先日、我が社が競合他社を買収するというニュースが社内を駆け巡りました。現時点でも社員四万五千人を抱える巨大企業なのに、より規模の大きなライバルを飲み込むというのです。
社員の大半は「静観」の構えですが、醒めた見方も少なくなく、
「うちのトップは、世界征服を目論んでるんだろう。」
「またもや冷酷なレイオフ旋風が吹き荒れるだろうな。人事のダブり解消は避けられないから。」
と諦めたような薄笑いを浮かべる人までいます。
「シンスケはどう思ってるの?」
と、逆に意見を求められることも。
「会社が大きくなるのは良いことか?」確かにこれは、とても面白いテーマです。大きくなればなるほど社員ひとりひとりの存在感は希薄になり、単なる社員番号として扱われるようになる。実績は数字だけで評価され、低い成績が四週間も続けば血も涙も無く切られる。生き残りを賭けた仕事の奪い合いを通じ、社内のムードは荒んで行く。昔はこんなんじゃ無かった、もっと自由闊達に個性や才能を活かせる場が欲しい、と感じて自ら去って行く優秀な社員が後を絶たない。これが、誰もが指摘するネガティブな現実です。
では、ポジティブな面はどうでしょう?
水曜日、ダウンタウン・サンディエゴ支社で、昆虫学が専門の同僚エリックに初めて話しかけました。うちの息子(12歳)は生まれてこの方、虫捕りをしたことがない。サンディエゴには緑の山や小川が少なく、子供たちが昆虫採集をする習慣はありません。そのせいか、息子は虫を発見すると、見ていて情けなくなるほど怯えるのです。こいつはまずいと思い、どうにかして昆虫と触れ合う機会を作れないか教えて欲しいと頼みました。するとエリックは、市内で虫が多く出没するスポットや、上手な罠の仕掛け方まで懇切丁寧に教えてくれました。かつて虫博士だった私は、興奮して彼の話に聞き入ります。ある朝、ヘラクレス・オオカブトが自宅の網戸にとまっているのを発見し、あと数センチというところで捕り逃がす、という生々しい夢の記憶まで蘇りました。
「じゃあさ、君の一番好きな虫は何?」
という私の質問に、少し考えてから彼がこう答えました。
「parasitic wasp (寄生種のハチ)だね。」
エリックは、タランチュラと格闘の末、卵を敵の体内に産み付けるハチの話をしてくれました。孵化した幼虫はタランチュラの内臓を食べて育つ。神経に触れぬよう、極めて慎重に。成虫になり、羽ばたく直前になって初めて神経系を食い尽くし、絶命した母体を去る。それから死ぬまで、ずっとベジタリアンを貫くそうです。
「う~ん、滅茶苦茶オタクな話だねえ。」
と、感心しきりの私。
さて翌日は、コンストラクションマネジメント部門の副社長で海軍出身のストゥーと話す機会がありました。彼は、マンハッタンの新ワールド・トレード・センター建設がどのように進められて来たかを説明してくれました。
「世界でも指折りの、交通量の多いエリアだ。ただでさえ物流の難度は高い。そんなところで毎日、膨大な量の建設資材、何千という作業員をスムーズに出入りさせなければならん。そこらへんのアパート建設とはわけが違うんだ。どうやったか分かるか?」
この話には、本当にワクワクしました。更には、1950~1960年代にアメリカ海軍がいかにして原子力潜水艦を開発したかについての裏話まで教えてもらいました。
大きな会社に在籍していると、こんな具合に幅広い分野の専門家と話が出来るというメリットがあります。水曜日のスタッフ・ミーティングでは、6か月間の転職を経て古巣に戻ってきたマットという社員が、Uターンの理由を皆に話しました。
「たかだか社員16人の会社だと、ここの皆みたいにやすやすとは面白いプロジェクトに関われないんだ。転職してみて、自分のプロとしての成長が一気に減速した気がしたよ。」
その日の夕方、デンバー支社のトッドから久しぶりにメールが入ります。
「今度はいつ、うちの支社でトレーニングやってくれるんだ?」
「頼まれればいつでもOKだよ。」
このメールのcc欄には、北米西部の上下水道部門を統括するボブが含まれていて、彼がトッドと私の会話に割り込んで来ました。
「シンスケ、シアトルとポートランドでもトレーニングの需要がある。やってくれるか?」
この要請には大興奮。どっちの街にもまだ足を踏み入れたことがないんです。シアトルのスターバックス・パイクプレイス店(1号店)でカフェラテを飲むチャンスが転がり込んで来たぞ…。
そんなわけで、「会社が大きいのは良いことだ」という意見に、勢いよく軍配を上げる私でした。