先週土曜の午後四時半。ミラメサのボーリング場で待ち合わせした相手は、元同僚のディックでした。二週間ほど前の晩に突然テキストを送りつけ、
“Hello Amigo. How have you been? Seems about time we should
get together.”
「よぉアミーゴ、どうしてる?そろそろまた会おうよ。」
と誘って来たのです。振り返ると、十月に晩飯を楽しんで以来、五ヶ月も連絡が途絶えていました。ボーリング・デートは彼の持ち込み企画で、前回コーエン兄弟制作映画の話題で盛り上がった際、The
Big Lebowskiの愉快さについて語り合ったため、何となくその連想が導いたアイディアだったのでしょう。
「俺、最近ますますDude(ジェフ・ブリッジス演じる、浮浪者レベルにリラックスした風体の主人公)に見た目が似てきたよ。」
と事前にテキストで予告してきました。コロナで引き籠もるうち徐々に身だしなみへの頓着が薄れ、「在宅ホームレス」とでも呼ぶべき荒んだなりに変貌していくのは自然の摂理でしょう。期待を胸にややニヤついてボーリング場へ出向いた私でしたが、入り口付近の椅子に腰掛けて携帯をいじっていた彼は、前回よりも髪を短く刈り、シワのないコカ・コーラ・ロゴ入り赤Tシャツに身を包んでいました。
「なんだよ、全然こざっぱりしてんじゃん。」
と握手しながらからかうと、
「さすがにあの格好で現れる奴は現実にいないだろ。」
と笑い、立ち上がるディック。
最後にボーリングをしたのがいつだったのかも思い出せないほどご無沙汰の私に対し、一時期結構ハマったという相棒は、190センチ超えの巨体を華麗にしならせ、エゲツないカーブボールを投げて経験の差を見せつけます。ところが、真っ直ぐ転がすしか脳のない私が意外にもスペアを連発しポイントを稼ぐ一方で、ド派手な音を立ててピンを吹っ飛ばすものの度々スプリットに苦しめられたディックは、点数が伸びず段々と焦ってきます。額に吹き出す汗を拭いつつ、最終10フレームで立て続けにストライク。ようやく同点に追いついて1ゲーム目を終了。記念にスコアボードの写真を代わる代わる撮る二人。2ゲーム目は調子を上げたディックが大差で私を下し、気持ちよく会場を後にします。
「めし、どうする?」
とまだ汗だくの相棒。いつもだったら事前に私がきっちりスケジュールを組み、予約もバッチリ済ませておくのですが、今回はディックの企画。前日届いた彼のテキストには、
“How about meeting at 4-4:30…bowl…then maybe grab some grub.”
「四時から四時半の間に集合して、ボーリングして、で、何か食いに行くって感じどうよ。」
と極端にアバウトな段取りが記されていました。
「あのさ、grab
some grubっていう表現、初めて聞いたよ。新しいのありがとね。」
「喜んでもらえると思ったよ。」
Grubは「カブトムシの幼虫」ですが、日常では「食事」という意味で使われます。動物が地面を掘って餌を探す様子を表す動詞でもあるので、この派生の仕方は納得。これにGrab(つかむ、手に入れる)という単語をつけて「何か食いに行く」と洒落たわけですね。十年を超す付き合いの中で、英語表現に対する私の渇望感をしっかり理解し、事あるごとに協力してくれている彼。ほんと、相変わらずいいヤツだなあ…。
結局私が提案した焼肉屋「牛角」は二時間待ちの満席だったため、そのそばにあった小さな寿司屋で夕食を楽しむことに。注文後、お互いの近況をあらためて語り合います。
ディックの転職先はまずまずの業績。ストレスレベルも低いとのこと。
「あのさ、さっきテスラに乗ってなかった?車換えたの?」
と私。さっきボーリング場で一旦別れた際、彼が白いテスラで走り去るのを見たのです。
「うん、リースしてんだ。なかなか気に入ってるよ。恐ろしく静かだぜ。良かったらこの後、試乗してみる?」
環境部門の大物である彼が電気自動車に乗るようになるのは時間の問題だったけど、それにしてもテスラとは出世したもんだなあ…。
私からの最大のニュースは、二日前にサンディエゴ・オフィスでパーティーが開催されたこと。二年に及ぶリモートワークを経て、ずっと会っていなかった同僚たちと顔を合わせたのです。ビル2階のオープンテラスに日暮れ前から集まって来た60人を超える出席者達と、ケータリング業者が運び込んだ一口サイズのピザやオードブルを楽しみつつ談笑します。
「過去二年間電話のみで繋がっていた人たちと、ようやく対面したりしてさ。すごく楽しかったぜ。」
同い年で長い付き合いのジョナサンは、コロナ期間に飛行機操縦免許を取得し、こないだ初飛行を果たした。五歳上のアンディは、週20時間勤務に切り替え、これからは好きなことに時間を割くことにした…。
「暫く会わないうちに皆、色々人生に変化があったんだなあってしみじみ思ったよ。」
二年前、世界は突然フリーズし、日が経つにつれすっかり色褪せてしまった。何となくぼんやりそう思いこんでたけど、友人たちは着実に前へ進んでいた!
「そう気付かされて、興奮しちゃったよ。ほんと、あのパーティーに参加して良かった。」
実を言うと、そう明るく話しながらも、私は何か異変に気づいていました。ちょっと前から胃の辺りがムカムカしていたのです。注文したキュウリサラダもカリフォルニア・ロールも、一口箸をつけただけでストップ。ううむ、これはちょっと深刻だぞ…。
「ごめん、テスラの試乗はまた今度にさせて。気分がいまいち優れない。今日はこれで帰るわ。」
ゆっくり時間をかけて慎重に深呼吸を続けながら夜のハイウェイを飛ばし、何とか家に辿り着きます。しかしそれから二日間というもの、猛烈な下痢と吐き気に翻弄され、ひたすらベッドで過ごすことになったのでした。食事はおろか、上体を起こして水をすすることさえ辛く、日曜の晩になってようやく妻の用意した雑炊を口にする私。
「何か変な物食べたんじゃない?」
と尋ねる彼女に対し、
「考えられるとしたら、ボーリング場で飲んだペプシかなあ。」
と答えますが、その前から胃の変調には気づいていたんです。一体何に当たったんだろう…?
しかしその後、部下のシャノンからのメールで、事態は新たな展開を迎えます。
「お腹の調子がひどいので、明日はお休みさせて。」
「おいおい、こっちも同じだよ。パーティーで何か変なもの食べたっけ?」
「ううん。あそこでは私、何も口にしなかったのよ。」
「え、そうなの?じゃ、食中毒説は消えたな。」
当日彼女と私は、朝から隣同士の席で勤務していたのです。ということは、パーティーが原因じゃないのかも。だとしたらオフィス内での感染か?
月曜の午後になり、およそ三十人の参加者が同じ症状で週末寝込んでいたというニュースがセシリアから飛び込んで来ました。暫定的な結論は、これが「ノロウィルス」と呼ばれる輩の仕業だというもの。感染経路は不明なものの、パーティーのためオフィスに集まった社員の約半数が犠牲となり、楽しかったはずのイベントの印象が暗く陰ることになったのでした。
日暮れ頃になり、急に思い出して携帯を取ります。
「ディック、実はあの後大変だったんだ。確証は無いけどノロウィルスにやられたっぽい。オフィスで罹ったみたいなんだ。君に感染ってないことを祈るよ。」
このテキストに、彼がすぐ返信。
“Me too. But if I did, does that make us blood brothers?”
「そうだね。でももし罹ってたら、俺たちブラッド・ブラザースってことになるよね?」
Blood brothers とは、「血の誓いを交わした友」とか「義兄弟」という意味。さすがディック、どんな状況でもジョークを忘れない男…。
更に彼が続けます。
“I guess it would be virus brothers, but that doesn’t have
the same ring to it.”
「ウィルス・ブラザーズかも。だけど、」
までは分かったのですが、後半の意味がつかめません。
「それだと同じリングを持たないな。」
Same ring(同じリング)?指輪?輪っか?
ネットで調べたところ、この場合のリングはベルの音、響きのことらしい。う~ん、でもまだやっぱしワカラン。
どうにも気持ち悪いので、後日、別の同僚クリスティに解説してもらいました。
“That means it doesn’t sound the same (like two bells having
the same pitch).”
「同じようには聞こえないってことよ(2つのベルの音色が一致するみたいには)。」
なるほど、つまりディックの言いたかったのはこういうことですね。
“I guess it would be virus brothers, but that doesn’t have
the same ring to it.”
「ウィルス・ブラザーズかも。ちょっと違うか…。」
微妙な英語表現を巡って友人たちとやり取りをする、この懐かしい感じ…。
静かに喜びが溢れて来ました。