サンノゼ支社のトムは、北カリフォルニア地域の財務部門長。そんな彼から、今月の初めにメールが届きました。
「サンフランシスコ支社まで来て、うちの連中にプロジェクトマネジメント・システムのトレーニングをしてくれないか?旅費も含めて費用はこっちで持つから。」
これには興奮でちょっと身体が震えました。一年前に講師として南カリフォルニアの支社巡りをしたことがあり、皆に「お願いされればどこへでも行くよ!」と公約していた私ですが、今回はなんとサンフランシスコ。はるばるそんな遠くからお呼びがかかるなんて!
「喜んで!今月中でも対応するよ。18日の週はどうかな。」
と返信。すると、彼の部下であるオンタリオ支社のモーガンが、サンフランシスコ支社の部長たち(会ったことはありません)に宛ててメールを送りました。
「18日と19日の二日間、シンスケがトレーニングのために来てくれることになりました。PM達に召集をかけて下さい。彼はアメイジング・ティーチャーよ。」
これに対し、建築設計部長のアリスから待ったがかかります。
「いい考えだとは思うけど、タイミングが悪いわ。ここのところ色んなトレーニングが立て続けにあって、うちのPM達はアップアップなのよ。」
部下達がトレーニングにばかり時間を割いて、本業に打ち込めない現状を看過するわけにもいかないのでしょう。そりゃそうだよな…。残念だけど、この話はここで立ち消えかな、とがっかりしていた私ですが、数分後にトムがこんなメールを一斉送信しました。
「本来ならおたくのPM達は、既にシステムに精通していなければならないところだ。問題なく使えている連中も何人かはいるけど、学ぼうともしない人間がいるのも事実。」
ここで、トムの次の文章に目が釘付けになります。
“This is why we are bringing the mountain to them.”
「だから我々が山を運んで来ようとしてるんじゃないか。」
え?山を運ぶ?何が山なの?この場合…。
彼の文章は、さらに辛らつさを増します。
「そもそもトレーニングなんかしなくてもいいんだよ。しかし毎期末に損失計上する状況が続いてる以上、至急対策を講じざるを得ないだろう。」
ひえ~っ。なんか険悪なムード…。この後、いくつかメールのやり取りがあり、結局サンフランシスコ出張は5月まで延期となりました。
それからずっと、私の頭にはBring the mountain というフレーズが引っかかっていました。最初の解釈は、私という人間を山と見立て、「シンスケ(イコール山)をここまで引っ張って来る」と言おうとしている、というもの。でも、私が「動かざること山の如し」ってタイプじゃないことは誰の目にも明らかだし(むしろ腰が軽すぎるかも)、たとえそうだとしても、若干失礼な物言いのような気もします。この件についてはあまりの多忙続きで暫く調査が出来なかったのですが、遂に昨日解明しました。
諸説あるようですが、総合するとこれは、フランシス・ベーコンの著書からの引用が元みたいです。
If the mountain will not come to Mohammed, Mohammed will go
to the mountain.
山がマホメットの元へ来ないのなら、マホメットの方から山へ行くだろう。
イスラム教創始者のマホメット(ムハンマドとかモハメッドなどという表記もある)は「私は山も動かせるのだ」と人々に信じ込ませていた。皆の前で「山よ、こちらへ来なさい」と何度も唱えたのが、何も起こらない。ここで彼はすっくと立ち上がり、恥じる素振りも見せずに、「山の方から来ないのなら、こちらから行くまでだ。」と言ったそうです。
なんじゃそりゃ?という話ですが、なんとなく言わんとしていることは分かりました。トムは、このフレーズをちょいとひねって使ったのでしょう。私の解釈は、こうです。
“This is why we are bringing the mountain to them.”
「(PM達が積極的に学ぼうとしないから)我々が山(トレーニング)を運んで来ようとしてるんじゃないか。」
そんなわけで五月初旬、サンフランシスコまで山を運んできます。
{追記です}
同僚のリチャードとエリックに聞いてみました。どうやらこのフレーズは元の意味からかなりズレていて、「不可能に近いことを成し遂げようとする」とか「難事に挑む」ことを指すそうです。