水曜はロングビーチ支社へ出向き、トレーニングの講師をしました。タイトルは、
“How to make your Excel work five times faster.”
「エクセル仕事を5倍速くする方法」。
そもそもは、この支社で働くイラン出身の同僚ファラネーから、
「うちの若い社員たちに、エクセルの基礎講座やってくれないかな?」
と言われたのがきっかけ。会社公認ではないこういうゲリラ的トレーニングを、私は過去何年も、ほぼ趣味的にやってきました。インフォメーション・デザインやスケジューリングなどがその題材例。今回は総勢20名ほどの出席者を、朝7時からと午後1時からの二回に分けての講演。クールなエクセル・ショートカットキーの数々を一時間かけて紹介し、好評を頂きました。
午後の部が終わり、コーヒーを飲もうとキッチンに入ったところ、総務のミシェルと会いました。
「すごく勉強になったわ、有難う!」
「どういたしまして。最近どう?忙しい?」
「忙しいなんてもんじゃないわよ。4年も一緒に働いて来た相棒が辞めちゃって、彼女の仕事も引き受ける破目になったから、もう大変。」
「それはキツイね。でも、そういう時こそ新しいスキルを身に着けるチャンスかもよ。」
「その通り。」
ミシェルはそう明るく答えると、
“Now I’m Jane of all trades.”
「今じゃ私、オール・トレードのジェーンよ。」
とキメました。
「え?ジャック(Jack)じゃなくて?」
と私。
「ジャックじゃないもん、あたし。」
と笑うミシェル。自分は女だから、名前の部分はジェーンにすげ替えた、というわけ。
Jack of all trades というのは、もともと「Jack of
all trades, master of none」というフレーズの上の句です。Trade(トレード)は「貿易」の他に、「(手先の熟練を要求される)仕事」という意味があるため、これは「あらゆる仕事を器用にこなせる人」というポジティブな言葉。そこに「master of
none」が加わると、「どの仕事においてもマスターのレベルには至っていないが」という但し書きが付く格好となり、全体として「何でも屋」とか「器用貧乏」と、若干卑下した表現に落ち着くのです。(ジャックというのは男性一般を示す名称で、「太郎」などと同様の役割で使われます。)
以前から私は、このフレーズに異様な親近感を持っていました。「押し出しの強さ」を美徳とする現代アメリカ社会にあって、この謙虚さはハッとするほど日本的だと思うのです。
と、ここで、「Jack of all trades, master of none も、上の句で止めたらただの自慢になるのかな?」という疑問が芽生えます。サンディエゴに戻って、さっそく同僚ステヴに尋ねてみました。
「そうだね、あえて下の句を言わなければ、自慢と受け取られるね。」
「なんだ、じゃあミシェルは、自分の多才ぶりを単純に自慢してたってわけか。」
「そうだと思うよ。」
「なんだかさ、アメリカ人一般の自己評価の高さって、ちょっと違和感あるんだよね。日本人だったらこういう場合、ほぼ間違いなく下の句を添えて来ると思うんだ。人前で平然と自分のことを褒めるって、ほとんどの日本人は抵抗あると思うよ。」
日本への留学経験があるステヴは、両国の文化の違いをしっかり把握しています。
「日本じゃ、全体の調和のために個人が主張を差し控えることが美徳として捉えられてるからね。」
とまとめるステヴ。
「そう、それそれ。ほらちょうど今、年次業績評価のシーズンでしょ。まずは自分で自分を褒めちぎるところからスタートして、そこへ上司が評価を加える、というプロセスじゃない。このやり方が、僕には未だに馴染めないんだよね。」
ステヴは頷きながら微笑んでいます。
「これ、うちの会社だけじゃなく、アメリカ一般の流儀だと思う?」
と私。
「うん、そう思うよ。」
とステヴ。
部下のひとりで、現在向かい合わせの席に座っているシャノンに、この話題をぶつけてみました。
「私も自己主張が強いことを下品と考える家庭で育ったから、このプロセスは本当に辛いの。」
「ええ?そうなの?」
「業績評価なんて、そばで仕事ぶりを見ている上司がしてくれれば済む話だと思うのよね。なんで社員一人一人が自分の凄さについて書かされなきゃいけないのかな、って不思議。そう感じてるの、私だけじゃないと思うわよ。」
今の業績評価システムを、アメリカ人社員の誰も彼もが違和感なく受け入れているわけじゃないんだ、というのは新鮮な驚きでした。でもよくよく考えたら、上司が部下の仕事ぶりをどれだけ見ているか、という点については大いに疑問です。少なくともうちのボスとは月に一度世間話をする程度で、仕事に関しては完全に野放し状態。業務が専門化、細分化している組織では、専門分野の異なる上司が部下それぞれの日々の仕事ぶりをどれだけきっちり理解出来ているか怪しいところ。今の業績評価制度は、個人に自分の業績を説明するチャンスを与えているという点で、むしろ公正なのかもしれません。
先月、5人の部下たちとそれぞれ個人面談をし、
「過去一年間での際立った実績を集め、できるだけ具体的に描写するように。可能なら、仕事でかかわった人からの賛辞もメールでもらっておいて欲しい。」
と告げました。
「対象が自分自身であることを一瞬忘れ、この人物を上層部に高く売り込むために最高の宣伝文を書くんだ、というくらいの姿勢で取り組むように。」
そんなわけで、私は今回の自己評価書の最後に、こう書き足しました。
「職務範囲外ではあるが、社員の業務能力向上に資するため、各種トレーニングを自発的に実施。インフォメーション・デザイン、スケジューリング、エクセルなど、その対象領域は多岐に渡る。」
な~んか私、どっぷり「アメリカ慣れ」してしまったみたいです。
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