2015年3月7日土曜日

訴訟社会アメリカ

朝5時に起床。納豆と海苔をおかずに玄米ご飯を食べながら、録りためたTV番組(NHKスペシャル等)を見るのが日課になっています。

先日は、東日本大震災の際に全国各地から集められた人命救助のエキスパート達のお話。一秒でも早く被害者のところへ辿り着くのが救命隊にとっての最大の課題。しかしあれほどの大災害では、地図もあてにならず給油も思うようにいかずと、想定外の障害が次々に立ち塞がり、救命隊員たちの力が充分発揮出来なかった、という反省が語られていました。

「もう少し工夫していれば、一人でも多く助けられたんじゃないか。」

悔しさを滲ませながら当時を振り返る隊員たちの映像に、胸が詰まりました。自分達だって次の津波に襲われるかもしれない状況で、あんなに身体を張って働いてたじゃないか。それなのに自戒を止めないなんて

夕食の席で妻に話しながら、ついこんな感想を漏らしてしまいました。

「ホントに感動したよ。でもアメリカじゃあり得ないよね。少しでも責任を認めるようなコメントをテレビで流されたら、訴訟を起こされた時不利になるからね。」

「そっか、そうだよね。反省を口にするの、嫌がる国だもんね。」

と妻。

「そんなのおかしいよ!反省した方がいいに決まってるじゃん!」

と、13歳の息子がいきり立ちます。アメリカ生まれのくせに

虚心坦懐に過去と向き合い、辛くて認めたくなくなるほどの教訓を分かち合って初めて、組織に真の向上がもたらされるのだと思います。

10年ほど前、担当プロジェクトの終了時にLessons Learned (教訓集)を編集しようとしたら、マネジメント層からストップがかかったことがありました。
「失敗を文書化してそれが外に漏れた場合、訴訟になった時に困る。」
というのがその理由。これにはあっけにとられましたが、いかにもアメリカ人の考え方だという気がしました。

さて先日、朝6時半くらいにオフィスのビルへ到着。一階からエレベーターに乗り込んだところ、照明が完全に落ちていました。一緒に乗り合わせた女性が、「こわいわね」と暗闇の中で話しかけて来ます。急いでiPhoneの懐中電灯アプリを使ってヘルプボタンを探しましたが、見つかりません。ここで停止したらどうなるんだろう?どうやって救助隊を呼べばいいんだ?

そうこうするうち、無事目的階へ到着。たった今起きたことなどすっかり忘れて仕事に取り掛かります。10分ほど後に出勤して来た同僚べスが、興奮した面持ちで叫びます。

「エレベーター停電してたでしょ!乗り込む時にはホールの灯りが射しこんでたけど、ドアが閉まったら真っ暗になっちゃって、ひとりぼっちで本当に怖かったわよ!」

彼女はつい最近、YouTubeでエレベーターを使ったドッキリカメラの映像を見たそうで、もしかして?と一瞬疑ってしまったのだと。

これはブラジルで放送された映像。何も知らない客を乗せた偽エレベーターの照明が突然消え、赤ちゃん人形を抱いた青白い少女が隠し扉からこっそり入ってくる。そして静かに俯いて立ったところで点灯。目が慣れて少女の存在に気づいた乗客は、悲鳴を上げて脱出しようとするが、扉は開かない。

興味をそそられたので、ネット検索してそのドッキリ映像を見てみました。これはすごい!というか悪質。こんなイタズラ仕掛けられたら、誰だってパニくるでしょ!

その日は9時から、テリー、シャノン、ヘザーとの会議がありました。本題に入る前、シャノンが満員のエレベーターで大男に押し潰されそうになった話をしたので、私も今朝の事件を報告しました。YouTubeのドッキリ映像に話が及んだ時、ヘザーが

「あ、それ、私も見た!」

と同調。私が放送内容をテリーやシャノンに話して聞かせたところ、ヘザーがこうコメントしました。

「この国じゃあり得ないわよね。あんなことしたら絶対訴えられるでしょ!」

確かにあのイタズラはちょっと度が過ぎてるけど、訴訟が怖くてオフザケを思い留まるようなカルチャーというのも、ちょっと味気ない気がしました。

シャノンが自分の体験談に話を戻します。

「私、閉所恐怖症なの。見知らぬ大男に身体をコーナーに押しつけられた状態でエレベータが停まっちゃって、そのまま助けが来なかったらどうしよう、なんて想像したら余計パニックになっちゃった。」

ヘザーがふざけた口調でこうコメント。

「狭くて苦しい上に何日も助けが来なかったりして。どんどんお腹も空いて来て、もう何食べたらいいのよ!なんてね。」

そこへテリーがすかさず、

「そりゃ皆でその大男を食べるしかないでしょ。」

と突っ込んだので、大笑いしてしまいました。なかなかどうしてブラックじゃないの、と感心しながら。

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