独立記念日(Fourth of July)をどうやって楽しく過ごすか、というのは毎年ちょっとした悩みの種です。アメリカで生まれ育ったわけでもない私は、周囲の盛り上がりにイマイチ共感出来ないところがあり、去年はまるで普通の週末みたいにやり過ごしました。
気が進まない最大の理由は、どこへ行っても滅茶苦茶混雑している、ということ。特に花火の見えるエリア周辺の渋滞は尋常じゃない。隅田川と較べたら遥かに見劣りする「そこそこの」花火大会を鑑賞するために、わざわざごった返す人混みの中に飛び込んでいくこともないじゃないか、ともっともらしい言い訳をしながら。
一週間ほど前、友人のマイケルから、今年の独立記念日はどうするの?と聞かれ、何も予定は無いと答えると、二家族合同で何かやろうよ、と誘われました。それなら面白そうだ、と同意し、企画を両家で持ち寄ることになりました。ところが妻と一緒にひとしきりアイディア出しを試みたのですが、さっぱり浮かびません。
「アパートのプールサイドに皆で座って、遠くで上がる花火の音を楽しむってのはどう?」
という苦し紛れの提案を、
「本気で言ってるんじゃないわよね?」
と、身も凍るような冷たい目で却下する妻。あんたの発想力はその程度なの?という「見下し感」がビンビン伝わって来ます。バブル期に日本で働いてた頃は、花見であれ月見であれ社員旅行であれ、後々語り草になるようなイベントを数々企画していた私。あの頃のクリエイティビティもエネルギーも、今じゃすっかり枯れちゃったみたい。貧すれば鈍する、ということか…。
金曜の朝、マイケルから電話がありました。
「今朝目が覚めてふと思い出したんだけど、シェラトンホテルのポイントが貯まってるんだ。」
ワイン商の彼は出張が多く、ホテルチェーンやエアラインのポイントをごっそり持っているのです。
「そのポイントを使って、マリーナにあるシェラトンに部屋をとってみたんだ。これなら花火の後、渋滞の中を運転せずに済むし、心置きなく飲めるでしょ。ホテルにはプールやバレーボールコートもあるし、その気になれば、カヤックやパドルボードもレンタル出来る。夕方5時からは、港に面した芝生のガーデンでバーベキューもあるんだ。そこでそのまま、9時に港で打ち上がる花火を楽しめるみたいなんだけど、どう思う?」
どう思うもなにも、文句なしに素晴らしいアイディアじゃないか!うちにもシェラトンのポイントがあるのに、ちっとも思いつかなかったぞ。
二つ返事で企画に乗っかり、車を連ねてお昼前にホテルへ到着。チェックインの後、ヨットハーバーに面した芝生のバレーボールコートの隅にシートを敷き、弁当を拡げました。マイケルはここにさっさと赤いパラソルを立てて日陰を作り、紙袋に包んでこっそり持ち込んだ冷たいビン入り飲料をグラスに注ぎます。皆で乾杯の後、おにぎり、スパゲティ・ナポリタン、よく冷えたスイカなどを食べつつ談笑。子供たちはすぐに食事を終え、サッカーボールを蹴りながら芝生を駆け回ります。
その後、一旦ホテルの部屋に引き上げ、夕方5時にはマイケルと二人、くつろぐ家族を残して中庭へ場所取りに出かけました。彩度の高いブルーのクロスがかかったテーブルが何十台も並べられ、高級ビアガーデンのようなセッティング。座ったまま花火が鑑賞できそうなテーブルを選んで椅子に荷物を置き、特等席をガッチリ確保。海からの涼風を感じつつ、二人でグラス片手に乾き物を口に放り込んでいると、特設ステージでバンドの演奏が始まりました。ギターを提げた女性ボーカルにサイドギター、ベース、それにドラムというシンプルな構成。エリック・クラプトン、ポリス、サイモン&ガーファンクル、グレイトフル・デッドといった、アメリカ人なら誰でも知ってるけど歌詞は完璧には覚えてないぞ、というタイプの、絶妙な選曲のヒットメドレーを奏でます。
そのうち、誘蛾灯に引き寄せられる昆虫のように、三歳くらいの小さな子供が一人、また一人とステージ前に集まって来ました。親たちが遠巻きに見守る中、ちびっこたちはそのうち音楽に合わせて腰を振って踊ったり、おぼつかない足取りで追いかけっこをしたりし始めました。そこにいる誰もが笑顔。なんてシアワセな雰囲気なんだろう!
マイケルとの付き合いはもう10年近くになるけど、この男の「イベントのクオリティを追求し続ける姿勢」には頭が下がります。昨秋のワイナリーツアーも傑作企画だったけど、今回も彼のお蔭でこの上なく楽しい独立記念日になったなあ、とあらためて感動する私でした。
とその時、中国系の男の子がふらふらっとやって来て、我々のすぐ脇にいた金髪の男の子が持っていたボールを奪い取ろうとしました。一瞬、緊張が走ります。すると双方の親がそれぞれの子供に何か耳打ちし、金髪の方がボールを差出し、中国系がそれを受け取り、二人が一緒に遊び始めました。そこへもう一人アジア系の子供が加わって、三人のちびっこ達は楽しげにボールを追いかけて走り始めました。
“That’s all it takes.”
一部始終を見守っていたマイケルが、そうコメントして微笑みました。直訳すれば、「それに必要(it takes)なのはそれが全てだ(That’s all)。」という意味ですが、彼が言いたかったのは、要するにこういうことですね。
“That’s all it takes.”
「たったそれだけで全て解決だ。」
一緒にボールで遊ぼうよという簡単なジェスチャーひとつで、袋小路のように見えていた状況があっさり解決した。一見難しく思える問題も、心を開いてちょっと考えれば、実は割と簡単な解決策が転がっているものなんだ、というメッセージですね。「独立記念日をどう楽しく過ごすか」という難問だって、マイケルは苦も無く解決したのです。
そうだ、目の前に現れる問題が常に難しいわけじゃないんだ。いつの頃か私は怠惰になり、「心を開いてもうちょっとだけ考えてみる」努力を放棄していたのだ、とようやく気付かされたのでした。
港で花火大会がある。
これを楽しめる絶好のポイントは、当然港に面した場所。
そんな場所で渋滞や人混みに巻き込まれず花火を鑑賞するには?
そうだ、港に面したホテルに泊まっちゃえばいいんだ!
ちょっと辛坊して考えれば、これくらいの結論はさほどの苦も無く得られたはずです。
That’s all it takes!
よし、これからは良いアイディアが出るまで考え抜くぞ、と自分に誓ったのでした。
陽も落ちて、いよいよ花火が始まるぞ、という興奮が周囲にみなぎり始めた頃、マイケルが再び動き始めました。荷物を抱えて芝生を横切り、ホテルの敷地と歩道との境界ギリギリに椅子を並べ始めます。え?せっかくこんなに良い席を確保したのに、まだ移動するの?と驚く私。しかし結果、これが吉と出ました。木々に視界を遮られることなく、港内の四カ所から上がる花火を一望出来たのです。決して現状に満足することなく改善を続けるマイケルの姿勢のお蔭。感謝を超えて、尊敬の念を新たにしたのでした。
後で妻から聞いたところによると、マイケルの奥さんは、ギリギリのタイミングで場所移動を始めた夫に対し、
「ねえ、ちょっと落ち着いたら?」
とたしなめていたそうです。配偶者というのは、連れ合いにキビシイなあ。
直前の時点で独立記念日にシェラトンを予約できるというのは、多分誰にでもできることではないような気もするが・・・
返信削除なでしこジャパンの澤穂希が言っていた言葉で「不安というのは決して外の環境にあるのではなく、自分の中にしかないものなのだ。」みたいなのがあるらしい。言われてみればしごく当然なんだけど、不安の渦中にあるときにはそれがなかなか理解できないもんだよね、何かそんな話を思い出しました。
あと、椿三十郎のセリフ 「クソっ!岡目八目、図星だぜ。」
沢さんも椿氏もいいこと言うね!
返信削除花火大会の前日に絶景ホテルの部屋なんて空いているわけない、と思ってしまうかどうか、というのが分かれ目だと思う。今回、「とりあえず可能なことは全て検討してみる」という姿勢をマイケルから学びました。