2016年9月17日土曜日

No news is good news 便りの無いのは良い便り

一ヶ月ほど前、同僚ディックと緊急案件のための打合せを予定していました。ところが当日の朝、彼からこんなメールを受け取ります。

「とてつもない食中毒にかかっちゃったみたいなので、今日は休む。明日には復帰出来ると思う。」

「オッケー、じゃあ明日に延期しとくね、お大事に。」

と日程をずらしたのですが、それから彼はパタリと職場に姿を現さなくなりました。毎朝会議スケジュールを変更して招待メールを送り直すのですが、それを開いた形跡すらありません。一週間経って、さすがにこれはおかしいと思い始めました。上層部からも、あの件はどうなってるんだ?と日々問い合わせが寄せられます。PMはディックなので、彼が出て来るまで答えられない、の一点張りで押し通します。私は段々、彼の病気は実は食中毒などではなく、何かもっと深刻な状況に陥っているのではないか、と勘繰り始めました。

実は過去二年ほど、彼がどんどん元気を失くして来ているのには気づいていました。会社が大きくなるにつれて自分の活躍の場が狭まっている、意思決定の権限が縮小するばかりで成長のチャンスが潰されている、と溜息混じりに語ることもしばしば。40代の彼にとって、このままこの会社でキャリアを積むことがプラスなのかどうかは大問題です。もともと巨漢の彼ですが、ストレスからかじわじわと体重を増して来ているのも気になっていました。目に力が無く、肌もカサカサ。持ち前のユーモアセンスで何とか持ちこたえている、という状態でした。

だからこそ私は、彼のこの突然の長期不在に気を揉んだのです。

“No news is good news”
「便りの無いのは良い便り」

という頻出フレーズがありますが、現実の世界にそんな場面があるだろうか?と思いました。「何か変わったことがあれば連絡があるものだから、何もないのは無事な証拠」という意味ですが、それって通信手段が毛筆の手紙に限られていた時代の考え方じゃないかな、と思いました。スマホでテキスト打てば数秒で連絡出来る今、このフレーズは死語に近いよなあ、と。

さて一昨日、四週間ぶりに復帰したディックとの打ち合わせがありました。目に生気が宿り、頬はほんのりピンク色。体重が16パウンド(約7キロ)落ちたよ、と微笑むディック。

「見違えるほど元気になったねえ。大学出たばかりの若者みたいだよ。」

56人から同じこと言われたよ。」

仕事の話は15分で済ませ、彼の不在にまつわる物語に聞き入ります。

四週間前、食中毒にかかったと踏んだ彼。強烈な腹痛に悶絶しつつ何とか救急外来に辿り着きます。そしていくつかの検査の後、おそらく便秘だろうと謎の診断を受けて帰宅します。その晩は不思議に病状が落ち着いたのですが、翌朝とんでもないぶり返しがやって来て、絶対便秘なんかじゃないと確信した彼は、別の病院を訪ねます。そして今度は、これが食中毒でも便秘でもなく、盲腸が破裂していたことが判明。そのまま入院しますが、体内に拡がった毒素を消すため、抗生物質の投与を暫く続けなければいけませんでした。それからようやく外科手術。退院後は三週間の自宅安静。十時間睡眠と正しい食事を重ね、仕事のことを全く考えない新しいライフスタイルを楽しむうち、心身共にエネルギーが満ちて来ました。そして満を持して職場復帰。

「なるべく人に任せることを心掛けてるよ。もちろん俺の性格上、ストレスからは逃れられないけどね。」

一ヶ月前は彼の笑顔も、どことなく寂しいような諦めたような翳りを帯びていたのですが、今は一点の曇りも無いスマイル。今回のお休みは、リゾート地でバカンスを過ごすよりも遥かに有意義だった、と言います。

「俺ってケチだから、金かけて旅行してるって考えるだけでストレスになるんだよね。自宅で好きな時に好きなことをして過ごすのが、最高にリラックス出来る方法なんだってことを今回学んだよ。」

「本当に良かったね。でも随分心配したんだぜ。」

「ごめんごめん。でもこの長期間、誰とも連絡取らないってことが俺には重要だったんだ。」

このドラマティックな復活劇。何か目に見えない運命の力が彼をどん底から救ってくれたのかもなあ、と静かな感動を覚えました。

さて翌日。食堂で同僚のビルに会いました。彼とは2カ月前、巨大プロジェクトのためのプロポーザル・チームの一員として一緒に働きました。

「あのプロポーザル、どうなったのか聞いてる?」

と尋ねる私。通常は一カ月ほどでプロジェクト獲得か落選かの報せを受けるのですが、私の耳には何も入って来ていません。30人以上の高給取りが何百時間もかけて提出したプロポーザル。会社がこれほど巨額の投資をしたプロポーザルの審査結果がまだ分からないというのは心配です。

「いや、何も聞いてないよ。」

と答えるビル。そして、こう付け足します。

“No news is bad news.”
「便りの無いのは悪い便りだぜ。」

プロポーザルの結果はともかく、このことわざに対する違和感を共有出来る人と出会ったことに、思わず感動。

「だよね~!!」

と、やや過剰な激しさで反応する私でした。


2 件のコメント:

  1. 確かにこんな時代の言い回しだったらピッタリくるかもね。
    http://kotowaza-allguide.com/hu/busatawabujinotayori.html

    現代語での意味としては、結婚したばかりの息子夫婦に過干渉な親が「どうしてる?どうしてる?」と頻繁に様子を尋ねるのは、子ども側からしたら迷惑ダヨ。若い人たりは2人で居るのが楽しいんだから、あんまり連絡を督促しちゃダメよ。。。。みたいなニュアンスだったらピッタリくるのでは?

    話はガラっと変わるのだが、先日「シン・ゴジラ」を見てきたのだが、これが実に面白い!全く怪獣映画のテイではないんだよね。日経ビジネスのサイトでも感想を特集してて石破元防衛大臣とか枝野元幹事長とかが、大真面目に評論しているワ。
    http://business.nikkeibp.co.jp/special/godzilla/

    米国でも10/11~18の1週間だけ限定公開されるらしいので、是非見に行って欲しいゾ

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  2. 予告編見たよ。ベテラン俳優がわさわさ出ててゴージャスだねえ。異色の社会派タッチだって聞いてる。こっちで上映する映画館探してみます。情報ありがと。

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