2016年11月11日金曜日

Unprecedented  前代未聞

大統領選挙の翌朝、いつものように出勤した私は、何かただならぬ空気にハッとしました。まるで身内に不幸があったかのように、皆がふさぎこんでいるのです。朝一番の打合せでは、同僚サラに「ハウアーユー?」と挨拶したところ、「Not good(調子悪い)」と不機嫌な表情で返して来ました。会議中、何度も何度も大きなため息をつきます。昼休み前のミーティングではディックが、

「不適切な発言も、これからは職場で堂々と出来るよな。なにしろ我らの新リーダーが範を示してくれてるんだから。」

と苦々しげに笑います。遅れて打合せに参加した南米エクアドル出身のアナベルは、今にも些細な一言をきっかけに泣き崩れてしまいそうな涙目でした。打合せ後に食堂へ行くと、総務のヘザーがこちらを見て、

It’s over(もうおしまいよ)」

と吐き捨てるように言いました。隣の席に座ってランチを食べ始めたダグラスは、黒い服に身を包んでいます。

「喪に服してるのさ。リズもアナベルも、今日は黒い服だぜ。」

そういえばアナベルも、ブラックのワンピースでした。

州民の大多数が民主党支持者のカリフォルニアだけに、今回の選挙結果に納得しない人は多いだろうな、と思ってはいましたが、皆が職場でここまであからさまに不満を表明するとは予想もしていませんでした。この国で選挙権を持たない私は、同僚達と同じレベルの憤りを感じることが出来ません。むしろ、こんな無茶をしてまで現状を変えたいと半数の人が思うほど国が病んでいるのだ、という気づきに慄然としている、というのが本当のところ。同時に、その是非はともかく、国の進む方向を変えようと思えばこうやって変えられる仕組みがある、というアメリカのダイナミズムに感心すらしていたのです。そんな心境のまま、

“This is interesting.”
「インタレスティングだねえ。」

と感想を漏らしたところ、間髪入れずダグラスが、

“If that means fucked up, yes!”
「滅茶苦茶だっていう意味で言ってるならね!」

と返しました。

古参社員のビルは不機嫌面を隠そうともせず、

Facts(事実)を脇に押しやって、選挙に勝つためならどんな嘘でもついてやる、というんだからな。全くやり切れんよ。」

と、深いため息。

帰宅すると高校生の息子が、

「先生が何人か、泣きそうになってたよ。」

と話してくれました。彼の担任は授業中、生徒たちにこんなことを言ったのだと。

「私達(の世代)の責任でこんな事態になってしまって、本当にごめんなさい。これから四年間しっかり勉強して、次の選挙で世の中を変えてちょうだい。」

学校でそんな話をしちゃっていいの?と尋ねると、選挙が終わったからいいんだよ、と答えます。ほんとかなあ。

昨日の夕方、同僚ヴァレリーがやってきて仕事の話をした後、彼女が言います。

「シャノンからテキスト来た?」

部下のシャノンは今週、北カリフォルニアのオークランド支社でトレーニングを受けているのです。

「いや、今日は何も。」

「オークランドで暴動が起きてて、警察隊と衝突してるんだって。オフィスの窓からそれが見えるっていうのよ。危ないからビルの外に出ないでねってテキスト返したところなの。」

「え?そんなことになってんの?さすがオークランド、血の気が多いなあ。さすがに平和なサンディエゴの人はやらないよねえ。」

「何言ってるの?ここでもダウンタウンやバルボアパークでデモが始まってるわ。ニューヨークやワシントンDCでもやってるし。」

ぶったまげました。大統領選挙後に各地でデモや暴動が勃発するなんて、聞いたことありません。まさに前代未聞の珍事です。ええと、これって英語で何て言うんだっけ?二秒かかってようやく思い出しました。

“It’s so unprecedented!”
「アンプレシデンテッドだねえ!」

Precedent(プレシデント)が「前例」。Unprecedented(アンプレシデンテッド)で「前例の無い」「前代未聞の」という形容詞になります。するとヴァレリーが苦い表情を浮かべ、

“Not pun intended?”
「ダジャレじゃないわよね?」

と聞きます。え?ダジャレ?何のこと?

“I’ll leave you to it.”
「今の、宿題ね。」

不機嫌面のまま立ち去るヴァレリー。その後ろ姿を見送りながら、ようやく合点が行きました。大統領のPresident(プレジデント)とPrecedent(プレシデント)がシャレになってたのですね。おお~!と感心する私。これ、ここ暫く使えそうじゃん!

でも冷静に考えたらこのネタ、ただでさえふてくされてる同僚達の神経を逆なでするのはほぼ確実。


とりあえず、おとなしくしておきます。

4 件のコメント:

  1. パックン・マックンのパトリック(今じゃ東工大の人文の講師までしているらしいが)が日経のサイトで選挙前にこんなこと言っていたヨ
    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/101200023/110200017/

    日本ではかつて民主党が政権を取っていた期間が「失われた」数年間になってしまったね。ただ、あの時の世間は当初は「これで日本は新しく変われる」と期待ムードだったのに、徐々に能無しぶりが露呈し3・11でトドメを刺すという流れだったケドね。
    トランプ氏は当初の悪評がスゴいだけに、逆にイイ方向に変わってくってことありえないカナ? バリバリの不良がちょっと優しい一面を見せるとスゴく良い人のように思われがちなパターンで(笑

    返信削除
  2. 鋭い洞察だねえ。僕が気になっているのは、選挙戦の真っただ中、評論家が言ってた「トランプ氏は教育レベルの低い白人層をうまく取り込んで…。」というコメント。これ、絵としてすごく怖いんだよね。進撃の巨人みたいで…。

    返信削除
  3. 1巻の最初の所だけしか読んでないんで「進撃の巨人」の例えが良く判りません(笑 中々イマドキのサブカルチャーに通じてるじゃない。

    要するに「オレたちは塀の中に居れば安全なんだから、わざわざ外に出て行って危ない思いをしながら巨人と戦うことはないだろう」といって問題を先送りにするような勢力が主流派になってしまうことの閉塞感ってこと?

    返信削除
  4. いやいや、ただ単純に、図体がでかくて知能レベルも低いモンスターが、遂に壁を越えて進撃して来たぞ〜!ってこと。暴言?

    返信削除