オレンジ支社の同僚テドロスの身に起きたラッキーな出来事を、ダウンタウン・サンディエゴ支社での会議中、皆に披露しました。「レイオフのお蔭で想定外のボーナスが転がり込んだ」という結末に、テリー、セシリア、シャノン、そしてジュリーが驚嘆します。後でテリーが、別の支社でも同様の話があったことを皆にメールで紹介し、
「こんなところにもsilver lining があったわね。」
とコメントしました。
Silver lining (シルバーライニング)とは、文字通り訳せば「銀の裏地」。背広の内側についている、光沢のある布がそれに当たります。テリーの使った表現は、
“Every cloud has a silver lining.”
というイディオムから来ていて、直訳するとこうなります。
「すべての雲に銀の裏地がついている。」
どんなに暗い雲でも、裏側はお日様が当たって銀色に輝いている。つまりいかに厳しく辛い状況でも、必ず何かしら良いこと(希望など)があるものだ、という意味ですね。これ、時々耳にする言い回しなのですが、なかなか「自分で使えるレベル」の理解には至りません。雲の向こうに「太陽がある」とか「青空がある」なら同感出来るけど、「銀の裏地」って言われてもねえ。裏側が何色だろうが、雲は雲でしょ。良いこともあるよ、なんて連想に繋がらないもん。
こんな具合に、いくらでも難癖がつけられるようなフレーズって、自分のモノにするのが難しいんだよな。何か強烈な印象が残るようなエピソードがあれば、すんなり憶えられそうなんだけど…。
話変わって昨日の午前中、同僚ディックと打合せがありました。彼のプロジェクトデータを私のコンピュータにダウンロードするのを待つ間、前々からの疑問をぶつけてみました。
「ねえディック、名前のことで誰かにからかわれた経験ってある?」
すると彼は、
「数えきれないよ。」
と笑います。実は先日、北米西部のトップが辞任した際、私の隣の部屋で働く副社長のストゥーに感想を求めたところ、
“It doesn’t matter. He was a dick.”
「どうでもいいよ。奴はディックだったからな。」
という乱暴なコメントが返ってきたのです。「ディック」というのは「嫌な野郎」という意味で使われる言葉なのですが、理由は誰に聞いても分かりません。そもそもは「ち○こ」の別称だそうで、どっちにしても、この名前を持つ人がからかいの対象になるのは避け難いだろうな、と以前から思っていたのです。
薄い笑みを浮かべた巨漢のディックは、握った右手の拳を私の目の前に突き出します。よくよく見ると、人差指から小指にいたる四本の指を支える小骨が、四つ並んで突起しているべきところに三つしかないのです。中指を担当する拳の骨が見当たりません。
「名前のことでからかわれた結果がこれだよ。」
拳の骨は陥没し、てのひら側へ沈んだ格好で留まっているのだそうです。
「え?どういうこと?」
彼がサウスダコタの片田舎で高校生活を送っていたある晩、女子バスケ部の試合を学校の体育館で観戦したそうです(彼自身もバスケ部の選手)。そのうち札付きの不良男子学生が六人、ふらっと体育館に入って来て、ディックに気付きます。試合中だというのに大声で彼の名前を呼び、卑猥な言葉を交えてからかい始めました。最初は相手にしなかったのですが、皆に迷惑がかかるので、黙って試合会場を後にするディック。すると六人がぞろぞろとついて来て、更にからかいます。絶対喧嘩はしたくなかったので、とにかく自宅に帰ろうと歩くのですが、ついに家の前で追いつかれ、囲まれます。今でこそプロレスラーみたいな体格ですが、当時はガリガリだったディック。いくら長身とは言え、六人でかかればひねりつぶせると悪どもは踏んでいたのでしょう。その日両親は旅行中で、自宅は空っぽ。助けを呼ぶ相手もいない。さあどうするか。
不良の一人が遂に殴りかかって来たところで、反射的にカウンターパンチをお見舞いします。長いリーチが幸いして、相手のパンチが届く前にこちらの拳が顔面を捕えたのだそうです。敵の鼻は潰れて血を吹き出し、ディックの方も右の拳の骨が砕けました。体育館を出た頃から集まり始めていた野次馬は、既に百人以上に膨らんでいたそうです。オーディエンスが見守る中、残りの五人を次々に片付けるディック。街にひとりしかいない巡査が駆けつけてきて、ようやくショーは終了したそうです。
「六人全員やっつけちゃったなんて、かっこいいじゃん。」
「今同じことやったら、テレビのニュースになってるだろうね。のんびりした時代だったんだな。」
「こんなこと聞くのもなんなんだけど、どうしてご両親はディックって名前をつけたんだろうね。」
「うちのお爺ちゃんがディックって名前でね、俺の生まれる三日前に交通事故で亡くなってるんだ。それで名前を受け継ぐことになったんだな。そんな事情を聞いちゃったら、親を恨めないでしょ。」
ここでディックが、エピソードの続きを語り始めました。
「実は俺自身も、あの大乱闘の三日後にバスケの試合があってさ、本当に参ったよ。右手が全く使えないから、左手だけでプレーするしかなかったんだ。そしたらなんと、かえって調子が良くってね。スリーポイントはジャカスカ入るし、左手一本でのダンクも連発さ。右手が使えた時は、無駄な力が入ってたんだな。左手一本に頼ることで、かえって基本に忠実なプレーが出来たんだよ。それで連戦連勝さ。」
そして、こう締めくくります。
“Every cloud has a silver lining.”
「悪いことばかりじゃないってわけだ。」
文句なしに、印象的なエピソードでした。でも意外なことに、やっぱりぴんと来ないんです。「雲の銀の裏地」って言われてもねえ…。
かっちょいい、かっちょよすぎる。
返信削除ディックがデカかったからこその展開でした。
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