今年の春ごろから、私が所属するオレンジ支社で大きな組織改変が立て続けにありました。「苦境にある複数プロジェクトのPMをやってくれ」と去年私に要請して来た建築部門の副社長リチャードは早々に転勤し、後任のジョンも数カ月で異動。その他にも解任やら辞職やらが重なり、上層部は短期間にそっくり入れ替わってしまいました。当然、過去の経緯を知る者は誰一人いません。
「このシンスケという奴は一体何者だ?なんで環境部門の人間がうちのプロジェクトのPMをやっとるんだ?しかもどのプロジェクトも惨憺たる経営状況じゃないか!」
といった会話が背景にあるとしか思えない不躾な質問メールがバンバン届くようになって来て、ありゃりゃ、これはヤバいぞ、と思い始めました。そんなある日、建築部門のある男性からメールが届きます。私の担当していた中で唯一軌道に載り始めていたプロジェクトについて書かれています。そして、
「ここから先は俺がやるから。」
と、PMの座をさっさと奪って行ったのです。
漫画に出て来そうな展開。さすがの私もこれはコタエました。なんなんだ、一体?まるで街にさまよい込んだチンピラを見るような険しい目つきで、住民たちが家の扉をバタン、バタン、と閉めて行く感じ。砂煙舞う砂利道に立ちすくんで途方に暮れる、自称ヒーローの私。気づいた時には、軽いうつ状態に入っていました。酒が飲める体質だったら、街はずれのバーにでも入り浸って荒れていたことでしょう。
これは他部門への助太刀中に起きた話ですから、直属の上司であるクリスピンに相談してみたところでどうにもなりません。今の仕事に就いて初めて、出勤するのが楽しみじゃなくなりました。悶々と三カ月ほど過ごした後、このままでは本格的な病気になっちゃうぞ、という危機感から、元上司のリックに相談してみることにしました。これまでも、困った時には決まって突破口を見つけてくれた人なのです。
「今、この支社はぐちゃぐちゃだ。上層部の入れ替わりや組織変更が毎月のように起こっているのは知ってるだろう。クリスピンだって明日どうなるか分からないような状態だ。個人個人はシンスケの貢献に感謝していても、組織的な認知になっていない可能性は充分ある。今のままじゃ危険だな。」
リックとの話し合いの結果、サンディエゴ支社環境部門への転属を、トップのテリーに打診してみることにしました。テリーとは四年前から一緒に働いて来たし、彼女の管轄下にある巨大プロジェクトのPMを長々と務めた経験もあります。私のことを受け入れてくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いて彼女に面会を申し入れました。
「もちろんよ!もっと早くそうすれば良かったのよ。この支社のプロジェクト・コントロールをもっと強化する必要があるから、あなたが来れば完璧。そもそもサンディエゴで働きながらオレンジ支社に所属するなんて、無理があったのよね。」
予想を超える温かい歓迎に、胸が熱くなりました。テリーの右腕であるマイクが私の上司になり、10月から晴れて新体制へ移行しました。部下のシャノンは、
「これで私達、名実ともに同じチームね!」
と大喜び。オレンジ支社で散々受けて来た冷たい仕打ちが、まるで嘘のようです。
同僚ディックとランチを食べていた際、事の顛末を話しました。
「暫くは本当につらかったけど、結果的に良かったよ。日本語に、捨てる神ありゃ拾う神ありっていう慣用句があってね。そういう心境なんだけど、これ、英訳が難しいんだよね。だって日本には八百万の神がいるけど、キリスト教にはそういうコンセプト無いでしょ。」
「そうだねえ。直訳しても一般のアメリカ人には理解されないと思うよ。」
とディック。
「似た意味合いの英語表現は無い?」
と尋ねると、彼が暫く考えてからこう言いました。
“When one door closes, another opens.”
「閉まる戸がありゃ開く戸あり。」
おお、それそれ!
ぴったりな言い回しを頂きました。