2015年10月31日土曜日

When one door closes, another opens. 閉まる戸がありゃ開く戸あり

今年の春ごろから、私が所属するオレンジ支社で大きな組織改変が立て続けにありました。「苦境にある複数プロジェクトのPMをやってくれ」と去年私に要請して来た建築部門の副社長リチャードは早々に転勤し、後任のジョンも数カ月で異動。その他にも解任やら辞職やらが重なり、上層部は短期間にそっくり入れ替わってしまいました。当然、過去の経緯を知る者は誰一人いません。

「このシンスケという奴は一体何者だ?なんで環境部門の人間がうちのプロジェクトのPMをやっとるんだ?しかもどのプロジェクトも惨憺たる経営状況じゃないか!」

といった会話が背景にあるとしか思えない不躾な質問メールがバンバン届くようになって来て、ありゃりゃ、これはヤバいぞ、と思い始めました。そんなある日、建築部門のある男性からメールが届きます。私の担当していた中で唯一軌道に載り始めていたプロジェクトについて書かれています。そして、

「ここから先は俺がやるから。」

と、PMの座をさっさと奪って行ったのです。

漫画に出て来そうな展開。さすがの私もこれはコタエました。なんなんだ、一体?まるで街にさまよい込んだチンピラを見るような険しい目つきで、住民たちが家の扉をバタン、バタン、と閉めて行く感じ。砂煙舞う砂利道に立ちすくんで途方に暮れる、自称ヒーローの私。気づいた時には、軽いうつ状態に入っていました。酒が飲める体質だったら、街はずれのバーにでも入り浸って荒れていたことでしょう。

これは他部門への助太刀中に起きた話ですから、直属の上司であるクリスピンに相談してみたところでどうにもなりません。今の仕事に就いて初めて、出勤するのが楽しみじゃなくなりました。悶々と三カ月ほど過ごした後、このままでは本格的な病気になっちゃうぞ、という危機感から、元上司のリックに相談してみることにしました。これまでも、困った時には決まって突破口を見つけてくれた人なのです。

「今、この支社はぐちゃぐちゃだ。上層部の入れ替わりや組織変更が毎月のように起こっているのは知ってるだろう。クリスピンだって明日どうなるか分からないような状態だ。個人個人はシンスケの貢献に感謝していても、組織的な認知になっていない可能性は充分ある。今のままじゃ危険だな。」

リックとの話し合いの結果、サンディエゴ支社環境部門への転属を、トップのテリーに打診してみることにしました。テリーとは四年前から一緒に働いて来たし、彼女の管轄下にある巨大プロジェクトのPMを長々と務めた経験もあります。私のことを受け入れてくれるんじゃないか、という淡い期待を抱いて彼女に面会を申し入れました。

「もちろんよ!もっと早くそうすれば良かったのよ。この支社のプロジェクト・コントロールをもっと強化する必要があるから、あなたが来れば完璧。そもそもサンディエゴで働きながらオレンジ支社に所属するなんて、無理があったのよね。」

予想を超える温かい歓迎に、胸が熱くなりました。テリーの右腕であるマイクが私の上司になり、10月から晴れて新体制へ移行しました。部下のシャノンは、

「これで私達、名実ともに同じチームね!」

と大喜び。オレンジ支社で散々受けて来た冷たい仕打ちが、まるで嘘のようです。

同僚ディックとランチを食べていた際、事の顛末を話しました。

「暫くは本当につらかったけど、結果的に良かったよ。日本語に、捨てる神ありゃ拾う神ありっていう慣用句があってね。そういう心境なんだけど、これ、英訳が難しいんだよね。だって日本には八百万の神がいるけど、キリスト教にはそういうコンセプト無いでしょ。」

「そうだねえ。直訳しても一般のアメリカ人には理解されないと思うよ。」

とディック。

「似た意味合いの英語表現は無い?」

と尋ねると、彼が暫く考えてからこう言いました。

“When one door closes, another opens.”
「閉まる戸がありゃ開く戸あり。」

おお、それそれ!

ぴったりな言い回しを頂きました。


2015年10月23日金曜日

Before I turn into a pumpkin パンプキンに変わる前に

ハロウィンの季節がやって来ました。職場はオレンジとブラックを基調にした賑やかな飾り付けが施され、仕事場らしからぬワクワク感に満たされています。レセプション・エリアのコーヒーテーブルには巨大カボチャが三層に重ねられ、壁際にはカボチャ頭の案山子風わら人形が座らされています。息子が小さい頃は、我が家でも大きなパンプキンを買って来て糸鋸で目や口をくり抜き、お化けの頭を作って玄関先に飾ったものでした。これ、実は結構骨の折れる作業で、一個仕上げるのに一時間はかかります。しかも、三日も経つと内側が腐り始めるため、折角の力作もあっという間にゴミ箱行きなのです。

さて水曜日のこと、古参PMのゲーリーが、私の向かいで働くシャノンのところに仕事を頼みにやって来ました。聞くともなく聞いていたら、彼がこんな発言をしました。

“Can you do it before I turn into a pumpkin?”
「僕がパンプキンに変わるまでにやってくれるかな?」

ん?何だって?これ、よく聞く表現だぞ。ゲーリーが去った後、早速シャノンに意味を尋ねてみました。

「シンデレラの話、憶えてる?夜12時になったら魔法が解けて、馬車の乗り物部分がパンプキンに変わっちゃうでしょ。それが語源よ。」

「へえ~、そうなの。いやいや、ちょっと待って。語源はともかく、ゲーリーがどういうつもりでその表現を使ったのかを教えて欲しいんだよ。今ちょっとネットで調べたらGo to bed (就寝する)っていう訳が出てたんだけど、まさか自分が起きてる間に送ってくれって頼んだんじゃないよね?」

シャノンが笑って首を振ります。

「彼は来週からお休みに入るの。金曜を過ぎたら暫く連絡がつかなくなるから、それまでに仕上げて欲しいっていう意味で言ったのよ。」

「おお、そうか。眠りにつくとか休暇に入るとかで、これからコミュニケーションが取れなくなるような状況で使うイディオムなんだね?」

「そういうことね。」

「でもさあ、やっぱり納得行かないんだよね。ゲーリーは乗り物じゃないでしょ。人間がパンプキンに変わるっていうのは変じゃない?最初から魔法にかかってるわけでもないし。」

「ほんとだ。確かに変ねえ。」

これについてはシャノンも明確な回答を持ち合わせていなかったようで、黙ってしまいました。

よく考えてみれば、カボチャが馬車に変身するというのは日本人にとってはイメージの湧きにくい展開だと思います。これには少々解説が必要で、実はこっちのパンプキン、日本のカボチャと較べて異常に大きいのです。極端な場合は直径1メートルくらいのものまであります。さらに、これは数年前に生まれて初めて包丁を入れてみて分かったことなのですが、パンプキンって外皮から数センチの厚み分だけ硬く、残りはほとんど種と繊維なのです。この「中身スカスカ」巨大カボチャの存在が、おとぎ話の丸っこい馬車への連想に繋がっているのだと思います。

しかし、それでもやっぱり「魔法の馬車がカボチャに戻る」ことと「人がコミュニケーションの取れない状況になる」こととが繋がりません。これじゃ、使えるフレーズとして自分のモノに出来ないじゃないか…。
後で同僚ディックにセカンド・オピニオンを求めました。

「文脈次第で色んな解釈が出来る言い回しだね。休暇も就寝も当てはまらないケースだってあるよ。俺が引退するまでに頼むぜ、と冗談半分に言ったのかもしれないし。」

う~む。やっぱり馬車も魔法もしっくり来ないじゃないか…。仕方ないので、ここは思い切って意訳することにしました。

“Can you do it before I turn into a pumpkin?”
「僕がカボチャ頭になる前にやってくれるかな?」

どうでしょう?


2015年10月9日金曜日

Catch 22 キャッチ22

水曜のランチタイムに参加したトレーニングで、インストラクターの何気ない発言に、耳がピクッと反応しました。

“That’s a Catch 22.”
「それはキャッチ22(トゥエニィトゥ)だな。」

これ、会議などで半年に一回くらいは耳にする準頻出イディオムです。なのにこれまで、ちゃんと意味を理解せずに過ごして来ました。今回も残念ながら、どんな文脈で使われたのか不明なまま話が先へ進んでしまったので、後で若い同僚ジェイソンに解説をお願いしました。

「ずっと前に一回読んだだけだからうろ覚えなんだけど、確かジョセフ・ヘラーという人の書いた小説のタイトルが語源だよ。」

とジェイソン。著者名を記憶しているとは大したもんだ、と感心する私。

「確かこんな話だったと思う。大戦中、アメリカ空軍の兵士が何とかして隊から脱出したいと企んでる。頭が狂っていれば除隊出来るんだけど、狂っている人は自分の精神状態を正確に認識出来ないはずだから、自己申告は信用されない。狂ってないと言えば除隊出来ないし、狂っていると言っても除隊出来ない。どっちに転んでも望みは無い。この小説が売れてから、似たような状況に陥った時にキャッチ22という言葉が使われるようになったんだ。」

「なるほど、有難う。でもさ、何かぴんと来ないんだよね。今の世の中、そんな事態に陥ることなんてあるかなあ?」

「この会社には山ほどあるでしょ。」

「え?そうなの?じゃ、何か例を教えてよ。」

5秒ほど考えるジェイソン。勢いで山ほどあると言ってはみたものの、きっと何も浮かばないんじゃないか、と高を括っていたら、こんな答えが返って来ました。

「うちのグループ、ここ数年縮小傾向だろ。チームが小さいために、大きなプロジェクトが獲得できなくなってる。だから新規採用したいと上層部に相談したら、まずは新しいプロジェクトを獲って仕事が増えてからじゃないと人は雇えないって言うんだ。」

おお、それは確かにリアルな実例だ。

「他には?」

と、更にジェイソンを追い込む私。

「仕事量を増やすために新規プロジェクトを獲得せよ、と上層部に言われて顧客のところへ営業に行くだろ。当然、プロジェクトにかけられる時間が削られる。すると次の週、君の稼働率は先週落ち込んだぞ、もっとプロジェクトに時間をかけろ、とお叱りが飛んで来る。仕方なくプロジェクトばかりに時間を使っていたら、営業が出来なくて仕事量が先細りになる。」

すごいなジェイソン。よくもそんなにポンポン例が出せるもんだ

キャッチ22というのはつまり、二者択一のどちらを選んでも望む結果が得られないような状況を指す表現なのですね。日本語に無理やり訳すとすれば、「無限ループ」てなところでしょうか(ループは日本語じゃないけど)。

“That’s a Catch 22.”
「それは無限ループだな。」

「でもさ、それって抜け出す方法あるんじゃないの?」

と私。驚いた様子のジェイソン。不審な目で、私の顔をまじまじと見つめます。

“You can donate your own time!”
「サービス残業すればいいじゃん!」

軽いジョークのつもりだったのですが、ジェイソンは笑わず、顔をこわばらせてしまいました。所詮あんたも管理側の人間だな、という憮然とした表情。

この場合、「冗談だよ」と言い訳すれば、無粋で嫌味なおっさんとして見られるし、取り消さなければ取り消さないで、やっぱり嫌な野郎です。

キャッチ22、成立しました。


2015年10月2日金曜日

Are you pulling my leg? 脚引っ張ってる?

昨夜は、職場の同僚達と久々のJapanese Dinner Night(日本食の夕べ)。ダウンタウンの五番街にあるSushi Takaまで、オフィスから徒歩20分。エド、マリア、ジェフ、リチャード、ジェイソン、そしてサラが参加しました。多くのアメリカ人にとって、お寿司と言えば巻き物。

そんな彼らに本格的な「握り」をしっかり楽しんでもらおうと、まず盛り合わせを二皿注文しました。割と調子よくポンポン無くなって行ったのですが、気が付けば両方の皿にウニの軍艦巻きが残されています。遠慮残りかな、と思ってエドにすすめると、箸でちょっとつついて味見した後、ギブアップ。そうか、生ウニはアメリカ人にはハードル高いんだった、と思い出しました。

その後、はまちのかまだとか天ぷらなどを次々に注文。うまいうまい、と皆さん大満足の様子。

ディナー後半、ウェイトレスさんが、

「ほんの30分ほど前に到着したんですが、新鮮なエビはいかがですか?」

と勧めてくれたので、甘エビの握りを人数分注文しました。ところが、十分後に運ばれて来た皿を見て、一同騒然とします。下半身を切断されてすし飯の上に乗っけられた海老の上半身が、皿の上に四体並んで直立しているのです。

「レモンをかけて下さい。海老が暴れますよ。」

と微笑むウェイトレスさん。レモン汁をかけてみると、確かに脚やヒゲを動かしてバタバタともがきました。

「うそ。これ生きてるの?」

と私の隣に座ったサラが、こわごわ覗き込みます。

「この動きを見る限り、単なる反射じゃないな。本当にまだ生きてるよ。」

エンジニアらしく、冷静に分析するジェイソン。

「男の人って、こういうの好きよねぇ。」

と決めつけるマリア。

「あたし、とても食べられない。シンスケ、私の分も食べてくれる?」

と、サラが完全に拒絶します。

「なんで?残酷だから?これは、いかに素材が新鮮であるかのデモンストレーションなんだよ。」

「分かるけど、こんなの見せられたらちょっと…。」

私は、昔読んだ漫画「包丁人味平」に出て来た、「生きた鯛の身を上手に削ぎ落とし、骨になった姿で水槽の中を泳がせる」という職人のスゴ技について話しました。実際に映像でも見たことがあるので、「腕のいい料理人だけが持つ高等技術なんだって。」と説明すると、ずっと黙って聞いていたサラが、こう尋ねました。

“Are you pulling my leg?”
「私の脚、引っ張ってる?」

反射的に、テーブルの下に目をやる私。一瞬、向かい側に座ってるマリアがサラにいたずらしていて、私に濡れ衣を着せようとしているのかな、と思ったのです。いやだ、シンスケ、何言ってるの?と笑いだすサラ。

“That’s an expression!”
「そういう慣用句なのよ!」

おお、確かにそんな英語表現、習ったな。「脚を引っ張る」と日本語で言えば、「人の成功の邪魔をする」ことだけど、英語になると意味が全く違って来ます。

“Are you pulling my leg?”
「からかってるの?」

つまり、骨だけになって泳ぐ魚の話なんて信じられない、というわけです。いやいや、本当だよ、と力説する私。

そんなわけで、今回のイベントでも、「フシギな国ニッポン」のイメージをアメリカ人の皆さんにしっかり植え付けることになったのでした。