2013年1月29日火曜日

Hit a snag 思わぬ邪魔が入る

先日あるクライアントが我が社の11月分の請求に対し、何の説明も無く1%差し引いて支払っていたことが発覚しました。一体なんでそんな非道なことを?にわかにプロジェクト・チームがざわつきます。

「前回の契約変更で、請求書を送った日から数えて15日以内に彼らが支払えば1%ディスカウントする、という条項が盛り込まれたのは確かだけど、契約変更の有効日は12月末日のはず。11月分の請求までさかのぼってこれを適用するのは間違いだと思うよ。」
と皆にメールを出したところ、上層部が一斉に賛同の意を表明しました。

「でも、万が一ということもあるから、一応法務部に確認するね。」
と断り、弁護士の同僚ラリーに質問メールを送ります。しかし暫く待っても反応が無いので、これはきっと不在に違いない、と彼の上司であるサラに転送。彼女はラリーに輪をかけて多忙なので、しっかりフォローアップしないと返事を貰えないぞ、という予感があり、一日おきにメールを送ることに決めました。すると、三日目にして返信が到着。締め切りのある仕事に追われているが、今週中に何とか時間を作って契約書を見直してみる、との返信。その際、こんな断り書きがついていました。

“I’ll let you know soon if I hit a snag that could slow me down.”
「もしもスナグにぶつかって(hit a snag)さらに時間がかかるようなら、すぐに連絡するわね。」
このHit a snag というフレーズ、割と頻繁に耳にするのですが、今まであまり気にしたことがありませんでした。さっそくウェブの辞書をチェックしたところ、「暗礁に乗り上げる」とか「思わぬ困難な問題にぶつかる」という訳が多かったのですが、念のため同僚リチャードの部屋を訪ねます。

Speed bump (車の速度を落とさせる道路上の段差)みたいなもんだよ。やろうとしてたことがあるのに邪魔が入ってなかなか手をつけられない時ってあるでしょ。」
「そうなの?じゃ、すごく大きな障害ってわけじゃないんだね?」

「うん、ちょっとした邪魔が入るって感じかな。」
自分の部屋に戻り、あらためてsnag の意味を調べました。「沼や池の表面に顔を出した立ち木のこと」とあります。なるほど、と納得です。水面下に少し太めの幹がある木を想像すれば分かりやすい。もう一度リチャードのところに戻ってこれを説明したところ、

「へえ、そうだったんだ。」
と驚きます。ええっ?スナグの意味自体を知らなかったの?ううむ、こういうことってあるのね。気を取り直したようにリチャードが、

「それならますますさっきの説明があてはまるよ。越えられない障害ではなく、一旦ストップして方向転換をしないといけないような邪魔のことだね。」
これが「氷山に衝突した」なんて話だと、事情が大きく変わってきます。船体が損傷し、航行不能に陥る可能性もあるのですから。「立ち木」ならそこまで深刻じゃない。ウェブ辞書に載っていたような、「暗礁に乗り上げる」ほど厳しい障害とは思えません。私の和訳はこれ。

“I hit a snag.”
「思わぬ邪魔が入ってね。」
ちなみに私の日常を表現させて頂くと、こういうことになるでしょう。

“I’m hitting a snag after snag.”
「思わぬ邪魔の連続だよ。」
 
さて、半ば予想していたことですが、その後二度ほど催促メールを送った後、サラからの連絡がパッタリと途絶えています。川底から鬱蒼と生い茂る立ち木群に囲まれて、立ち往生してるのかもしれません。

2013年1月26日土曜日

Sorry to harp on it. ハープしてゴメンね。

先日の電話会議で、PMのジェイソンに財務のミケーラが、

「どうしてクライアントからの未払いがこんなに続いてるの?」
と尋ねました。たちまちジェイソンが、「ああ、またか。」とため息モードになります。この質問、複数の人から嫌になるくらい聞かれているのです。我々は下請けで、元請けは役所からの支払いを待っている。彼らが払われなければ我々も払われない。この役所、金払いが極端に悪いのです。過去に何度も答えているので、ジェイソンの説明にも淀みがありません。

「でもね。」
とミケーラが食い下がります。

「元請けに対して支払い状況を頻繁に確認することくらいは出来るわよね?」
ジェイソンが、それはもちろんやっている、と答えます。ミケーラはこれに対し、

“Sorry to harp on it.”
「ハープしてごめんね。」
と断ってから、支払いの遅れが組織経営にとっていかに大きなダメージかを語り始めました。

この「ハープする」という表現、度々耳にするのですが、どうも呑み込めません。間違いなくネガティブな意味合いがあるのですが、あの美しい音色を奏でる楽器に、どうしてそんな冷たい扱いをするのか?
ちゃんと調べたところ、これは「くどくどと同じことを言う」という意味でした。ミケーラが言いたかったのは、こういうこと。

“Sorry to harp on it.”
「クドくてごめんなさいね。」
この後、同僚のエリック、シェリル、リチャード、ジム、と片っ端から疑問をぶつけてみました。

「ハープって、音色だけでなく姿かたちも含めて綺麗な楽器でしょ。なんでこういうネガティブなフレーズに使われるの?」
これには皆、天を仰いで黙ってしまいます。

「確かにシンスケの言う通りだ。なんでだろう?分かんないけど、ただそう言うんだよ。」
結局、誰からも手がかりが得られませんでした(後でよく調べたら、シェークスピアが使い始めた表現だ、という説を見つけました)。

みんな忙しいのに、くどくどと質問しちゃってごめんね。

2013年1月24日木曜日

Inappropriate laughter 不適切な笑い

火曜の朝、会議のため出かけたオレンジ支社の駐車場で、それは起こりました。助手席の足元に置いてあったボブルビー(バックパック)を前かがみの姿勢で引っ張り出し、背中に担ごうと上体をひねった瞬間、鋭い痛みが腰を襲ったのです。ああ、やっちまった!一瞬にして、世界が変貌します。腰を伸ばすこともしゃがむことも出来ない、いわゆる「ギックリ腰」です。

お昼の会議は私が進行しなければならなかったので、どうにかこうにか鎮痛剤で乗り切りました。ボスのリックに事情を話し、サンディエゴへ逆戻り。それからはカイロの先生と自宅との往復。二日半、ほぼ寝て過ごしました。忙しい生活が長く続くと、こういうことになっちゃうんだよなあ。
思えばギックリ腰との馴れ初めは、渡米を目指して塾通いをしていた頃のこと。夜の神田で突然歩行不能に陥り、電信柱に抱きついて、タクシーが通りかかるのを苦痛に耐えながら待ってたっけ。

昨日の午後、妻の運転で病院へ向かっていたところ、リックからiPhoneにメールが入りました。
「怪我が起こったのが会社の駐車場だったので、これが労災に当たるかどうかという議論になってるんだ。報告書を出さないといけないので、もう一度詳しく話が聞きたい。電話くれないか?」

折り返し電話をかけたところ、いくつか質問をされました。
「じゃ、腰痛は初めてじゃないんだね。それは重要な情報だ。これが今回初めてだとなると、職務との関連性を慎重に検証しないといけなくなるからね。どのくらい前から腰痛持ちなんだい?」

私が「14年前からですね。」と答えたところ、電話の向こうで弾けるような明るい笑い声。私もつられて大声で笑ってしまいました。もうこれは断じて労災ではない、という安堵に満たされます。私もこんなことで余計なペーパーワークに時間を費やしたくなかったので、安心しました。するとリックが神妙な声で、
「申し訳ない。笑うところじゃなかったね。君が痛がってるっていうのに。ワイフにもよく指摘されるんだ。僕のこの inappropriate laughter をね。」

Inappropriate laughter とは、文字通り「不適切な笑い」です。リックはどんな逆境も笑って乗り越える、スーパー・ポジティブ・ガイ。世の中に彼ほど前向きな人間はそういないぞと思ってたけど、ポジティブさゆえの問題ってのもあるんだな、と気づかされたのでした。

2013年1月20日日曜日

リーダーの仕事

火曜日の朝、

2013年度の目標設定がまだ終わっていない人は、今週中に済ませるように!」
という御触れが出ました。我が社の会計年度は10月にスタートするので、2013年度の目標は3ヶ月前に設定が終わっているはずなのですが、あまりの多忙でずっと後回しになっていたのです。

我が社では、年度初めに上司と話し合った上でBusiness Goals (ビジネス目標)とDevelopment Goals (自己研鑽目標)を設定し、それがどのくらい達成できたかを年度の終わりに評価する決まりになっています。これが給与査定のベースになるのでもちろん重要な作業なのですが、私はあまり得意じゃない。理由は、達成度がQuantifiable(数値化可能)である目標にしなければならないこと。「何々をもっと頑張る」みたいな努力目標じゃ認められないのですね。しかし私の業務の大半は他人の仕事のサポートなので、己のコントロールの及ばないことが多く、「売り上げ目標100万ドル」みたいな具体的なゴールを設定しにくいのです。
特にDevelopment Goals (自己研鑽目標)は難しく、悩んだ挙句にこんなのを搾り出しました。

「リーダーシップとコミュニケーション・スキルの上達を図る。年度末までに関連書籍を三冊以上読む。可能であればセミナー等にも出席する。」
アメリカで働き始めて10年目にしてようやく正式な部下が出来たので、これはリーダーシップとかコーチングのスキルを会得する良いきっかけ、と喜んだものの、その達成度を数値化する方法となると全く思いつきません。だから苦し紛れに「本三冊」としたのですが、ボスのリックもこれに同意し、

「確かにリーダーシップの達成度は計測しにくいね。」
と承認してくれました。そんなわけで、夏までに5冊ほど読破し、早々に「目標達成」しちゃおうと目論んでます。

「それにしてもリーダーシップって、本当に分かりにくいコンセプトですよね。」
と私が言うと、リックがこんな話をしてくれました。

「息子が8歳の時、少年バスケットボール・チームのコーチ(もちろんボランディア)を任されちゃってね、そんな仕事は未経験で、どうやってチームをリードしていけばいいのか見当がつかず、兄貴のマイクに電話して相談したんだ。マイクは何年も子供のスポーツのコーチをしていて、彼のチームはどんどん強くなるので評判なんだ。何か一般的な手順を教えてくれるものと期待していてたら、彼がこう言うんだ。大事なことはたったひとつ。練習や試合が終わった後、子供達ひとりひとりに、その日良かった点を言ってやることだってね。」
これにはちょっと鳥肌立ちました。そうか、テクニックがどうこうより先に、チーム・メンバーのひとりひとりを心から大事にすることなんだよね。

本、三冊読まなくても良くなりました。

2013年1月13日日曜日

Nepotism ネプティズム

エミリオ・エステベス監督、マーチン・シーン主演の映画「The Way」を図書館で借りました。自分のオヤジと一緒に映画を作る、しかも親子役で共演するというのはなんとも仲の良い話だなあ、と感心していたら、ふと「何故親子で苗字が違うのか?しかも弟のチャーリー・シーンは父親と同姓なのに?」という疑問が湧いてきました。

さっそくググってみたところ、「親の七光りは嫌だったので、父の芸名を受け継ぐのは避けて本名のエステベスを名乗ることに決めた」のだと。
なるほど、マーチン・シーンってそもそも芸名だったのね。とすると、弟の方はそんなこだわりも無く襲名しちゃったわけか…。ちゃっかりしてんな、ちゃっかりチャーリー…。

さて、毎週金曜日の午前中は、私のオフィスに同僚のマイクとキャロリンがやって来て一時間ほど会議します。マイクがPMを務める高速道路設計プロジェクトの財務状況を私が解説し、彼らが宿題を持ち帰ってチームメンバーに適切な指示をする、というもの。二人とも声が並み外れて大きく、ドアが開いていると廊下伝いに他の社員の部屋にまで話が届いてしまいます。先日も、同僚リチャードがあとからやって来て、
「あの二人、なんでしょっちゅうシンスケの部屋に来てんの?」

と尋ねました。彼には、私と二人との接点が見つからなかったみたい。彼らのプロジェクトのサポートをしているのだ、と説明すると、
「え?キャロリンはマイクのプロジェクトチームの一員なの?」

と驚きました。キャロリンは去年大学を出たばかりの新入社員なのですが、マイクの実の娘なのです。マイクの奥さんのアルシーナも経理担当でプロジェクトに参加している旨を伝えたところ、二度驚くリチャード。
「やっぱりこれって、あまり一般的じゃない状況なの?皆何も言わないから、アメリカではこういうの普通なのかなって思ってたよ。」

と私が言うと、普通じゃないよ、とリチャード。
僕もかつて親父の商売手伝ってたんだけど、異常に神経使ったよ。社長の息子だからといって特別待遇を受けてはいるわけじゃないぞ、他の社員と同じだぞっていうメッセージを出し続けてた。」

「マイクもキャロリンもアルシーナも、ごく自然に親子として振舞ってるよ。会議中もキャロリンは、マイクのことを父さん(Dad)って呼んでるし。でも正直なところ、そういう時って若干居心地悪くなるんだよね。」
「そりゃそうでしょ。プロフェッショナルな態度と言えるかどうか疑問だよ。」

「ま、でも実害は無いよ。それぞれ優秀だし、ものすごく勤勉だしね。」
「いや、だからオッケーっていう話じゃないと思うよ。だってさ、同僚達からすれば、えこひいきがあるかもって勘ぐるのが普通でしょ。ただでさえ失業率の高いこの時期、娘と奥さんに優先的に仕事を回してるんじゃないかって疑われても仕方無いよね。」

「なるほど、確かに。それは考えてもみなかったなあ。」
リチャードがこう締めくくります。

“That’s a severe form of ネプティズム.”
「それは極端なネプティズムだよ。」

ねぷてぃずむ?なにそれ?

リチャードの解説によると、綴りはNepotism (ネポティズムとは聞こえません。ネプ、です。)、そして語源はnephew (甥)だそうです。中世のカソリック教会ではその要職に就く者が純潔を誓ったため子供がなく、代わりに兄弟の息子を跡継ぎに任命した、という話から来ているみたいです(ウィキペディアより)。日本語では「身内びいき」というところでしょうか。
二世タレントや二世議員が珍しくない今の世の中、それ自体にめくじらを立てる気はないのですが、キャロリンが「それはDad(父さん)に聞かないと分からないわ。」なんて発言をするたびに、「そこは父(My father)に聞かないと、だろ!」突っ込みたくなります。

2013年1月5日土曜日

Spoiler Alert スポイラーにご用心

図書館から借りてきた映画 “The Ides of March” の話を同僚ステヴとしていたところ、あれは自分のオハイオの故郷で撮影された作品で、製作前から町中すごい盛り上がり方だったんだ、と教えてくれました。

「知事役のジョージ・クルーニーがそもそもオハイオ出身でね。」
さらにこぼれ話を語ろうとしたので、

「ちょっと待って、まだ観終わってないんだ。内容が分かるようなことは言わないでくれる?鑑賞後にまた聞くからさ。」
と慌てて遮りました。

「そういえばさ、映画のレビューをオンラインで読んでると、時々 “Spoiler Alert” (スポイラー・アラート)ってラベルがついてたりするじゃない。あのスポイルと、 “Spoil children” (子供を甘やかす)という意味で使われるスポイルとが、どうも頭の中で一致しないんだよね。スポイルって、そもそもどういう意味なの?」
スポイラー・アラートというのは、日本語では「ネタバレ注意」。映画や小説のレビューに、作品の重要なトリックや結末が分かっちゃうような内容が書かれているので注意してね、というサインです。

「スポイルっていうのは、対象を腐らせる、駄目にする、という意味があるんだよ。だから子供を甘やかして駄目な人間にする、という意味で Spoil children と言うんだ。」
「でも、映画のネタをバラすことと、一体どう繋がるの?」

「これから作品を鑑賞する人が味わえるはずだった楽しみをぶちこわしにする、ということだね。」
おお、なるほど。それなら納得。でも、ここで新たな疑問が生じます。

「そういえば、スポーツカーの後ろにくっついてる、カッコいい尾翼みたいなのがあるでしょ。あれもスポイラーって呼ばない?どういう関係があるの?」
これにはぐっと詰まってしまったステヴ。暫く天を見上げた後、くるりとコンピュータに向き直り、ウェブ検索を始めました。真っ先に出てきたのが、「車に付け足すことで元のデザインを台無しにする付属品」という説明。

「なんだこれ。ちょっと疑わしいな。」
「うん、大抵は見栄えが良くなるもんね。」

次に出てきたのが、「空気の流れを妨害して乱流を起こし、下方向に圧がかかるよう調整するデバイス。」
「それでしょそれ!やっぱりスポイルってのは、何かを駄目にするっていう意味なんだね。」

帰宅してから再度調べてみたところ、スポイルの語源は spill (スピル)で、スピルの元々の意味は destroy (壊す)でした。大正解!

2013年1月3日木曜日

夢見る酋長

年が明けました。今年の初夢は、高速道路の真ん中でエンストして立ち往生する、というパニックものでした。ううむ。幸先悪いな。

本日午後、同僚ステヴに、
「初夢は現実になるっていう迷信、アメリカにある?」

と尋ねてみたところ、「聞いたことない」とのこと。夢のお告げに従って突飛な行動に走る人を扱った物語はあるけど、夢の内容に神秘的な意味を読み取ろうとする行為は一般的でないそうです。そういえば、「夢占い」なんてのもこっちじゃ聞いたことないな…。
「ネイティブ・アメリカンは夢を大事にしたりするんじゃない?」

と更に尋ねてみました。ステヴは人類学者で、インディアン居留地がらみのプロジェクトによく携わるのです。
「モハビ砂漠の周辺に住むある部族は、毎日見る夢をとても大事にするよ。」

祖先が夢に現れて伝えてくれるメッセージなどは特に重要で、これを本気で行動の指針にしたりするのだそうです。
「一度こんなことがあったよ。部族の人たちとクライアントとの会議をセットしていたのに、当日になって突然キャンセルして来たんだよね。理由を尋ねると、酋長がその会議の夢をまだ見てないからだって言うんだ。どんな会議にしたら良いかのお告げを夢で受けないことには、出席出来ないってね。」

これにはぶったまげました。
「たとえプロジェクトのスタート前にチームでリスク事項の洗い出しをしたとしても、簡単には思いつきそうもない話だねえ。」

「そうなんだ。おかげでスケジュールが大幅に遅れちゃってね。クライアントの面々に事情を話したんだけど、なかなか理解してもらえなかったなあ。」

こういう話を聞くたびに、世の中って本当に面白いなあ、と嬉しくなります。