2012年9月30日日曜日

ストレス解消のためにストレスを溜める男

この夏はほぼ毎週日曜日、息子を連れて海に行きました。彼は友達とサーフィンやボディボードを楽しむのですが、私と妻は浜辺にパラソルを立て、ビーチチェアーに何時間も座ってるだけ。友人達と飲み食いしてダラダラ喋る。あるいはうたた寝する。iPhone で映画を観る。またうとうとする。仕事が多忙でぜんまいがギリギリに巻かれてるのを、ここでゆっくりと緩めていく感じ。なかなか良いストレス解消法なのです。ビーチは駐車場から階段を100段以上下りたところにあるため、荷物を持って往復するだけで心臓がバクバクし、これも良いエクササイズになってると思います。

さて先日、車を停めてサーブボードをラックから下ろそうとしていたら、フェンスの上枠を両手でがっしり掴んで海を見下ろしている若い白人男性がいました。サングラスをかけているので定かではないのですが、どうも同僚アーロンに似ています。近寄って声をかけてみました。
「アーロン?」

波の音と背後のハイウェイの騒音に私の声がかき消されたのか、彼は無反応。もう一度名前を呼んでみたのですが、波を凝視したままぴくりとも動きません。ものすごく真剣な表情。あれ?これは完全に人違いか?勇気を出して三回目に名前を呼んだ時、くるりとふり向いてスタスタと立ち去り、車に乗り込むとエンジンを唸らせて消えて行きました。
「え?何?人まちがいだったの?」

と妻子がニヤついています。いや、他人の空似にしてはあまりにも瓜二つだったんだけどなああ…。
数日後、職場でアーロンを訪ねました。ヘッドホンをして仕事に集中していたのですが、私が来るとそれを外して挨拶しました。

「忙しい?」
彼は静かに首を振った後、忙しいなんてもんじゃない、という表情で笑いました。最近は誰もがオーバーワーク気味で、忙しいかどうかなんて愚問なんです。

「ところでさ、日曜にPipes あたりへ行かなかった?駐車場から波を見下ろしてた人が君にそっくりだったんだけど。」
「うん、行ってたよ。あれ?もしかして僕の名前呼んだ?」
「うん、三回ね。」

彼は丁寧に謝罪した後、弁明を始めました。子供がようやく寝付いたので、90分だけ自由にしていいと妻に言われ、大慌てで車にサーフボードを積んで出かけた。一週間溜めに溜めたストレスを、ここで一気に解消したい。ところが、到着してみると波高も波長もイマイチ(確かにあの日は波が貧弱で、サーフィンやってるのは小さな子供ばっかりでした)。さてどうするか。与えられた時間は刻一刻と過ぎて行く。波が良くなるのを期待して階段を下りて行くか、それとも別のビーチへ移動するか?決断を急がねば!
「そういう状況だったんだよ。」

なるほど。だから誰かに呼ばれたような気がしても振り返る余裕は無かったのね。ストレスを解消するために、余計ストレスを溜めてしまった気の毒なアーロン。
「で、結局どうしたの?」
「別のビーチへ行ったら波が良かったんだけど、もうボードを下ろしてる時間は無かったから、ボディサーフィンに切り替えたよ。」

ボディサーフィンとは、自分の肉体をサーフボードのように使って波に乗る遊びです。
「短時間だったけど、すっきりした。」

それはほんとに良かったね!

2012年9月27日木曜日

Karma 悪行の報い?

昨日は私の担当プロジェクトのレビューがありました。同僚ミケーラが会議をリードし、経理のジョスリンが傍聴。15分遅れでやって来た財務のシェリーが、いかにもくたびれた様子で席に着きました。

「シェリー、残念ながらもうレビューは終わったよ。」
と私。このプロジェクトは異常なスムーズさで進んでいてケチの付けどころがないので、レビューはあっという間に終わってしまうのです。

「あらそうなの。遅刻の常習犯でごめんなさいね。」
来週月曜付けで新組織体制に移行するため、南カリフォルニア地域の重鎮である彼女は毎日てんやわんやなのです。

「念のために知らせとくけど、10月から私の担当プロジェクト数が倍増するの。トップが替わって、そういう体制に決めちゃったのよ。」
「ええっ?今でさえとんでもなく多いのに、決裁さばけるの?毎日何百本も承認しなきゃいけなくなるんじゃない?」

と私。

「ブラックベリー(携帯電話)を手のひらに移植して、起きている間中承認ボタンを高速で押し続けるしかないんじゃない?」
とからかうミケーラ。そちらをじろっと睨んでから、

「なんで私がこんな目に会わなきゃいけないのかしら。」
と大きなため息をつくシェリー。するとミケーラが、笑いながら追い討ちをかけます。

“That’s karma.”
「それはカルマね。」
とんでもない、というように両手を開いて上に挙げ、シェリーが抗議します。

「あたしが何をしたっていうのよ!」
カルマ(「カーマ」と発音します)というのは輪廻転生と結びついている仏教の概念で、前世の行いの影響がこの世に現れる、そういう意味だと解釈していた私は、笑ってこう同調しました。

「前世の悪事が祟ったんじゃない?」
ところが、意外にも二人とも無反応。あれ?もしかして僕、とんちんかんなこと言っちゃった?

後で総務のトレーシーと話した時、この件を尋ねてみました。

「カルマって、前世の行いの影響が今回の人生に出るって感じに捉えてたんだけど、そもそも輪廻の考え方が無ければ意味が通らないよね?キリスト教徒の多いこの国で、その考え方って一般的なの?」
「そうねえ。もともとの意味はそうかもしれないけど、輪廻転生の文脈は無くなってるんじゃないかしら。単に、悪行の報いって意味で使われてると思うわよ。」
「この世での?」
「そう。前世はまったく関係なし。道につば吐いた途端に空から鳥の糞が落ちて来た、なんてケースでも使うわよ。」
「そりゃまた随分スピーディーなカルマだね。」
「私達アメリカ人って、この手の外来語をあまり深く考えずに使うのよ。」
なるほどね。「輪廻」とか「業」などという難解なコンセプトをまともに引きずってたら、日常会話で使いにくいもんな。

しかし、だとしてもちょっとノリが軽すぎると思うんだけど…。

2012年9月19日水曜日

Smell the roses 人生を楽しむ

電子レンジで弁当を温めようと職場のキッチンに入ったところ、同僚のジムが既に座って残りの昼飯を平らげているところでした。

“How are you?”
と尋ねられ、正直に「忙しくて死にそうだよ。」と答えました。

「最近さあ、新しく覚える英単語やイディオムが、ネガティブなのばっかりなんだよね。Badger (うるさくせっつく)とかI’m stretched too thin. (仕事が多すぎてアップアップだ)とかさ。」
「そうか、だいぶストレス溜まってるみたいだな。」

彼は優しい表情になってこう言いました。
“You have to stop and smell the roses.”

おお~!このイディオム知ってるぞ!「立ち止まってバラの匂いを嗅がなきゃ。」というのが直訳ですが、要するに「忙しい日常から我に返って人生を楽しまなきゃ。」というイディオムですね。そこへ同僚マリアがやって来たので、いきなり質問をぶつけてみました?
“Have you smelled the roses lately?”
「最近バラの匂い嗅いでる(人生楽しんでる)?」

「嗅いでるわよ。」
こともなげに即答するマリア。ええ~?超忙しいってこないだ言ってたじゃん…。

「だってあたし、毎日犬の散歩させてるでしょ。普段は気にも留めないような物に目が行くし、花の匂いも自然と嗅ぐようになるのよね。犬ってちょっと歩くとすぐ立ち止まって、花であれなんであれ、やたらと匂い嗅ぐのよ。あの子は人生(?)楽しんでるし、私も付き合って楽しんでる(smelling the roses)わ。」
Literally. (文字通りだね)。」

と私。
Literally (そのまんまね)。」

とマリア。
犬飼ってない私は、自分で意識してバラの匂いを嗅がないといけません。今日は思い切って5時半に退社。去り際、マリアにこう言いました。

“I’ll go home and smell the roses!”
「家に帰って人生楽しむよ!」

2012年9月17日月曜日

Badger うるさくせっつく

今日は同僚マリアと、近くのベトナム料理屋まで歩いてランチに行きました。道中、最近誰も彼もがイラついてる、という話題になりました。先週はうちのチームの若い女性社員が、監査部の重鎮と神経を尖らすメールのやり取りを重ねた後、突然ブチ切れたのです。
 
「こちらがやっと要求に応えたと思うと、決まって要求レベルを上げて来るんですね。どうして最初から要求内容を明確に伝えてくれないんですか。私だって山ほど仕事を抱えてるんです。こんなことに何時間も費やせませんよ。大体、メールの中で略語をバンバン使われるのは迷惑です。いい加減にやめてもらえませんか。」
おいおい、これはいくらなんでもヤバいだろ~。慌てて両者にそれぞれ電話し、仲裁に入りました。
そんな話をしたところ、マリアは深く頷きました。

「私もさっきまで電話会議に参加してたの。大規模プロジェクトのレビューでね。そしたらPMが、会議出席者の名前を全部教えてくれ、というの。」
マリアは名を名乗った後、こう付け足したそうです。

“I’m the one who’s been badgering you.”
「あなたをずっとバジャー(badger)してる人よ。」
これはよく耳にする単語です。名詞のbadgerは「アナグマ」という意味で、動詞の方は、犬をけしかけて穴からアナグマを引きずり出して殺す、badger-baitingというムゴい遊びが語源だそうです。

あとで同僚ジムに尋ねたところ、Nag (しつこく要求する、文句を言う)より程度がひどい言葉だそうで、やや脅しに近い勢いで要求を繰り返したりするケースに使われるとのこと。マリアは毎日のように、「早くレポートを出してくれ」と彼にメールを送っていたのだそうです。彼女のセリフは、こんな風に訳せるのではないでしょうか。
“I’m the one who’s been badgering you.”
「あなたをずっとうるさくせっついてる人よ。」
するとこのPM、すかさずこう切り返したのだとか。

“Take a number. I have hundreds of people badgering me.”
「あんただけじゃないよ。俺はずっと何百人もにせっつかれてるんだからな。」
なりふり構わぬ大量解雇の結果、ただでさえ人が少なくなったのに加え、嫌気がさして辞める社員も後を絶たない状況。気がつくと、極端に少ない人員で以前と変わらぬ仕事量をこなさなければならない現実に、誰もが直面していたのです。

私自身、最高難度のテトリス(古いか)と毎日取り組んでる心境です。無数の要求が高速度でどんどん降って来る。こっちも最高速度で処理するけど、到底間に合わない。毎日これじゃ、さすがにストレス溜まります。こうなったら開き直るしかない。
誰にBadger されても、出来ねえもんは出来ねえ!

Seventh Inning Stretch

プロジェクトが大きな節目を迎えたということで、同僚セシリアがパーティーを催しました。地元パドレスのゲームをプロジェクト・チームの皆で応援しよう、という企画。

外野席の一列を貸し切りにし、ハンバーガーやホットドッグを食べながらゆったり観戦しました。こういう時でないと話すチャンスの無いメンバー達とも会話が出来て、なかなか良いイベントでした。隣に座ったピーターが、「今年は韓国へ行くつもりなんだ。そのうち日本を旅行したい。」などとアジア好きを匂わせるので、自然と話が弾みました。
「そうそうピーター、前から誰かに聞いてみたかったんだ。アメリカで野球場に行くと、7回表終了後に観客が皆立ち上がって歌う慣わしになってるでしょ。あれ、アメリカ人なら誰でも歌える曲なの?」
「ああ、Take me out to the ball game (私を野球に連れてって)だろ。アメリカ人の100%が歌えると俺は思うよ。」
「へえ、それはすごいことだねえ。」
「シンスケも、もうすこし長くアメリカにいれば嫌でも歌えるようになるよ。」

家に帰って調べたところ、この歌は Seventh Inning Stretch(7回のストレッチ)と呼ばれているそうで、歌うことよりも身体を伸ばして一息入れることがそもそもの目的みたい。
そういえば、数年前にWBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)の決勝戦(日本対韓国)を観に友人とドジャース・スタジアムへ行った時のこと。観客席の7割近くが韓国の応援団に占められており、白人はほとんどいません。顔やTシャツを青く塗った韓国の若者達が怒号のような応援エールを送っており、その勢いは我々日本人を萎縮させるに充分でした。試合は終始韓国が優勢に進めたのですが、最後はイチローの活躍で日本が見事優勝をもぎ取ります。試合終了後の球場の雰囲気は重苦しく、我々は無言でそそくさと去りました。

そんな激しい緊張の中でしたが、7回表終了時にはTake me out to the ball game がかかり、日本人も韓国人も一斉に立ち上がってこの歌を歌いました。選手も観客もアジア人だらけなのに、それでもこれやるのか?と半ば呆れながらハミングで調子合わせてた私。でも、後から考えると、あれがなかったら終了後に暴動が起きてたかもしれない、そんな雰囲気でした。あの歌のおかげで、皆で一緒に野球観戦を楽しもうよ、という純粋な気持ちに立ち戻れたのですね。

2012年9月14日金曜日

She stood me up. 彼女にすっぽかされたよ。

監査部門からの宿題のひとつに、「オレンジ支社のPM全員に、リスク管理のトレーニングを受けさせる」というものがあります。締め切りは来週の月曜。先月トレーニングを受け損なったPM達に、何とかしてそれまでに受けてもらわないといけません。ちょうど今週月曜の朝9時にウェブを使ったトレーニングが開催されるというので、PM達を会議室に集めました。ところが、なんとリスク管理部が予告もせずにドタキャンしたのです。集まった面々は、呆れるやら怒るやら、大変な騒ぎになりました。

さて水曜日、そのオレンジ支社でコンストラクション・マネジャーのトムと久しぶりに再会して談笑していたら、明日はロングビーチ支社へ行くんだ、と言い出しました。実は僕も明日ロングビーチに行くんだよ、と驚くと、すごい奇遇だなあ、と笑います。しかし色々聞いているうちに、二人ともロバートという若い社員に会う予定であることが判明しました。
「最近PMを任された人達のトレーニングに行くんだよ。ロバートはそのうちの一人なんだ。」
と私。
「俺も彼のトレーニングに行くんだ。最近、安全講習会の講師を任されたっていうから、コツを色々教えなきゃいけなくってね。」
「そんなに色々引き受けちゃって大丈夫なのかね。」
「全然大丈夫じゃないよ。奴の弱点は、イエスマンだってことなんだ。」
「ミシェルがさ、They were thrown to the wolves というイディオムを使って今回のことを評してたよ。」

これを聞いて、トムがパッと顔を輝かせました。
「その通りだよ!そいつはどんぴしゃの表現だ。出来っこないのを重々承知の上で、じゃんじゃん仕事を任せてるんだからな。」
「それってさ、支社長のトラヴィスが自分の身を守るために彼らを犠牲にした (threw him under the bus)、という意味にはならないよね。」
「うん、それは違うな。最近社員がじゃんじゃん辞めてるだろ。置き去りにされた仕事を誰かが片付けないといけない、ということで、たまたま残ってて元気のいいロバートに押し付けたってところじゃないかな。」
「見捨てる(abandon)ってのと同じこと?」
「う~ん、もうちょっと残酷なニュアンスがあるなあ。」

ぴったりした和訳が見つからないなあ、このイディオム…。そこでふと、違う疑問が浮上。
「あのさ、全く関係ない質問するよ。女の子とデートの約束してたけど相手が待ち合わせ場所に現れなかった、ってケースあるでしょ。そういう時は、どういう表現使うんだっけ?」
She stood me up. だな。」
「あ、それそれ。」

何度も聞いたことはあったけど、すっかり忘れてたんです。でも、なんで「彼女が僕を立ち上がらせた」が「すっぽかした」、という意味になるのかな?
「それは分からないよ。」

とトム。その時、途中から話の輪に入っていた同僚エリックがこう言いました。
「そういえば、昔デートの相手にすっぽかされたことがあるよ。彼女の家に迎えに行くことになってたんだけど、到着してみたら家中の灯りが消えてて、ノックしたけど誰も出ないんだ。」
「それでどうしたの?」
「諦めて帰ったよ。それっきり会ってないから、なんでそういう仕打ちを受けたのか、未だに分からないんだ。」
「それ、いくつの時の話?」
とトム。
26歳くらいだったかなあ。」

エリックは50過ぎの立派なおっさんです。四半世紀も前の残酷な出来事が胸を去らない様子は、ちょっと滑稽でちょっぴり悲しかったです。
夕方、大ボスのクリスから電話が入ります。
「月曜のトレーニングはどうだった?」
何も知らない様子だったので、リスク管理部がドタキャンした件を説明しました。折角なので、覚えたてのイディオムを使ってみました。

“They stood us up!”
「彼ら、すっぽかしやがったんですよ!」
言ってみてから、ちゃんと意味が通じたかどうか不安になって来ました。で、今日の午後、同僚ステヴに確認。

「うん、大丈夫。そういう場面でも使える表現だよ。」
あ~良かった!

2012年9月11日火曜日

Throw someone to the wolves. 見捨てる

木曜に旧友が日本から遊びに来ることになりました。ロスに数時間だけ滞在出来ることが分かったので、空港近辺で一緒に昼食をとることにしました。といってもサンディエゴからロスの空港までは下手すりゃ3時間かかります。往復5,6時間かけるとなると、休みを取らなければならん。それは避けたい。しからばロングビーチ支社で無理やり用事を作り、出張扱いにしてしまおう、と目論む私。支社で働くミシェルに「何か仕事ない?」と問い合わせたところ、

「最近PMに指名された若い社員が二人いるの。トレーニングしてくれる?」

これはラッキー!

「その人達はどのくらいプロジェクトマネジメントの基礎知識があるの?」
念のためメールで尋ねると、こんなレスポンスが返って来ました。

“They know nada. They’ve pretty much been thrown to the wolves.”
「な~んにも知らないわ。狼の群れの中に放り出されたってとこよ。」
Thrown to the wolves.?う~む、なんでそういう返事になるのかな?

で、いつものように同僚ステヴに解説してもらいました。
「生存の可能性がほとんどないと知りつつ、誰かを過酷な状況に放り込むってことだね。Throw someone under the busと同じだよ。」
「え?でもさ、それは自分の身を守るために人を犠牲にする話でしょ。今回のケースは当てはまらないと思うんだけど。」
「う~ん、そうだね。確かにこの表現には単に誰かを見捨てる、という意味もあるけど、一般的には誰かの身代わりになって見殺しにされる、というケースで使われることが多いんだ。」
「今回のケースでは、誰の身代わりか謎だなあ。」
「その人が、微妙にイディオムの使い方間違ってるって可能性もあるよね。」

おお、そうか。その可能性は考えなかった。確かに日本人だって、慣用句の使い方間違えることあるもんな(「情けは人のためならず」とか)。アメリカ人が全員、イディオムを正しく使ってるとは限らない。しかも彼らの多くは、合っていようが間違っていようが、自信たっぷりだし…。これは要注意です。
そんなわけで、若いPMたちが実際誰かの身代わりになったのかどうか、確認して来ます。

2012年9月4日火曜日

Make a difference 価値ある貢献

先日、ボスのリックからメールが届きました。タイトル欄に、たった一言。

MAD

え?なんか怒ってんの?
Madとは、「頭に来た」という意味で使われる形容詞。メールのタイトルにこんな言葉を、しかも大文字で書くなんて一体どうなってんの?あの温厚なリックに何があったんだ?

恐る恐る内容を読んでみて、びっくり。これは、Making A Difference (MAD) Award という賞の話だったんです。
「君をこの賞の候補としてノミネートしようと思ってるんだ。最近の実績をリストアップして送ってくれないか?」

我が社にそんな報奨制度があったなんて初耳です。どうやら賞金付きらしい。そうと知って、俄然やる気を出す私。ここ2年ほどの「組織上の職責を超えた業務実績」を並べ立て、何故自分がこの賞の候補として相応しいかをアピールします(ここ、とってもアメリカ的)。
二週間ほど経ち、そんな出来事があったなんてすっかり忘却していた私を、リックが部屋に呼びました。

「おめでとう。部内の承認が下りたよ。君をMADアワードにノミネートした。」
おお!すごいじゃん。丁寧にお礼を言う私に、

「いやいや、これは君の頑張りの成果なんだよ。おめでとう。」
と労うリック。

ようやく興奮がおさまった頃、ふと疑問が頭をもたげます。
そもそも “Make a difference”ってどういうこと?ものすごく頻繁に使われる言い回しなのに、一度も深く意味を考えたことがありませんでした。文字通り和訳すれば、「違いをひとつ作る」です。ふ~ん。なんかピンと来ないなあ。それって賞を出すほどのことなのか?

いつものように、同僚リチャードに尋ねます。

「自分の出す成果が他の人の役に立つ結果に結びつくってことだよ。」
「でもさあ、それって組織で仕事してれば当然じゃないの?」
「まあ、通常業務で出す成果の話は当たらないよ。自分のやったことが、水準を超える結果を生むケースで使われるんだ。」
「そうか、それじゃ、Value-adding contributions (付加価値をもたらす貢献)ってこと?」
「その通り!(Exactly!)
というわけで、ようやく意味がすっきり頭に入りました。

夕食の席で、「あぶく銭」の使途について家族と話し合ったところ、満場一致でiPad に決定!いやいや待て待て、キャッシュが振り込まれるまで皮算用は禁物だぞ、とあわてて戒めあう小市民の私達でした。

{追記}
今日、賞金が振り込まれてました。なんと4割以上も税金で持ってかれてた。iPad 買えないじゃん!

2012年9月3日月曜日

慇懃な英語表現

大ボスのクリスは、101日付けで北米西部の環境部長に就任しますが、それまではオレンジ支社の暫定環境部長。私に品質管理部門の長を任せた後も「立つ鳥跡を濁さず」の構えで、監査部門から出された宿題に対する、支社としての回答取りまとめに励んでいます。しかし、これが意外に難航しているのです。

いかに大物のクリスとはいえ、他部門(交通、上下水道、建築など)に対しては何の強制力も持ちません。知らんぷりを決め込む他部門の長たちに宛て、極めて慎重な言葉遣いで回答要請メールを送り続けるクリス。彼は身長2メートル近い堂々たる体躯の男ですが、物腰はソフトで、無駄話をする時でさえ洗練された表現を忘れない、高度に「インテリ」な人物です。メールの文面を読む度に、なるほど、こういう風に書けば角が立たないのか、と勉強になります。
さて、監査部門への回答期限があと二週間と迫った金曜日、とうとうクリスは送り先(cc)に副社長クラスの面々を加えた上で、建築部長のリチャードにダメ押しメールを送りました。品質管理トレーニングを支社のPM全員が受ける、というのが宿題のひとつで、リチャードがこの責任者なのです。

「私はオレンジ支社の暫定環境部長として、監査部門からの宿題への回答を支社として取りまとめるよう言われています。建築部門が音頭を取ってトレーニングを開催することで合意が得られていましたが、その件について状況を教えて頂けますか?」
高級幹部たちをメールの宛先に加えたことで、メールの真剣味が一気にアップします。さすがに無視を続けられなくなったリチャードから、長文の回答メールが一斉送信されました。ざっと一読しただけでは意味が分からなかったのですが、幾度か目を通すうち、これは相当意地の悪い内容だぞ、ということが分かって来ました。まずはこんな文章からスタート。

“Interim role duly noted…..it’s been enunciated severally.”
は?何のことかさっぱりワカラン。Duly enunciated も日常目にしない単語。辞書を引き引き読み解いたところ、次のような意味だと判明。

「暫定職ですね。充分承知しておりますよ。そういう断り書きを何度も頂いてますからね。」
なんという慇懃な物言いでしょう。リチャードはこう続けます。

「ひとつお断りしておきますが、そのような合意があったとは認識しておりません。」
おっと、これは穏やかでないぞ。更に、「10月の組織改編までは支社の正式な取りまとめ役など存在しない」ことを指摘し、「頼まれもしないのにしゃしゃり出て、別部門のトップ達にあれこれ指図している者がいる」と暗に糾弾しているのです。ひゃ~っ。これはヤバイんじゃない?仏のクリスも、さすがにこれは怒るでしょう。部門間抗争勃発か?

北米西部の品質管理部門長リンと電話で話したところ、
「リチャードはプライドの高い人なのよ。人にああしろこうしろって言われるのを嫌うの。」

とため息交じりの笑い。
「でもこのままだと、期限までにトレーニングが出来ないですよね。誰かが音頭取らないと。」

新参者の自分がしゃしゃり出れば角が立たないんじゃないか、と提案する私に、それは良いアイディアだわ、と喜ぶリン。
「環境部門でトレーニングを開催するので、良かったら他の部門も参加しませんか?と誘うという作戦で行きましょう。」

さっそくクリスにメールしたところ、彼から電話がかかって来ました。
「提案有難う。その線で行こうじゃないか。リチャードのメール見たよね。どう思った?」

「どうもこうも無いですよ。あれは全く持って…。」
度を越えた無礼に対する憤りをどう表現すれば良いか言葉を探していたら、クリスが遮ります。

「それ以上言わなくて良い。君があれに関して意見を持ってるということを知っただけで充分だ。」
そして彼がこう続けます。

“I have a strong opinion about it.”
「僕は大いに思うところ有りだよ。」
へ?それだけ?一斉メールの中でコケにされたのに、この表現。どこまで冷静なの?

彼がリチャードに対して送った一斉返信メールがこれ。
「おやおや(Oh my goodness)、これは不意打ち(flat-footed)でした。そちらでトレーニングを主催するとばかり思っていたものですから。近々シンスケがトレーニングを計画しているということなので、良かったらそれに参加して下さい。詳細が決まり次第、彼から連絡が行くと思います。」
結局、部門間抗争は不発に終わったのでした。大人だなあ、クリス。