムゴいJVという風に映るだろうな。」
とクレイグ。ラスも同意します。議論を尽くした末、ようやく結論に辿り着きました。
「先方の言い分を文書化してもらい、それを我々がORGに突きつけて交渉する約束をしよう。金を出すか出さないかはORGが決めることだが、彼等にとっても土質データは生命線だ。勝機はあるだろう。」
翌週水曜日、再び土質調査会社と会議を開きました。我々の戦略を受け入れた彼らは、仕事を再開する約束をしてくれました。
金曜の夕方、それまで不在がちだったリンダが久しぶりにオフィスに現れたので、今回の顛末をさらりと報告しました。話を聞きながらみるみる般若の形相に変貌して行った彼女は、手にしていたボールペンを振り上げて机に叩きつけ、
「何でそういうことになったのよ?!」
と叫びました。ボールペンは彼女の足元に転げ落ちました。リンダはそれを拾おうともせず、今にも何か恐ろしい魔物に変身しそうな勢いで身を震わせました。
「彼等の仕事が遅いせいで被害を被っているのは私たちなのよ。こっちが賠償請求をするべきでしょう。どうして会議なんか開いたのよ?彼らに交渉の糸口を与えちゃ駄目じゃない!」
「ちょっと待って下さい。これはクレイグやラスの判断でもあるんですよ。」
と慌てて反論したのですが、
「彼らはプロジェクトに参加してから日が浅いのよ。この件を任せられると本気で思ってるの?」
と取りあいません。契約に関しては誰よりも知識が豊富だし、いつも師と仰いでいる彼女ですが、今回ばかりは意見が合いません。法的に分があるからと言って仕事のパートナーを徹底して窮地に追い込むことが、正しい判断とは思えないからです。隣のキュービクルで我々の会話を聞いていた老フィルも立ち上がり、
「下請けにひどい仕打ちをすれば、後で必ず自分たちに返って来るんだよ。彼等とは仲良くやっていかなきゃならんよ。」
と加勢してくれましたが、彼女は全く持論を曲げようとしません。
言おうか言うまいかずっと迷っていたのですが、私はとうとう切り札を出しました。
「そうやって追い詰めた結果、彼等がプロジェクトを下りると言ったらどうするんです?スケジュールは何ヶ月も遅れるでしょうね。そんな事態を受け入れる覚悟が我々にありますか?」
「我々」という複数人称を使うことで衝撃を和らげたつもりだったのですが、それでもこのセリフはぐさりと刺さったようでした。リンダはしばらく無言で私をにらみ付けていましたが、片手でさっとハンドバッグを鷲づかみにすると、
「この件にはもっと目を光らせておくべきだったわ。」
という捨て台詞を残して去って行きました。
リンダの後姿を見送った後、クレイグのオフィスを訪ねて彼女の意見を伝えました。彼は無表情で話を聞いていましたが、最後に私の目を見てきっぱりと、
「気にするな。これまで話し合って来た通りのやり方で行く。」
と言いました。気にするなと言われても、当然気になります。月曜にはマイクが戻ってくるのです。リンダが彼に一部始終を話すことは火を見るより明らか。私はマイクに雇われている身で、彼の逆鱗に触れれば解雇だって有り得ます。「気にするな」と言ったクレイグは、所詮別会社の人間。私を守ってくれるとは到底思えません。その夜は蒸し返し繰り返し、「リンダに刃向かったのは迂闊だったかもしれない」とか、「いや、あそこで黙っているなんてあまりに情けないじゃないか」と煩悶しました。
実は他にもうひとつ、心に重くのしかかっていた事件がありました。造園設計会社と打ち合わせしている過程で、彼らの設計費用がプロジェクトの予算から漏れていたことが明るみに出たのです。どうしてそんなことが起こりえるのか理解に苦しみましたが、フィルによれば、「契約交渉時に上層部の誰かが、元請けからのプレッシャーに負けて削ったんじゃないのかな。」とのこと。しかしだからと言って造園設計会社に無料で設計してくれと言う訳にもいかず、フィルが新たに彼らから見積もりを取りました。そして何度か交渉した後、クレイグの了解も得てようやく契約に漕ぎ付けたのです。実際、額の交渉に当たったのはフィルで、私は書類手続きをしただけだったのですが、問題はこれがマイクの留守中、しかもリンダの知らぬ間に起こったということ。あの二人に知れた時のことを想像すると、胃酸がじわりと噴き出して来るのでした。
そんな陰気な夜が明け、翌土曜日には遂に妻子がサンディエゴに到着しました。四ヵ月半ぶりにファミリーライフの再開です。両手を挙げずに歩くようになった息子を見て、その成長ぶりに驚嘆すると同時に、ようやく家族を呼び寄せたこのタイミングで職を失ったら最悪だな、と自虐的な笑いがこみ上げるのでした。
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