20代の同僚ジェイソンが、先日私のオフィスに飛び込んで来ました。
「メール読んだ?」
と、極めて真剣な表情。私と彼に宛てたMさんからのメールに対して憤っているのは、一目瞭然です。何故なら私も数秒前にそのメールを読んで、久しぶりに頭に血が上っていたから。
Mさんというのは、オレンジ支社にいるビラー(Biller)。クライアント向けの請求書を作成する担当者です。彼女は必要最小限の仕事しかしないし、メールの返信は常につっけんどん。聞いたことには答えない、しょっちゅうミスを犯す上に謝りもしない。要は、一緒に仕事するのがとても難しい女性です。「ここを修正して欲しい」と頼んでも同じところを何度も間違えて送り返して来る。やっと直ったと思ったら今度は別のところを間違える。わざとやってんのか?と勘繰りたくなるくらい、仕事のクオリティが低いのです。
過去数か月、彼女との衝突を繰り返して来たジェイソンに、 「事をこれ以上荒立てないように」という気遣いから、私が仲を取り持つ格好で丁寧に書き送ったお願いメールに対し、ただ一言「No」と返信して来たMさんに、「お前、なめてんのか!?」と私も思わず一人で小さく叫んでいたところだったのです。
もう限界だ、これ以上彼女とは一秒たりとも仕事したくない、と激昂するジェイソンに同情した私は、ヴァージニアにいるMさんの上司に電話をかけました。そして「このままだと事態は悪化の一途。唯一の打開策は、担当を代えてもらうことだ。」と説得。一週間後、シカゴ支社のジャッキーというビラーが担当につきました。彼女はジェイソンが何も言う前から、
「あなたのプロジェクトについて色々知っておきたいから、電話会議をしましょう。」
とインビテーション・メールを送って来ました。その後も次々と、本質を突いた質問を送りつけて来るジャッキー。ジェイソンが今日の午後、私のオフィスに顔を出し、ジャッキーの積極的な姿勢には本当に感心していると述べ、
“She seems to be legit.”
「どうやら彼女はレジッだね。」
とキメて立ち去りました。
Legit (レジッと聞こえます)はLegitimate
の短縮形で、ジェイソンが日頃から好んで使っている単語です。Legitimate
(レジティメイト)は「合法的な、筋の通った」と訳される言葉ですが、人を形容する場合のレジティメイトって、一体どういう意味なんだ?と疑問が湧きました。
さっそく、同い年の同僚マリアの部屋を訪ねて説明を依頼します。
「Fake (偽物)じゃないってことよ。きっとその人、ちゃんとしてるんじゃない?」
なるほど。中身がしっかりしてる、つまり「まっとうな人」ということですね。
「legit って単語、よく使うの?」
「私は使ったことないわ。若い人たちの間で流行ってる言葉よ。ジェイソンなんか、対象が物であれ人であれ、しょっちゅう口にしてるわよね。」
「ほんとにそうだね。彼、若いよね。」
「大体、周りの人がまっとうかどうかなんて話、私たちはしないでしょ。」
確かに。若くてとんがっている時だからこそ、他人を評価したくなるのですね。
「ジェイソン見てると、若い頃の自分を思い出すよ。僕もあんな感じで、しょっちゅう人とぶつかってたなあ。」
「私もそうよ。」
とマリア。
「ああやってとんがっていられるのも、エネルギーがあるうちだよね。」
「そうよ。若くてエネルギーがあるからこそ、アフリカ旅行なんかに行けるのよ。」
そう、ジェイソンは先月、新婚の奥さんと二人で南アフリカのサファリ・ツアーを満喫してきたのです。
「私なんか、もうそんな元気無いなあ。近くのキャンプ場でテント張って寝るのだって嫌だもん。」
「え?そうなの?キャンプは楽しいんじゃない?」
「それがダメなのよ。最近、夜中にトイレに行きたくなるんだもん。真っ暗闇の中、テントを抜け出してキャンプ場のトイレまで歩くのも嫌だし、そのへんの茂みで用を済ませるってわけにもいかないでしょ。だからキャンプには行きたくないの。」
「そういえば僕もここ数年で、トイレへ行く間隔がかなり短くなったよ。」
「でしょでしょ!ほんと、困るわよねえ。」
お年寄りが病院の待合室で交わすような「老化現象エピソードの競い合い」で、しばし盛り上がる二人でした。
それにしても、こんな風に全く飾ることなく自分をさらけ出せるマリアって、「レジッ」な人だと思います。
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