2016年4月24日日曜日

ハートの強いアメリカ人

先週はカマリヨ支社へ出張しました。大規模プロジェクトのためのプロポーザルチームが集まって、この大物をどうやって仕留めるかの作戦会議。私は、スケジューリングと積算の担当です。参加者は、環境部門の重鎮ポールとブレント、サンタバーバラ支社のティム、カマリヨ支社のレイとカール、オレンジ支社のウィル、そして会議をリードするマイク。日系アメリカ人の奥さんがいる彼とは共通の話題も多く、過去6年くらいずっと仲良くして来ました。

スタートは9時でしたが、ウィルはクライアントから急な電話が入ったということで、隣の会議室に籠ってしまいました。その間に、規則にのっとってマイクがセーフティーモーメント(安全行動喚起のための話)を始めます。

「安全について考える時、肝心なのは何故それが大事なのかを意識することだと思うんだ。自分が日々安全に働くことがどうして重要なのかを、一人ずつ順番に話してくれないか?まずは僕から行くね。」

皆を見渡し、にこやかに語り始めるマイク。

「僕には妻と三人の子供、それに二人の孫がいます。友達は少ないけど家族は多い(笑)。自分の身に何かあったら、彼等の何人かは(笑)きっと悲しむでしょう。だからいつも健康でありたい。あと、以前骨折して暫くギブスをしてたんだけど、あれは本当にイヤな経験だった。僕は常にアクティブでいたいタイプだから、怪我をしないことの大事さを一層強く意識するようになったんだ。」

参加者たちが何度も頷き、照れ笑いも浮かべず大真面目に後を引き取ります。それぞれのスピーチを聞きながら、みんなハートが強いなあ、と感心する私。安全に対する意識向上には賛成だけど、こういうややプライベートな信条を会議の場で臆面も無く披露するのには、ちょっと抵抗があるのです。でも他のおっさんたちが皆きっちりやり遂げてバトンが渡されたので、頑張って喋りました。

「僕はいつも、日本という国を代表しているという意識があります。長寿で知られる国なので、そういう期待を裏切らず、皆のロールモデルになりたいんです。サンディエゴ支社にジャックという日系アメリカ人の社員がいますが、彼は87歳なのに誰よりも溌剌としています。将来ああいう人になるのが目標なので、安全と健康はすごく大事なんです。」

80過ぎまで働きたいってか?という茶々は入ったものの、概ね好意的に受け入れられたようで、ほっとする私。その時さっと扉が開いて、ウィルが入って来ます。どうやらクライアントとの電話が終わったみたい。席に着くや否や、マイクが彼を捕まえます。

「今ちょうどセーフティーモーメントの最中なんだ。一人ずつ、自分にとってどうして安全行動が重要なのかを話してもらってたんだけど、ちょうど全員終わったところだから、君にも話してほしい。例として僕の話をするね。二回も聞かされる皆には悪いけど。」

そしてマイクがさっきの話を、ほぼ一言一句違えず繰り返します。頭頂部が薄く白髪混じりで、ごま塩状の顎鬚を蓄えたウィルが、真剣な眼差しでマイクの話を聞き終えた途端、落ち着いた口調でこう言いました。

「ごめん。もう一回言ってくれる?さっきのクライアントとの電話の内容をずっと考え続けてて、君の話が全然頭に入って来なかった。」

激しくズッコケるオジサンたち。今しっかりマイクの目を見つめてたじゃん!と笑います。するとあろうことか、これに全く動じる様子も見せず、マイクが例の安全話を同じトーンで繰り返したのです。この短時間に三回も同じスピーチをする彼のガッツに、感動すら覚える私。

マイクの話を聞き終えたウィルが、

「ああ、僕にも家族がいます。だから安全は大事です。」

と表情も変えずにさらっと流したので、皆一斉に、え?それで終わり?と再びズッコケます。この時、向かい側に座っていたブレントが、小声で助け舟を出します。

「ほら、一週間後に赤ちゃんが生まれるんだろ?」

するとウィルが思い出したように、

「ああ、赤ん坊がもうすぐ生まれるので、その子のためにも安全は大事です。」

とぶっきらぼうに付け加えました。隣のカールが「初孫?」と尋ねると、

「孫じゃないよ。自分の子供だよ。今の末っ子が15歳だから、年の離れた兄弟になるね。」

と答えるウィル。ええ~っ?と一同のけぞります。なんて元気なじじいなんだ!という驚きと、そんな大事な情報をすっ飛ばしてスピーチ終わろうとしてたの?という意外性が合わさって、ひとしきり野次が飛び交いました。するとウィルが、微かに抗議の色を浮かべ、ぼそりと弁解しました。

“At least I was honest!”
「少なくとも俺、正直だったろ!」

どいつもこいつもハートが強いなあ、と感心しきりの私でした。


2016年4月18日月曜日

What happens here, stays here. ここで起きたことは口外無用。

3月に若い女性社員を雇いました。彼女はベトナム生まれのアメリカ育ち。私の部下三人はこれで全員女性。男所帯で育った私は、女性に囲まれた職場環境を楽しく思う反面、何か思わぬ失態をやらかして一斉にそっぽを向かれたらどうしよう、という不安を常に抱えています。

先日シャノンとラスベガスの話をしていた際、あるエリアでは夜になるとホテル周辺にエスコートと呼ばれる女性が立って競い合うように客引きしてるのよ、と教えてくれました。

え?そうなの?と大げさに驚いてみせる私。

時々経験することですが、女性との会話の流れが下世話な方に向いた場合、ノリで下品なジョークをかます度胸が無いためか、思わず過剰に聖人君子的反応をしてしまいます。それから、さして興味も無いギャンブルの話題に切り替える私。

ラスベガスといえば、一時期テレビで盛んに流していたコマーシャルが非常に印象的でした。

“What happens here, stays here.”

文字通り解釈すれば、

「ここであったことは、この場限り。」

つまり、

「ここで起きたことは、口外無用。」

ですね。どれだけ羽目を外して乱痴気騒ぎしたとしても、この街を出たらそのことは言いっこなしだぜ、とウィンクしながら使いそうなキメ台詞。ラスベガスという享楽の街が醸し出す背徳の匂いを表現するのにこれ以上ピッタリのフレーズは無いなあ、と感心しきり。こういうシンプルで気の利いたセリフを普通の会話でも使えないもんかな、と企んでいたところ、つい先日、思わぬところから飛び出しました。

同僚のディックとリンドンと三人でランチへ出かけた際、女性の多い職場というのは気を遣うよね、という話題になりました。

「最近じゃ、逆差別されてるなあと感じることすらあるよ。」

とディック。

「会議室を見渡して男は自分ひとり、という状況だと、ちょっと気圧されるね。」

と私。

「一番コワいのが、気の緩みから自然に口をついて出る下ネタなんだ。」

ここで私は、以前の職場でベテラン社員のジムが、出産後復帰する女性社員のために設けられた搾乳室にマグカップを持って行く、というジョークを放つのを目撃してヒヤヒヤした、という話題を振りました。

ディックとリンドンが、同時にのけぞります。

「それはヤバいだろ~!」

圧倒的に男性の多い職場だったから事なきを得たけど、今の我々のオフィス環境なら間違いなく一発退場だよね、という見解で一致しました。その時ディックが、ふいにこう言ったのです。

“I wouldn’t need a mug cup.”
「マグカップなんて必要ないっしょ。」

ニヤリとするディックの顔を2秒ほど見つめてからようやく意味を悟り、腹を抱えて暫くの間笑い続ける私。そこで彼が、こう締めくくりました。

“What happens here, stays here.”
「今の会話は口外無用だぜ。」


2016年4月3日日曜日

Circle of Life サークル・オブ・ライフ

先日、生物学チームの同僚エリックがやって来ました。

「ごめん。このことすっかり忘れてた。今時間ある?」

彼が手に持っているのは、小さなガラス瓶。さっそく立ち上がって、二人でラボ室へ向かいます。

大学で昆虫学を専攻していたというエリックと、去年あたりから急速に親しくなった「元昆虫博士」の私。二週間ほど前に自宅で捕まえた虫の鑑定を依頼したのですが、現場仕事に忙殺されて暫くオフィスに姿を見せなかった彼のデスク上、ずっと放置されていたのです。

この虫、一月末に古い一軒家を購入してからというもの次々と湧き出して我々一家を悩ませて来たトラブル(雨漏り、下水管の詰まり、など)の中、最も妻を逆上させた輩です。どこからか大量に現れてバスルームや寝室の壁や床をうろうろと這い回る彼等は、体長が一ミリにも満たないので、単体ではそれほど気になりません。しかしこれが水をかけてもびくともしない上に、やたらすばしこい。潰そうと思って指を近づけると、一瞬で姿を消してしまう。まるで「ワープ」するように、数十センチ先に瞬間移動出来るのです。

「知らないうちに身体中を這い回ってるかもしれないじゃない!」

と、妻を恐怖のどん底に陥れたこの虫。数週間前には害虫駆除の会社を雇って薬を散布してもらったのですが、数こそ減ったものの全滅には至っておりません。担当者は、

「これはSpringtail(トビムシ)ですね。人間には害を及ぼしませんよ。ただ湿ったところが好きなんで、なるべく部屋を乾かして下さい。」

と笑顔でコメントして帰って行きました。

検体を顕微鏡で確認したエリックも、これがSpringtailであることに同意しました。家屋の周辺や床下の湿った土に住んでいて、何かのきっかけで家の中に入り込んでしまったのだろう、とのこと。彼はCollembora(コレンボラ)という学名を使い、解説を続けます。

「その跳躍力は、人間にたとえればエッフェル塔を飛び越えるくらい強力なんだ。」

「人間を刺したり噛んだりはしないから、心配する必要無いよ。」

「コレンボラの存在は、良質な土があることの証明でもあるんだよ。彼等が好きなある種のキノコ(菌類)があってね、このキノコは植物に寄生して糖分を吸い取りつつ、お返しに栄養分を生成して送り込む。一方コレンボラはキノコを食べて土中に糞をするんだけど、この糞が土質を改善する。つまりこの三者の共生関係が、肥沃な土地の成り立ちに重要な役割を果たすんだな。」

「すごいね。こんなちっぽけな存在が大地の恵みに貢献してるなんて!」

顕微鏡を覗き込みながら感嘆する私。

“That’s a circle of life.”
「サークル・オブ・ライフだね。」

とエリック。直訳すれば「生命の環」でしょうか。これ、映画「ライオン・キング」の主題歌タイトルにもなっていますが、何だか分かったような分からないような高尚な言い回し。後で色々な人にこのフレーズの解釈を尋ねて回りました。

「エリックの発言はちょっとズレてると思うな。サークル・オブ・ライフっていうのは、一つの生命の初めから終わりまでという意味だよ。例えば鮭が川の上流で孵化し、成長しながら河口へ向かい、大海で暫く暮らしてから川を遡って産卵して死ぬ。そういうのを指すんだ。」

と、生物学チームの重鎮、ロン。

「賢くて鋭かった父が最近ボケて来て、どんどん子供がえりしてるの。その様子を見ながら、これってサークル・オブ・ライフだなあって思うの。」

と、全く違うアングルの見解を述べる総務のトレイシー。

「俺はエリックの言うことに賛成だな。我々を含めた全ての生命体が、互いに依存しつつ生と死のサイクルを紡ぎあげている自然界全体の営みを指した表現だと俺は思うよ。」

と、ランドスケープ・デザイナーの同僚ディック。人によって解釈の分かれるフレーズなのですね。

帰宅して、早速妻に報告。あのちっぽけなトビムシが、キノコ、そして庭の植物との共存関係を構築しつつ、結果的に土を肥やしていることを説明したところ、間髪入れずこう返しました。

「勝手にやっててよ、外で!」

…そりゃそうだ。