昨日のランチタイムには、ダイニングスペースに社員が60人ほど集合しました。本社に新設された部署からクリスという男性社員がやって来て、スペシャル・プレゼンがあったのです。テーマは、「侵入者による銃乱射など、絶体絶命のピンチにどう対処するか。」
その銀髪から察するに、恐らく50代後半でしょう。ネイビーシールズ(海軍特殊部隊)やFBIでの勤務経験を買われて今の職に就いたという彼は、折り目のはっきりした紺のスラックスを履き、白いシャツを素肌に纏っています。異常に発達した大胸筋がそのうちボタンを弾き飛ばすんじゃないかと思えるくらい、シャツの生地が激しく横に引っ張られています。まるでイギリス訛りの抜けたダニエル・クレイグ(最近の007映画で主役を張ってる俳優)。両脇に水着の美女を数人侍らせても違和感は無いでしょう。穏やかな物腰ながら、誰がいつ飛びかかってもためらい無く秒殺するぞ、という凄みを発散しています。
「銃乱射事件の69%は、5分以内に殺戮が終わっています。それほどの短時間に警察の到着を期待するのはまず無理でしょう。だから、個人個人がどう対処するかが大変重要になってくるのです。」
二コリともせず、陰惨なプレゼンを淡々と進めるクリス。解雇された社員がじわじわと転落の人生を歩み、何年も経ってから「そもそもは俺をクビにしたあの会社が悪い」と職場に舞い戻って無差別銃撃をする、という実話にはぞっとしました。そういう「防ぎようがない」と思える事態をどう防ぐか、という話から、万が一そういう事件に巻き込まれた際にどうするか、というテーマに移った時、クリスがこう言いました。
「一番大事なのは、まずは自分の身を護る(Save yourself first)ことです。仲間を助けたければ、まずは逃げてプロの救助を求めることが最良の方法なのです。」
次に、こんなフレーズを紹介しました。
“Run,
Hide, Fight”
「まずはとにかく頑張って逃げる。逃げられなければ隠れる。隠れる場所が見つからなければ、後は闘うしかない。」
質疑応答の時間を設けてくれたので、さっそく手を挙げ、プレゼン中ずっと心にひっかかっていた質問をしてみました。
「あくまでも仮定の話ですよ。たとえば一人の男性が、うちのオフィスを訪ねて来たとします。受付で、ここにいるシャノンの知り合いだ、と告げて職場に入って来たとします。」
隣に座っていた、部下のシャノンを指さします。
「実はそれが、彼女のEx boyfriend (昔の彼氏)だったんですね。」
そう言った時、皆がどっと沸きました。
「24年も経ってるのに!」
と調子を合わせて笑うシャノン。
「ふられたことをずっと恨みに思っていたこの男が、彼女を片手で抱えて銃を頭に突き付けたとします。私の目の前で、ですよ。そういうケースでも、私はとっとと逃げるべきなんでしょうか?」
クリスは表情を少しも崩さず、三秒ほど私の目を見つめてからこう答えました。
「あなたが普段から厳しいコンバット・トレーニングを受けていて、しかも丁度その時充分な武装をしていた、というのなら話は別です。しかしそうでないならやはり逃げるべきです。」
「でも、仲間が殺されるかもしれないんですよ!」
「あなたがそこで抵抗する様子を見せて犯人を下手に刺激すれば、彼女が殺される確率が増すかもしれない。それに第一その場に留まれば、あなたの命も無くなる可能性が高い。どう考えても、逃げるより良い手段は無いでしょう。」
「う~ん、なるほど…。」
大きな拍手とともに、プレゼン終了。席に戻って仕事を始めたところ、少し遅れて向かいの席についたシャノンが、ケラケラ笑ってこう言いました。
「昔の彼氏ネタで皆にからかわれちゃったわよ。気をつけろよ、ちゃんと関係を清算しておけよ、だって。」
「ごめんごめん、変なたとえ話をしちゃったね。」
「いいのよ。すごく楽しかった!」
少し経って、別件で総務のトレイシーと話した時、
「あれはすごく良い質問だったわよね。」
と褒めてくれました。
「実はさ、まだ納得出来てないんだ。頭では理解出来ても、本当にそういう事態になった時、仲間を見捨てて逃げるなんて出来るのかなあって。」
「そうよね。難しいわよね。」
「たとえばそれが自分の奥さんや子供だったら、絶対助けようとして暴れちゃうと思うんだよね。」
「そりゃそうよ!」
それから少し考え、冗談めかしてこう言いました。
「大体さ、もしも犯人が捕まってシャノンが無傷のまま助け出された場合、どうしてあの時私を見捨てて逃げたのよ!って怒りたくなるだろうし、他の皆だって、シンスケはひどい奴だって責めたくなるんじゃないのかな。」
するとトレイシーが、
「それは絶対大丈夫よ。」
と、心配無用という表情で言いました。
「とにかく逃げろってクリスから指導されるのを、全員が聞いてたじゃない。」
う~ん、その「仮定の」事件に限定した話じゃないんだけど…。
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