2020年1月21日火曜日

Floppy フロッピー


今日の午後、トイレから戻ってみると、向かいの席でシャノンが大笑いしています。

「聞いてよ。カンチーがフロッピーディスク知らないっていうの。」

彼女の隣で、若いカンチーが当惑気味に笑っています。

「嘘だろ。見たことも無いの?」

「無いです。」

驚嘆して立ちすくむ私。

「それって何に使うものなの?」

と私の二つ隣から二十代半ばのテイラーが質問を投げかけます。

「USBスティックとかと同じ?」

「う~ん、まあ機能としては同じだけど、そもそもデータ容量が桁違いなんだよね。」

左隣の席では、最近24歳になったばかりのブリトニーが、全く話についていけない様子でただただキョトンとしています。

「おいおい本当かよ。君たち誰もフロッピーディスクを知らないっていうの?」

「じゃあレーザーディスクは?」

首を振りながら顔をしかめるカンチーを見て、再び大笑いのシャノン。

「世の中で売られてた物なんですか?」

「売られてたよ!高値でね。そいつで映画を観た時は高画質に感動したもんだ。」

「あ、これこれ。」

と、シャノンが自分のコンピュータ画面を指さしてカンチーに見せます。どうやら、話しながら画像検索していたようです。

「これがフロッピーディスク。コンピュータで仕事した後、データを入れて保管してたの。これよりちょっと前は、もっとサイズが大きかったんですって。」

シャノンもさすがに5インチ版を使った経験は無いのだと。

「いやあ、3.5インチ版が出た時は感動したよ。こんなに小さくなったのに容量が倍増したぞってね。」

三十年前に職場で目の当たりにした技術革新が活き活きと蘇り、感動を新たにした私。

「動画とか入れてたんですか?」

とカンチー。

「動画なんか無いよ!たとえあっても到底おさまらなかっただろうし。」

いやんなっちゃうなあ。なんだなんだこの激しいギャップは?滅茶苦茶年寄り気分にさせられるじゃないか。シャノンと顔を見合わせ、苦笑い。

「そうそう、大判だった時は手で簡単に曲げられる程柔らかかったのよ。それでフロッピーって呼ばれてたんだものね。」

え?あ、そうか、なるほどね。Flopはそもそも「バタバタ動く、揺れる」という動詞だから、Floppy(形容詞)は「柔らかい、ペラペラの」となる。初期のフロッピーディスクの性質を、端的に表現した英単語だったのですね。知らなかったぜぇ。というか、名前の意味をちゃんと考えてみたことすらなかった…。

「おぉ、おぉ、おお~~~~~っ!」

三十年の時を超えた(今じゃ全く役に立たない)新発見にじわじわと気持ちが高ぶって来て、思わず部下たちの前で声を上げてしまいました。心の中の「ガッテン」ボタンを、何度も繰り返し押しながら。


2020年1月18日土曜日

Lose luster ラスターを失う


先日、ロングビーチ支社のマークと数カ月ぶりに電話で話しました。彼とはもう15年近い付き合いですが、私が転属して以来、何年も顔を合わせていません。彼の担当プロジェクトの財務状況を月に一回チェックして、ただレポートをメールするだけの関係が続いています。

「随分長いこと喋ってないけど、どうしてた?」

この手の会話の端緒というのは、適当に調子を合わせて先へ進むための予定調和的なやりとりがお約束。しかしこの時、彼が意外なほどしっかり間を取ってからこうしみじみ答えたのです。

“I don’t know but I feel like everything has started losing its luster.”
「分かんないけど、なんだか何もかもがラスターを失い始めたような気がするんだよな。」

え?ラスター?なんだそれ?あまりにもシンプルな発音なのに、これまで一度も聞いた記憶の無い単語です。

「あ、ラスター、知らない?」

彼の説明によると、Lusterというのは「反射、光沢、輝き」を意味する言葉。つまり、彼が言いたかったのはこういうことですね。

“I don’t know but I feel like everything has started losing its luster.”
「分かんないけど、なんだか何もかもが輝きを失い始めたような気がするんだよな。」

ドキリとしました。

マークと私は同年代。一人息子もほぼ同い年だし、会社の中での位置づけも大して変わりありません。そんな旧友が、ここ数カ月間というもの私が心に抱いていたもやもやを、これ以上ない的確さで表現してくれたのです。

専門分野ではそれなりに経験を積み、ベテランの域に突入した。知識は増え、仕事のスピードも早くなり、効率よくどんどん毎日が進んで行く。時にはあまりに仕事が楽しくてドーパミンが大量分泌され、危険な程ハイな状態で長時間労働を続けてしまう。そんな暮らしを送るうち、日々の様々な出来事がまるで快速列車の車窓を猛スピードで飛び去って行く沿線の家々のように、濁った灰色のノイズと化していることに気付き始めたのです。

何かに不満があるわけじゃない。ただ脳のレセプターが劣化して来ていて、かつては興奮を覚えた対象にも大して反応出来なくなっているのだ。こんな傾向を看過していたらヤバいぞ。今の内にニューロンの活性化に励まなければ!そう激しく自分を戒めるのでした。

さて、マークとの会話の数時間後、コロラドにいる18歳の息子から私と妻に宛ててテキストが入ります。

「後で電話していい?」

さては何か事件か?と心配した妻が、大事な話だったら私が帰宅する8時以降にして、と返事。すると、

「お喋りだよ!今週はよく泳ぎよく遊んだから長い話がしたかったんだ。8時頃電話するね。」

と明るい返事が届きました。その晩、夫婦で遅い夕食を食べている最中に、息子から電話が入ります。

水泳部の厳しい特訓に耐えていること、飛び込みを改善してタイムをぐんと縮め、コーチから褒められたこと、チームメートがいい奴ばかりで毎日めちゃくちゃ楽しいこと。そして先週のフロリダ合宿の話。みなでシャワーを浴びている時、息子が壁を「どん、どん、どどどん」と叩いたのを合図に、全員が「しゃー、わー、みーてぃん!しゃー、わー、みーてぃん!」と声を揃えて歌い出したこと。中休みの週末には、チーム全員でキーウェストの浜辺に繰り出したこと(一月だというのに海で泳げるくらい温暖だそうです)。通りすがりのおばさんに集合写真の撮影を頼んだら、「あんたたち大学生?じゃあ皆一緒に言って。Beer(ビール)!」と全員を笑わせてからパチリ。「もう一枚撮るわね。More Beer(もっとビール)!」抜けるような青空の下、Tシャツ短パン姿の逞しい男子大学生たちがゲラゲラ笑いながら肩を組んだり両手を上げたりしている写真が、テキストで送られて来ます。

「ウォーカーがさあ、トファーの海パンにクラゲを突っ込んだの。そしたらタマを刺されて大騒ぎになって、その日はずっとベッドで横になってなきゃいけなかったんだよ。そしたらその写真をウォーカーがこっそり撮ってインスタに載せてさあ。もう大ウケ!」

妻と一緒に笑いながら、じわっと感動していた私。

いいなあ若者たち、キラキラ輝いてんな!