木曜日の夕方、オフィス近くにあるホテルのテラスバーで、ちょっとしたパーティーがありました。聖パトリック・デイの前夜祭という名目ですが、要は久しぶりに職場の皆で集まろうよ、というイベント。私のチームはここ数週間、目も回るような忙しさで、正直こういうイベントに参加する余裕はゼロ。でも、今回はちょっと事情が違ったのです。南カリフォルニア地区の環境部門長であるロブがたまたまサンディエゴを訪問していたため、彼も参加するというのです。思案した挙句、新人のアンドリューに参加を促しました。
「滅多に無い機会だから、大ボスに挨拶しておいた方がいいと思う。」
数百人の社員を束ねるロブは、中小企業なら社長に当たる立場です。ひとりひとりの社員と直接会話するチャンスなんかそうそうありません。私ですら、プロジェクトのレビューを電話会議で行う際、彼の質問に答えたことが数回あるだけ。
「パーティーとかそういうの苦手なんすよね。」
と尻ごみするアンドリューに、
「君が根っからのパーティー野郎じゃないことは百も承知だけど、ここは思い切って飛び込んでみなよ。」
「でも、明日から旅行なんです。早く帰らないと…。」
「顔見せるだけでもいいから、参加しといた方がいい。」
「う~ん、でもなあ。」
「大丈夫、僕も一緒に行くから。」
何とか仕事を締め括り、シャノンと三人、少し遅れて会場に乗り込みます。
オープンテラスには椅子席が無く、胸の高さの小さな丸テーブルを囲んでグラスを手に談笑するグループが四つほど散らばっていました。そのひとつに混じって飲み始めた我々ですが、間もなくロブを遠くに発見。よし行くぞ、とアンドリューに目配せします。
「一月からうちのチームに入った新人のアンドリューを紹介します。」
と割り込む私に、若者の顔をじっと見て、
「ラストネームは何?」
と尋ねるロブ。アンドリューの返答に、
「やっと顔と名前が一致したよ。ようこそ。」
と笑顔になるロブ。初めて近くでじっくり眺めたのですが、なかなかのベビーフェイスです。上機嫌の時の柳家小さん(五代目)にやや近いイメージ。
「はい、先週から毎日のように承認申請をじゃんじゃん送りつけていたのは私です。」
と、微妙に赤面しつつおどけてみせる若者。
ひとしきりアンドリューの職務内容について話した後、うちの部門の経営状況はどうですか?尋ねてみました。右肩上がりの堅調ぶりを維持しているよ、とロブ。成功の秘訣は?とすかさず突っ込む私に、満面の笑みで答えます。
「聞けばなあんだ、というくらい、シンプルな話だよ。目標を定めてチームリーダー達としっかり共有し、戦略を練る。そして決められた任務を着実に遂行していく。本当にそれだけなんだ。」
「随分簡単な話に聞こえますけど、その過程で人減らしや配置転換が発生しますよね。これはどうするんです?」
「戦略を固めたら、それを遂行するための役割が定まるね。ここに適材を当てはめる。もしかしたら、その人がこれまでやったことのない任務になるかもしれない。こっちは能力を見込んであてがったとしても、当人は嫌かもしれないし、格下げされたと恨んで去っていくこともある。でもそれは仕方ないことだ。過去30年ある分野に秀でていたからといって、次の10年も同じ道で成功出来るとは限らないだろ。組織の発展のためには全く違う職務に就いてもらわないといけないことだってある。誰だって絶え間ない変化に対応するのは辛い。社員からの抵抗は避けられないよ。でもそんな時、俺は言うんだ。」
一旦言葉を切ってから、静かにこんなセリフを放つロブ。
“This is not a country
club.”
「ここはカントリークラブじゃないんだぞ。」
カントリークラブというのは、ゴルフコースやテニスコート、プールなどを備えた会員制クラブのことを指し、メンバーになると、スポーツや会食を通じて友達を作ったり家族付き合いを拡げたり、結婚式などのイベント会場として施設を利用出来ます。思い切った意訳をすれば、
“This is not a country
club.”
「ここは仲良しクラブじゃないんだぞ。」
てなところでしょうか。
「俺たちはここで給料もらって働いてるんだ。ゆったり座ってサービスを受ける立場じゃないんだぞってね。」
「なるほどぉ。いいですね。そのフレーズ気に入りました。よそで使わせてもらっていいっすか?」
と言うと、
「無料で進呈するよ。」
とご満悦のロブ。
それから約30分、我々は彼を独占し、じっくり会話を楽しんだのでした。
パーティーが終わって会場を出た時、アンドリューがあらたまって私にお礼を言いました。あんな風に強くプッシュされなかったら、折角の機会を逸していた、と。
「実は僕自身も、ロブと長い話をするのは初めてだったんだ。一緒に行けて良かったよ。彼の経営哲学が聞けたのも収穫だったし。」
と照れる私。すると、彼が急に真顔になりました。
“I don’t totally agree
with him.”
「全面的には賛成できませんがね。」
社員がまるで機械の一部のように任務の遂行に全うする組織というのは良くない、と言うのです。前に勤めていた会社がそんなところで、毎朝出勤するのが辛かったのだと。会社というのは社員が仲間意識を持ち、ある程度自由に、そしてクリエイティブに動かなければならないと思う、と。
おお、この若者、意外に気骨があるぞ、と感心する私。振り返ってみると私は、大ボスの話を無批判に傾聴し続けてました。しかも下手するとおべっか使いと取られるくらい、調子よく合いの手を入れてたし。まるでカントリークラブで上司をゴルフ接待する奴みたいに。
う~む、なんかちょっとカッコ悪い…。
このアンドリュー氏、今日本ではやりの”ゆとり世代”的な発想じゃなければイイけどね。
返信削除http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150615/284248/?P=1
年功序列で給料もらってる日本で、60才過ぎて定年延長してもらっているシニアが「こんなに給料減らされたんじゃやる気も起きないヨ」とかブーたれて、仕事サボろうとするのを見ていると、まさに「仲良しクラブじゃねえんだゾ、給料もらってんならまともに仕事しろ!」と言いたくなるヨ。ロブ氏の言葉はまさに日頃オイラが感じてることそのまんま。
そうか、まだ日本はそんな感じなのか…。少なくともうちの会社じゃ、そこまで呑気な発言聞いたことないね。アンドリューだって苦学してなんとかキャリアを切り開いて来た男だから、芯が強いよ。やわな気持ちで意見したわけじゃないと思うな。
返信削除そちらでも情報は伝わっているとは思うが、実感がわかないかもね。この記事は割と判りやすく伝えているかも。
返信削除http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/030600122/032400005/?P=2
そもそも、年金支給が開始年齢が遅くなったからと言って、法律で65才まで雇用するように定めるってのはかなり無茶な話だよね。
60才過ぎたから一兵卒に、ってシビアな対応がされていればまだイイ方。オイラのいるところなんて、急に権限取り上げたらカワイソウと甘い対応してるから、クソみたいなジジイが所長として君臨しているからもう最悪。部門の長たるもの、ある時は冷徹な判断もできなければダメだと思うね。
長期雇用がほぼお約束になっている組織と、いつなんどきでも情け容赦なくレイオフされる危険にハラハラさせられる組織と、果たしてどちらが良いかは難しい選択だよね。それぞれに14年半ずつ勤めてみたけど、まだ結論は出ません。
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