数か月前、オレンジ支社のランチルームで同僚のジャネットと話していた時、彼女が最近夢中になっているJodi
Picoult (ジョディ・ピコー)という作家の話題になりました。
「すご~く深いのよ。彼女の小説って、普遍的だけど簡単に白黒つけられないような難しい問題を扱ってるの。」
切なくて苦しくて、読み終わった後も暫く打ちひしがれちゃうような物語ばかりなんだと。
「へえ。それは面白そうだねえ。僕もその手の話、好きなんだよね。」
うっかり興味を示したところ、彼女は翌週私のところへやってきて、
「これ貸してあげる。きっと気に入るわ。」
と、それぞれ厚さ5センチほどもあるペーパーバックを三冊、どさっと手渡しました。
The Pact
Perfect Match
Vanishing Acts
三冊中、Vanishing Acts というタイトルが妙に気になりました。Vanishing(忽然と姿をくらます)Acts(行為)。どんな話だろう?こういう謎めいたタイトルに弱いんだよなあ。
有難うと笑って受け取った私ですが、しまった、やっちまった、と内心大いに悔やみました。英語の小説読むのは、時間かかるんだよなあ。ちゃんと読めるかな?
予想通り、三冊のペーパーバックは一頁もめくられることなく私の本棚で数か月間眠ることになりました。オレンジ支社に出張し、ジャネットと出くわす度に、一言の感想も述べられないことが心苦しく、このままではストレス源になってしまうということで、先々週、遂に打開策を絞り出しました。
「ごめん。一冊も読めなかったけど、とりあえず全部返すね。図書館でCD本を借りることにするよ。ドライブする時に聴いてみる。」
その翌週火曜日の夕方、帰宅して家族と一緒にアパートのプールサイドで過ごしていたところ、iPhone に同僚ジムからメールが入ります。
「今日、解雇された。これまで一緒に仕事出来て楽しかったよ。有難う。」
妻の目の前で、みるみる元気を失っていく私。ここ数か月、彼の仕事量が減っていたことは知っていましたが、まさかクビになるとは思ってもいませんでした。
翌朝、オレンジ支社の緊急マネジメント会議がありました。電話越しに、ジムは二十人近い解雇者の一人であるという説明がありました。ジャネットの名も、リストに入っていました。反射的に、「ああ、本返しておいてよかった。」と思っている自分に気が付いて、複雑な気分になりました。
ジムのオフィスに行ってみると、室内が綺麗に片づけられ、部屋の入り口にあった名札も取り去られていました。まるで彼の存在が、唐突にこの世から掻き消されてしまったかのように。オレンジ支社では、ジャネットのオフィスもきっとこんな風にからっぽになってるんだろうな…。
やるせない午後でした。