金曜の晩は7時から、Dave &
Buster’s というレストラン付き巨大ゲームセンターで会社のクリスマス・パーティーがありました。百名前後で貸し切りにした大部屋で、まずはディナー。食後はデザートの前に一旦部屋を出て腹ごなしにゲームをどうぞ、という段取り。我々夫婦はオートバイレースや標的などの古典ゲームで早々にエネルギーを使い果たし、エアホッケーの順番待ちにも耐えきれなくなって大部屋に戻ります。中央付近のテーブルに着くと、同僚シェインとその奥さんが合流。その後間もなく、ゲームに飽きたのか元大ボスのテリーとご主人トレイスがやって来ます。
「息子さんの大学受験はどんな様子?」
にこやかに尋ねるテリー。感謝祭のホームパーティーでその話題は出ていたので、ごく自然な流れでしょう。しかしこれに思わずため息をつき、首を振りながら妻と顔を見合わせる私でした。
実は遡ること数時間前の夕方五時が、第一志望校の合否発表予定時刻だったのです。私と早目に帰宅し、ダイニングテーブルでコンピュータを立ち上げる17歳の息子。大学のポータルサイトにアクセスし、自分のアカウントを開いた途端、あれ?と不審な表情を浮かべます。そのままいつまでも固まっているので、おい、どうなったんだ?とせっつくと、
「必要書類の提出が済んでいません、だって。」
とようやく答える息子。はぁ?どういうことだ?と画面を覗くと、リストアップされた十件以上の提出書類の横に緑の丸印が並ぶ中、一件だけ赤いバツ印。どうやら息子の通う高校の学生課が直接大学に提出してくれるはずだった書類が、締め切りに間に合わなかったらしいのです。
「ポータルサイトを今の今までチェックしてなかったのか?」
「うん。」
「こういう事態に対処出来るよう小まめにチェックしとけって何度も言ったよな。」
「ごめんなさい。」
まただよ。一体どれだけ失敗すれば学ぶんだこの男は?のんびりした性格も、ここまで来ると致命的欠陥だぞ。第一志望校だというのに、こんなバカげた失態で不合格とは情けないにもほどがあるだろ…。ところがよくよく見ると、「この書類を火曜までに提出しないと受験申込は無効になります」との文章。は?じゃあ不合格じゃないの?
息子が申請したのはEarly
Decision(合格したら必ず行くという約束付きの受験)枠でしたが、大学側は二巡目の合否判定枠に彼を回してくれる、というのです。なんじゃそりゃ?日本だったら間違いなくゲームオーバーだぞ。つくづくアメリカって気前よくチャンスを与える国だよなあと感心しつつも、溜息の止まらない私でした。
「結局それで合格しちゃったりするんじゃない?」
私の話を聞き終わり、テリーが慰めを言います。
「他もいくつか受けてるんでしょ。きっとどこか受かるよ、大丈夫。」
とシェイン。
「その大学に受からなかったら、そこはきっとそもそも自分が行くべきところじゃなかったんだって思えばいいのよ。次の選択肢にさっさと頭を切り替えるだけのこと。」
テリーが大きく笑ってこう総括しました。
“It’ll all work out.”
「結局なんとかなるものよ。」
これ、子育て関連の会話で実によく聞くフレーズです。どんなにアホな失敗を繰り返しても、親や友達、あるいは赤の他人から不思議と救いの手が伸びて来て、それなりに幸せな状況に落ち着くものだ、と。アメリカという豊かな国が育てた楽観主義なのかもしれませんが、息子に「慎重さ」や「弛まぬ努力」を学ばせたい我々夫婦にとっては、簡単に受け入れられない助言です。己の怠慢が招いた結果は重く受け止め、二度と同じ過ちを犯さぬよう胸に刻め!と叱る方が性に合ってるのですね。
この後、テリーもトレイスもシェインも、まるで懐かしい流行語を掘り返して楽しむかのように、何度もこのフレーズを繰り返しました。
“It’ll all work out!”
「結局何とかなるものよ!」
不思議なこともあるもので、ちょうどこの日のランチタイムにも、このフレーズが飛び出していたのでした。同僚ディックとお気に入りのピザ・レストランNA Pizzaに出かけた際のこと。何の脈絡からか、映画の話題になったのです。
「何年か前にこんなの観たんだ。確かスウェーデンの古い白黒作品だったと思うけど…、」
と私。全国的不況の中付き合い始めた十代の男女が、息苦しく先の見えない毎日を送っている。男は深刻に物を考える性質だが、娘は気まぐれで楽観的。こんな生活を抜け出して島で一緒に暮らしましょうよ、と突拍子も無い提案をする。男はこんな恋人の奔放さが愛おしく、計画に賛同。島での原始的な二人暮らしが始まる。ひと夏の楽園。それは若い二人にとって永遠に続く幸福な暮らしに思えたが、やがて厳しい現実がやって来る。そして娘は、未練気も無く恋人を捨てる…。
物語の背景をうろ覚えで語り始めた私ですが、ディックに伝えたかったのは、「自由奔放な若い女に振り回される真面目な男」の図式が実にリアルで、青春時代に負った古傷のかさぶたが剥がされるような痛みを感じたこと。そして映画鑑賞後も長い事引きずった、という話。
「俺はその映画、きっと辛くて耐えられないな。」
とディックが笑います。え?どして?と私。
「最初の結婚相手が、まさにそういう女だったんだ。」
あ、そういえばディックはバツイチだったんだ。すっかり忘れてたぞ。
「彼女も本当に予測不能な行動をする人だったんだよ。」
新婚早々「二人でPeace Corps(ボランティアの平和部隊)に入りましょうよ」と言い出したり、「そうだ。オーストラリアに移住しない?」と目を輝かせたり。
「仕事はどうするんだ?と聞くと、行ってから探せばいいじゃないって言うんだ。貯金も無いのにだぜ。彼女の口癖が、これだ。」
“It’ll all
work out.”
「結局なんとかなるものよ。」
特別裕福な家庭では無かったが、実家ではお父さんが常に娘のやりたいようにさせていた。その繰り返しが彼女の気まぐれな性格を助長したのだろう、と分析するディック。
「気の向くままに進めばきっと何でも上手く行くって、本気で信じてるんだぜ。ピンチに陥る度に周りの人間が救いの手を差し伸べていたことに、気づいてもいないんだ。慎重に計画を練って辛抱強く問題解決を続けてこそ夢は現実になる、そう信じてる俺みたいに窮屈な男は、こういう女の無軌道な言動に呆れながらも、ついつい惚れてしまうんだよな、困ったことに。」
しかし「楽観主義者のサポーター」は遂に我慢の限界に達し、結婚は破綻することに相成ったわけですね。そんなキツイ体験してれば、この映画はハードル高いかも…。
「それ、何ていう映画なの?」
とディックが尋ねます。
「う~ん、何だっけ?確か、Summer with 誰々、って感じのタイトルだったな。」
携帯で早速調べたところ、これは ”Summer with Monika”という作品でした(邦題は「不良少女モニカ」とされているようですが、「モニカとの夏」の方が内容に即している気がします)。
ディックも同時にネットで作品情報を探し当て、暫くあらすじを読んでいたのですが、ヒロインのモニカが胸をぎりぎりまではだけて横を向いたポスター写真を見つけた途端、彼が尋ねます。
「これがモニカ?」
そうだよ、と答えると、彼がニヤついてこう言いました。
“I would be happy to spend summer with
Monika!”
「モニカとなら喜んで、一緒に夏を過ごしたいね!」