金曜の昼前、大ボスのテリーと打合せがありました。年次業績評価の時期ということもあり、プロジェクト・コントロール・チームの組織化についての話し合いです。正式にはシャノン、ティファニー、カンチー、と三人の女性が私の部下なのですが、他の支社の環境部門(テリーの傘下)にも緩く繋がっているメンバーが複数いて、これが全員女性。
テリーがこんな発言をしました。
“We can think about the
other girls later.”
「他のガールズについては後で考えましょう。」
そしてすかさずフォロー。
“Oh, I sounded like
Donald Trump.”
「あら、ドナルド・トランプみたいな物言いだったわね。」
この「ガールズ」という表現が不適切だった、という意味。一国の大統領になろうとしている人物とは思えないほど勝手気ままな言葉のチョイスで国民を動揺させているトランプ氏をネタにした、というわけ。クスクス笑いながら、「ウィメン(女性)」と言い直すテリー。
打合せの後、同僚ディックとNA Pizzaでランチ。テリーの発言を話題にしたところ、
「Damn bitches(クソ女ども)って言ったのならともかく、そこまで気にするほどの表現じゃないと思うぜ、ガールズなんて。大体そういうのって、発言の主が普段どういう風に人と接しているかによって受け取られ方が変わるだろ。テリーがどんな過激な発言をしようが、みんな彼女の人柄をよく分かってるから、誰も悪意には取らないよ。」
とコメントするディック。
「最近よく思うんだけど、世の中が他人の発言にピリピリし過ぎてどんどん窮屈になっていないか?誰かが何かを言う度に、ゲイを侮辱している、黒人差別だ、女性を下に見ている、とかさ。企業や役所はトラブルを防ぐためにトレーニングを繰り返して、禁句のリストは長くなる一方だ。でもさ、そもそもそんなチェックリストを一生懸命作るより、もっと根本的な教育を充実させるべきなんじゃないかな。」
「というと?」
「ただ単純に、Be nice to people(人に親切にしましょう)っていう一言ですむ話じゃないか。世界中の人が子供たちにそれを徹底して教えれば、あらゆる摩擦がすっきり解決すると思うんだ。」
いつも人一倍理屈っぽい男がこんなにシンプルな発想をしたことが新鮮で、何だかちょっと嬉しくなりました。そんな彼の純粋さに水を差す気は無かったのですが、一応私も意見を述べます。
「でもさ、人間って基本的に弱いでしょ。誰かをけなすことで自分の優位性を確認していないと、辛くてやってられない部分もあるんじゃない?」
彼は深く頷いて、もちろんそれは分かってると言います。
「俺の中にだって、そういう意識はずっと消えずに残ってるよ。」
25歳までサウスダコタの田舎町で暮らしていたため、未だにカリフォルニアの暮らしに馴染んでいないというディック。
「あっちにいた時は、カリフォルニアの人間に対する偏見がすごかったんだ。金の亡者で、うわべだけ親切で、本当は田舎者を馬鹿にしてる鼻持ちならない俗物の集まりだってね。サウスダコタがどこにあるのかも知らないってだけで、お高くとまった連中だ、という結論になるんだな。」
冷静に考えれば、カリフォルニア住民に限らず、他州に関する知識の無い人なんてどこにでもいるはずです。我々だけが責められるべき理屈はない。
「アメリカ中央部はFlyover country(フライオーバー・カントリー)っていう単語で十把一絡げにされてるの、知ってるだろ。」
「いや、知らないな。」
「アメリカ西海岸と東海岸を往復する飛行機が上空を行き交うだけで、旅の目的地にはならない僻地ってことだよ。牛の糞がゴロゴロしてて、通行人がほとんどいなくって、みんな服のセンスは最低、ブサイクで頭も悪いってね。」
「へ~え、初耳だなあ。」
「かなり長いことカリフォルニアに住んでるけど、今でも誰かがその手の発言をする度に、ぴくっと反応しちゃうんだよ。バカにしてんのかこの野郎ってね。」
子供の頃から沁みついた過剰な劣等感というのは、そう簡単に払拭できるものじゃないのですね。
「実家に里帰りした時とかって、皆ディックのことをどう扱うの?カリフォルニアに魂を売った裏切り者って呼ばれてたりして?」
「そういう奴は実際、ウンザリするほどいるよ。二年前のクリスマスに帰った時は近所の連中が大勢集まってくれたんだけど、輪になって畑仕事の話題で盛り上がってる男たちのそばに腰かけたら、あからさまに背を向けて俺をのけ者にしたおっさんがいてね。あれには驚いたしムカッと来たよ。こっちだって実家を離れるまでは皆と同じように農作業をしてたんだぜ。仲間外れにまでする必要はないだろ。でもそのおっさんから見れば、俺はもうカリフォルニア人なんだな。たったそれだけでもう憎たらしいんだ。」
皆がそんな些末なことでいちいち憎しみを抱いてたら、世界の平和はなかなか訪れないよね。という結論で頷く中年男二人。ここでディックが、満を持してキメ台詞らしきものを吐きました。
“Everybody
has some sort of ビガトリー.”
「誰だって何らかの形のビガトリーを持ってるんだよ。」
激ウマピザを食べ終わってオフィスに戻る途中、思い切って質問する私。
「あのさ、さっきの単語、意味教えてくれる?ビガとリーとか何とかって…。」
「え?知らなかったの?」
話題と文脈から予測はついたのですが、このまま確認しないですませるとまた暫く忘れてしまいそうだったので、ここは恥を忍んでディックに教えを請いました。
「Bigotry(ビガトリー)ね。ほら、俺がさっき言ってたみたいな、カリフォルニアの人間は薄っぺらいから嫌いだ、とかいうやつだよ。偏見に基づいた敵対意識とか憎悪っていう意味だね。」
「サンキュー!新しい単語、ゲットだぜ!」
後であらためて調べたところ、これはbigot(偏狭な人)の変化形で、語源は「フランス語由来でBy
God(神のそばに)から来ている」とする説が有力みたいです。極端に信心深い人、という意味から、自分の信仰や価値観と相容れない人を差別するタイプの人に使われるようになったのだとか。
“Everybody
has some sort of bigotry.”
「誰だって何らかの形の敵対意識を持ってるんだよ。」
自分の中のビガトリーに気付いたら、根本にある劣等感を排除する必要がありますね。他人と較べない教育やしつけを広めることが、世界平和への第一歩ではないか、とちょっと考えを進めた午後でした。
なんだか先日の「煩悩を捨てる」話に通じるところがあるね。B&Bの島田洋七も著書「佐賀のがばいばあちゃん」の中だったかで、「人間の不幸の始まりは、他人の幸せを羨ましく思うところにある」みたいなことを言っていて、言いえて妙であるなと感心したことがあったヨ。
返信削除https://www.youtube.com/watch?v=gYPoBnV-Xto
「佐賀のがばいばあちゃん」はくだらないんだけど、中々の傑作だよ。
http://earth-words.org/archives/5593
説教先生は若林の仕切りが何気なくいいね。リンクありがとう!
返信削除そういえば、そちらでは「ポケモンGO」が大流行でスマホ所持者の半分はそのアプリを入れていて、街中がゲームをしている人で溢れ返っている、などというニュースがこちらでは頻繁に流れているが、実際の所どうなの?
返信削除http://feely.jp/47807/
夜のショッピングモール、閉店後の薄明かりの中を大勢の人がスマホを見つめながらウロウロしているよ。顔がほんのり照らされて。
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