2017年9月23日土曜日

Biggest Deepest Thoughts とびきりでかくて深い想い

水曜の夕方、向かいの席からシャノンが上体を斜めに乗り出して声をひそめました。

「ちょっと話せない?」

二人で近くの会議室へ移動し、ドアを閉めます。

「テイラーのことなんだけど…。」

先月末にチーム入りした新人社員テイラーの様子がどうも気になる、というシャノン。数カ月だけ先輩社員のアンドリューに過去四週間面倒を見させていたのですが、彼と話していない時のテイラーが一体何をしているのか、アンドリューでさえも分からないらしい、というのです。

「無表情でコンピューターに向かって座ってて、誰とも話さないでしょ。思い詰めているようにも、無関心にも見える。とにかくなんだか覇気が無いのよね。」

面接の際にビリビリ伝わって来た、圧倒的なまでの彼女のエネルギー。今ではすっかり落ち着いてしまった。これは何のサインだろう?もしかしたら、働き始めてみてこれは自分の探していた仕事じゃないと悟ったのかもしれない。だとしたら早いうちに手を打った方がいいんじゃないか?

「驚くような話でも無いんだけど、実は僕も同じことを考えてたんだ。」

と私。入社前と比べ、まるで別人に変貌してしまったテイラー。何が彼女をここまで変えてしまったのか?初日のオリエンテーションで人事から何か吹き込まれたとか、上司である私のちょっとした一言に人知れず傷ついてるとか。勘繰り始めると、色々原因が考えられます。

「入社直前に、長く付き合ってた彼氏と別れたとかさ。」

と冗談半分に投げかけると、

「そういうのだったらまだいいんだけど…。」

と心配顔のシャノン。

「分かった。明日の朝、ちゃんと話してみるよ。懸念は早めに解消しといた方がいいからね。」

そして木曜の朝、彼女を会議室に呼んで直接対話をすることになったのです。重大な意思決定を迫られるような結末も想定出来る場面ですが、自分でも意外なほどニュートラルな気分で臨めました。というのも前日の火曜日、私の物の見方に大きなインパクトを与える事件があったのです。

話は三年前にさかのぼるのですが、家族でカナダのナイアガラ観光を楽しんだ際、トロントでThe Distillery History Districtという再開発エリアを歩きました。その一角に小さな劇場があり、エントランスの窓越しに四枚のイラストポスターが見えたのです。突然、その中の一枚に釘付けになった私。何故か目が離せず、足がすくんだような状態になりました。

暗い青緑色の部屋。全裸の女性がベッドでうつ伏せに横たわっている。何故かベッドの底すれすれまで浸水していて、彼女の左人差指が水面にかすかな波紋を作っている。右手は柵状ヘッドボードの一本を握っている。その顔に表情は無く、彼女の想いを窺うことは難しい。

一体この女性の身に何が起こってるんだろう?洪水なら早く逃げなきゃいけないけど、落ち着いて水に触れているところを見ると、ひどく切迫した状態でもなさそうだ。それにしても、どうしてこんなに無表情なんだろう?何を考えてるんだろう?

妻子に先を急がされたのですが、「もうちょっと見たいから」と、暫くその場で佇んでいた私。この日以来、私の脳裏にはずっとこのミステリーがひっかかっていました。「あの女性の身の上話を聞いてみたい」、と。

それが先週末、ひょんなことからこのイラスト作家のウェブサイトを発見。遂に謎解きの手がかりが得られるかもしれない!と喜び勇んだのでした。ところがところが、この人の作品を百枚近く閲覧した後、一層混乱している自分に気付いた私。なんと、このBrian Rea(ブライアン・レア)という作家の描く人物のほとんど全員が、完璧なまでの無表情なのです。カップルと見られる男女が額をくっつけ合っているイラストですら、幸せ一杯の二人が愛を確かめ合っているのか、はたまた辛い別離の瞬間なのか読み取れない。う~ん。ゾクゾクするほど好きだぞ、この世界。

週末を彼の作品鑑賞に費やした翌日月曜、ブライアンにメールを書くことにした私。トロント訪問以来、三年間も謎が解けないこと、彼の作品群がいたく気に入ったこと、無表情なキャラクターに翻弄される愉しみを味わっていること、などを綿々と綴ったのです。ま、有名作家の表紙デザインも手掛けるような売れっ子イラストレーターにこんなメールを書いたって、読まれもしないだろうけどね…。

ところがそんな予想を裏切って、翌日火曜の午後、仕事中に返信が届いたのです。私の感想がとても嬉しかったというお礼の後、例のイラストの裏話を丁寧に解説してくれるブライアン。当時トロントで上演されていた演劇の一幕が、ある娼婦の物語で、彼女が陥っていた「溺れてしまいそうな」ピンチを表現していたのがあの床上浸水だった。自分の描く人物に表情が無いのは意図してやっていることで、漫画でよく見る大袈裟な笑顔や泣き顔は描かないようにしている。良いイラストというのは、観る人に自由な解釈を促すものだ、と。

なるほど。これで合点が行きました。彼のイラスト一枚一枚にそれぞれ何分間も見入ってしまうのは、そういう理由だったのか…。

「イラストの中の、バス停に立つ人やビーチで砂遊びをしている人のことを時々じっくり考えてみるんです。その顔に表情は無い。でもね。」

“I'm sure in those instances those people are thinking their biggest deepest thoughts of their days.”
「そんな瞬間にもこの人たちは、きっとその日一日の内でもとびきりでかくて深い想いを抱いているに違いないって思うんです。」

“That's what I'm trying to capture- the simplest moments of our lives, and how grand those moments can be.”
「それこそが、僕が切り取ろうとしているものなんです。極めて些細な人生の一コマが、物凄く大事な瞬間かもしれないってね。」

思わず椅子から立ち上がり、窓の外のサンディエゴ湾に目をやる私。まぶたがじわっと熱くなっていました。

そうだ。誰かが胸の内にどんな想いを秘めているのかなんて、簡単には分からないものなんだ。たとえ顔が笑ってたって、同時に怒りや悲しみを抱えていることだってある。人の感情なんてものは深く入り組んでいて、「シアワセか不幸か」なんて具合に整理出来るものじゃない。きっとあのイラストの女性だって、実入りの良い仕事でそれなりに潤っていて毎日楽しいけど、このまま続けたら自分の人生はどうなっちゃうのか、という不安にも苛まれているのだ…。

ブライアンの返信によって、「人の心」という遠大な宇宙空間にふわりと投げ入れられた私。今この瞬間、世界中に生きる一人一人の中に大きくて深い想いが息づいているのだと考えるだけで、胸が躍るじゃないか…。

そんな感じで迎えた、木曜の朝でした。

「正直に言うね。面接の時に君から伝わってた熱い気持ちが、この四週間感じられないんだ。僕もシャノンも、ちょっと心配になってる。この仕事についてどう思ってるのか、率直なところを聞かせてもらいたいと思ってね。」

単刀直入に切り込んだ私。ぽかんと口を開け、あっけにとられた様子のテイラーの両目が、みるみる赤くなって行きます。

「そんな印象を持たれてたなんて、思ってもみませんでした。悔しいです。」

最初の三カ月は自分を無にし、出来るだけ多くを吸収するのが自分の学習スタイルで、ある程度まで学んで自信が付いたら、突然はじけてやかましく喋り始めるのが常なのだ、というテイラー。アンドリューと会話していない時はオンラインのトレーニングコースなどで、ひとり静かに学んでいる。まだ分からないことだらけだけど毎日が刺激的で、ワクワクしている、と。今朝も一緒に住んでるお母さんから、仕事どうなの?まだ一度も不平不満を聞いてないけど、と尋ねられ、楽しいからじゃん、と答えた。前の仕事は初日から文句言い続けだったもんね、と笑われたのだと。

「もっともっと学んで早く一人前になりたいです。どうすれば良いですか?」

と真剣なまなざしを向けるテイラー。

無表情の向こうで燃え盛るとびきりでかくて深い想いが、ずどんと胸に刺さりました。


2017年9月16日土曜日

I cleaned his clock 彼の時計をキレイにした

月曜は、2017年度自己業績評価の提出締め切り日でした。会計年度の最終月である9月に過去一年の活躍を振り返り、自分がどれだけ会社に貢献して来たかをそれぞれアピールする。これに直属の上司とそのまた上層部が評価を加え、個々の社員の一年間の成績を最終決定する。それが来年一月からの新給与に反映される、という仕組み。

ここ数年で私のチームは拡大のスピードを増し、今では部下5人。皆、極めて優秀で勤勉です。直属の上司として私が書き込むコメントを、本人が読み納得してサインをする仕組みになっているので、いい加減な仕事は出来ません。来週はじっくり時間をかけ、この大事な任務に取り組む予定です。

さて火曜日は、熟練PMキースとの打合せがありました。一年前からサポートして来た彼の裁判所設計プロジェクトに、思いもよらぬ展開があったと言うのです。

我が社が買収した別会社の在庫プロジェクトをあてがわれたキース。財務分析を依頼された私が開腹手術を施したところ、重篤な病に罹っていることが判明した、というやっかい物。契約前のネゴシエーションで誰かが大幅なディスカウント要求を呑んでしまったため、仕事を進めれば進めるほど出血して行く、という最悪の事態。とんでもないルーザー(負け犬)プロジェクトの登場に上層部はパニックに陥り、何とかしろ!の一点張り。冷静に考えれば誰でも分かることだけど、そんな不当な契約書に誰かがサインしてしまった時点で勝負はついているのです。PMのキースがいかに優秀でも、大逆転出来るシナリオなんてあるわけが無い。私は彼と何時間もかけ、「出血を最小限に食い止める策」をいくつも検討しました。しかしそれを提出する度に完全無視を決め込む上層部のB氏。「黒字に戻す策を送って来い」と新たなメールがキースのインボックスに届きます。しまいには、本社からのお偉方を含めた会議で対策を問われた時、

「解決策を作るようPMのキースに再三指示したんですが、彼が一向に応答しないんですよ。」

と生贄にされてしまったのだそうです。思ってもみなかった展開に、さすがにムカッと来たキース。

「ちょっと待って下さい。ちゃんと返事は送ったじゃないですか。正確な送信日時を言いましょうか。少なくとも5本は対策案を書いてメールしましたが、一度も返信を頂いてませんよね。」

実はキース、前もって本社のエグゼクティブ達にこっそり根回ししておいたので、はなから嘘はバレバレだったのです。公然と顔を潰されたB氏は憤怒の表情で黙り込み、そのまま本社から長々とお叱りを受けたのだそうです。その後一度オレンジ支社の廊下でバッタリ出会ったのですが、彼は目も合わせようとしなかったのだとか。

そんなストレス特大の案件に、今度はどんな展開があったというのか?

「先週になってクライアントがさ、契約を破棄したいと言って来たんだよ。」

ええっ?そりゃまた意表を突いた展開。

大統領の交代で議会の勢力地図が塗り替わり、裁判所建設予算が宙に浮いた。この先どうなるか分からない情勢で、これ以上設計プロジェクトを継続する理屈が立たない。ずっと良い仕事を続けて来てもらったのに申し訳ないが、おしまいにさせて欲しい、と謝罪モードのクライアント。

「長いこと関係を断ちたくてたまらなかった彼女から、先に別れを切り出されたみたいな気分だよ。しかも、あなたみたいな良い人を傷つけちゃってごめんなさいね、なんて感じで謝られてさ。」

「うわあ、そこまで都合良過ぎるシナリオは、さすがに思いつかなかったなあ…。」

と私。

“It couldn’t be better!”
「これ以上ない展開だよ!」

と静かに頷きながら満足そうに笑うキース。ちょうど業績評価の時期に間に合って良かったね、と言おうとして、ふと躊躇います。耳の痛いニュースはことごとく無視し、保身のためには平気で部下を売るような人物のB氏が、この顛末をどう受け取るかちょっと予想がつきません。そのことを漏らしてみたところ、苦笑いを浮かべて放ったキースの一言がこれ。

“I cleaned his clock.”

直訳すれば、

「彼の時計をキレイにしてやったもんな。」

です。ん?

“And he’s my direct supervisor.”
「しかも彼は僕の直属の上司と来てる。」

と続けるキース。う~む。なんなんだ?時計をキレイにするって…。

打合せ後、さっそくネットで調べてみたところ、Clean someone’s clockは「誰かをこてんぱんにやっつける」という意味のイディオムでした。確かにキースは本社のお偉方の前で、B氏にクロスカウンターをお見舞いしてやりました。きっとそのことを言っているのでしょう。でもなんで時計?

同僚五人に聞いて回った結果、人間の背丈ほどもあったかつての置時計から来ている表現だろう、ということで見解が一致しました。文字盤を顔になぞらえ、不細工な相手に

“Fix your clock!”
「時計を直せよ!(その醜い顔をなんとかしろよ!)」

と言ってからかったことから始まり、いつの間にかClean the clock 「顔を思い切り殴って倒す」ことに変わって行ったのじゃないか、という説明。スポーツや討論会で、対戦相手をこっぴどく打ちのめした時に使うイディオムなのだそうです。キースが言いたかったのは、こういうことでしょう。

“I cleaned his clock.”
「(B氏を)コテンパンにやっつけちゃったもんな。」

これまで君から受けて来たサポートに対する感謝の印として昼飯をおごらせて欲しいというので、金曜日、Monelloという洒落たイタリアン・レストランへ行きました。生パスタを使った絶品カルボナーラに舌鼓を打ちながら、ずっと心に引っかかていた質問をぶつけてみる私。

「相手に非があるとは言え、本社のお偉方の前で直属の上司の顔を潰しちゃったわけでしょ。年度末の業績評価が不安にならない?」

客観的に見れば、キースの対応は完全な正当防衛。でも、年次業績評価直前というタイミングなだけに、ちょっと心配になって聞いてみたのです。すると彼が、ニヤリと笑ってこう答えました。

「クビにしたければしてもらって結構。不安なんか無いね。ここだけの話だけど、毎月のようにあちこちからヘッドハンティングのお声がかかってるんだ。何故B氏が僕を切らないのかと言えば、結局のところ、僕が稼ぎ頭だからなんだよ。彼はマネジメントに専念していて、プロジェクトを一件も担当してない。部下たちの稼ぎの上澄みをすすって生きてるわけだ。歳入源である僕のような人間を失えば、たちまち自分の首が危うくなる。だから切れないんだよ。」

これはまた、意外なほど強気な発言。そんなかっこいいセリフ、一度でもいいから吐いてみたいもんだ、と感心しきりの私でした。


2017年9月3日日曜日

Passive aggressive パッシブ・アグレッシブ

木曜の午後、文化財調査チームのクリスティとの打ち合わせ中、検索機能を駆使して会社のデータベースから必要な情報を抽出し、エクセルに落としてウィークリーレポートを作成するステップを説明していたところ、彼女が薄笑いを浮かべ、途方に暮れた様子でこう言いました。

“I’m so discombobulated!”

え?今なんて言ったの?と、慌てて話を中断する私。

Discombobulated(ディスコンバビュレイテッド)って言ったのよ。この言葉、知らない?」

「全くの初耳だけど、どういう意味なの?」

クリスティはちょっと困ったような顔になり、

「そうね、Confused(混乱してる)ってことかしら。」

「え?でも随分文字数の多い単語じゃない。ニュアンスの違いはあるんでしょ?」

「ディスコ」とか「ンバビュ」などという、耳に楽しいサウンドが続くけれん味たっぷりのワードが、単に「混乱」を表明したいだけだなんて信じ難い。

「う~ん、どうかなあ。あまり深く考えたこと無かったかも。」

結局クリスティからは、腑に落ちる説明を引き出せぬままミーティングを終えたのでした。後で調べたところ、そもそもCombobulateには「秩序を回復する」という意味があるようで、これにdisを付け加えることで「混乱」を表すのですね。でもやっぱりモヤモヤは残ります。

翌日金曜の午後四時を過ぎた頃、同僚ディックからテキストメッセージが入りました。

「コーヒー飲みに行かない?」

約束をすっぽかしたお詫びにオゴるよ、と言われて二人で駅前のスタバまで歩きます。そう、その日は彼と久しぶりにランチへ行くはずだったのです。

「そんなことしなくていいよ。お互い忙しいんだから、約束守れないことだってあるでしょ。」

と私が言うと。

「いや、気にしないでくれ。次回はシンスケにおごってもらって俺が特別高いヤツを注文するから。」

先に普通のホットコーヒーを頼んだ私は、窓際の丸テーブルを挟む二脚のハイチェアのひとつに腰かけます。彼は涼し気なレモン色のドリンクを受け取ってストローを差し込み、ちゅうちゅう吸いながら真向いに座りました。暫く近況報告を交わした後、私がこんな質問を投げかけます。

「あのさ、discombobulatedって単語知ってる?confusedとどう違うの?」

もちろん知ってるよ、俺のお気に入りの単語のひとつだな、とディックが笑い、confusedと同じ意味だよ、と答えました。

「でもさ、わざわざ違うワードを使っているんだから、何かしらニュアンスの違いはあるはずでしょ。」

と食い下がる私。そして前日のクリスティとの会話を持ち出します。う~ん、と暫く考えた挙句、

Confused(コンフューズド)は自分の知的能力の限界を超えてしまってる感覚だけど、Discombobulated(ディスコンバビュレイテッド)は、外界からの様々な作用が働いてしっちゃかめっちゃかになってるってニュアンスかな。たとえばクリスティの例だと、システムが複雑過ぎるせいで理解出来ないって批判している風にも取れるよね。」

なるほど。それなら分かる。「もう何が何だかわけわかんない!」というレベルの混乱ですね。

「そういえば昔、通勤途中に聴いてたオーディオブックに出て来たんだけど、誰かから話を聞いた後に“I’m confused.”と言った場合、実際は自分が混乱してるんじゃなくて相手が混乱してる、つまりあんたの説明はひど過ぎて何言ってるか分からない、と暗に批判してるケースが多いんだって。」

と私。するとディックは、

「それは鋭い指摘だなあ。全く同感だよ。しかもそれは、俺が最も得意とするPassive Aggressive (パッシブ・アグレッシブ)話法の典型じゃないか。」

と嬉しそうに微笑みます。

Passive Aggressiveというのは、消極的(パッシブ)な様相ながら攻撃性(アグレッシブ)を持つ性格のこと。無理やり和訳すれば、こうなりますね。

Passive Aggressive
遠回しのいやみ

このタイプの人は、背筋も凍りつくような皮肉を涼しい顔で言えちゃいます。

「今夜は随分お楽しみだったみたいね。」

とか、

「全然怒ってないわよ。」

とか。

I’m confused」は、自分の頭の悪さを露呈しているようで、実はそれとなく相手を批難している可能性を孕むフレーズなのですね。その隠された悪意の可能性に一旦気付いてしまうと、聞いた相手はモヤモヤし始めます。話者の真意を確認するすべが無い場合は、不快感が募ってしまいには怒りに転ずることも。そう、パッシブ・アグレッシブ話法の多用は人間関係にネガティブな影響を及ぼす危険性があるのです。

Discombobulatedはそもそも外的要因が絡んでる雰囲気があるから、I’m discombobulated と言ってもパッシブ・アグレッシブには受け取られないよね。」

これですっきりしました。

「そういえばうちの15歳の息子は、父親のパッシブ・アグレッシブなコメントを嗅ぎ分ける能力が付いて来たよ。」

と私。

「君の勤勉さにはいつも本当に感心させられるなあ、とニコニコして見つめると、分かったよ、宿題やれって言いたいんでしょ、なんて溜息つくようになってね。早く宿題始めろ!って怒鳴るより、よっぽど効き目があるんだ。」

この道の大家を自称するディックが、満足げに頷きます。

「パッシブ・アグレッシブ話法の効果は聞き手の知的成熟度によるところが大きいんだ。息子さんはシンスケの意図を察知出来るまでに成長してるってことで、喜ばしいよね。」

そういう彼にも、ジャクソンという小学校低学年の男の子がいて、最近は、

「パパ、もしかしたら本当はそう思ってないんじゃないの?」

と混乱した表情を見せることが多くなって来たそうです。例えば何て言った時の話?と尋ねると、彼がこう答えました。

“You can clean up your room next year.”
「来年になったら部屋を片付けなさい。」

ジャクソンには、まだちょっぴりだけ早かったみたいです。