2012年12月28日金曜日

Apples don’t fall far from the tree. 蛙の子は蛙

クリスマス・イヴに帰宅してみると、暖炉の前に小さなメモが置いてありました。妻によれば、11歳の息子がプレゼントのお願いをしたためたとのこと。ええっ、今頃?

「サンタへ iPod Touch 32GB 1個 (最新)お願いします。」
う~む。そんな何百ドルもする商品を見ず知らずのおじさんに、しかも前の晩になってよく気軽に頼めるな…。妻と二人で、

「サンタのプレゼント配送ツアーはとっくにスタートしちゃってて、今頃ヨーロッパのどこかを走ってると思うよ。このお願いはちょっと遅すぎたね。」
と話すと、そうか、そうだよね、と残念そうな表情を浮かべながらも納得してました。

それにしても32GBというスペック併記で発注するとは、さすがエンジニアの息子だな…。
この話を職場で同僚リチャードにしたところ、ひとしきり笑ってからこう言いました。

“Apples don’t fall far from the tree.”
「リンゴは木の近くに落ちるものだ」、つまり子供というのは親に似るものだ、ということわざですね。日本語だと「蛙の子は蛙」に相当するのでしょうが、これはなんとなく見下した感があるのであまり好きじゃありません。
 
リンゴに軍配です。

2012年12月23日日曜日

Bedside Manner ベッドサイドでのマナー?

水曜日、久しぶりにカマリヨ支社まで行ってきました。長期休暇に入ったシェリーの不在をカバーするために色々ファイルを見直していたのですが、プロジェクトの規模が大きく、しかも財務処理に関して複雑な背景があることが分かって来たので、これは関係者と直接話さないとなかなか把握出来ないぞ、と思ったのです。

カマリヨ支社にはプロジェクトマネジャーのカール、それに関連業者担当のジェシカ、それに財務一般のサポートをしているケリーがいます。まずはジェシカとケリーから、このプロジェクトのクライアントがいかに「細かい」かを説明してもらいました。要求される財務レポートの量が膨大で、十社以上ある関連業者からも詳細なデータを集めてひとつにまとめ、毎週水曜日までに必ず届けないといけない。これだけのために、シェリー、アン、グウェン、ロザイダ、テレサ、そしてジェシカとケリーの七人が関わっているというのです。ただでさえ年末年始で出勤する人がまばらになってきたところへ、まとめ役だったアンが会社を去り、後任のシェリーが長期休暇に入るというダブル・パンチで、みんなアップアップ。
「シンスケがサポートに来てくれて、本当に助かったわ。」

とジェシカ。

「地獄へようこそ、って感じだけどね。」

とケリー。

お昼前にPMカールの部屋に招かれ、社内の電話会議に飛び入り参加しました。リスク管理部門や財務部門のお偉方や、ジョエル、トムといったトップ・マネジメントが電話の向こうにひしめいています。それぞれが財務管理に関する様々な提案をし、非常に活発な議論が展開されていたのですが、カールはみるみる表情をこわばらせて行きます。電話のミュートボタンを押し、

「そりゃ実にいい提案だね。あんたが手を動かすんじゃないからな!」
と皮肉たっぷりに叫んでこちらを向き、目玉をぐるりと回します。彼は明らかにフラストレーションを溜めています。お偉方は意見を言うだけで、何のサポートもしてくれない、というのが彼の弁。最後にジョエルが、会議をまとめます。

「いいか、これは組織の命運を握るプロジェクトだ。どんなことがあってもしくじるわけには行かない。常にクライアントを満足させつつ利益の最大化を図り、更に工期の短縮も目指さなければならない。」
信じられるか?という目で黙って私の方を振り向くカール。電話の向こうで誰かが、サポート体制は大丈夫なのか?と発言します。よく言ってくれた、と大きく頷くカール。昨今の人員削減で、この手の仕事をサポート出来る社員なんか、もうほとんど残っていないのです。ジョエルは暫く言い淀んだ後、

「必要に応じてサポート要員を探すように。」
と禅問答のような回答。カールが大きく肩をすくめてからこちらを向き、

“That means you!”
「君のことだよな!」
と笑いました。

大変なことに巻き込まれちゃったな、と実感しつつも、私はカールに対する尊敬の念を漏らさずにはいられませんでした。彼が電話を切った後、
「この仕事の大変さがようやく分かったよ。一体どうやってストレスを解消しているの?」

と尋ねる私。
「ストレス?全然解消してないよ。眠れてないし、夜中の歯軋りで歯が何本も削れちゃったし、こないだは心臓の不調で短期入院したしね。」

この後、ジェシカとケリーに誘われ、近くのタイ料理屋でランチ。食事中、アンやシェリーがどんな風にサポートチームをまとめていたのかを質問してみました。
「アンはすごく上手にまとめてたわ。とっても感じが良い人よ。」

とジェシカ。
「でも結局捨てられちゃったのよ、私達。」

と冗談めかして笑うケリー。後任のシェリーはどうか、と尋ねる私。
「今頃天国よね、彼女。」

そう、シェリーは今ハワイにいるのです。今回の長期休暇は自身の結婚のためで、ホノルルで式を挙げた後、新婚旅行はセドナだとか。
「自分は天国へ行って、地獄は暫くシンスケに任せた、と。」

再びシニカルなケリー。
「彼女とっても頭いい人でしょ。でも、ちょっとね。」

とジェシカがためらってからこう言いました。
“She doesn’t have a good bedside manner.”
「彼女のベッドサイド・マナーはあまり良くないの。」
ケリーがこれに同意して、
「まだ若いからね。」

と頷きます。
新婚旅行の話題からベッドの話に切り替わったので、瞬間的に「これは下ネタか?」と反応しそうになったのですが、いやいや、そんなわけはない。

「え?どういうこと?ベッドサイド・マナーって何?」
とジェシカに聞きました。

「入院患者のベッドの横で、お医者さんが話してるっていうシチュエーションあるでしょ。この時どんな接し方をするかで、患者の不安が高まったり治まったりするじゃない。そういうマナーのことね。」
「なるほど。つまりシェリーはコミュニケーション・スキルが足りてないってことか。」

「そうなのよ。なんだか事務的で冷たい感じがするの。」
よく分かりました。つまりジェシカが言いたかったのは、こういうことですね。

“She doesn’t have a good bedside manner.”
「彼女は、人との接し方があまり上手じゃないの。」

 
下ネタで切り返さなくてよかった…。

2012年12月17日月曜日

依頼の達人

年の瀬です。今週から来週にかけ、同僚の多くが大型連休を取ります。帰省や旅行の予定が無い私は有給休暇の予定を組まなかったばっかりに、

「私がいない間、この仕事頼める?」
という類の依頼を大量に背負い込むことになりました。調子良くどんどん引き受けている内に、いつしかここ数年で一番の忙しさに。どこかで「いや、もう出来ないよ」と言うべきなんだけど、断るのが苦手なんだよなあ。自分のクローンをひとり作ったとしても、到底終わらない量を抱える破目になってしまいました。

金曜日の昼、ロングビーチ支社のアリーシャからボイスメッセージが入ったのに気づいたのですが、あまりの忙しさに、これは絶対後回しにしようとを決めたところ、追い討ちをかけるようにEメールが届きます。「至急ヘルプをお願い!」う~ん、読もうかな、どうしようかな、読んじゃったら返信したくなっちゃうしな。迷った挙句、一応中身に目を通し、後で答えよう、と決めました。
「契約額16ミリオンのプロジェクトを正式にセットアップする前に、レビューがあったの。マネジメントの面々から、利益率の設定がおかしいんじゃないかってさんざん叩かれちゃったのよ。」

ふ~ん、そうなの。ま、来週あたりなんとか時間を作って分析してあげようと思いつつ、次の文章に目をやりました。
“The group had asked to involve you on a project this size if we had questions.”
Group (マネジメントの面々)が、これほどのスケールのプロジェクトに関する質問には、あなたを巻き込めって言うの。」

ううむ。自尊心を激しくくすぐる文句じゃないの。これはとても断れないなあ。仕方なく他の仕事を押しのけ、午後一杯かけてアリーシャのために分析を仕上げました。
週が明け、今度は大ボスのクリスからメールが入ります。

「北米地区の期末決算の締めが迫っている。」
うう、そう来たか。でもたとえ相手がクリスでも、何も出来ませんよ、こっちのスケジュールはもうパンパンなんだから…。

ところがメールを読み進むうち、これはどうやら私がボトルネックになっている話らしいことが分かってきました。あるプロジェクトの予算に関する決裁が滞っており、それを突破するため財務のトップであるアンドリューを私が説得する段取りになっていたのですが、次々と雪崩れ込む仕事に押しつぶされ、この件も後回しになっていたのです。
“This is getting a lot of attention at very high levels.”
「この件が、かなり上の方の目を惹き始めているんだ。」

あらら、プレッシャーがかかるじゃない。クリスは更に、こう続けます。
“Would you please prioritize this?”
「プライオリティーを上げて頂けないかな?」

クリスのこの洗練されたメールの構成に、私はすっかり感心してしまいました。
1.まず全体の状況をざっと説明し、
2.次に依頼事項がどの程度重要なのかを伝える。
3.そして最後に、「プライオリティを上げて欲しい」と依頼する。

彼ほどのお偉いさんだったら「大至急やってくれ」と一言発すれば事は足りるのに、わざわざ時間をかけてここまで丁寧な依頼文を書くなんて。しかもプライオリティに言及するというのは、君が沢山仕事を抱えていることは充分認識しているよ、というサインなのです。ここにリスペクトを感じます。これはもう絶対断れないでしょ。
さっそく、クリスのメールを転送する形で財務のアンドリューに「話したいんだけど、時間はありませんか?」と投げかけたところ、5分もしないうちに返信が届きます。

「たった今、承認した。」
え?まだ説得を開始してもいないのに?これには拍子抜けしました。あ、そうか、クリスのメールを読んだら、嫌でも緊急性は伝わるよね。


時間をかけて依頼文の構成を練ることで困難な案件がスピーディに解決するという、鮮やかな達人技を目撃した日でした。

2012年12月10日月曜日

そしてお別れ

二週間前、同僚のアンから複数の社員に宛てたメールが届きました。12月中旬に、アメリカを引き上げて実家のあるオーストラリアに家族で引っ越すというのです。会社から籍を抜くのか、それとも支社間転勤になるのか、それは今後の交渉次第とのこと。彼女は数年前にアメリカ人男性と結婚して娘を産み、こないだ家を買ったばかり。

6年前、プロジェクト・コントロールのチーム増員を図り社内で公募した際、真っ先に手を挙げたのが彼女でした。当時26歳。他の社員が続々と脱落していく中、彼女だけは必死に食らいついてスケジューリングや予算管理を学び、一昨年にはPMPも取得。組織にとって、欠かせない戦力に成長していました。その彼女を失うというのはショックでした。しかし、それを素直に表現出来ない自分もいました。
仕事を教え始めて2年くらい経った時のこと。彼女と二人になった際、大人気なく怒りをぶつけてしまったことがあり、これがずっと私の中でしこっていたのです。私の仕事のやり方に、いちいち「これはこうするべきだ。こっちの方が良い。」とケチをつけてくるので、お前はまだ見習いの段階だろうが!何をエラそうに意見してんだよ!という腹立ちが溜まりに溜まり、遂にこう言ってしまったのです。

“What makes you think you know better than I do?”
「自分の方がよく分かってると、どうして思えるわけ?」
今思えば、当時の私の貧弱な英語力が招いた誤解で、きっと彼女としては、私から学びつつも何とか仕事のクオリティ向上に貢献しようと一生懸命提案をしていたのだと思います。なのにあんな安っぽいイヤミを口走ってしまった…。

さらに、その後彼女に何度か「プロジェクト・コントロール一本に絞らないか」と持ちかけたのですが、自分の専門分野で技術屋としての可能性を探りながら掛け持ちして行きたい、と言い張るので、あまり進路に干渉しないように努めて来たのです。そんなわけで、彼女は私の部下にもならず、ずっと微妙な距離感を保って来ました。
先週オレンジ支社へ出向いた際、私がデスクで電話していたら、背後に人の気配がしました。振り返るとアンがいて、「少し話せない?」というジェスチャー。電話の相手に「かけ直すね」と言って切ると、アンが

「来週また会えるかもしれないとは思ったんだけど、ちょっと話がしたくて。」
と微笑んでいます。離れて暮らす両親を妹に任せきりにしてきたことへの悔い、そして娘を育てる環境の問題などから、故郷へ帰る決断をしたこと、ご主人のマイクも全面的に協力してくれて、オーストラリアで仕事を探すというチャレンジに燃えていること、などを話してくれました。そして急にトーンを変え、

「昨日の晩、マイクにも話したんだけど、何が悲しいって、シンスケと一緒に働けなくなることが一番悲しいの。」
これには意表を衝かれました。

「あなたみたいな誠実な人と一緒に働けて、本当に良かった。」
そんな風に思ってくれてたのか…。全然知らなかった。

「ずっと迷ってたんだけど、これからはプロジェクト・コントロールの専門家を目指そうと思うの。」
私達の口からは堰が切れたみたいに思い出話が溢れ出し、そのうちアンの両目から大粒の涙がこぼれ始めました。私も思わずウルッと来て、気がつくと二人、がっしとハグしていました。

折角分かり合えたっていうのに、これでお別れです。
切ない午後でした。

2012年12月1日土曜日

You got my ear. いつでも連絡してくれ。

昨日の朝、9月までカマリヨ支社長を務めていたトムがサンディエゴのオフィスにやってきました。10月に栄転したジョエルの後任として環境部門南カリフォルニア地区のトップに躍り出た彼は、傘下の社員たちと親しく交流するため、支社をひとつずつ回っているのです。

三つ隣のジムのオフィスで暫く話し込んだ後、私の部屋に現れたトム。私は過去何年もカマリヨ支社の人たちをサポートしてきたため、彼のことはよく知っています。
「シンスケ、例のプロジェクトの件、あらためてサポートを頼めないかな。」

例のプロジェクトというのは、南カリフォルニア地区の収入の4割以上を稼ぎ出す巨大なもので、過去にトムから何度もチームへの参加を打診されています。助けたいのは山々なのですが、私のスケジュールは既にパンパン。時折レビューに参加するくらいの薄い関わり方を維持していたのですが、そうこうするうちに、若手のホープであるシェリーがプロジェクト・コントロールの責任者に任命され、私へのラブコールはすっかりおさまっていたのです。
「シェリーは優秀なんだが、何でも一人で抱え込んでしまうのが玉にキズなんだ。時々様子を見てアドバイスしてやってくれないか。このまま放っておくと、一人で燃え尽きてしまうかもしれないからな。」

「確かにそういう傾向が見受けられますね。来週あたり、彼女に会って話してみますよ。」
「そうか、やってくれるか、これでひと安心だ。」

トムは安堵の笑顔を浮かべましたが、すぐに表情を硬くしてこう言いました。
「シンスケ、君の存在はうちの組織にとって非常に重要なんだ。頼りにしてるからな。何かあったら迷わず直接連絡してくれ。」

そしてこう締めくくります。
“You got my ear.”

「君は僕の耳を持っている」?何を言われたのか呑み込めませんでしたが、信頼を寄せてくれているらしいことは表情から伝わって来ました。
次の目的地であるソラナビーチ支社へと急ぐトムを見送った後、マリアのオフィスを訪ねました。そしてたった今起こったことを話します。

「すごいじゃな~い。べた褒めね!」
と冷やかすマリア。

「う~ん、でも、よく分からないんだ。You got my earって何のこと?僕の耳は君のものだって言ってるんでしょ。」
「そうよ。いついかなる時でもシンスケの話は最大限の注意を払って聞く用意があるって言いたいんじゃない?」

なるほど、そうか。和訳すると、こうなると思います。
“You got my ear.”
「いつでも連絡してくれ。」

「面白い表現だね。でもこのフレーズ、文字通りに解釈すると結構キモチワルイよね。」
マリアはちょっと笑ってから、

「そう言えば、こんなのもあるわよね。」
と言い、

“I got your nose!”
と親指を人差し指と中指の間から覗かせるジェスチャーをしました。あとで息子にも確認したのですが、これは年寄りがちびっ子をからかう時に使うトリック。子供の鼻に触ってからこの手を見せ、

「鼻をもぎとっちゃったぞ!」
と叫ぶのですね。
 
自分のオフィスに戻ってから気がついたのですが、この手の形、日本では他の意味で使われるんじゃなかったっけ?

2012年11月29日木曜日

Go to the lion’s den 敵地に乗り込む

昨日の朝、オレンジ支社の食堂でかつての大ボス、ジョエルに出くわしました。彼は10月から北米中西部のトップに栄転し、ひょっこり出会う機会は最近激減していたのです。

「やあシンスケ、元気か?」
にこやかに握手。彼は珍しくネクタイをしています。ボタンダウンのシャツの襟元からTシャツをのぞかせるスタイルが定着していたので、私がからかい気味に、

「あれ?今日はやけにめかしてますね。」
と言うと、

“I’m going to the lion’s den.”
と答えました。

初めて聞く言い回しです。一瞬分かったような気になり、
「それは面白そうですね。」

と反応したのですが、よくよく考えると意味が分かりません。文字通り訳せば「ライオンの洞窟(巣)に行くんだ」ですが、一体ジョエルは何の話をしてるんだ?
そんな私の表情を読み取ったのか、彼がヒントをくれました。

“On the fourth floor.”
「4階のね。」
ああ、なるほど。4階には上級幹部が集う会議室があるのです。つい先日、北米西部のトップに着任したマイクのオフィスもあります。きっとマイクが就任と同時に配下の幹部を招集し、戦略会議を開くのでしょう。内部からの昇進ではないので、彼の仕事の流儀は未知数。どんな厳しい質問を浴びせられるのか分からないので、さすがのジョエルも緊張を滲ませています。

あとで同僚のマシューとエリックに、このフレーズの意味を尋ねてみました。
「おっかないところってことだよ。どんな恐ろしい仕打ちを受けるか予想もつかない場所に行く時に使う言い回しだな。」

とのこと。
今日、サンディエゴの同僚ジムにも聞いてみました。

「たとえばさ、サンディエゴ・チャージャーズのファンがオークランド・レイダーズの(凶暴さで有名な)応援団が密集する席に座る時なんかに使える?」
熱狂的フットボール・ファンのジムはさも感心したように、

「それは素晴らしいたとえだね。どんぴしゃだよ。」
とほめてくれました。そんなわけで、私の和訳はこれ。

“I’m going to the lion’s den.”
「敵地に乗り込むんだよ。」

どうでしょう?

2012年11月26日月曜日

オクラホマミキサー

先日、CBS局の60 Minutes という番組で、ロドリゲス(Rodriguez)というデトロイト生まれのミュージシャンを特集していました。アメリカ国内では究極の「無名シンガー」で、小さなアパートでひっそりと暮らしているのですが、どういうわけか遠く離れた南アフリカ共和国で、国民的スターの扱いを受けているという話題。

70年代に展開した反アパルトヘイト運動と時を同じくして彼が放ったロックソングの数々は、社会の不正に対する抵抗を歌ったものが多く、これが当時の国民の気持ちの高ぶりと激しく共鳴したのだそうです。コンサート中にステージ上で自殺した、という噂まで広く信じられていて、まさにエルビスもビートルズも超えた伝説のスーパースターなのです。
アメリカ人が誰も知らないのに、南アフリカで聞けば百人が百人ロドリゲスを知っているのだと。坂本九の「上を向いて歩こう」がアメリカで「Sukiyaki」として大ヒットした、というのとは訳が違うのです。

さっそく、南アフリカ出身の若き同僚ウェインにこの話題をぶつけてみました。
「ロドリゲスでしょ。もちろん知ってるよ。超有名じゃん。」

「いや、アメリカ人は誰も知らないよ。」
私が番組の内容を解説すると、わざと大げさに反応してるのかと疑うほど激しく動揺するウェイン。

「ええっ?嘘でしょ!アメリカでもスーパースターなんだとばかり思ってた!」
ロドリゲス自身も最近まで自分の人気を知らなかったのだそうで、招待されて南アフリカを訪れたところ、何万という人々に熱狂的な歓迎を受けてびっくり仰天したとのこと。

さて本日、サンクスギビングの連休が明け、4日ぶりに出勤。経理のダイアナが実家のあるオクラホマに帰省してた、というので、
「オクラホマミキサー知ってる?」

と尋ねました。すると、ポカンとした表情で、
「何それ?」

「え?オクラホマミキサー知らないの?フォークダンスだよ。日本の少年少女は全員知ってるよ。」
そんなダンスは聞いたことが無いわ、と首を傾げるダイアナ。調べたところ、原題は「Turkey in the Straw(わらの中の七面鳥)」。オクラホマ州との関係は不明です。こんなタイトルをつけたのは一体誰だ?どこかの体育の先生か?

ダイアナには申し訳ないけど、もともとオクラホマに関しては何の知識も無いので、オクラホマミキサーを消去しちゃったらもう何も話題が見つかりません。会話を早々に打ち切って席に戻る私でした。とにもかくにも、誤解含みとは言え「オクラホマ州は日本で超有名」という印象だけは彼女に伝わったと思います。

2012年11月21日水曜日

I’ll take the heat. お咎めは私が受ける。

ロサンゼルスの大規模プログラム(複数プロジェクトの集合形)が動き始めました。MSA (Master Services Agreement) と呼ばれる基本契約を締結した後、この契約書に基づいて様々な種類のプロジェクトが発注されます。仕事の内容に応じて社内のあらゆる部門から最適なメンバーを抜擢し、最高の成果を最短期間で出して行く、というのが我々マネジメント・チームの任務。最初の三件が、今週まとめて発注されました。

さっそく一昨日、電話会議が開かれます。マネジメント・チームを率いるブレントは、50がらみの日系アメリカ人。お公家さんかと疑いたくなるくらい柔らかな物腰で、生まれてこの方一度も声を荒げたことがないんじゃないか、と思うほど。会議がどんなに紛糾しても、ニコニコ笑って皆の話を聞いています。その暢気さはいささか度を越していて、「あれ?この人、仕切る気全然無いの?」と調子が狂うほど。今回も、会議の前半はほとんど発言しませんでした。
さて、今週発注された最初の三件については、オレンジ支社のヘザーがプロジェクトマネジャーを務めるべきだろう、という意見でまとまりました。プロジェクト・ディレクターには彼女の大ボスのエリックがおさまるのが妥当だね、という話になったのですが、私には懸念がありました。それは、ヘザーもエリックも別部門の人間だ、ということ。

そもそもこの大型プログラムは、私の所属する環境部門が獲得した仕事です。そのトップであるクリスピンを必ず全プロジェクトのディレクターに据えるように、という指示が出ていたのです。さらには、プロジェクト・マネジャーも仕事の内容に関係なくうちの部門の人間を使え、という空気さえありました。最終的な収支の責任はクリスピンが負うことになるのですから、組織的には正しい判断かもしれません。しかし現場の立場で考えれば、不合理この上ない。私がこの件について話したところ、当然ながら不満の声が噴出しました。
「いや、僕の意見じゃないんだよ。ジャックがこないだクリスピンからそういう指示を受けた、と聞いたんだ。それを皆に伝えておきたかったんだよ。」

と私。
「でも、この三件は実質的に私の仕事なのよ。他の誰かにプロジェクトマネジャーを任せるなんて到底考えられないし、エリックと私はこの件についてずっと調整してきたの。」

ヘザーが静かに抵抗します。その時、これまでずっと沈黙していたブレントが口を開きました。
「プロジェクトが最も効率的に進められるようなチーム構成で行こう。プロジェクトマネジャーはヘザー、プロジェクトディレクターはエリックが良いと思う。」

そしてこう付け加えました。
“I’ll take the heat.”

文字通り訳せば、「私がヒート(熱)を受ける。」です。Heat は「批判」という意味にもなります。つまり彼は、「何かあったら自分が批判の矢面に立つから安心しろ」と言いたかったのですね。
I’ll take the heat.
お咎めは私が受ける。
物静かなブレントが、男を上げた瞬間でした。
 

2012年11月17日土曜日

シアワセな生き方

ここのところ、同僚達のイライラが高まっています。十月の組織改変以降、毎月出さなければならないレポートの数が倍増していて、ただでさえ人手が無いのにこれ以上やることを増やしてどうするんだ?俺達を殺す気か?という悲鳴があちこちから聞こえて来ます。私自身、今年は役割が増えて部下も出来、責任がぐっと重くなりました。普通ならここで給料上げてよ、と訴えたいところですが、景気が悪く会社の業績もイマイチなので、賃上げはあまり期待出来ません。これじゃあ実質的に報酬低下じゃないか、と不満が溜まっているのも事実。

そんな時、食堂で若い同僚レイと久しぶりに会いました。
「一ヶ月休みを取って、フィリピンにある嫁さんの実家に行ってたんだ。」

育児休暇と有給休暇をくっつけての長期滞在。一歳になったばかりの息子さんを親戚に披露する、というのが主目的。フィリピンで6年間働いた経験のあるレイは、奥さんの家族以外にも沢山知り合いがいて、大勢と旧交を温めて来たそうです。
「鉄道敷地内で暮らしてる人たちはまだいるの?」

と私。だいぶ以前、マニラを訪ねた際に見た光景がショックだったのです。線路のすぐ脇に廃材で建てた家に住み、近くの電柱から違法に電線を引き込んで暮らしている人たちが何百人もいました。
「うん、相変わらす大勢いるよ。何も変わらないね。今後何十年も、ずっとあんな感じが続くと思うな。」

彼の説明によると、植民地時代の遺産とでもいうべき階級主義が払拭されない限り、あの国は変わらないだろう、とのこと。
「貧乏な家庭に生まれたが最後、まともな教育を受けらず仕事もない、で一生貧乏なままだね。一方、途轍もない金持ちも大勢いるんだよ。嫁さんの親戚にさえ、全く働かず豪邸に住んで、海外旅行ばかりしてる人もいるくらいだからね。そういう特権階級から貧民階級に富を移動するなんて、一大事業だよ。政権が代わったところで望みは薄いね。」

「アメリカの貧富の差とは、程度が違い過ぎるね。少なくともこの国では、這い上がるチャンスは与えられてるもんね。ううむ、問題の根が深くて解決策が思いつかないな。なんか憂鬱になって来たよ。」
レイが笑って私の肩を叩き、

「でもね、ここが大事なところなんだけど。」
と言いました。

「そんな貧しい人たちも、一人ひとり会ってみると、皆すごく幸せそうに暮らしてるんだよ。」
頭をぶん殴られたような衝撃が走りました。

「這い上がるチャンスが無い分、無理もしないでしょ。あくせくせずに、毎日をシアワセに暮らせるってわけだ。フィリピンへ行く度、このことに驚かされるよ。」
とレイ。そうか。頑張って這い上がろうとすればストレスが溜まるもんな。「無理しない」ことが大事なのね。

シアワセって、そういうことだったのか…。

2012年11月15日木曜日

セクハラにならない褒め言葉

Wall Street Journal 紙に、”The New Rules of Flirting” という記事がありました。

このFlirt (フラート)というのは(「う」の口で「あー」と発音するので、「フルート」に近い音です)、異性の気を惹くようなちょっとした言動を指すのですが、この記事によると、使い方を誤るとやっかいな展開になるとのこと。
同僚リチャードは、先日総務のヴィッキーに会った時、

「その服いいね。」
と褒めたそうです。

「彼女、サンキューって笑って立ち去ったんだけど、暫くしてからだんだんドキドキして来てさあ。」
気を惹くために軽口を叩く以外に、こうして服やアクセサリーを褒めたりするのもFlirt の一種なんだそうです。

「下手するとセクハラと取られちゃうからね。誤解されたら困るな、って心配になっちゃったよ。」
昨日の午後、同僚ステヴと、この話題でちょっと盛り上がりました。

「セクハラっていうのはさ、そもそもは上下関係が絡んでたんだよね。」
俺と○○しなければクビにするぞ、っていう極めて直接的な脅しに代表される行為ですね。彼はずっと以前、会社で講習を受けた際、部下が上司にセクハラ行為をするというのは言葉の定義からして有り得ない、と教わったそうです。

「講習が終わった途端、一緒に出席してた上司に皆でよってたかってエロいこと言いまくったよ。その人は皆と仲良しだったから、笑ってたけどね。古き良き時代だな。今じゃそんな真似は自殺行為だよ。最近じゃ上下関係に関わらず、相手が気分を害するような言動は全てセクハラに認定されちゃうからね。」
今の我々の職場は女性が過半数。誰かの服でも褒めようものなら、

「シンスケって私のことジロジロ見てたんだ。いやらしい!」

とか何とか噂を広められ、それが人事の耳に届いて一巻の終わり、てなことになるかもしれません。コワイコワイ。

先日、同僚ディックからこんな話を聞きました。前の会社の同僚(男性)が、ランチタイムに別の男性社員と一緒にレストランへ行ったそうです。その時、綺麗な女性が数人入って来たので、思わず二人でそっちを見たのですが、この場面を同僚の女性が目撃します。
「あの人は、店に入ってきた女性を嫌らしい目で見つめてました。きっと私達女子社員のことも性的な対象としてじろじろ見ているに違いありません。不愉快です。」

と人事部に訴えられ、それが元で彼の社内での評判は地に落ちたそうです。
「それはひどい話だなあ。」

と呆れ顔のステヴ。確かにここまでいくと、「ゾッとする話」ですね。
「でもさ、だからと言ってFlirt を職場から排除しちゃうってのも何だか味気ないよね。」
と私。

「会社にいられなくなるよりはましでしょ。とにかくFlirt は厳禁。これに限る。」
とステヴ。

「じゃあさ、もしもシェリル(ステヴの隣に座ってる仲良しの同僚)が長い髪をばっさり切って来たとするよね。それも無言でやりすごすの?」
「いや、髪切ったね、とは言うよ。友達同士だし。」

「それで、褒めたりしないわけ?」
「もちろん褒めるよ。」

「おいおい、何て言って褒めるんだよ?Flirt 厳禁って言ったばかりじゃん。」
と俄然興味をそそられる私。するとステヴは両手の親指を突き立て(Two thumbs up, すなわち大絶賛のポーズ)、

“Cool!”
と声を張りました。

なぁるほどぉ。「クール!」と一声叫ぶだけならポジティブで爽やかな印象だし、性的な含みなど一切感じられません。
「素晴らしいじゃないか。それなら友達としての親密さもきちんと表現した上で、セクハラの嫌疑もすっきり回避出来る。これからどんどん使わせてもらうよ!」

と感心する私に向かい、親指を二本突き立てたまま「どや顔」で何度も頷くステヴでした。