金曜の昼前、四つ隣の部屋で働くリスク・マネジャーのスーが私のオフィスに現れました。
「ちょっと来てくれない?ご教授願いたいんだけど…。」
彼女のオフィスに移動し、ゲスト用の椅子を引っ張って行って隣に座りました。
「今日のお昼に、プロジェクトのレビュー会議があるの。リスクマネジャーの立場で発言したいんだけど、そのためにはプロジェクトの経営状況を正しく理解してないといけないでしょ。助けてくれる?」
転職して来てまだ日が浅いスーにとって、わが社のプロジェクト経営指標の解読は難物です。私はモニター画面に映し出された表中の数字を上から下まで眺めてから、コメントを始めました。
「これはまた突っ込みどころの多いプロジェクトだねえ。」
「やっぱりそう?どの数字が何を語ってるのか教えてくれる?」
彼女がメモを取り始め、私は目につく問題点をひとつひとつ挙げて行きました。
「これ一体、どういうプロジェクトなんだろう?何か臭うんだよね。数字が正直に上がって来ていないような気もするし、もしかしたら特殊な事情があるのかも…。」
「他に補足資料として送られて来たファイルがあるけど、見る?」
スーの開いたエクセル表を見てびっくり。う~む、これはやばいね。重病患者の手術中にメスを持つ外科医の手が止まるような、衝撃的な光景。
「他の人からこのプロジェクトの話は聞いてたんだけど、やっぱりそうなのね。」
さらに絶句している私を見ながら、彼女がこう言います。
“It’s a mess.”
「メスなのよ。」
Mess (メス)というのは「散らかっている状態」とか「混乱している状況」を指す言葉です。プロジェクトがメスであるというのは、ひどい状況であることを表現しているのでしょう。
自分のオフィスに戻って仕事を片付けているうちに、この「メスである」状況が「どこまでひどいのか」を理解していないことに気づきました。夕方になって同僚ジェイソンの部屋を訪ね、質問してみます。
「ねえ、It’s a
mess. って言われたら、どんだけひどいことになってるもんなの?」
ジェイソンが答えます。
「散らかっているってことだから、片づけられる段階だと思うよ。」
「あ、そうか。だとすると、プロジェクトがメスって言われても、まだ何とかなる程度なんだね。」
「普通はそう取っていいと思うよ。でも、It’s
really a mess! って強調して言われたら、かなりひどいレベルだって考えていいんじゃないかな。」
「じゃあ、人ならどうなる?He’s a mess.
って聞いたら、そいつがどんなことになってる状況を思い浮かべる?記憶が吹っ飛ぶほど悪酔いしちゃった友達がいた場合、次の日にHe
was a mess last night. (あいつ昨日の晩、メスだった)って言う?」
「うん、それは言えるね。」
「アル中になっちゃってる場合は?」
「そういう場合でも、He’s a
mess. って言えるね。状況次第、文脈次第で程度が変わると思うよ。」
「じゃさ、僕の悪友で、エイズと診断された後でも構わず女遊びしてる奴がいたら、どう?」
「それはもうメスを通り越してるよ!」
「うん、これで分かった。すっきりしたよ。どうも有難う!」
ジェイソンが顔色を曇らせて黙ってしまったので、
「あ、今のは全部、架空の友達の話だから!心配しないで!」
と付け足しました。ようやくほっとした表情のジェイソン。
私のすさんだ交友関係を、本気で心配してくれたみたい。いい奴だなあ。