この夏はほぼ毎週日曜日、息子を連れて海に行きました。彼は友達とサーフィンやボディボードを楽しむのですが、私と妻は浜辺にパラソルを立て、ビーチチェアーに何時間も座ってるだけ。友人達と飲み食いしてダラダラ喋る。あるいはうたた寝する。iPhone
で映画を観る。またうとうとする。仕事が多忙でぜんまいがギリギリに巻かれてるのを、ここでゆっくりと緩めていく感じ。なかなか良いストレス解消法なのです。ビーチは駐車場から階段を100段以上下りたところにあるため、荷物を持って往復するだけで心臓がバクバクし、これも良いエクササイズになってると思います。
さて先日、車を停めてサーブボードをラックから下ろそうとしていたら、フェンスの上枠を両手でがっしり掴んで海を見下ろしている若い白人男性がいました。サングラスをかけているので定かではないのですが、どうも同僚アーロンに似ています。近寄って声をかけてみました。
「アーロン?」
波の音と背後のハイウェイの騒音に私の声がかき消されたのか、彼は無反応。もう一度名前を呼んでみたのですが、波を凝視したままぴくりとも動きません。ものすごく真剣な表情。あれ?これは完全に人違いか?勇気を出して三回目に名前を呼んだ時、くるりとふり向いてスタスタと立ち去り、車に乗り込むとエンジンを唸らせて消えて行きました。
「え?何?人まちがいだったの?」
と妻子がニヤついています。いや、他人の空似にしてはあまりにも瓜二つだったんだけどなああ…。
数日後、職場でアーロンを訪ねました。ヘッドホンをして仕事に集中していたのですが、私が来るとそれを外して挨拶しました。
「忙しい?」
彼は静かに首を振った後、忙しいなんてもんじゃない、という表情で笑いました。最近は誰もがオーバーワーク気味で、忙しいかどうかなんて愚問なんです。
「ところでさ、日曜にPipes あたりへ行かなかった?駐車場から波を見下ろしてた人が君にそっくりだったんだけど。」
「うん、行ってたよ。あれ?もしかして僕の名前呼んだ?」
「うん、三回ね。」
彼は丁寧に謝罪した後、弁明を始めました。子供がようやく寝付いたので、90分だけ自由にしていいと妻に言われ、大慌てで車にサーフボードを積んで出かけた。一週間溜めに溜めたストレスを、ここで一気に解消したい。ところが、到着してみると波高も波長もイマイチ(確かにあの日は波が貧弱で、サーフィンやってるのは小さな子供ばっかりでした)。さてどうするか。与えられた時間は刻一刻と過ぎて行く。波が良くなるのを期待して階段を下りて行くか、それとも別のビーチへ移動するか?決断を急がねば!
「そういう状況だったんだよ。」
なるほど。だから誰かに呼ばれたような気がしても振り返る余裕は無かったのね。ストレスを解消するために、余計ストレスを溜めてしまった気の毒なアーロン。
「で、結局どうしたの?」「別のビーチへ行ったら波が良かったんだけど、もうボードを下ろしてる時間は無かったから、ボディサーフィンに切り替えたよ。」
ボディサーフィンとは、自分の肉体をサーフボードのように使って波に乗る遊びです。
「短時間だったけど、すっきりした。」
それはほんとに良かったね!