2014年3月30日日曜日

Finagle 姑息な企み?

一昨日、同僚リチャードの部屋を訪ねて質問しました。

「ファネイグルって言葉あるでしょ。あれってどういう意味?」

これは、Finagleと綴って「ファネイゴォ」と読ませる単語で、英辞郎は「だまし取る、姑息な手を使う」と訳しています。でも、数週間前にアルバカーキ支社のロバートと交わした会話に使われたこの単語には、そこまでネガティブな響きを感じなかったのです。それがずっと心に引っかかっていて、誰かに確認したくなったというわけ。

4月7、8日と再びアルバカーキへ出張することになっているのですが、これは当初の予定には無かったこと。クラスルーム形式のトレーニング(基礎編)を四時間、更にコンピュータを使った実践編を四時間実施して全コース終了、という計画でクライアントの承認を得ていました。そこへもう一回付け足したのは、そもそも私のわがままが原因だったのです。

一月にこの仕事を請けた時の私の興奮は、大好物の「教える仕事」にありついたという喜びだけでなく、以前から個人的な研究テーマだった「核兵器開発の歴史」の原点を、この機に乗じて訪問出来るかもしれない、という下心が元だったのです。約70年前、人類最初の核実験(コードネーム「トリニティ」)が実施されたアラマゴードは、アルバカーキから南に数時間走った先に広がる荒野。もしかしたら一連の出張の前後に休みを取り、見学出来るんじゃないか、と思ったのです。調査の結果、核科学・歴史博物館主催のバスツアーが年に一回だけ行われていて、今年は4月5日(土)に予定されていることを突き止めました。

今回の仕事のPMであるロバートは、引退間近の大ベテラン。戦時中はご両親がマンハッタン計画に関わっていたためか、核開発の歴史に明るく、私が「トリニティー・バスツアー」の話を持ち出すと、

「それはいいチャンスだね。年に一回限りだとは知らなかった。トレーニングをその日の前後で組めるといいんだけど。」

と協力姿勢。ところがその後、クライアントから「なるべく早めにトレーニングを実施してほしい」という要請があり、全講座を3月中に終わらせることになってしまったのです。するとロバートが、すかさずこんなメールを彼らに送りつけます。

「もしかして、トレーニングに使えるコンピュータの数には限りがあるんじゃないですか?だとすれば、実践編は二つのグループに分けて二回催す必要がありますね。4月上旬にもう一度シンスケを派遣することも可能ですよ。」

この申し出に、クライアントが飛びつきました(結果的に見ればこの判断は正しく、トレーニング会場には12台しかコンピュータが無かったのです)。それでは4月の8日にも一回お願いします、と返信が来たのです。おお!これでマル秘計画を実行に移せるぞ!と喜ぶ私。

前回の出張時、支社で再会したロバートが、したり顔でニヤついています。

“Did you see how I’d finagled the additional training session?”
「どうやって追加のトレーニングをファネイグルしたか、見てくれた?」

ん?ファネイグル?

この時は意味もスペルも知らなかったのですが、言わんとしていることは何となく伝わりました。でも、「だまし取る、姑息な手を使う」という英辞郎訳ほどの悪意がロバートにあったとは思えません。これだと、悪代官が凶悪な目つきで笑うイメージになってしまい、ロバートの得意顔とは微妙にズレてる感じがしたのです。それで同僚リチャードに意見を聞いてみた、というわけ。

「誰かをだますような場面でも確かに使えるけど、単語そのものはニュートラルだと思うよ。通常では達成出来そうもないような目標を、創意工夫で何とかやり遂げてしまう。それが悪い意図であれ、良い意図であれ、ね。How did you finagle that? (一体どうやってあんなことが出来たんだ?)という質問でも分かるように、褒め言葉に近いニュアンスの時もあるから。」

「数年前、ホワイトハウスのパーティーに招待状無しで潜り込んだカップルがいたでしょ。その記事を読んだ時、How did they finagle that? って呟いたらどう?」

「正解!それは完璧な例だね。」

と合格サインを出すリチャード。

そうすると、ロバートの発言はこんな感じで訳せそうですね。

“Did you see how I’d finagled the additional training session?”
「追加のトレーニングをどうやってうまいことゲットしたか、見てくれた?」

ちなみに今回のバスツアー参加計画は、家族と話し合った結果、諸々の理由で不承認となってしまいました。このことをもっと早くロバートに伝えておけばよかったのですが、多忙のため言いそびれていたのです。「申し訳ないんだけど、実は…、」と切り出したところで私の表情を素早く読み取った彼が、

「ノォ~~~~~~!」

と小さく長く叫びました。その残念そうな顔は、悪だくみが成就しなかったことを知らされた悪代官のそれではありませんでした。彼には丁寧に詫び、また来年の今頃ここで仕事が取れるよう頑張ろう、という話で落ち着きます。

そんなわけで、Finagle (ファネイグル)は、「頭を使って目的をゲットする」と訳すのが良いと思います。

2014年3月27日木曜日

A cold day in hell 地獄の温度

さきほど、二週間ぶりのアルバカーキ出張から戻りました。前回はCPMスケジューリングの基礎からマイクロソフト・プロジェクトの使い方までをクライアントにプレゼンしたのですが、今回は実践編。コンピュータ・ルームで実際にスケジューリングをしてみる、という内容です。シンプルなスケジュール作りの演習から始め、後半は、建設業者が提出してくるスケジュールをどうチェックするのか、という課題に取り組んでもらいました。

業者側の立場に立てば、自分達の不利になるようなスケジュールを提出したくはない。遅れが出ている場合に何とか誤魔化したくなるのが心情です。そういう心理を代弁する形で、私が予め「ごまかし」や「責任のなすりつけ」を埋め込んでおきました。これまで学んだテクニックを駆使して、その「目くらまし」を発見せよ、というのがお題。

そのひとつが、Notes というメモ機能を使ったもの。これはソフトウェアの奥深くにひっそりと用意されていて、印刷されたスケジュールをざっと眺めただけでは見つけられないのです。これを業者側が悪用するケースもあり、たとえば、「このタスクの遅れはクライアントの要請に起因するものであり、遅延に伴う費用は全額クライアントが支払うことで了解済み。」などとNotes に書かれたスケジュールを一旦承認してしまえば、裁判になった時に不利になるのですね。

「もちろん普段から良い関係を築いていれば、そんな不意打ちを食らう心配はないのですが。」

と私が断りを入れると、ずっと熱心に聞いていた初老の男性が手を上げました。

「そのNotes に返信を書いて突き返す、という手もあるよね。」

そして笑いながら、こう言ったのです。

“It’ll be a cold day in hell!”

他の出席者から笑いが漏れます。私もつられて笑ったのですが、よくよく考えると意味が分かりません。直訳すると、「それは地獄の寒い日になるね。」

え?地獄の寒い日?どーゆーこと?

さすがにクライアントに尋ねるわけにもいかないので、支社に戻ってから総務のシャロンに質問。

「まず起こり得ないことを指すのよ。だって地獄に寒い日なんて無いでしょ。」

とシャロン。

「え?なんで?地獄はいつも暑いの?」

私がこれまでイメージしていた地獄は、ものすごく寒かったり極端に暑かったり、激しい拷問があったりと複数のコースが用意されている、いわばスーパー銭湯。酷暑一本に絞られた場所だとは思いもしませんでした。

「そうよ。ほとんどのアメリカ人はそう思ってるんじゃないかしら。」

そういえば、「地獄の業火に焼かれる」とかいう表現もあるなあ。

「ヨーロッパでもそうなんじゃない?昔の宗教画に描かれた地獄は、大抵炎に包まれてると思うわよ。」

なるほどね。きっとキリスト教ではそう教えてるんだろうな。

そんなわけで、私の和訳はこんな感じ。

“It’ll be a cold day in hell!”
「そんなことはあり得ないね!」

ここでふと気になって、中国出身の社員、ハンのキュービクルを訪ねました。

「突然だけど、中国では地獄の温度ってどうなの?」

「え?何の話?」

藪から棒な質問にうろたえるハン。

「中国じゃ、地獄は暑いの?それとも寒いの?」

「そんなの分かんないよ。」

「アメリカ人のイメージする地獄は暑いんだって。君はどう思う?」

ハンはしばらく考えてから、こう答えました。

“I don’t know. I’ve never been there.”
「知らない。行ったことないから。」


そりゃそ~だ!

2014年3月23日日曜日

Think on your feet. 立ったまま考えろ?

Who stole our lunch time? (昼休みを盗んだのは誰だ?)というタイトルの雑誌記事を読んだことがありますが、最近とみに増えて来たのが、ランチタイムを利用しての会議やトレーニング。通常これをBrownbag (ブラウンバッグ)と称します。弁当代は会社が持つから、社員は昼休みを献上して働けよ、という仕組み。そもそもデスクで弁当食べながら仕事を続ける人が増えている昨今、不平を言う人はあまり見かけません。「さて、タダメシにありつくとするか」と笑いながら会議室に向かう人までいるくらい。

今週の水曜は、同僚ドミニクがプレゼンターになり、「いかにしてプロジェクトを勝ち取るか」というテーマのブラウンバッグがありました。プロジェクト獲得のためのステップからプレゼン必勝法までを網羅した、充実の内容でした。特に後半は、プレゼン指導を専門とする外部コンサルタントから授かったという知恵が満載だったので、聴衆の食いつきはかなりのものでした。

ドミニクが説明した「プレゼン心得」の最後の方に、こういうフレーズがありました。

Think on your feet.

文字通り解釈すれば、「立ったまま考えろ」です。でもプレゼンは大抵立ってするものなので、わざわざ念押しするポイントでも無いはず。ドミニクの舞台が終わるのを待ち、さっきの文句が一体どういう意味なのか尋ねてみました。

「クライアントがさ、わざと的外れな質問をして来る時があるんだよ。いや、意図的じゃないかもしれないんだけどね。そういう時にこちらが見せる反応が、勝敗を大きく左右するんだな。」

へ?それで解説終わり?

そこへオフィス・マネジャーのリチャードが寄って来て、補足説明を始めました。

「入札に参加しているコンサルタント全社に等しく投げかけるための質問票が予め作ってある場合があるんだ。それを文脈に関係なくぶち込んで来るクライアントもいるんだよ。明らかに意地悪でそうする人もいてね。」

ん?で?だから何?

全く意図不明の解説を繰り返す二人。何故そこで「立ったまま考えろ」なのかを聞いてるのに

午後になり、同僚マリア、ジム、そしてリチャード(オフィス・マネジャーとは別人)の部屋を訪ねて質問してみました。彼らの解説を総合すると、このフレーズの意味は、「じっくり論理的に考えるのではなく、一瞬で答えを出せ」ということ。つまり、用意していない質問を受けた場合でも慌てず、素早く考えて対応出来ないといけない、という話ですね。

そんなわけで、私の和訳はこれ。

Think on your feet.
瞬時に考えて対応せよ。

しかし驚いたことに、「それがどうしてon your feet なの?」という私の問いかけに対しては、誰一人満足な説明が出来ません。みな固まってしまうのです。

「座って考えるんじゃダメなの?立って考えるのと大した違いは無いと思うんだけど。」

「う~ん、そうだね。何でだろ?」

その日の夕方、ネット検索を続けること15分。結果、一番納得の行く答えがこれでした。

This expression uses on one’s feet in the sense of “wide awake, alertly.”
On one’s feetというのは、はっきり目が覚めていて用心深い状態を指しています。

確かに、座ってるより立ってる方が頭スッキリしてるかもしれません。な~んとなく納得。

ジムもマリアもリチャードも、私の質問に Think on their feet が出来なかったようです。


2014年3月21日金曜日

理想の上司

Mid-term review (中間業績評価)の時期が近づいて来ました。わが社の会計年度は10月にスタートするので、3月末日がちょうど中間点になります。

私は六人の部下(全員女性)と相談の上、彼女たちがサポートしているPM達(各5名)に対する無記名のカスタマー・サティスファクション調査を実施することにしました。Survey Monkey という無料調査サイトを使えば、ネット上で簡単なアンケートを作って回答者にメールするだけでOK。これで客観的でフェアな評価が出来るだろう、と踏んでいます。みな自分に好意的だと思えるPM達を選りすぐるため、予め良い結果が出ることが決まっているようにも思えますが、無記名回答なので、案外正直な結果が得られるんじゃないか、と期待しています。

さて、昨日のランチタイムは同僚たちが会議室に大集合(40人くらい)。3月8日のInternational Women’s Day (国際女性デー)を祝ってのディスカッションが目的でした。これは女性の平等な社会参加を呼びかける日で、あちこちの支社で何等かのイベントが催されている模様(会社の新方針みたい)。

総務のヘザーがコーディネーターになり、女性社員たちが辿ってきたキャリアについて、それぞれ簡単に述べます。

「19歳で妊娠してからシングルマザーを通して来た。以降18回も職を変えてきた。子供の送り迎えなどのために職場をちょくちょく抜けなければならない私の事情を理解出来ない男性上司も数人いた。」

「私の父は、ニューヨークで40年以上タクシー運転手をしていた。家族の中で、大学に進学したのは私が最初だった。みな応援してくれた。今ここでこうして働いていられるのは本当にラッキーだと思う。」

「女性がエンジニアになるなんて、という空気は確かにあった。でもこの道を選んで良かった。」

最後に、事前に集めてあった「女性に対する質問コーナー」があり、ヘザーがひとつひとつ読み上げます。これに女性社員が挙手して答える、というパターン。

「上司が男性か女性かで、待遇が違うと思ったことがありますか?それはどういう点ですか?」

女性社員たちは首を傾げながら、過去を辿って思い当たる点を述べようと思案しています。ここでマリアが挙手。

「性別は関係ないと思います。大事なのは、その人の人間性なんです。私は過去7年間、最高の上司に仕えています。彼が男性であろうが女性であろうが、そんなのはどうでもいいことです。とにかくエドは、人間として素晴らしいんです。」

いつもと違う真剣な表情。周囲はこの発言に戸惑っている様子。マリアの2メートル先に座って無言で笑っているエド。この場合、エドを冷やかすべきなのか、真面目に賛同するべきなのか?マリアにポジションを譲る前は、私にとっても理想の上司だったエドです。ここは大いに頷けるところなのですが、国際女性デーという文脈を明らかに逸脱する展開。

マリアは更に硬い表情で、

“Seriously.”
「本当に。」

と念を押しました。これで初めて、マリアが心からそう言っているのだと分かり、みな口ぐちに賛意を表します。ざわつきが静まった時、出席者の目は自然とエドに集まります。ここまで持ち上げられた彼が、一体どういう反応をするのか?エドはおもむろにマリアの方を向き、こう言いました。

“Your mid-term review is done!”
「君の中間業績評価は終了!」


2014年3月14日金曜日

He’s a joker. 彼はジョーカーなんだよ。

昨日と今日はアルバカーキ出張。本日、朝8時から4時間、クライアントの職員たちにマイクロソフト・プロジェクト2013を使ったCPMスケジューリングのトレーニングを実施しました。これまで数えきれないほどトレーニング講師を務めて来た私ですが、クライアント相手に教えるのは初体験。いつもより余計に気合が入ります。

今朝は5時起き。ホテルの部屋で内容をおさらいし、6時半にPMのロバートと待ち合わせして地下のレストランで朝食を取ります。7時半にホテルを出て、ロバートの先導でトレーニング会場まで運転。初めて行く場所で、私ひとりで辿り着けるかどうか自信がなかったので助かりました。空港で借りたレンタカーは、マツダのワンボックス・カー。色はグレー。

7時45分、トレーニング会場入り口に到着。無人のセキュリティー・ゲートでロバートが運転席から腕を伸ばし、ボタンを押してスピーカー越しに誰かと喋っています。格子状の鉄製ゲートの手前には、踏切で見るような木製遮断機があり、厳重に出入りを制限していることが見て取れます。ふとゲートの壁に目をやると、大きなボードに「一度に一台まで通行のこと」と書いてある。

鉄のゲートが開き、遮断機が上がった時、ロバートが運転席から腕を出し、おいでおいでの合図をしました。「俺の後についてこい」というサインだな、と判断しました。きっと、「後ろの車は仲間ですから」と断ってくれたんだな、と思って彼の後について入り口を通過。

その時、ガガガガガッと擦れるようなノイズ。続いて、バキッという破壊音。ルームミラーで後方を確認すると、遮断機が真っ二つに折れています。私の車が入り口を抜ける直前に遮断機が下りて来て、車の屋根と格闘した末に折れたのですね。異変に気付いたロバートが停車し、私も路肩に寄せて窓から顔を出します。

「折っちゃいましたよ。どうしましょう?」

するとロバートが平然とした様子で、微かに笑みまで浮かべ、

“You were not fast enough.”
「スピードが遅すぎたんだよ。」

と言いました。

「とにかく会場へ急ごう。」

そして建物に到着。ガラス越しに、クライアントの面々が騒然としてこちらを見つめているのが分かります。中から鍵を開けてくれたプログラム・マネジャーのナンシーが何か喋ろうとした時、でっぷり太った白人のおじさん(西部劇の保安官みたいな風貌)がシリアスな表情で私に詰め寄ります。

「グレーのマツダを運転してたのはあんたかね。」

「はい、そうです。」

「4000ドルの損害だ。名前と住所と電話番号を書いてくれ。追って請求書が届くから。」

そこへロバートが割り込みます。

「ついてこいと合図したのは私です。私の責任です。」

「そうか、じゃああんたがこっちへ来てくれ。」

ロバートが保安官に連行されている間に私は会場入りし、トレーニングのセットアップを急ぎます。大変なことになっちゃったなあ、と焦りつつも、ここは仕事に集中。その後ロバートは別の打合せに出席するために途中退出してしまったので、遮断機破損の件がどういう決着を見たのか確認することなくトレーニングを開始しました。

入念に準備した甲斐もあって、4時間のトレーニングは大好評のうちに終了。15人のベテラン・エンジニア達が口々に賛辞を述べつつ去っていきました。ナンシーに見送られ、無事にゲートを出た後、支社に戻ってロバートとランチへ行きました。

「今朝は本当に済みませんでした。一度に一台までという注意書きを見ていたにもかかわらず通過しちゃって。」

「いいよいいよ。あれは僕が悪かったんだ。」

「あのおじさん、おっかなかったですね。でもまさか、あんな遮断機が4000ドルもするなんて…。」

ロバートが笑いながら、

「そんなの嘘だよ。4000ドルもするわけないだろ。」

そしてこう続けます。

“He’s a joker.”
「彼はジョーカーなんだよ。」

え?ジョーカー?私の頭には、バットマン映画でヒース・レジャーが演じた、あの常軌を逸した悪役のイメージが浮かんで、しばし混乱しました。よく考えたら分かることだけど、冗談ばかり言ってる人のことを指してジョーカーと言っていたのですね。

“He’s a joker.”
「彼はひょうきん者なんだよ。」

ロバートはあの保安官のことを以前から良く知っていて、今朝も彼の小芝居に付き合ってあげただけだというのです。

「あんな棒、大した金額じゃないんだよ。心配ないって。」

まったく、アメリカン・ジョークか何か知らないけど、分かりにくいのは良くないと思います。混乱してる相手を放り出さないで、冗談なら冗談だよと終止符を打って欲しいんだよな。うぶな私は本気で心配してしまいました。

そういえば、トレーニング終了時も、若手PMのアンソニー(この人もジョーカー)が近寄って来てお礼を言った後、

「いやあ、本当にいいプレゼンだった。4時間もの間、誰一人居眠りしなかったもんねえ。」

と笑ったのです。う~ん、あれはジョークだったのかな?

2014年3月8日土曜日

Spotify スポティファイ

去年大学院を出たばかりの同僚ジェイミーは、風来坊的空気をほのかに漂わせている「いかにも今風な」若者です。彼女のキュービクルの脇を通ると、大抵両耳イヤホンをして鼻歌を歌いながらコンピュータに向かっています。ある日弁当を忘れた私は、彼女をランチに誘いました。行く行く!という色よい返事を貰ってから、あれ?ちょっと待てよ、共通の話題が無いかもしれないじゃん、四半世紀も年齢が違うんだし…。そんな不安がよぎったけど、彼女はのっけから大学院生時代のルームメートとのごたごたエピソードを屈託なく語り始めたので、とても楽しく昼休みが過ごせました。

「そうだジェイミー、君はいつも音楽聴きながら仕事してるでしょ。あれはCDか何か?」

と尋ねる私に、なんだこの時代遅れのオヤジは、という蔑みのかけらも見せず、彼女が教えてくれたのがSpotify (スポティファイ)というオンラインサービスです。これに登録すると、洋楽が(当たり前だけど)無料で聴き放題。しかも、お気に入りに登録したアーティストやアルバムから判断して、「こんなのも聴いてみたら?」と嬉しいおせっかいまである。ケイト・ブッシュやヤズー、ネーナ、それにプレイヤーなんていう、まさかと思う80年代アーティストのお宝アルバムまで出るわ出るわ、もうざっくざく。

唯一の代償は、十曲に一回くらいの頻度でCMを聞かされるってこと。でもこれは、その時だけちょっとボリュームを下げれば済むことで、格別痛痒を感じるほどの話でもありません。しかも毎月定額料金(10ドル未満)を支払えば、CMを完全に排除出来る上に、モバイル・デバイスでも同じ環境が作れるのだと。これほどの大盤振る舞いを、音楽業界がよく許したなあ。こんな素敵な時代に生きている自分は、なんてラッキーなんだろうと思います。

さて先日、オレンジ支社の会議室でプレゼンテーションがあったので、ラップトップをプロジェクターに繋げてスイッチを入れ、コンピュータが立ち上がるのを待つ間、トイレに行きました。戻って来て壁を見ると、なんとスポティファイの初期画面が大映しになってる!幸い、まだ誰も出席者が現れていなかったのでセーフでしたが。

そう、スポティファイをインストールすると、毎回コンピュータの立ち上げと同時に勝手に起動しちゃうんです。そうさせない方法もあるのかもしれないけど、IT音痴な私には、到底解明出来ない難問です。先月もクライアントのオフィスでプレゼンした際、危うく同じミスをやらかすところでした。ラップトップを起動させ、まずはスポティファイを閉じてから画面をプロジェクターに切り替える。このステップを忘れると一大事です。

まあしかしそもそも一番ヤバいのは、うちのIT部門に知られること。「会社で許可したソフト以外インストールしちゃいけない」という大原則があるので、スポティファイを使ってるところを捕まったら何の申し開きも出来ない。そんなわけで、なるべく人目につかぬようにして楽しんでいます。

ところでつい先日、ボスのクリスピンを訪ねてオレンジ支社で2013年度の業績評価をしてもらっていた時のこと。まずは私が去年設定したゴールの内容をイントラネット上で見直そう、という話になりました。ミーティング直前に外出先から戻ったばかりだったクリスピンがコンピュータにログインした途端、彼のモニター画面にスポティファイが立ち上がったのです。ほんの刹那、微かな動揺を見せたボスでしたが、すぐに画面を切り替えて何事もなかったようにイントラネットへ進みます。

おお!うちのボスまでこのクールなサービスを利用してたのか!「ワオ、スポティファイ!若いっすね~!」とすかさず冷やかしそうになった私ですが、業績評価に差し障るといけないので、気付かなかったふりをしてやり過ごしたのでした。

2014年3月6日木曜日

Justice Group 正義の味方?

月曜、火曜とオレンジ支社へ出張でした。月曜の昼には、先週解雇された二人の部下を呼び出してのお別れランチ。同僚8人が参加して、賑やかな会になりました。この日で最後になる一人が、笑顔でこんなコメントを漏らします。

「こうなってみて、実はほっとしてるの。もう毎日プレッシャーを感じなくてすむんだなあって。」

火曜日の朝、彼女と仲良しだった部下の一人と会いました。体調を崩して前日休んでいたため、送別ランチは欠席していました。

「昨日は全身がだるくて、どうしても起きられなかったの。もう何もかも嫌になって。」

涙で目を真っ赤にして、こんなコメントを絞り出しました。

「クビになるなら私でよかったのに。」

言葉を失う私。

「まとまった休みを取った方がいい。このまま頑張り続けたら、身体を壊しちゃうよ。」

そんな折、同僚ジャックがやってきます。

「上下水道部門がビジネスを拡大しようとしてるんだ。知っての通り、この業界のクライアントはPMPの有資格者を欲しがってるだろ?何としても、この部門のPM達にPMPを取らせなきゃいけない。何年か前にシンスケがやってたPMP試験対策講座、復活出来ないかな?」

その一時間後、ボスのクリスピンがやってきます。かつての大ボスで、今や北米中部エリアのトップであるジョエルに電話してくれ、と言うのです。

「デンバー支社に飛んで、プロジェクトマネジメント・プログラムのトレーニングをして欲しいそうだ。」

おお、いきなり需要が急増してるぞ!

その一時間後、南カリフォルニア地区の建築部門を統括するリチャードから相談を受けました。

Justice Group(ジャスティス・グループ)を助けてくれないか?」

「え?ジャスティス・グループ?何のことです?」

ジャスティスと言えば、正義でしょ。正義の味方の集団?

「裁判所や刑務所の建設を専門にしているグループのことだよ。月例レビューで毎回ボロボロに叩かれているにも拘わらず、状況は悪化の一途だ。PMが忙しすぎて手が回らないんだよ。君にサポートしてもらえれば助かるんだけど…。」

後で辞書を調べたら、ジャスティスというのは「正義」の他に「司法」という意味もあるのですね。つまり、「司法界のクライアントから受注したプロジェクトを担当するグループ」を指してJustice Group と呼んでいるのです。

しかし、こうして訳が分かってもなお、スーパーヒーロー達が大勢で力を合わせて悪と戦っているヴィジュアルイメージが脳裏から消えません。強大な敵に押しまくられ、さしものヒーロー達も息絶え絶え。そこへ、はるか彼方から究極のヒーロー(わたし)が光速で飛んで来て、敵の大軍団を一瞬にして殲滅する。暗雲は消え、世界に再び平和が訪れる。


よ~し、元気が出てきたぞ!

2014年3月1日土曜日

割り切りのスピード

水曜日、二人の部下が解雇宣告を受け、即日職場を追われました。前の日の夕方5時過ぎ、ボスのクリスピンからメールが入ります。

「出来れば今日中に電話が欲しい。」

あ、これはきっとヤバい話だな、という直観が走ったのですが、やはり図星でした。

二人とも10月から週24時間勤務に切り下げられていたので、青天の霹靂というわけでもありません。しかしながら、どちらも勤続10年超のベテランです。まあ仕方ないよな、と軽く流せるような話でもないのです。その日の午後、今回レイオフの対象となった部下のひとりと電話で話しました。

「救えなくて申し訳ない。何とか仕事を回そうと頑張ったけど、力が及ばなかった。」

「そのうちこんな日が来るんじゃないかとは思ってたけど、いざ現実になってみると辛いわ。」

翌日、サンディエゴのオフィスに別件で現れたクリスピンが、私の部屋へやってきました。そっと扉を閉め、デスクをはさんで腰を下ろすと、苦しい胸の内を語り始めました。

部門全体の業務量が低迷を続けている今、誰かを切らなければならない。厳しい決断だが、やるしかなかった。週24時間勤務を半年以上続けてから解雇すれば、退職手当の額が激減してしまう。どうせクビにするなら早い方が彼女達のためだ、と自分に言い聞かせたのだ、と。

「昨日の晩、ちょっと考えたんですけどね、」

と私。

「数年後に振り返ってみた時、これは彼女たちにとって良い出来事だった、とも言えるかもしれませんよ。だって、全く新しいことを始めるきっかけになるかもしれないじゃないですか。いつまでも中途半端な形で組織にしがみついていることが、本人やその家族にとって幸せとも限らないですから。私はそう割り切ることに決めたんです。」

クリスピンがこれに頷き、静かに同意を示します。

「実は一昨日、The Optimist Creed (楽観主義クラブのモットー)というのをジムから教えてもらったんですよ。」

このモットーに刺激されて私がいかに楽観主義を意識するようになったかを語ったところ、クリスピンが身を乗り出しました。

「いいね。月曜のマネジャー会議で皆とシェアしよう。それ、送ってくれよ。」

そして間髪を入れず、彼がこう尋ねました。

「最近ゴルフやってる?テニスは?次にオレンジ支社に来る時は、ラケット持って来いよ。ナイター設備のついてるコートが周りにたくさんあるから。」

鮮やかな急展開でした。彼は、若い頃からどれほどテニスに打ち込んで来たかを楽しげに語ります。これが五分ほど続いた時、ああ、もうレイオフの話題は完全に終わったんだな、と気づきました。

直属の部下が二人も解雇された直後です。さすがにここまですっきりと割り切るのは難しい。

試練の時です。