今週は火曜、水曜、とオレンジ支社に出張してました。いつものように無人のキュービクルに陣取って仕事していたら、若い同僚ヴァネッサが背後からやって来て尋ねました。
「シンスケ、なんでドッキング・ステーション使わないの?」
デスク上には大き目のモニタースクリーンが設置してあり、出張者が自分のラップトップをガチャっとはめ込めば良いようになっているのですが、私は毎回ラップトップ・オンリーで仕事しているのです。別にモニターを使うのが嫌なわけではありません。一年ほど前に接続を試みたのですが、機種の違いが原因なのか、うまく繋がらなかったのです。それっきり二度と試すことなく、ここまで来ました。
そういう事情を説明したところ、彼女は
「そんなはずないけどなあ。」
と首を傾げ、再挑戦を促しました。そしたらなんと、すんなりはまったんです。
「あれえ?おかしいなあ。前は全く受け付けなかったんだけど。どうも有難う。」
そうお礼を言う私に、ニッコリ微笑んで立ち去るヴァネッサ。この数年間、ほとんど言葉を交わすことも無いくらい乾いた間柄だったのに、なんで突然世話を焼く気になったんだろう?よっぽど気になってたんだろうなあ。そう訝りながらキーボードを接続しようとした時、問題に気づきました。ちゃんと繋げたのに、モニター画面が全然反応しない。やっぱりだめじゃん。
「ヴァネッサ、ちょっと見てくれる?キーボードが使えないみたいなんだ。」
再び彼女に助けを求めたところ、スタスタとやって来て、キーボードのUSBケーブルを私のラップトップにさくっと差込みます。そしてキーを一つ叩いたところ、ちゃんと文字が現れました。
「ええ?今さっき、全く同じことをしたんだよ。なんで僕がやった時にはうまく行かなかったんだろう?」
当惑する私に、彼女がこう答えました。
“Maybe I have the touch.”
「多分私には、ざ・たっちがあるのよ。」
え?なんだって?
彼女はそのままニッコリ笑いながら行ってしまったので、意味を聞きそびれました。「タッチを持つ」というのは、一体どういうことだろう?
昨日の昼、ダウンタウン・サンディエゴ支社に出向いた際、ランチ・ルームで同僚ポーラに会いました。彼女は生まれてこのかた一度も声を荒げたことがない、というタイプの上品な婦人。容貌は別として、黒木瞳のイメージかな。
「ね、ポーラ、こんなことがあったんだけど…。」
と、昨日の出来事を説明し、ヴァネッサのセリフの解説を頼みました。
「う~ん、説明が難しいわね。ちょっと考えさせて。」
「何か使用例を挙げてくれると分かりやすいんだけど。」
すると彼女が、ジェスチャーを交えてこんな話を始めます。
「自宅で芝刈り機のエンジンをかけようと、スターターのワイヤーを引っ張るんだけど、何度やってもかからないのね。それでたまたま遊びに来てた友達に試してもらったら、一発でかかっちゃうの。その時、He
has the touch.って言うわ。」
なるほど、こういうことですね。
“He has the touch.”
「彼にはコツが分かってる。」
肘を思いきり引いてエンジンのスターターを引っ張るジェスチャーを、あのおしとやかなポーラが見せてくれたのが何となくツボにはまり、密かに笑いをこらえる私でした。