2016年10月30日日曜日

Bring it on! かかってこいや!

一週間のオースティン出張から戻りました。来月中旬オーストラリアの全支社で一斉に使用が開始されるPMツールのユーザーサポートを支援するため、全米から選抜された6人のNinja達(エリック、キャリー、ズービン、ティム、アダム、そして私)が仕上げの訓練を受ける、というのが主目的。これにアメリカのITチーム、それにオーストラリア、ニュージーランド、イギリス、中東のスーパーユーザー達も加わって、30名を超える大所帯になりました。

開催地がテキサスのせいか、来る日も来る日も食事は肉中心。ポテトサラダとかコールスローが、思い出したように時々少量付け足されるのみ。奇跡的にか意図的にか、ベジタリアンの参加者がゼロだったので何の苦情も出なかったのですが、菜食主義でない私でさえこれはさすがにキツかった。みんな胃腸が丈夫に出来てるんだなあ…。イギリスから参加したベンは、この食事攻勢を「Meat Bomb(肉爆弾)」と呼んでいました。

二日目の晩には、ダラス在住のズービンが彼のワゴン車に男性Ninja達を載せて、コロラド川を見下ろす絶景スポットに連れて行ってくれました。ここにオーストラリアから来たレナータという女性社員も加わって私の前に座ったのですが、彼女が「前の晩にバーピーを100回以上やった」と発言しました。私が「バーピーって何?」と尋ねると、車内の連中が「え?知らないの?」と一斉にこっちを振り向きます。Burp(バープ)は「げっぷ」なのですが、いくらなんでも女性がゲップ百連発を誇らしげに語るわけがない。バーピー(Burpee)とは、スクワットと腕立てとジャンプを連続で行う有酸素運動メニューで、効率的にエクササイズがしたい人に好都合なのだと言います。え?何?みんなそんなこと日常的にやってんの?と驚愕する私に、他のNinja達が、俺は20回、とか僕は3分やったよ、とまるで今回予め与えられていた日課のように発表していきます。げげっ!僕だけ宿題の範囲を聞き逃してたみたいじゃんか。レナータが、

「今晩何回バーピーしたか、明日報告してもらうからね。」

と悪戯っぽい目で言いました。車内の野郎どもが、

「あまり無理するなよ。意外にキツイからな。」

と、まるで新人に忠告する先輩レスラーみたいな態度。その晩さっそくホテルのジムでやってみたところ、30秒でグロッキー。回数にして10回程度。全然駄目じゃん。翌朝、まわりから散々からかわれたことは言うまでもありません。

木曜の晩は男性Ninja5人、再びズービンの車でオースティンのダウンタウンに繰り出します。議事堂を見学した後、バーで食事をし、最後はデュアル・ピアノ(二台のピアノ)をコメディアンみたいな男たちがガンガン弾きながら歌う懐メロ・バーへ。客はグラスを手に歓声を上げたりジョークに応えたり、知ってる歌を一緒に口ずさんだりして楽しみます。飲まない私は純粋に雰囲気を楽しみつつも、段々時間が気になり始めました。帰りの運転を頼まれているのに、眠くなって来たぞ11時を超えたっていうのに誰一人立ち上がろうとしないばかりか、歌手の煽りでますますテンションが上がって行きます。明日はトレーニング最終日だぞ。大丈夫なのかな。居眠りしちゃったらどうしよう?他のNinja達をちら見するのですが、皆さん普通に楽しんでいらっしゃる。この人たちの体力、尋常じゃないぞ

11時半を過ぎ、さすがに痺れを切らした私がトイレに立ったのを潮に、ようやく腰を上げるNinja達。慣れないワゴン車を慎重に発進し、高速を30分ほど走らせます。間もなくホテル到着という段になって、ズービンが

「腹減った。俺、さっきあまり食べてないから。」

と、寄り道を促します。

「ええっ?今から?こんな夜中に開いてる店ないでしょ。」

と抵抗する私に、

「ワラバーガーは24時間営業だよ。」

と返します。What a burger (ワラバーガー)というチェーン店に、12時過ぎてからどやどやと入るおっさん5人組。

「ここのバーガーは最高なんだぜ!

と大声でしきりに売り込むズービンに、客として立っていた若くてハンサムなポリスマンが、「その通り!」と厳しい顔のまま同調します。それに応えてティムとアダムは巨大シェーク、エリックはチキンナゲットを注文。そしてズービンは油ギトギトの特大バーガーにかぶりつきました。数時間前から内臓が就寝状態に入っていた私は、ブースシートに腰を下して目を開けたまま充電スタート。

深夜の活動でテンションが上がったためか幾分下ネタが増えて来た仲間たちの会話をぼんやりと聞きながら、今回のニンジャ・チームについてちょっと考えてみました。既に副社長だとか地域部門長だとかの要職にある彼等は、並外れた知力、体力、リーダーシップ、コミュニケーション能力、ユーモアセンスを実証済み。これほどのAチームの一員として選ばれた自分には、一体何があると言うのだろうか?英語力だってまだまだだし(辞書を引きつつトレーニングに参加しているのは、きっと私だけでしょう)。受講中、瞬時に的確な質問やコメントを加えていく仲間たちを横目に見ながら、ひたすら黙ってメモを取っていく私。英語を読み聞き話す、という三つのプロセスを同時に処理できないので、それだけでかなりの後れを取っているのです。じゃあどうして選ばれたんだろう…?

さて金曜日。いよいよトレーニング最終日です。午後の総括で、講師のクリスティーナが皆に感想を訪ねます。カタールから参加していた若いスーパーユーザーのピーターが挙手し、

「学べば学ぶほど、自分の知識の浅さを知って不安になります。中東地域でツールの使用開始をする時は、ここにいる皆さんの助けを借りなければいけないなあと思いました。」

と謙虚な発言をしました。確かに冷静に考えてみれば、プロジェクトマネジメントをトータルでカバーする巨大ツールをこんな短期間でマスター出来るわけなど無いのですが、私はここで、おや?と思いました。その感じ方、自分と違うぞ、と。ここまでみっちりトレーニングを受けたんだから充分務めを果たせるに決まってる、まかせろよ!と口にしかかっていた私は、ピーターのこの謙遜に違和感を感じていたのです。

「じゃあ、オーストラリアに派遣されるアメリカのニンジャたちはどう?」

とクリスティーナが我々6人に投げかけます。隣同士に座っていたエリックと私は、ほぼ同時に

“I’m ready.(準備できてるよ)

と答えました。最後列のズービンも、イエーとか何とか奇声を上げます。そして間髪入れず、エリックの後ろに座っていたティムが、

“Bring it on!(ブリング・イット・オン)

と叫びました。

ブリング・オンは「持って来いよ」。Itは、「困難な挑戦」という意味。「いつでも来い」とか「どんと来い」など、いろいろ和訳出来ると思いますが、この時のティムの声の調子などを加味すると、

「かかって来いや!」

くらいのニュアンスでしょう。この発言に呼応し、ニンジャ・チームが一斉に鬨の声を上げました。

「心強いわね。安心したわ。」

とクリスティーナが微笑みます。

この時、はっきりと分かりました。私がこのチームに選ばれたのは、結果を恐れずとりあえずどんな挑戦でも受けてみる、という超楽観的な性格のせいなんだなあ、と。

迷わず行けよ。行けば分かるさ。


2016年10月22日土曜日

Stereotype ステレオタイプ

今週はシカゴ出張でした。新しいPMツールを北米で使用開始する2月に向け、アメリカとカナダの各地から選抜されたトレーナー達が再び集結し、リハーサルを繰り広げた二日間。初日の夜は、ダウンタウンのパブに皆で繰り出しました。先月ダラスでみっちり一週間トレーニングを受けたお蔭で、今ではすっかり「同じ釜の飯を食った」仲間たち。二列の長テーブルに挟まれた格好でスツールに腰かけていた私は、ディナー開始後間もなく、背中合わせに座っていたクリスティーナの肩をつつきました。彼女は、このツール開発プロジェクトの中心人物です。

「あのさ、今度のオーストラリア行きのメンバーって、どうやって選んだの?」

と、ずっとくすぶっていた疑問をぶつけてみたのです。二週間前、突然降って湧いた海外出張のご指名。

「ちゃんと説明しなくちゃとは思ってたのよ。それは気になるわよねえ。」

この会話が耳に入ったのか、遠征組に選ばれた他のメンバー達も、グラスを手にクリスティーナの声が届く席まで移動して来ました。訓練を受けた総勢18名のトレーナー達は、来月から北米各地でトレーニングを展開するのが使命でした。ところが突然、私を含めた6名がこのトレーナーグループから外され、オーストラリアの各支社へエンドユーザー・サポートのために派遣されることになったのです。

「オーストラリアでの新ツール使用開始日が迫ってるでしょ。二週間前、先方と詳細を詰めてたら、今のサポート態勢じゃ不十分だ、もっと援軍をくれ、という真剣な要請があったの。先行実施するオーストラリアがコケたら北米での2月スタートだって危うくなる、後に続くヨーロッパやアフリカ、それから中国にだって影響が及ぶ。これは全社的な問題だ、という話になってね、48時間以内に回答しろって言われたの。そんなわけで、当人たちには事後承諾という形であなたたちの名前をリストアップしちゃったのよ。」

シンスケ(サンディエゴ)
エリック(サンフランシスコ)
キャリー(シアトル)
ズービン(ダラス)
ティム(フィラデルフィア)
アダム(ニューヨーク)

「なるほど、これは責任重大だね。でもさ、一番気になるのは、どういう基準でこの6人が選ばれたかってことなんだ。」

「新旧ツールを熟知していて、PMサポートの経験が豊富で、ポジティブな性格の人、というふるいにかけたの。それでも、ホリデイ・シーズンに長期間家を空ける話を勝手に決めやがって、とブーイングが来ると覚悟してたのよ。そしたら、怒らないどころか全員が喜んで引き受けてくれて、感激したわ。本当にポジティブな人達だなあって。」

会社持ちでオーストラリア旅行が出来るってのに、文句言う人なんていないと思うんだけど…。

「ところでさ、誰がNinja(忍者)なんて名前を付けたの?」

そう、この6人衆は何故かニンジャと呼ばれていて、その任務について話す時には誰もがニヤつくのです。今回のリハーサル中もティムが自己紹介の際に、

「ニンジャの一人、ティムです。何か難しい問題に苦しんでいる時にふと風を感じたら、それはきっと私です。」

などとジョークに使ってました。

「最初はスーパー・ドゥーパー・ユーザーとか色んな呼び方をしてたんだけど、どれもしっくり来なくて、多分フランクかアイリーンが、ニンジャはどうかって言ったのよ。特殊訓練を受けていて、素早く問題を解決してくれるイメージがあるでしょ。一発で皆が気に入っちゃって、それから使い始めたの。」

オーストラリアについてはほとんど基礎知識が無いこと、イメージと言えば映画「クロコダイル・ダンディー」に出て来る、巨大なナイフを持ったワイルドな主人公くらいだ、と言うと、そんなオーストラリア人いないわよ、と笑いながらクリスティーナが各都市の特徴を教えてくれました。

「シドニーがスーパーモデルだとすれば、メルボルンは隣のお姉さんって感じ。パースはね…。」

さて来週は、テキサス州オースティンへ一週間出張です。IT部門の専門家たち、それからオーストラリアのサポート部隊も参加するNinja Bootcamp(忍者特訓キャンプ)と題された今回の出張では、技術的なテーマの他、オーストラリアの文化や風習についても学ぶのだと。

「大抵の人が外国や外国人に対するStereotype(ステレオタイプ)を持っているでしょ。まずはそういうのを取っ払うところから始めないといけないの。」

ステレオタイプとは、対象に対して抱く勝手なイメージですね。オーストラリア人は腰にナイフ提げてちょくちょくワニと闘ってる、とか。後で調べたら、これはギリシャ語源のフレーズ。ステレオは「強固な」、タイプは「インプレッション、印象」で、18世紀の印刷機が由来だそうです。

「来週のブートキャンプにはオーストラリアから6人くらい参加するんだけど、皆すごく嫌がってたのよ。なんでよりによってテキサスなんだ?って。」

「え?どうして嫌なの?」

「テキサスでは銃の携帯が許可されてるでしょ。銃器の所持が禁止されているオーストラリア人からすれば、考えられないくらい危険な地域なの。街中の人がカウボーイハット被って銃を腰に提げてるってイメージ持ってる人は沢山いるのよ。」

「まさか!」

「本当なのよ。真面目な話、それが理由で出張拒否しようとした人もいたの。それくらい、ステレオタイプって強烈なものなのよ。」

シカゴから戻った金曜日。大ボスのテリーと久しぶりに言葉を交わしました。私がニンジャに選ばれたこと、オーストラリア出張の後、もしかしたら別の国々に派遣されるかもしれないというくだりで、

「よく考えたらニンジャって単語、どうかと思うんだよね。これって皆ポジティブなイメージ持ってる言葉なのかなあって。」

と問題提起してみました。テリーも、

「そうね。確かに微妙よね。」

と同意します。

「中国に出張することになって、私は忍者ですって日本人のあなたが名乗ったら、一体どうなるのかしらね。」

う~ん、どうなるんだろう?


2016年10月16日日曜日

Over-Communication オーバー・コミュニケーション

息子の高校の水球チームに、転校生二コラが加わりました。彼とうちの子は、小学校低学年時代のクラスメート。約6年ぶりの再会です。中学生の頃から水球選手だった彼は、いきなりコーチのような風格で部員達をリードし始めました。二コラのお母さんは、自己紹介もそこそこにチームの連絡係を買って出て、試合日程や会費集めなどの連絡メールを頻繁に父兄へ送信するようになりました。それもほぼ毎日。転校早々よくここまで積極的に前へ出られるよねえ、と感心する我々夫婦。そういえば子供たちが小学生の頃も、あの人あんな調子だったわ、と妻。

先日学校の集まりで彼女に会ったところ、「笑福亭」と丁号を授けたくなるくらいの人懐っこい笑顔で、とめどなく喋り続けていました。ただただ合いの手を打つだけの私達。

「今でも覚えてるわ。夫婦それぞれの名前の一部をとって息子さんの名前をつけたってエピソード。すごい印象的だったもの!」

妻はこのセリフ、彼女からもう何度も聞かされているのだそうです。しかもこのエピソード、内容に決定的な間違いがあるし(偶然にもそういう名前になってたことに他人から指摘されるまで気づかなかった、というのが真相)。でも、わざわざ訂正するような重大案件でも無いので、黙って頷いていました。

幼い頃から、「頭の中で内容をきちんとまとめてから口を開け」とか「要らんことをべちゃくちゃ喋るな」という躾を受けて来た男系家庭出身の私にとって、この手のキャラはひたすら驚異です。経験から言ってこれは女性特有の習性で、彼女らの活躍機会が増えてきた昨今、この「圧倒的なおしゃべり」に驚嘆することしばしば。部下のシャノンも毎朝出勤していきなり、娘の歯医者とのゴタゴタだとか高速道路で目撃した事故の話などを、15分以上聞かせてくれます。東海岸にいるティファニーとの電話でも、赤ん坊が夜中にぐずった話とかデイケアセンターの予約待ちがひどいとか、プライベートな内容をたっぷり披露してもらった後で本題に入ることが日常。

うちの妻でさえ、よくもまあそんなにネタがあるもんだなと感心するほど、毎日の出来事を詳細に聞かせてくれます。結婚当初は、「で、オチは?」って聞くのやめてくれる?とよく怒られてました。「そっちが聞きたいかどうかはともかく、こっちが聞かせたいことをそのまま喋ってるんじゃない。どこが悪いのよ?」と言い切るその潔さに唸った私は、黙って耳を傾けるようになりました。同じ相手に同じネタを複数回使うなどというとんでもなく恥ずかしいミスを犯しても、さほど気にしない様子の妻。それどころか、

「知ってた?誰かから聞いたんだけどさぁ、」

と興奮して教えてくれようとする妻に、

「あの、それ僕が教えた話だと思うんだけど…。」

とおずおず指摘した経験も、少なからずあるのです。

何はともあれ、結婚生活や女性に囲まれた職場環境の影響で、今ではすっかりこの「過剰気味のおしゃべり」を礼賛するようになった私。「男は黙って」などとカッコつけてるより、より多くの情報を交換し合った方が良いに決まってます。

先日、あるビジネス誌に載った記事で、こういうスタイルのコミュニケーションがいかに大事かを読みました。さほど重要でない話を沢山することによって、信頼感が強まるというのです。「何でも遠慮なく言える関係なんだ」という確認を重ねるのですから。それに、個人のプライベートをある程度知っておくことで、より思慮深い方法で情報を伝えられるようにもなるのです。「娘さんの卒業式、来週だったよね。その翌週だったら出張だいじょうぶ?」などという風に。

さて、過去数カ月、本社のプロジェクトコントロール担当副社長であるパットと頻繁に会話しています。本来であれば、一支社の一中堅社員である私が簡単に接触するチャンスの無い相手です。彼女がイントラネットで流したニュースに反応してメールを送ったところから交信が始まったのですが、話すうちに意気投合し、気が付けば、彼女が主催する定例電話会議のレギュラー・メンバーにおさまっていた私。全米に拡がるプロジェクト・コントロール部門の社員たちに施すトレーニングの教材づくりに力を貸して欲しい、という依頼に応え、一度も顔を合わせたことのないメンバーと定期的に電話で議論しているのです。

金曜の朝、今週二度目の電話会議がありました。パットが

“Let me grumble first.”
「まずはちょっと愚痴らせて。」

と口火を切り、本社上層部から受けているプレッシャーを語ります。エピソードに登場する人物は、みな会社のトップ5に入るキーメンバー。S氏がB氏にこう詰め寄った、そのシワ寄せでこんな事態になっている、などと。普通なら私のようなポジションにいる社員が絶対知り得ないようなキワドイ話題を、パットが惜しみなく話してくれるのです。しかも同じ内容を、前日の電話会議でも彼女は喋ってました。

ひとしきりぶちまけてから溜息をついた彼女が、こう言います。

“I apologize for over-communicating.”
「オーバー・コミュニケートしちゃってごめんなさいね。」

女性の参加者が、すかさずこう答えます。

“We all love your over-communication!”
「私達みんな、あなたのオーバー・コミュニケーション大好きよ!」

このOver-Communicateというフレーズですが、辞書で調べてもほとんど訳が出ていません。あるサイトでは、「同じ内容を何度も繰り返し伝えること」と説明されていました。ただでさえ情報過多のこの時代に、無駄を省いた軍隊的伝達方法は通用しない。相手の頭にしっかり浸透するよう、リピートせよ、と。

ビジネスシーンでのコミュニケーション向上に、女性の社会進出が多大な貢献をしているんだなあ、とあらためて実感した次第です。

というわけで、特にオチはありません。


2016年10月8日土曜日

Lead by Example 自ら範を示す

金曜の朝、南カリフォルニア地域のプロジェクト・コントロール担当副社長R氏からメールが届きました。

「時間のある時に電話くれないか?君と君のチームの今後の役割について話したいんだ。」

古参の社員に対するトレーニングを重ねてじわじわとチームを拡大して来た私の地道な努力をあざ笑うかのように、今年の春ふらっとロサンゼルス支社に現れてあっさりと新部門を立ち上げてしまったR氏。そして次々に外部から人を雇い入れ、気が付けば十人を超える集団の長になっていました。手塩にかけて育て上げたチームを率いる私にとってみれば、この「よそ者軍団が幅を利かせている」状況は正直面白くないし、脅威でもあります。これまでR氏のチームと私のチームとの関係をどうするのか、という議論は一度も無かったし、ひとたびこのテーマが大っぴらに話し合われたら、うちのチームが潰されるか吸収される可能性は容易に想定出来ます。R氏からの突然のメールは、本格的組織改変の開始を示す「のろし」かもしれない、と踏んだ私。さっそく大ボスのテリーにメールを転送し、

「昼休み明けに電話してみますね。」

と告げました。

「何があろうとサポートするわよ。」

と、間髪入れずに返信してくれた彼女。去年の10月にサンディエゴ支社環境部門へ移籍してからというもの、私はこのテリーの翼の下で愉快に仕事を続けて来ました。彼女の「肝っ玉母さん的」なアドバイスには、これまで何度も助けられて来た私。

数週間前、R氏がオーストラリアから引き抜いて来た女性社員のMが、サンディエゴ支社のPM達に電話をかけまくり、あれこれ指図して来たことがありました。

「Mって何者?シンスケのチームが僕たちをサポートしてくれていること、彼女は知ってるはずだよね。」

困惑するPM達から話を聞き、「R組の奴等、いよいようちの縄張りに殴り込んで来やがったな。よ~し、全面戦争や!」とチンピラのようにいきり立って組長テリーに報告した私は、彼女の一言に意表を突かれました。

「Mに電話して話を聞いてみたら?」

何らかの下心があっての行動かもしれないと勘繰っていても埒が明かないでしょ、よくよく聞いてみたら「なんだそんなことか」って話、よくあるじゃない、と。え?そんな呑気なリアクション?戸惑って立ちすくむ私を、小会議室に引っ張って行って迷わずMに電話をかけるテリー。

「ごめんなさい。着任したばかりでよく分かってなかったの。これからはサンディエゴ支社のPM達に連絡する場合、まずシンスケに断りを入れるわね。」

と素直に謝罪するM。電話を切った後、ほらね、とテリーが微笑みました。あまりに拍子抜けな結末に、ただただ茫然とする私。家族には、「誰かの言動に悪意を読み取って色々悩んでいる自分に気付いた時は、思い過ごしかもしれないぞと冷静に考えてみるべし」と日頃から偉そうに説教していたのに、このザマです。なんて未熟な奴なんだ!と激しく恥じ入ったのでした。

そんな出来事があったお蔭で、今回も最悪の事態を覚悟はしつつ、ややリラックスした心境でR氏に電話をかけることが出来た私。

「昨日の晩、本社のショーンからメールを受け取ったんだ。オーストラリアでのトレーニングに講師が足りないということで、アメリカから6人選ばれたそうなんだが、君の名前もそこに入っていてね。12月に三週間、それから年明けに一週間、オーストラリア出張だ。都合つくかな?君が今サポートしてるプロジェクトにも支障が出るだろうから、今からチームでどうカバーするかを相談しておいた方がいいと思うんだ。」

これは全くの想定外でした。更にR氏が続けます。

「本社のパットと相談してね、南カリフォルニアの各支社でプロジェクトコントロールを担当してる人材の能力評価を、近いうちに始めることにしたんだ。これには君の協力がぜひとも必要だ。お願い出来るかな?」

電話を切った後、テリーの席へ行って首尾を報告しました。

「ほらね。悪の親玉みたいなイメージをどんどん膨らませて警戒してるより、さっさと電話しちゃった方が早いのよ。」

とニッコリ笑うテリー。

「まったく、前回の件も含めて、自分の思い過ごしが恥ずかしいですよ。アドバイス、本当にどうも有難う。コミュニケーションのレベルって、自分の心構えひとつですごく変わってくるんだなあ、ってあらためて学びましたよ。」

自分の上司もあまり頻繁にコミュニケーションを取りたがらないタイプだ、というテリー。

「だから要求されてるわけでもないのに、あたしの方から勝手にガンガン連絡しちゃうのよ。それで彼からも、段々と情報を提供してくれるようになったの。」

なるほどねえ。彼女の開けっ広げなアプローチが、じわじわと相手の心を溶かすのでしょう。テリーがこう言って微笑みました。

“It’s leading with example.”
「自ら範を示す、というやつよ。」

何度も大きく頷いて自分の席に戻った私。

今後は人間関係でモヤモヤしたら、さっさと受話器を手に取って相手に電話をかけよう、そしてそういう習慣を続けることで、家族や部下たちにも範を示そう。そう心に決めた私でした。


2016年10月1日土曜日

Don’t be cheeky. チーキーになるな。

サンフランシスコ支社で副社長を務めるエリックと、昨日電話で打合せしました。先週受けて来たトレーニングのフォローアップとして、今月再び出張が予定されているのですが、その際に彼とチームを組んで他のメンバー達の前でリハーサルすることが決まったのです。昨日の電話では、ざっくりと担当分けを話し合いました。

彼とは先週5日間ずっと隣同士で受講していたのですが、隙間時間に二人で日本料理屋やJFK博物館へ出かけたりもしました。一般の白人男性に共通する押し出しの強さが全然無く、身だしなみが綺麗で人当たりが良く、気遣いも細やか。食事に誘う時も、「僕はどちらでもいいんだよ。もしも興味があれば、ということで提案しているだけだから。」という雰囲気で微笑むのです。奥さんが日本人なので、その影響もあるのでしょう。寿司カウンターに並んで腰かけて刺身をシェアした時も、箸を逆さに持って自分の分を取ったので、いたく感心しました。

自分の審美眼に適うようなデザイン性の高いケースを探す間iPhoneを裸のまま使っていたら、出張初日に落としてしまい、液晶画面の隅にひびが入ってしまったよと実物を見せて苦笑するエリック。私のiPhoneケースは質実剛健の艶消しブラックで、これまで何十回となく落としていますが、無傷です。自分の決断に軍配を上げて良い場面なのに、なんだかエリックの繊細さの方が人間として上等なような気がして、ちょっと恥ずかしくなりました。

さて、彼との電話を切ってすぐ具体的な準備を開始した私でしたが、一番の悩みは「どこまでふざけるか」です。プロジェクトマネジメントのプロセスを順々に説明して行くだけでは、参加者が絶対飽きてしまう。先週のトレーニングでは、各講師がそれぞれユニークな「ふざけ方」をしていました。共通していたのは、「誰も傷つけずに笑いを獲る」点。エリックも、他の講師たちのミニ・プレゼンを見ながら、

「僕にはあんな才能無いよ。」

と舌を巻いていたのですが、どっこい彼も、「僕の細かすぎるこだわり」という潔癖症的切り口を打ち出して、きっちりウケてました。

トレーニング中、講師心得を伝授しに本社からやってきたジョーが、いくつか注意すべき点を挙げました。ノートに書き取ったのが、以下のポイント。

「聴衆の文化的背景によっては、何気ない動作やセリフが悪意に取られる可能性もある。」
例えば、オーストラリアでピースサインを裏返して手の甲を相手に向けた場合、侮辱と取られる。イスラム圏の人相手に手でオッケーサインを作るのもタブー。ジャンプしてへそを見せた女性の写真をスライドに使うのもご法度、など。

「自分を卑下するな(Don’t discredit yourself)」
僕はこの分野に詳しくないんですが、などという言い訳はするな。知ったかぶりする必要は無いが、進んで自分の株を下げるのも不要。

「ネガティビティは感染する(Negativity is contagious)」
会社の方針などに対する愚痴や悪口は絶対口にしないこと。後ろ向きな態度は受講者に伝わり、あっという間に広がってしまう。

どれも有効なアドバイスですが、こういうルールの数々を全てきちんと守っていくと、プレゼンの自由度が狭まっていくのですね。これまであちこちの支社でゲリラ的にオリジナルのトレーニングを実施して来た私。思い返してみると、結構過激なことを喋って来たし、むしろタブーに挑戦するくらいの心意気でした。受講者の頭にナタを振り下ろすように強烈なメッセージを届けるのが、私のスタイルだったのです。

ノートを見返しているうちに、別のメモが目に留まりました。

“Don’t be cheeky on your comment.”
「コメント書く時はチーキーにならないように。」

PMツール上にコメントを書く際の注意事項として受講者に伝えて下さい、という文脈での講師ジョシュの発言です。ここで書いたことは全て公式文書として残るので、チーキーになっちゃだめだよ、という意味ですが、そもそもチーキー(cheeky)という単語が初耳だったので理解出来ず、後で調べようと思ってメモっておいたのです。英辞郎を調べたところ、「生意気な、厚かましい、ずうずうしい」に続き、「気の利いた、セクシーな」という訳が出ています。ん?これ、合ってるか?誰も生意気で厚かましいコメントなんて書かないよな。続いてMerriam-Websterの英英辞書をチェックしたところ、

“rude and showing a lack of respect often in a way that seems playful or amusing”

とあります。

「無礼で敬意を欠いた様子で、ふざけて楽しんでいる感じの時が多い」

う~ん、もうちょっとで分かりそうな感じ…。キモチワルイので、5時を過ぎて帰り支度を始めていた大ボスのテリーをつかまえて解説を求めました。

「ふざけ過ぎて度を超した事を言ったり書いたりする様子を指すわね。プロらしくないってことよ。」

これで分かりました。調子に乗ってふざけ過ぎるなよ、という意味ですね。

“Don’t be cheeky.”
「悪ノリしないように。」

一番の得意技を封じられました。どうしましょう…。