一昨日、同僚リチャードの部屋を訪ねて質問しました。
「ファネイグルって言葉あるでしょ。あれってどういう意味?」
これは、Finagleと綴って「ファネイゴォ」と読ませる単語で、英辞郎は「だまし取る、姑息な手を使う」と訳しています。でも、数週間前にアルバカーキ支社のロバートと交わした会話に使われたこの単語には、そこまでネガティブな響きを感じなかったのです。それがずっと心に引っかかっていて、誰かに確認したくなったというわけ。
4月7、8日と再びアルバカーキへ出張することになっているのですが、これは当初の予定には無かったこと。クラスルーム形式のトレーニング(基礎編)を四時間、更にコンピュータを使った実践編を四時間実施して全コース終了、という計画でクライアントの承認を得ていました。そこへもう一回付け足したのは、そもそも私のわがままが原因だったのです。
一月にこの仕事を請けた時の私の興奮は、大好物の「教える仕事」にありついたという喜びだけでなく、以前から個人的な研究テーマだった「核兵器開発の歴史」の原点を、この機に乗じて訪問出来るかもしれない、という下心が元だったのです。約70年前、人類最初の核実験(コードネーム「トリニティ」)が実施されたアラマゴードは、アルバカーキから南に数時間走った先に広がる荒野。もしかしたら一連の出張の前後に休みを取り、見学出来るんじゃないか、と思ったのです。調査の結果、核科学・歴史博物館主催のバスツアーが年に一回だけ行われていて、今年は4月5日(土)に予定されていることを突き止めました。
今回の仕事のPMであるロバートは、引退間近の大ベテラン。戦時中はご両親がマンハッタン計画に関わっていたためか、核開発の歴史に明るく、私が「トリニティー・バスツアー」の話を持ち出すと、
「それはいいチャンスだね。年に一回限りだとは知らなかった。トレーニングをその日の前後で組めるといいんだけど。」
と協力姿勢。ところがその後、クライアントから「なるべく早めにトレーニングを実施してほしい」という要請があり、全講座を3月中に終わらせることになってしまったのです。するとロバートが、すかさずこんなメールを彼らに送りつけます。
「もしかして、トレーニングに使えるコンピュータの数には限りがあるんじゃないですか?だとすれば、実践編は二つのグループに分けて二回催す必要がありますね。4月上旬にもう一度シンスケを派遣することも可能ですよ。」
この申し出に、クライアントが飛びつきました(結果的に見ればこの判断は正しく、トレーニング会場には12台しかコンピュータが無かったのです)。それでは4月の8日にも一回お願いします、と返信が来たのです。おお!これでマル秘計画を実行に移せるぞ!と喜ぶ私。
前回の出張時、支社で再会したロバートが、したり顔でニヤついています。
“Did you see how I’d finagled the additional training session?”
「どうやって追加のトレーニングをファネイグルしたか、見てくれた?」
ん?ファネイグル?
この時は意味もスペルも知らなかったのですが、言わんとしていることは何となく伝わりました。でも、「だまし取る、姑息な手を使う」という英辞郎訳ほどの悪意がロバートにあったとは思えません。これだと、悪代官が凶悪な目つきで笑うイメージになってしまい、ロバートの得意顔とは微妙にズレてる感じがしたのです。それで同僚リチャードに意見を聞いてみた、というわけ。
「誰かをだますような場面でも確かに使えるけど、単語そのものはニュートラルだと思うよ。通常では達成出来そうもないような目標を、創意工夫で何とかやり遂げてしまう。それが悪い意図であれ、良い意図であれ、ね。How did
you finagle that? (一体どうやってあんなことが出来たんだ?)という質問でも分かるように、褒め言葉に近いニュアンスの時もあるから。」
「数年前、ホワイトハウスのパーティーに招待状無しで潜り込んだカップルがいたでしょ。その記事を読んだ時、How did
they finagle that? って呟いたらどう?」
「正解!それは完璧な例だね。」
と合格サインを出すリチャード。
そうすると、ロバートの発言はこんな感じで訳せそうですね。
“Did you see how I’d finagled the additional training session?”
「追加のトレーニングをどうやってうまいことゲットしたか、見てくれた?」
ちなみに今回のバスツアー参加計画は、家族と話し合った結果、諸々の理由で不承認となってしまいました。このことをもっと早くロバートに伝えておけばよかったのですが、多忙のため言いそびれていたのです。「申し訳ないんだけど、実は…、」と切り出したところで私の表情を素早く読み取った彼が、
「ノォ~~~~~~!」
と小さく長く叫びました。その残念そうな顔は、悪だくみが成就しなかったことを知らされた悪代官のそれではありませんでした。彼には丁寧に詫び、また来年の今頃ここで仕事が取れるよう頑張ろう、という話で落ち着きます。