水曜日、久しぶりにカマリヨ支社まで行ってきました。長期休暇に入ったシェリーの不在をカバーするために色々ファイルを見直していたのですが、プロジェクトの規模が大きく、しかも財務処理に関して複雑な背景があることが分かって来たので、これは関係者と直接話さないとなかなか把握出来ないぞ、と思ったのです。
カマリヨ支社にはプロジェクトマネジャーのカール、それに関連業者担当のジェシカ、それに財務一般のサポートをしているケリーがいます。まずはジェシカとケリーから、このプロジェクトのクライアントがいかに「細かい」かを説明してもらいました。要求される財務レポートの量が膨大で、十社以上ある関連業者からも詳細なデータを集めてひとつにまとめ、毎週水曜日までに必ず届けないといけない。これだけのために、シェリー、アン、グウェン、ロザイダ、テレサ、そしてジェシカとケリーの七人が関わっているというのです。ただでさえ年末年始で出勤する人がまばらになってきたところへ、まとめ役だったアンが会社を去り、後任のシェリーが長期休暇に入るというダブル・パンチで、みんなアップアップ。
「シンスケがサポートに来てくれて、本当に助かったわ。」
とジェシカ。
「地獄へようこそ、って感じだけどね。」
とケリー。
お昼前にPMカールの部屋に招かれ、社内の電話会議に飛び入り参加しました。リスク管理部門や財務部門のお偉方や、ジョエル、トムといったトップ・マネジメントが電話の向こうにひしめいています。それぞれが財務管理に関する様々な提案をし、非常に活発な議論が展開されていたのですが、カールはみるみる表情をこわばらせて行きます。電話のミュートボタンを押し、
「そりゃ実にいい提案だね。あんたが手を動かすんじゃないからな!」
と皮肉たっぷりに叫んでこちらを向き、目玉をぐるりと回します。彼は明らかにフラストレーションを溜めています。お偉方は意見を言うだけで、何のサポートもしてくれない、というのが彼の弁。最後にジョエルが、会議をまとめます。
「いいか、これは組織の命運を握るプロジェクトだ。どんなことがあってもしくじるわけには行かない。常にクライアントを満足させつつ利益の最大化を図り、更に工期の短縮も目指さなければならない。」
信じられるか?という目で黙って私の方を振り向くカール。電話の向こうで誰かが、サポート体制は大丈夫なのか?と発言します。よく言ってくれた、と大きく頷くカール。昨今の人員削減で、この手の仕事をサポート出来る社員なんか、もうほとんど残っていないのです。ジョエルは暫く言い淀んだ後、
「必要に応じてサポート要員を探すように。」
と禅問答のような回答。カールが大きく肩をすくめてからこちらを向き、
“That means you!”
「君のことだよな!」
と笑いました。
大変なことに巻き込まれちゃったな、と実感しつつも、私はカールに対する尊敬の念を漏らさずにはいられませんでした。彼が電話を切った後、
「この仕事の大変さがようやく分かったよ。一体どうやってストレスを解消しているの?」
と尋ねる私。
「ストレス?全然解消してないよ。眠れてないし、夜中の歯軋りで歯が何本も削れちゃったし、こないだは心臓の不調で短期入院したしね。」
この後、ジェシカとケリーに誘われ、近くのタイ料理屋でランチ。食事中、アンやシェリーがどんな風にサポートチームをまとめていたのかを質問してみました。
「アンはすごく上手にまとめてたわ。とっても感じが良い人よ。」
とジェシカ。
「でも結局捨てられちゃったのよ、私達。」
と冗談めかして笑うケリー。後任のシェリーはどうか、と尋ねる私。
「今頃天国よね、彼女。」
そう、シェリーは今ハワイにいるのです。今回の長期休暇は自身の結婚のためで、ホノルルで式を挙げた後、新婚旅行はセドナだとか。
「自分は天国へ行って、地獄は暫くシンスケに任せた、と。」
再びシニカルなケリー。
「彼女とっても頭いい人でしょ。でも、ちょっとね。」
とジェシカがためらってからこう言いました。
“She doesn’t have a good bedside manner.”
「彼女のベッドサイド・マナーはあまり良くないの。」
ケリーがこれに同意して、
「まだ若いからね。」
と頷きます。
新婚旅行の話題からベッドの話に切り替わったので、瞬間的に「これは下ネタか?」と反応しそうになったのですが、いやいや、そんなわけはない。
「え?どういうこと?ベッドサイド・マナーって何?」
とジェシカに聞きました。
「入院患者のベッドの横で、お医者さんが話してるっていうシチュエーションあるでしょ。この時どんな接し方をするかで、患者の不安が高まったり治まったりするじゃない。そういうマナーのことね。」
「なるほど。つまりシェリーはコミュニケーション・スキルが足りてないってことか。」
「そうなのよ。なんだか事務的で冷たい感じがするの。」
よく分かりました。つまりジェシカが言いたかったのは、こういうことですね。
“She doesn’t have a good bedside manner.”
「彼女は、人との接し方があまり上手じゃないの。」
下ネタで切り返さなくてよかった…。