上場企業の責任として、会社は財務諸表を公表する必要があります。そのためには、各プロジェクトの財務情報を正確に吸い上げなければならない。この際に鍵となるのは、PMが計算するプロジェクトの最終予測コスト(これを「EACコスト」と呼びます)。これが不正確だと毎期末歳入の計算結果はあてにならないので、財務部門は厳しくPMに迫るのです。しかし大抵のPMは技術屋なので、金の計算はあまり得意じゃない。それで私のような専門家が助っ人として呼ばれるわけですが、当然こっちは細かい技術的内容など分からない。実際に技術的な仕事をこなしながらクライアントとも頻繁に会話しているチームメンバーと対話しつつ、EACコストを計算していきます。
火曜日、久しぶりにオレンジ支社へ出張しました。私がPMを務める建築プロジェクトの財務レポートを、大至急提出せよというメールが上層部から毎日のように届くので、技術職の要である老建築家のボビーと会って話を聞こうと思ったのです。ところが土壇場になって、
「都合が悪くなったから今日は会えない。電話してくれ。」
というメールが届きます。こっちはわざわざ時間をかけてサンディエゴから運転して来たのに!と苛立ちながらも、会計担当のステイシーと二人で、会議室から電話をかけることにしました。
「ボビー自身も、プロジェクト全体を把握しているわけじゃないと思うわよ。」
とステイシー。そうなんです。前のPMが会社を辞めたので、私が財務面を、ボビーが技術面を引き継いだのですが、二人とも他のことに忙しく、全神経をこのプロジェクトに集中出来ないでいるのです。
「そうかもしれないけど、僕の受信箱にはEACコストを提出せよという催促メールが毎日届くんだよ。他に頼る人はいないからね。とにかく彼が持ってる情報を少しでも多く搾り出さなきゃ。」
と私。
ボビーと電話が繋がったので、どのタスクに今後いくらかかるのかという質問を浴びせます。
「それは分からんね。クライアントにやれと言われればやらざるを得ないからな。すぐに承認が下りるかもしれんし、ずっと下りないかもしれんし。」
などという曖昧な返答を繰り返すボビー。
「大体の感じがつかみたいんです。4時間で出来そうですか?それとも400時間かかりそうですか?」
という私の質問に、
「いやいや、どんなにかかっても40時間だろう。4時間で終わる可能性だって無きにしも非ずだがね。」
ようやく範囲を絞り込んでくれるボビー。やれやれ、と溜息をつきながらメモを取る私。ところがあるタスクの話になった時、彼の歯切れが更に鈍りました。
「それは全く分からんね。政府の承認がどうなるかでその先が変わってくるからな。」
そして彼が放ったのが、次のフレーズ。
“We’ll cross the bridge when we get to it.”
文字通り訳せば、「辿り着いたらその時に橋を渡るよ。」つまり、「その時になったら対応するよ。」という意味ですね。
一時間後、食堂で弁当を食べていると、中堅PMのマーカスが自販機のコーラを買いにやって来ました。
「ねえマーカス、ちょっと聞きたいんだけど、このフレーズどう思う?」
ボビーの発言を再現してから、
「こっちはEACコストの提出を迫られて焦ってるのに、彼は終始こんな感じなんだよ。不透明な状況で当てずっぽうを言いたくない気持ちは分かるけど、そんな返事じゃ参考にもならないでしょ。大事なのは、現時点で考えうる最良の答を出すことなのにさ。彼に何かビシッとひとこと言いたかったんだけど、全然浮かばなかった。君ならここで、どう切り返す?」
するとマーカスは、コーラの缶を手に数秒考えた後、こう言いました。
“We ARE on the bridge, dude!”
「今まさに橋の上にいるんだよ!」
素晴らしい!
こういう返しがさらっと出来るようになりたいものです。
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