二週間前、これまで新居の裏庭でつつましく楽しんでいた家庭菜園が、地中で暮らすGopher(ホリネズミ)に根っこを食い尽くされて壊滅しました。好きな時にもぎたてのキュウリやプチトマトやネギを食べられる生活が終わりを告げ、家族全員でがっかりしていたのですが、姿の見えないこの敵は攻撃の手を緩める様子もなく、いつの間にか裏庭全体が広範囲に渡って穴だらけにされてしまいました。朝起きて庭に目をやる度に、その被害の拡がりに嘆息の毎日。
先日、まだ夜も明けきらず遠くの空が微かに白み始めた頃、サンダルをつっかけて庭に出た途端、足がすくみました。十メートルほど先のフェンス際、薄暗がりの中を何か灰色の動物がゆっくりと横切っているのです。遂にゴーファーとご対面か?それとも野良猫か?と目を凝らしましたが、体長が40センチほどもあり、左右に揺れながらトコトコ進む様子から見て、これは絶対違うと分かりました。段々と目が馴れ、その異様な造形がついに鮮明なイメージに変わった瞬間、全身トリハダに覆われる私。毛の生えていない肌色の長い尻尾、鼻先の尖った白い顔。奴はこちらの凝視を気にする様子も無く、庭の隅に立ててある物置小屋の床下へよたよたと消えて行きました。
おいおい、ゴーファーの次は何だよ?ここは普通の住宅地じゃなかったのかよ!
部屋に戻って暫くネットで検索した結果、これはオポッサム(Opossum)だと特定出来ました(北米では「ポッサム(Possum)」と呼ぶのが通例みたい)。昔ちょっと調べた時は可愛い小動物という印象だったんだけど、画像を閲覧してみてその怪物ぶりに肝が冷えました。口を開けて威嚇する姿なんかは、かなりグロテスクです。
出勤してさっそく同僚ジョナサンに今朝の遭遇について話したところ、
“They’re ugly!”
「あいつらアグリーだよな!」
という第一声。
「奴等、虫やら土に落ちた木の実を食べて暮らしてるんだ。こっちが攻撃しない限り友好的だけど、追い詰めると牙をむいて唸り声をあげるんだよ。そういう意味では害獣という枠にはめるのが難しい動物だけど、とにかく見た目が醜いってことで人に疎まれてるね。」
更にジョナサンは、英語表現情報を追加してくれました。
「Play Possum(死んだふりをする)っていうイディオムがあるんだけど、奴等の得意芸が死んだふりなんだ。」
「うん、ネットで見たよ。死んだふりをしてるポッサムもやっぱりアグリーだった。」
「そうだろ!普通は愛らしくなるところなのに!何やったってアグリーなんだよな、あいつらは。」
十時になって別の同僚ディックと打合せをした際も、この話をしてみました。彼も間髪入れず、「ありゃアグリーだ!」と返します。ポッサムと言えばアグリー。これはもう、「キムタクと言えばちょっ待てよ!」くらいの一般常識みたいです。
「うん、確かに見た目がひどく不格好で気持ち悪かった。でもさ、容姿の醜さだけでそこまで邪険にされるのは、いくらなんでも可哀想じゃない?」
と私。
「世の中そういうもんでしょ!」
とクールに言い放つディック。それからちょっとクスクス笑った後、いきなり歌い出しました。
「ユー、ジー、エル、ワイ(U.G.L.Y.)!」
両手に何か持って振り回すような格好で、こんな言葉をリズムに乗せて唱え始めたのです。
“You ain’t got no alibi,
you’re ugly! You’re ugly!”
「あんたにアリバイは無いわ。あんたはアグリー!あんたはアグリー!」
なんなのそれ?と尋ねる私に、
「チアリーダーが敵チームに対して歌う曲だよ。」
と笑うディック。なるほど。とすると、この場合のアグリーは「ブサイク」くらいのニュアンスでしょう。
「敵チームに対する一番破壊的なフレーズがブサイクってことだね。チアリーダーってのは学校でトップクラスのイケてる女子にしか許されないステータスで、言ってみれば美しさを武器にした集団なんだよ。もちろんアクロバット技術も大事だけど、容姿の良さが絶対条件。だからチアリーダーになれない女子たちを見下す傾向がある。外見の美醜を口にすること自体が問題とされるご時世なのに、チアリーディングの世界ではその差別が許されてるんだよ、不思議なことに。」
「そういえば、GLEE(グリー)ってテレビドラマにも高校生のチアリーダーが出て来るんだけど、チームに入れない女子たちをあからさまに見下してたよ。その美女たち、ドキッとするくらいセクシーな衣装で、これ見よがしにナイスボディーをくねらせて踊るんだよね。それはもう、ほとんどストリップ・ダンス。高校生がだよ!親はどういう気持ちで見てるのかなあ、と首を傾げたよ。」
「俺はベロニカが高校でチアリーディングやりたいって言っても、絶対反対するね。」
ディックにはまだ幼稚園生の娘がいるのです。
「そのためなら、他の女子高生たちの妖艶な踊りを見る楽しみも喜んで放棄するよ。」
社会がどう規制しようとも、人間の本能が「美しいもの醜いもの」を見極めるようになっている以上、これは絶対無くならない。生まれつき美しい者が常に良い目を見て、醜く生まれれば低く見られる、という状況は続くのだなあ、という結論になりかけた時、ディックが急に困り顔になりました。
「ワイフがさ、最近ベビーシッターを勝手に雇ったんだ。まいっちゃうよ。」
彼のところは双子ちゃんがいて、奥さんはパートタイムで働いているので、シッターの手を借りたいのは当然でしょう。何がまいるのか尋ねると、
「それが17歳の女子高生なんだよ。すごく素直な良い子なんだけど、めちゃくちゃ魅力的(extremely
attractive)なんだ。抜群のスタイルに、ぴちっとしたTシャツ着てね。ホットパンツからケツがはみ出してるんだぜ!」
「え~?いいじゃん!」
思わず正直に反応する私。
「全然良くないだろ!一体何やってんだ!ってワイフに詰め寄ったよ。」
真剣に困惑顔を保つディック。
「自宅の正面にフェラーリが停まってたらどうする?絶対見ちゃうだろ。車ならそれでいいよ。でも美人女子高生をじろじろ見たらどうなる?絶対おかしなことになるだろうが。いやらしい目で見られた、なんて親や警察に話されでもしたら一巻の終わりだぞ。」
「なるほど。チラ見一発でセックスオフェンダー・リスト入りってことか。」
「そんなもんに家の中をうろうろされたら本当に迷惑だよ。何とか辞めさせたいんだ。」
美しさが仇になって職を失う、か…。皮肉なこともあるんだなあ。
ディックとの打ち合わせが終わり、ランチルームで生物学チームの同僚エリックと会いました。今朝のポッサム遭遇話を始めたところ、すかさず例の、
“They’re
ugly!”
「ブサイクだよね!」
が返って来ました。ひどいよね、みんなで寄ってたかってブサイクってけなしてさ、とやや同情的になる私。
「前に住んでた家が谷に面しててね、隣の家の庭にはしょっちゅうポッサムが来てたんだ。」
とエリック。
「そこの住人は猫を飼ってて、いつも器を餌で山盛りにして庭に放置しておくんだ。夕方になると、残飯を狙って動物が集まって来るんだな。大抵は可愛らしいアライグマが真っ先に到着して餌にありつくんだけど、その後よたよたとやってくるのがアグリーなポッサム。不思議なことに、アライグマは威嚇することもなく、脇によけてポッサムに半分譲るんだ。仲良く山分けしてる姿は微笑ましいくらいだったよ。」
「ブサイクな奴に対する温情なのかな。」
醜い外見が役に立ったのだとすれば、世の中って捨てたもんじゃないな、とホンワカしかけた時、エリックがこう付け足しました。
「ところが、そのアライグマとポッサムが揃って後ずさりして、餌をまるまる譲るような動物が時々現れるんだ。何だと思う?」
「鷹かな?それともコヨーテ?」
エリックがニヤリとして言いました。
「いや、スカンク。」
可愛い奴もブサイクな奴も、体臭のキツイ浮浪者の登場にたまらず退散ってところでしょう。
世界は、思ったよりうまく出来ているみたいです。
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