南カリフォルニアとハワイ地区を統括するP氏が、Town Hall Meeting(タウンホール・ミーティング)のためにサンディエゴ支社を訪れました。就任から数カ月経って引き継ぎも終わり、いよいよ支社巡りを開始したようなのです。タウンホール・ミーティングとは、要職にある人物が大勢の人と対話するための集会。ランチタイムに150人ほどの社員を大会議室に集め、前四半期の業績と今後の展望などについて話します。三月に行った就任挨拶のカンファレンスコールでは、軍服姿が目に浮かぶような高圧的口調でした。しかし実際会ってみると、普通に身なりの良い、物腰柔らかな紳士です。ノーネクタイの純白シャツ、見る角度によって光る場所が変わるシルク混じりっぽい紺ジャケット。眼光こそ鋭いものの、演説の端々に軽いジョークを絡ませるなどして、集会は終始和やかに進みました。
「昨年までテキサスの建設会社でCEOを務めていました。しかし皆さんが働くこの会社の目覚ましい成長を知り、自分がキャリアの終盤を過ごすのはここしかない、と転職を決意したのです。」
更なるステップアップのためにCEO職を捨てるのか。しかも他州に引っ越してまで。よっぽど上昇志向が強いんだなあ…。彼はしきりに、我が社がどれほど強大で競合他社の脅威になっているかを繰り返します。特にカリフォルニアにおける環境分野の業績は群を抜いているらしく、こんな表現を使いました。
“We are the biggest
kahuna in the environment business.”
「我々は環境部門では一番のビッグ・カフーナだ。」
Big kahunaというのはよく使われる表現で、先日同僚ディックに解説をお願いしたところ、ハワイの波の神であるカフーナが語源で、「ビッグ・カフーナ」は「大物」という意味だそうです。
“We are the biggest
kahuna in the environment business.”
「我々は環境部門では一番の大物なんだ。」
辞めて行った社員の多くは、会社が大きくなりすぎて自分の存在がどんどん小さく思えて来る、という心情を吐露していました。P氏はこれと真逆のメンタリティーを持っているのですね。
三時からは、Coffee with Managers(マネジャー達とコーヒーを)と題した別のミーティングがあり、12名ほどの社員が中会議室に集められてP氏と対面しました。誰がどう選んだのか、メンバーには部下のシャノンと私が含まれています。P氏はまず、出席者の在籍年数や専門分野を尋ねました。次に、普段不満に思っている点、改善したい点などを順番に話させ、しきりにメモしています。
「ITサポートの質が落ちています。一般的なサービスはともかく、専門分野のソフトウェアなどについては問題解決に異常に時間がかかります。」
「プリンターをキャノンからゼロックスに替えてからというもの、印刷物の質が落ちています。コスト削減のために品質を犠牲にした良い例だと思います。」
「オープン・オフィスが嫌だと言って辞めて行った社員が結構います。個室オフィスを撤廃することで、優秀な人材を確保しにくくなった点は否めないと思います。」
この話題には沢山の出席者が食いつきました。しかも揃ってネガティブな意見。部下たちと世間話を楽しめるオープンな環境をいたく気に入っている私は、思わず割って入りました。
「職種によると思いますよ。プロジェクト・コントロールのようなサポート職は、人が質問しやすい環境に身を置いた方が仕事しやすいですが、エンジニアのように長時間の精神集中を要求される職種には試練ですよね。」
私の目を見て、満足げに頷くP氏。
「お楽しみ企画やボランティア活動に、めっきり人が集まらなくなりました。社員同士のつながりが希薄になっている気がします。」
こう発言したリタは、日頃から率先して勤務時間外のイベントに参加するタイプ。確かに振り返ってみれば、私自身も最近は、多忙にかまけて食事会企画などが出来ずにいます。いいポイントついてるじゃないか、リタ…。この後、彼女の発言を引き継ぐ形でシャノンが言いました。
「効率追求が行き過ぎて、みんな忙しさが極まっているんだと思います。私も毎日夕方になるともうヘトヘトで、余力が全然残っていません。何か楽しい行事に誘われても断るしかないんです。忙しさの原因の一つは、ランチタイムに開かれるトレーニングやミーティングの増加です。社員の稼働率を落とすなというプレッシャーが強すぎて、プロジェクトに時間をチャージ出来ないような集まりは、最近みんなランチタイムに開かれるんです。一週間の昼休みが全部仕事で埋まってしまうことも珍しくありません。そもそもお昼休みは休むためにあるのに、全然休めないんです。」
じっと聞いていたP氏が、皮肉な微笑みを浮かべながらこう返します。
「私もついさっき、みなさんのランチタイムを奪ったばかりだね。それは申し訳なかった。」
「いえ、今日だけのことじゃないんです。これは最近の傾向なんです。」
慌てて補足するシャノン。
「分かってる、これは由々しき傾向だ。何とかできないか考えてみるよ。」
と笑うP氏。
意図せぬ事とは言え、ビッグ・カフーナに公然と盾突いた彼女を称え、暫くこの話題でシャノンをいじりました。その度に顔を赤くして、
“Am I in trouble?”
「まずいこと言っちゃったかしら?」
と不安そうな彼女。
実はそうやってからかいつつも、すっかり感心していた私でした。日和見的な発言でお茶を濁した私と違い、大物相手でも怯まずアグレッシブな態度で臨んだシャノン。彼女のような人こそが、本当の大物なのだと思います。
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