2013年5月30日木曜日

Secret handshake ヒミツの握手

学校から帰ってきた11歳の息子が、息を弾ませてその日の出来事を話し始めました。

「あのね、今日ね、マーカスがね、」
マーカスというのは、実際よりも2歳ほど幼く見える、女の子みたいに可愛い顔をした白人のクラスメートです。

「見て見て!僕とパトリックが考えたSecret Handshake だよ!って二人でやってみせてくれたの。」
Secret handshake (シークレット・ハンドシェイク)というのは、特定のメンバーだけが体得している一風変わった握手の仕方です。ただ普通に握手するのではなく、指をちょっぴり絡ませたり、握った拳を合わせたり、という複雑で素早い動作を連続し、いかにも「秘密組織の合言葉」的な雰囲気を醸し出す挨拶。アメリカの大学のクラブとかギャングのチームとかで、仲間の結束を確認するツールになっているようです。

マーカスとパトリックの演技を息子と一緒に見た級友のラッセルが、一言こうコメントしたそうです。
“Since you showed it to us, it is no longer a secret.”
「俺達に見せちゃったから、もうシークレットじゃないね。」

「そしたらね、マーカスがこうしてね、」
息子が両手で頭を抱えながら、

Arghhh!(あ゛~っ!)て叫んだの。」

産経新聞の四こま漫画ばりの、ほのぼのしたお話でした。

2013年5月27日月曜日

Pun intended. 一応シャレのつもりなんだけど。

二週間前のこと。11歳の息子が毎週土曜に通っている日本語補習校で、高校生を対象に特別講義をしました。これは、ある親御さんの音頭とりで行われている「理科クラス」という課外活動で、理科系科目に対する興味や熱意を失いかけている若者達にこの分野の面白さを伝えよう、という趣旨で始まったもの。「理系」というのはどうもカタいイメージがあるようで、これがややもすると「ダサい」領域にまとめられてしまう。いやいや、そんなことはないんだぞ、理系の仕事ってクールなんだぜ、ということを伝えたい。そんな気持ちから、講師の依頼を二つ返事で引き受けた私。

今回私が話したのは、「土木工学の魅力」というテーマ。日本で14年間携わったニュータウン開発の仕事について、実例を交えて熱く語りました。来月も第二回をやるよう依頼があり、今度は渡米して携わった最初の仕事の話をしようと考えています。テーマは「高速道路プロジェクトの舞台裏」。一体どんな人たちがどんな専門知識を活かして高速道路を作ったのか。その辺に焦点を当てて行こうと思うのですが、もう10年以上も前の話なので、記憶が定かでない。私自身が本当に面白いと思っているのは、プロジェクト・マネジメントの裏話なのですが、今回はお題が「理科」なので、PM話は使えない。悩む私に妻が、
「当時のメンバーにインタビューしてみたら?」

というアイディアをくれました。幸運にも、当時のプロジェクト・チームの生き残り(大半が既に転職済み)が同じオフィスに4人ほどいます。彼らに話を聞いてみることに決めました。その翌朝、4人のうちの一人、橋梁設計のエキスパートであるリッチが私の部屋を訪ねて来ました。
「昨日の晩、オットーとピートと飯食ったんだ。二人とも元気だったよ。」

こっちから尋ねる前に、高速道路プロジェクトに携わった同志達の消息を伝えてくれました。
「すごい偶然だねえ。ちょうど当時のことを聞こうと思ってたところなんだよ。」

私はリッチに「理科クラス」の話をし、彼にインタビューしようとしていたのだと言いました。リッチはその場に立ったまま、自分の経歴や仕事の内容について、淡々と語ってくれました。特大サイズの銀縁メガネは、レンズが外からの光を反射してしまい、彼の目の表情はほとんど見えません。あらためて観察すると、髪型も服装も地味で、いかにも「理科系」な外見のリッチ。そんな彼が何か言った後、急に頬を赤らめて、
“Pun intended.”(パン・インテンディド)

と照れ顔になりました。Pun(洒落)intended(つもりなんだ)、つまり「シャレのつもりなんだけど」と補足したわけです。え?なに?何て言ったの?急いで記憶を巻き戻してみたところ、どうやら彼は、“I bent over backwards.”(一生懸命頑張った)というイディオムと、橋脚を意味する “bent” をかけて洒落を言ったらしい。
あらら。

理系人間のイメージアップを目指していた私ですが、いきなり出鼻をくじかれました。

 

2013年5月26日日曜日

Get an AED! エイイーディーを持って来い!

先日、職場で行われたFirst Aid 講習会に参加しました。会議室に外部講師がやって来て、緊急救命措置の訓練をするのです。連邦政府の発注するプロジェクトに携わる社員はこれを二年ごとに受ける義務があるのですが、参加者が講習会の定員12名に満たない場合は、該当しない社員も参加させてくれる、ということで私もタダ乗りしたわけです。

熟練PMの同僚ダグとペアを組み、心肺停止状態で横たわる人の両側に立った場合を想定して、一連の行動を練習します。一方が蘇生を試みる人(リーダー)、もう一人がそれを補助する人。

1.リーダーが患者の肩を軽く何度か叩き、大丈夫か、聞こえるか、と呼びかける。

2.リーダーが十数秒間患者の胸と腹を観察し、動いていないことを確認する。

3.リーダーが補助者の目を見て “Call 911! Get an AED! And come back!” と叫ぶ。

4.リーダーが心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す間、補助者は911番(日本の119番)に電話をかけ、AEDを取って戻って来る。

さて、このAED(エイ・イー・ディー)ですが、私には初耳でした(正式にはAutomatic External Defibrillator)。これは公的な施設などに大抵配備されている機械で、日本語では「自動対外式除細動器」。心臓に電気ショックを与えて蘇生させるための装置なのです。一昨日の夕方、アフタースクールで遊ぶ息子を迎えに彼の中学校へ出向いた際、壁にAEDが設置されているのに気づきました。何十回も目にしていたはずなのに、これまではその存在を全く認識していませんでした。今回の訓練は、この発見だけを取っても意義深いものでした。

講習会を受けた日の翌朝のこと。給湯室で同僚ダグとバッタリ会った際、前日の訓練の感想を述べようと口を開きかけた時、彼がいきなり私の肩をパタパタと叩き、こう耳元で叫びました。

「大丈夫か?聞こえるか?」
やられた!密かに用意していてたボケをダグに取られました。

2013年5月10日金曜日

Insurmountable インサマウンタボー!

先日、「簡素化委員会」の電話会議第四弾がありました。この会議、支社長クラスのメンバーがひしめき合っていて、私は中でも一番下っ端です。一回目が終了した時、久しぶりに「ちょいとへこんでいる」自分に気づきました。参加者は全員疑いも無く知的で、組織内での影響力も大きい人たちです。議論に一秒でも隙間が空くと絶妙なタイミングで誰かが飛び込んで来て、含蓄のある話をします。洗練された語彙を巧みに使って。私も何か言おうと頭の中で構成を練るのですが、考えをまとめる間もなく、誰かが映画のセリフのようにカッコいい文章をぶち込んで来るんです。結局、初回は一度も発言出来ずに終了しました。疲労感だけ残して。

語学というのは、エレベーターの無い高層ビルのようなもので、階段を上がっても上がっても、最高の景色を眺められるようになるまでにはまだまだ先があるのですね。
さて、第二回、第三回の会議でもほとんど発言のチャンスを迎えることなく、いよいよ最終回。気がつけば、多忙な重鎮達の出席率はガタ落ちしていて、参加者は司会者のビルを含めて5人のみでした。こうなると恐怖心も薄れます。ビルに思い切って尋ねてみました。

「前々回の会議で、PMの仕事をフローチャートにしてみる、というアイディアがありましたよね。その後、作業に進展ありましたか?」

これは、PMの仕事があまりにも複雑で量が多いため、「見える化」すべきじゃないか、という意見から導き出された案。ビルは、自分の部下たちを使ってこの課題に取り組む、と宣言していたのです。
「こないだほぼ一日かけて作業を試みたよ。それで分かったんだ。これはインサマウンタボーな任務だってね。」

出たよ、またもや難解な単語。いんさまうんたぼー?
残響を辿ってスペルを推理し、暫くネット検索したところ、正解が見つかりました。

Insurmountable
In (否定) sur (超える) mount (登る) able (出来る)

つまり、「乗り越え難い」とか「極めて困難な」という意味ですね。こんな大仰な単語をさりげなく出されると、発言する勇気が萎えます。ネイティブ・スピーカーの境地に到達しようなんて、インサマウンタボーな挑戦なのだなあ、とあらためて悟る私。
後日、同僚ディックにその時の「へこんだ」心境を告白したところ、少し笑ってこうコメントしました。

「小難しい物の言い方をして周りに自分の知性をアピール出来たとしても、言いたい事が相手に伝わってなきゃ意味ないよ。俺もよくやっちゃって後で反省するんだ。シンプルな言葉で表現出来るなら、それに越したことは無い。シンスケは、言う必要の無いことは口にしないタイプだろ。それでいいじゃないか。」
なんてナイスなヤツなんだ、ディック!

ちょっとじわっと来ました

I have the touch. 私には「ざ・たっち」があるの。

今週は火曜、水曜、とオレンジ支社に出張してました。いつものように無人のキュービクルに陣取って仕事していたら、若い同僚ヴァネッサが背後からやって来て尋ねました。

「シンスケ、なんでドッキング・ステーション使わないの?」
デスク上には大き目のモニタースクリーンが設置してあり、出張者が自分のラップトップをガチャっとはめ込めば良いようになっているのですが、私は毎回ラップトップ・オンリーで仕事しているのです。別にモニターを使うのが嫌なわけではありません。一年ほど前に接続を試みたのですが、機種の違いが原因なのか、うまく繋がらなかったのです。それっきり二度と試すことなく、ここまで来ました。

そういう事情を説明したところ、彼女は
「そんなはずないけどなあ。」

と首を傾げ、再挑戦を促しました。そしたらなんと、すんなりはまったんです。
「あれえ?おかしいなあ。前は全く受け付けなかったんだけど。どうも有難う。」

そうお礼を言う私に、ニッコリ微笑んで立ち去るヴァネッサ。この数年間、ほとんど言葉を交わすことも無いくらい乾いた間柄だったのに、なんで突然世話を焼く気になったんだろう?よっぽど気になってたんだろうなあ。そう訝りながらキーボードを接続しようとした時、問題に気づきました。ちゃんと繋げたのに、モニター画面が全然反応しない。やっぱりだめじゃん。
「ヴァネッサ、ちょっと見てくれる?キーボードが使えないみたいなんだ。」

再び彼女に助けを求めたところ、スタスタとやって来て、キーボードのUSBケーブルを私のラップトップにさくっと差込みます。そしてキーを一つ叩いたところ、ちゃんと文字が現れました。
「ええ?今さっき、全く同じことをしたんだよ。なんで僕がやった時にはうまく行かなかったんだろう?」

当惑する私に、彼女がこう答えました。
“Maybe I have the touch.”
「多分私には、ざ・たっちがあるのよ。」
え?なんだって?

彼女はそのままニッコリ笑いながら行ってしまったので、意味を聞きそびれました。「タッチを持つ」というのは、一体どういうことだろう?
昨日の昼、ダウンタウン・サンディエゴ支社に出向いた際、ランチ・ルームで同僚ポーラに会いました。彼女は生まれてこのかた一度も声を荒げたことがない、というタイプの上品な婦人。容貌は別として、黒木瞳のイメージかな。

「ね、ポーラ、こんなことがあったんだけど…。」
と、昨日の出来事を説明し、ヴァネッサのセリフの解説を頼みました。

「う~ん、説明が難しいわね。ちょっと考えさせて。」
「何か使用例を挙げてくれると分かりやすいんだけど。」

すると彼女が、ジェスチャーを交えてこんな話を始めます。
自宅で芝刈り機のエンジンをかけようと、スターターのワイヤーを引っ張るんだけど、何度やってもかからないのね。それでたまたま遊びに来てた友達に試してもらったら、一発でかかっちゃうの。その時、He has the touch.って言うわ。」

なるほど、こういうことですね。
“He has the touch.”
「彼にはコツが分かってる。」

肘を思いきり引いてエンジンのスターターを引っ張るジェスチャーを、あのおしとやかなポーラが見せてくれたのが何となくツボにはまり、密かに笑いをこらえる私でした。