金曜の朝10時半ぴったりに電話会議に参加したところ、既に他の出席者たちが議論の真っただ中でした。30分以上前から白熱してるぞ、と言わんばかりの温まり方で。あれ?時間間違えたかな?と慌ててスケジュールを確認したのですが、受け取った招待メールには、はっきり10時半スタートと記されています。おかしいなと思いつつも、話の腰を折りたくなかったのでそのまま黙っていました。すると5分ほど経ってから主催者のキャリーが、唐突にトーンを落としてこう言います。
「ねえ、さっき誰かが入って来たみたいな音しなかった?」
そこへパットが、
「うん、私も聞こえた。誰か入って来た気がする。」
「俺にも聞こえたよ。」
とジョーゼフ。
まるで「ゾッとする話」のオチ直前みたいな感じになってしまいました。もうちょっと沈黙を守ってその雰囲気を楽しんでも良かったのですが、
「シンスケだけど…。この電話会議、10時半スタートじゃなかったっけ?」
と口を開く私。
「あ、そっか、シンスケか!」
とキャリーが叫びます。
“I totally forgot that I
had invited you!”
「招待したことすっかり忘れてた!」
それから、ごめんなさいねと謝りました。ここへパットが、これは連続した電話会議の第二部で、第一部の議論を早めに終えてしまったためにそのまま後半の議題へ突入してしまい、もうすぐ終わりそうなのだと解説します。キャリーは第二部の議論に私を加えようと前日になって急に思い立ち、わざわざ招待メールを転送してくれていたのですが、そのことを失念していたのですね。
“Thank you for being
honest.”
「正直に言ってくれて有難う。」
と、やや皮肉めいた返しをする私。するとパットが、
“I admire your transparency,
Carrie!”
「あなたのトランスぺアレンシー素敵だわ、キャリー!」
と称賛します。
Transparencyとは「透明性」という意味ですが、キャリーの性格を的確に表した単語だと思います。私は「正直さ(Honesty)」を押し出したコメントを吐いたのですが、よくよく考えてみると「正直さ」と「透明性」には、微妙な違いがありますね。もしも彼女の発言が「ごめんなさい、すっかり忘れてた!」であれば「正直な人だね」で正解でしょうが、「すっかり忘れてた。ごめんなさい!」という順番だったことがとても重要です。キャリーが「あけすけで飾らない」人物だということが、これで明白になるのです。この人、パットとともに本社の副社長という高い地位にありながら、私が聞いたことには何でも包み隠さず答えてくれます。え?そんなトップシークレットまで教えてくれちゃっていいの?と、質問したこっちが心配になるほど。
そのキャリーとは過去二ヶ月の間に、三回の出張をともに過ごしました。先週のオースティン滞在中は、ホテルの飯があまりにも不味かったため、道を一本隔てたマクドナルドまで足を運んで一緒に朝食をとりました。その際、「私のフィアンセ(婚約者)が」という発言があったので、
「9月にダラスで会った時は、Boyfriend(彼氏)って言ってなかったっけ?」
と尋ねる私。すると、あの翌週にプロポーズされたのだと話してくれました。おめでとう!と祝福した後、そういえばダラス出張後に一週間旅行するって言ってたよね、と私。どこへ行ったの?どんな感じで申し込まれたの?彼氏ってどんな人?とまるで幼馴染の女友達のように直球質問を畳みかけたのですが、いちいち丁寧に答えてくれるキャリー。そこまで深々とプライベートを掘っていいほどの間柄でも無いよなあ、と自分に呆れつつも、無防備なまでに率直な彼女の反応が面白すぎるので、そのまま詮索を続けました。
二年前から付き合って来たバツイチの彼氏は、法執行機関に勤めていると言います。具体的にはどんな仕事?と尋ねると、Probation Officer(プロベーション・オフィサー)。日本語にすると、「保護観察官」。犯罪者を社会復帰させるために監督・指導する職業ですね。毎日犯罪者を相手にしている彼は、屈強な大男であるばかりでなく、極端に注意深い人だそうです。一緒に街を歩いている時も百メートル先に怪しい人物を発見すると、黙ってキャリーの腕をつかんで方向転換するのだと。
「残念ながら社会復帰を果たせずに犯罪者に逆戻りする人も沢山いるのよ。そういう人を刑務所に送り届けるのも彼の仕事なの。」
「さぞかしがっかりすることだろうねえ。」
「私の存在は、職場でも一切口外してないんだって。何かあって逆恨みされるような事態になった場合、彼のアキレス腱になりかねないでしょ。」
「人の嘘を見分ける嗅覚が、物凄く発達するだろうね。キャリーみたいに透明な人と出会って、普段接する人たちとのギャップにショックを受けたんじゃない?」
「暫くは戸惑ってたみたいよ。」
拗ねたりひねたり妬んだり恨んだり、嘘をついたり隠し事をしたり、といった心の捻じれと一切無縁のまま、真っ直ぐ中年になっちゃったキャリー。天衣無縫というのはこういう人のことを言うのでしょう。職業上他人を疑ってかかる習慣が身体に染み付いているであろう彼氏には、彼女がまるで砂漠のオアシスのように映ったのではないでしょうか。きっと二人は末永く上手く行くだろうな、と思ってなんだか嬉しくなりました。
しかし彼女との会話中ずっと気になっていたのは、これほど話題がプライベートな内容であるにもかかわらず、キャリーの話し声が終始マクドナルドの店内に響き渡っていたということ。ボリューム調節機能が装備されていない彼女は、どんな話でも周辺にいる人全員に聞こえる声でしか喋れないみたいなのです。そこは直した方がいいと思うんだけど、と心中笑いを堪えつつ耳を傾ける私でした。
さて、先週のトレーニング終盤。なんとなく振り返った時、会議室最後列のズービンが声をひそめて隣のキャリーに何か話しかけているのに気づきました。すると彼女が平然と通常音量で返答したので、「何事か?」と皆が一斉に振り返ります。トレーニング参加者全員の視線を浴びて微かに顔を赤らめ、キャリー相手にひそひそ話をしたことを激しく後悔している様子のズービン。その隣で、何が起きているのか全く理解出来ていない様子のキャリーに、改めて惚れ惚れする私でした。
キャリーさん、
返信削除・これまで結婚歴は?
・綺麗な方なんでしょうか?
・中年って、具体的に何十代?
・バツイチ彼との出会いのきっかけは?
中々興味の湧く投稿ですナ
結婚歴も年齢も、知らないなあ。出会いは、「友達の友達」って言ってた。容姿については「ご想像にお任せします。」
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