先日のランチタイム、ベトナム生まれの部下カンチーと、「今どれだけ幸せか」という話になりました。十代で渡米し、英語力ゼロの段階から死にもの狂いの努力を重ねて大学を出た彼女は、若くしてしなやかな強靭さを身に着けました。滅多なことではへこたれない。私も日本で高ストレス下の激務を乗り越えて来たお蔭で、アメリカで時に体験する逆境にも、大した痛痒を感じません。長時間労働や突然の残業も、故川上哲治氏の言う「球が止まって見える」レベル。
「正直なところ、オープン・オフィスじゃ気が散って仕事にならないとかっていう不満を聞く度に、贅沢だなあって思うんだよね。職があるだけで幸せじゃんって。」
大きく頷いて同意するカンチー。アメリカで生まれ育った同僚達とは出来事の受け止め方が全く違うという点が、我々二人の共通項なのですね。
最近ハマっているポドキャスト「Invisibilia」で、ホロコーストを生き抜いたおばあちゃんから、
「何を文句言ってんの?あんたはランプシェードじゃないでしょ。」
とたしなめられるポーランド系女性のエピソードが紹介されていました。アウシュビッツで大量虐殺されたユダヤ人の皮膚を材料にランプシェードが作られたというおぞましい歴史が元らしいのですが、そんな例を持ち出されちゃったら滅多なことじゃ愚痴をこぼせなくなります。不平不満のハードルが、世界陸上決勝の棒高跳びレベルにセットされているのですから。
この回のポドキャストのタイトルは、
Frame
of Reference (フレーム・オブ・レファレンス)。
幸福感というのはその人の持つフレーム・オブ・レファレンス次第でどうにでも変化する、という文脈で使われるフレーズですが、なかなかピッタリした日本語訳に出会えません。ネットで紹介されているのも、「基準系」とか「見解」みたいに、いまいちしっくり来ない訳ばかり。ざっくり言えば「参考とする枠組み」という意味で、今回のエピソードに限って言えば、「比較の対象」ということでしょう。
「おばあちゃん、比較の対象(Frame of
Reference)が極端過ぎるわよ!」
って感じ。
さて、今週はホノルル出張がありました。下水処理場拡張プロジェクトのマネジメント・チームから、スケジュールの作成を頼まれたのです。行き帰りを挟み、中二日の日程。上下水道部門のトップであるレイから、
「滞在中のランチタイムにPMトレーニングもお願い出来る?支社の社員たちを集めるから。」
という依頼があったので、水曜日に「アーンド・バリュー・マネジメント」を、木曜日に「マイクロソフト・プロジェクトを使ったCPMスケジューリング」を教えました。どちらの回も、会議室が40人を超える出席者で一杯になりました。
ホノルル支社の人たちはみな親切で、概ね幸せそう。男性の大半が、アロハシャツで働いています。地元出身じゃない社員の多くは、
「ハワイに住むのはずっと昔からの憧れだったから、夢が叶って幸せ!」
と満面の笑み。青い空に青い海。そして椰子の木。パラダイスを絵に描いたような場所ですから、これは納得です。
アメリカで長いこと働いている私ですが、仕事でハワイに行くなんて滅多に無い機会。この際だから観光もしちゃおう、と密かに企んでいたのですが、残念ながら実現できませんでした。ここ暫くプロポーザル作業に忙殺され、更にPMトレーニングのためのスライド作りも重なったため、出張前の三週間は週末もほぼぶっ通しで働きました。その結果、運動不足と過労がたたり、暫くなりを潜めていた腰痛が再発。唸り声を押し殺して飛行機の座席から立ち上がるのがやっと、という体調で出張をスタートしたため、とてもじゃないけどワイキキ観光の気分にはなれなかったのです。しかもハワイ時間の深夜2時には東海岸の同僚達が出勤して来るので、ホテルの部屋で早朝から対応に追われます。そんなわけで、夜7時には睡魔に襲われてあっけなく就寝。本当に、ほぼ仕事だけのホノルル滞在だったのです。
それでも二日目の夕方、なんとか気力を振り絞ってビーチに出ました。砂浜で人々がくつろぎ、桟橋の先には観光船の船着き場が見えます。椰子の木陰で、絵に描いたような「ハワイなう」な写真を撮り、妻にテキスト・メッセージを送信。数時間後に電話を入れたところ、待ち構えていたように彼女が笑います。
「写真見て、思わず何て叫んだか分かる?」
「てめえこの野郎!かな?」
「そんなこと言うわけないじゃない!」
「じゃ、何て言ったの?」
「ふざけんな!よ。」
「おんなじじゃん。」
私の留守中ハイ・ストレス状態で仕事していた彼女には、こんな写真、目の毒でしかなかったようです。私がホノルルで遊び呆けているわけじゃないことを丁寧に説明し、何とか分かってもらいました。
さてその日の午後は、副PMのアンが私を現場視察に連れて行ってくれました。彼女はシアトル出身で、二年前にハワイ移住を果たしたそうです。今住んでいる家からは歩いてビーチに行けるのだとか。
「毎日のようにスノーケリングを楽しんでるのよ。」
ううむ。それはお気楽なライフスタイルだねえ。
二人でヘルメットを被り、巨大な汚水処理タンクや沈殿槽が立ち並ぶ敷地を歩き回っていたら、彼女が何度も同じ単語を使ってある方向を指さしているのに気付きました。その指の先には、高さ5メートルくらいの青々とした木々の下、トタン板風の安っぽい材料で作られた小屋がいくつも軒を連ねています。
「え?なんて言ったの?」
と尋ねる私に、
「Halfway House(ハーフウェイ・ハウス)よ。」
と答えるアン。
「アル中や薬物中毒者が社会復帰を果たすために、一定期間過ごす施設ね。」
ハーフウェイだから「道半ば」、ですね。つまり社会に戻る前の家、「社会復帰施設」という意味でしょう。
「え?こんなところで人が暮らしてるの?」
臭気処理をしているとは言え、トイレの排水が広域から集まる場所です。エリア一帯に、常に微かな汚物臭が漂っています。
「処理場敷地内なら借地料が発生しないから、ここに作られたんだと思うわ。」
「へ~え、なるほど。そうなんだぁ。」
アイディアに感心しつつも、微妙な違和感を覚えていた私。
景色を眺めているだけで気分がハイになるような楽園に暮らしながらも、更にハイになろうと薬物に手を出す人がいる、という事実に驚嘆していたのです。心の中で、姿の見えないハーフウェイ・ハウスの住民たちに語り掛けていました。
「君達のフレーム・オブ・レファレンスは、いくらなんでも欲深すぎるぞ!」
ジョーギ・クルーニー主演の「Family Tree」って映画はハワイが舞台でちょっと面白いらしいね。
返信削除http://www.nicovideo.jp/watch/sm28446025
お気に入り映画のひとつです。途中から登場する若者のキャラが最高なんだよね。おすすめです。
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