先日参加したハッピーアワー(仕事終わりに軽く一杯、というタイプの飲み会)で、同僚セシリアが不意に問いかけました。
「シンスケはどうしてそんなに仕事が好きなの?」
誰よりも早く出勤し一番最後にオフィスを出るという、傍目には過酷な労働を続ける私。それなのにいつも楽しそうにしていることが不思議だ、と言うのです。
「何か趣味はあるの?」
ぐっと詰まる私。自分も働き過ぎる傾向があるんだけど、と前置きをしてからセシリアが続けます。
「子供の頃、うちの叔父にこんなことを言われたの。人生は馬車の車輪と同じで、スポークが多いほど衝撃に強く、長く安定して走れる。スポークが少ない人生は脆いってね。」
つまり多趣味な方が円満だし、人生の途上で出会う不運な出来事に対して耐性があるという話。なるほど、それは良いアナロジーだね、と感心する私。しかし、何かしっくり来ない思いも抱いていました。
今やバラエティータレントと化した元全日本サッカーチーム・キャプテンの前園真聖が、「キング・カズ」こと当時48歳のJリーガー三浦知良にインタビューした時、白髪交じりの彼が、
「サッカー選手のままで死ねたら最高だ。」
と爽やかな笑顔で言い放つのを見て、ひとつのことにこれほどのめり込めるのも幸せな人生だなあ、と感動したのです。世界最年長のプロサッカー選手と自分を重ね合わせるのはおこがましいけど、私もよぼよぼになるまで今の仕事が出来たら最高だなって思うのです。
さて、今週木曜日は同僚マリアを誘ってランチに出かけました。リトル・イタリー(と呼ばれるお洒落なストリート)へ行こうよ、とマリアが提案します。突き抜けるような青空の下、オープンテラス風、スポーツバー・タイプ、など各種レストランが軒を連ねるサイドウォークを二人サングラスをかけてぶらぶら行くうち、マリアが
「あ、この店来たこと無いな。見てみない?」
と立ち止まり、つかつかとカウンターへ進みます。笑顔で迎えるバーテンダーに、メニュー見せて、とストレートに要求する彼女。暫くしげしげと品書きを眺めてから、
「次行こう。」
とあっけなく却下。後ろ姿を追いかけ、
「ああいうこと、よく出来るね。」
と笑う私に、え?なにが?と振り向く彼女。
「一旦お店に入っておいて何も注文せずに立ち去るのって、僕にはとても難しい芸当なんだ。店員とアイコンタクト取った時点で、一巻の終わり。」
あらそうなの?男の人って大抵そうじゃない?あたしはメニューが気に入らなければ、たとえグラスワインでもてなされたってハイさよならよ、と笑います。
結局数軒を素通りした後、Sorrentoというイタリア料理屋に落ち着きました。中庭の席で向かい合わせに座ります。二人で食事するのは3、4年ぶり。同じビルで働いているのに、階が違うせいでほとんど顔を合わせることが無いのです。
「どう?仕事楽しんでる?」
挨拶代りに軽く切り出したところ、大きく首を振りながら、
「ぜ~んぜん!楽しくなんかないわよ。」
と答えるマリア。13年前に私が元ボスのエドの元を去った時、その後任として雇われた彼女ですから、職務内容は大体把握しています。ハイリスク・プロジェクトをリストアップし、レビューのために毎月電話会議をセットして関係者を招く。会議の進行、議事録づくり、To
Doリスト作成とフォローアップ。これを淡々と繰り返すのですね。世界的に注目を集める数々の巨大プロジェクトの内情が聞ける立場なので、さぞかしワクワクするだろうと思いきや、マリアには面白くないみたい。
「何回か、社内異動の可能性を探ってみたのよ。」
ごく最近も、サンディエゴ市内で長期展開している大規模建設プロジェクトの話を聞いて興味を持った彼女。建設部門の重鎮ストゥーをランチに誘って、口利きを頼んだのだそうです。すると数日後、全く面識の無い社員から、「ストゥーから話を聞いたよ。今日の5時までに最新の履歴書を送ってくれ。」とメールが届きました。大慌てで仕上げ、送信してからよくよく聞いてみると、かなり郊外での建設プロジェクト獲得に向けたプロポーザル・チームの候補に入っていた、というのです。当然引っ越しを伴う話で、サンディエゴを離れる選択肢が頭に無いマリアには、見当違いなお誘いでした。
「結局それっきり何の連絡も無かったわ。そもそも誰がどう見たって、あたしの経歴がフィットする職種じゃなかったの。冷静に考えたら、建設部門のプロジェクトに参加すれば数年ごとに各地を転々とする暮らしが普通でしょ。考えが甘かったわ。」
そしてこんな風にまとめるマリアでした。
“I put my toes in the
water and quickly burned them.”
「ちょっと足を入れてみたら熱湯で、たちまちやけどよ。」
食事を終えてオフィスへ戻る途上、あ、このお店見てみない?と彼女が私を引っ張って行ったのが、メレンゲ専門店。何十色ものパステルカラーに彩られたスイーツが、所狭しと店内を飾っています。
「メレンゲって何だっけ?」
と私。
「砂糖のかたまりよ。」
と答え、どうしようかな、デザートにひとつ買って行こうかな、と悩むマリア。私が要らないと言うのを聞いて決心がついたようで、やっぱりやめた、とあっさり店を出る彼女。
「あのさ、砂糖と言えば、That Sugar Filmっていうドキュメンタリー映画を先週末に観たんだ。なかなかの衝撃だったよ。」
と私。一般の加工食品には非常識なまでに大量の砂糖が含まれていて、現代人の肉体を日々蝕んでいる。これを、オーストラリア人の男性が二か月かけて実証するという作品。自然の野菜や果物を避け、加工食品だけで毎日を過ごす彼ですが、一日2600カロリーに制限しているにもかかわらず、日に日に体重は増え、腹はぶよぶよ、血液検査の結果はみるみる悪化していく。怖かったのが、実験を終えて普通の食事に戻した後も、暫くは頭痛や鬱に苦しめられたという場面。まるで薬物中毒です。
「その映画の話、聞いたことあるわ。砂糖が健康に悪いのは充分分かってるんだけど、なかなか止められないのよねえ。」
とマリア。
よくよく考えてみれば、私の仕事中毒も、これに似ているかもしれません。趣味やエクササイズという心身の栄養をおろそかにし、仕事の面白さにのめり込んでいく。突然職を失ったら、一体どうなってしまうのか…。
「なんか、愚痴聞かせちゃったみたいでごめんね。」
とマリア。はっと我に返る私。
「そんなことないよ。でもさ、結局今の仕事、マリアに向いてるってことじゃない?」
と咄嗟に応える私。
「そうかな?」
「だってさ、巨大プロジェクトを管理する百戦錬磨のPM達に、ああしろこうしろ、宿題はやったか、って言わなきゃいけない役割でしょ。かつての僕はビビって苦しんでたけど、マリアは平気でバンバン言えてるじゃん。」
「それはそうね。」
「エドが君を雇ったのは、きっとそういう性格を見抜いたからだと思うんだ。」
「あ、そういえば最初の面接で、君なら強気の猛者どもと互角に渡り合えそうだって言われたわ。」
「でしょ。なんていうか、君のその極端にストレートなところ、つまり…。」
そこで私の口をついて出たのが、このフレーズ。
“No sugarcoating.”
「ノー・シュガーコーティング(糖衣で包まないところ)。」
これにはマリアも大笑い。
「そうね。確かにノー・シュガーコーティングよね、あたしって。」
「シュガーコートする」というのは、柔らかく遠回しな表現を使うことで真意の角を取る、要するに「オブラートに包む」テクニックですね。「ノー・シュガーコーティング」と打ち消すことで、「歯に衣着せぬ」という意味になります。
「実際、あのポジションがきっちり務まってるのって、本当に凄いことだと思うんだ。マリアみたいな人、少なくとも僕の周りには全然いないもん。」
「そんな風に言ってくれて有難う。」
元気を取り戻した様子のマリアと別れ、午後の仕事に取り掛かる私でした。
その晩、夕食の席で、セシリアの叔父さん出典の「人生は車輪のようなもの」というエピソードを披露したところ、15歳の息子が、
「そうだよ、パパも何か趣味始めた方がいいよ!」
と私を責めました。ほんとだね。何かやらなきゃね、と私が素直に反応したところ、妻が半笑いでボソリと言いました。
「突然クビになったら、濡れ落ち葉よね。」
ノー・シュガーコーティングな人を、身近にもう一人発見しました。
Great punchline!
返信削除What a punchline!
返信削除Your sweetness always coats the women, I think. (They must have a sweet tooth!)
Thank you for your feedback!
返信削除異議あり! 仕事で得られる充実感こそ真の「心身の栄養」であって、趣味やエクササイズはそれらを美味しくするための調味料なんじゃないの?
返信削除佐賀のがばいばあちゃんが言ったこの言葉もなかなかイイ言葉だと思うけどね
「人生は死ぬまでの暇つぶしやから。 暇つぶしには仕事が一番ええ。」
http://earth-words.org/archives/5593
いいこと言うねえ!今日もバリバリ暇つぶしてますよ!
返信削除かつて日本では製糖協会か何かのCMでアグネスチャンが「判決、お砂糖は白です!」という、砂糖は体に悪くないヨみたいなのを放送していたが、あれこれ批判されていたみたいだね
返信削除http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=25547&id=21323618
マクロビオテック派の人たちの主張はちょっと極端すぎる気がするが、アメリカさんの砂糖の使用量はハンパじゃないからねぇ・・・横須賀基地の現場で仕事していたとき、事務員さんが基地内のマーケットで買ってきてくれたバレンタインのチョコが、食べると頭が痛くなるくらい甘かったのを思い出してしまうヨ
こっちでお馴染みなのが、朝一番のミーティングがあると誰かしらが買って来る、特大サイズの箱一杯に詰まったドーナッツ。朝からそんな甘いもん食う奴いないだろ、と突っ込みたいところだけど、あっという間に売れるんだよね、これが。アメリカ人ってすげー!
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