2015年12月29日火曜日

Unsung Hero 名も無きヒーロー

うちの支社では二週に一度の木曜夕方に、社員のプレゼンを聞く会が催されます。業務に直接関連しないテーマでもOK。社内コミュニケーションの促進が目当てで、プレゼンをきっかけに社員同士が話をし始めることが目的とも言えます。これまで数々のプレゼンに出席しましたが、今年一番心を打たれたのは、長期にわたって休職していたエンジニアのジェラルドによるものでした。

あまりにも長い不在に、気ままな一人旅でもしているのかなと思っていたら、海外でのボランティアに励んでいたというジェラルド。この夏フィリピンで低所得者用住宅の建設プロジェクトを終え、帰国しようとマニラ空港の待合室に座っていたら、携帯電話が鳴ったとのこと。

「シエラレオネへ飛んでくれないか?」

唐突な、しかもとんでもなくハイリスクの依頼をためらいも無く引き受け、即座に帰国を取りやめて現地へ飛んだジェラルド。シエラレオネと言えば、当時エボラ・ウィルスが大流行し、政府が非常事態宣言を出していた西アフリカの小国です。彼は、流行の拡大を抑えるための医療施設を設計・施工するボランディア・グループの一員となったのでした。

エボラというのは、汗などの体液を介して感染する、致死率83%といわれる殺人ウィルス。今のところ対症療法しか存在せず、とにかく感染者を隔離することが最優先です。死者が出た場合は素早く埋葬しなければならないそうで、防護服に身を包んだ係官が二人、誰にも告げずに少し離れた共同墓地まで営々と遺体を運び、その後についた別の係官が無言で消毒液を撒いて歩く。感染が確認されたが最後、患者は二度と家族と触れる合うことのないまま命を落とし、ひっそりと埋葬されるケースが大多数だというのです。

「そのことが一番辛かったねえ。」

と何度も繰り返すジェラルド。

彼が最初に取り組んだのが、施設内での患者の動線分析です。診察を受けようとやってきた非感染の患者の多くが、同室の感染者やその体液に接触したために死んでいる。この状況をまず変えなければいけません。

院内に足を踏み入れる人は、まず個室へ通します。壁の反対側から窓を隔て、医者が問診します。次に尿を採取させ、紙コップを小窓から提出させます。ここで陰性と診断された場合、一応潜伏期間が終わるまで別室で待機。この間、他の患者と触れ合わせないように注意します。陽性の患者は別ルートへ。対症療法で何とか持ちこたえさせ、生き延びれば退院させ、亡くなった人は裏口から運び出す。これら複数ケースの患者が互いに一度も接触することなく院内を行き来するためには、緻密な動線計画が必要です。

計画が出来上がったら施設の設計をし、直ちに施工、維持管理へと移ります。これら全てを、世界中から集まったボランディアの人たちがこなすのです。NPOの資金繰りは大変なため、コスト削減は徹底していて、ナースコールの装置などはジェラルドがアメリカの安売りショップから部品を取り寄せ、全て手作りしたそうです。

「命の危険を感じたことはなかったの?」

という質問に対し、彼があっさりと答えます。

「いや、それは無かったな。僕らは全員、入念にトレーニングを受けてから働いたからね。防護服の装着や消毒などの手順を端折らなければ大丈夫だよ。むしろ街を歩く時の方が緊張したね。汗をかいた人でごった返す中を通過する時は、その汗が自分の身体についたらどうしよう、とヒヤヒヤしたよ。」

そしてスライドのページをめくり、

「ボランティアとして外国からやって来た僕らのような人間は、装備やトレーニングが充実しているせいで、不安無く働けたんだ。本当に大変だったのはむしろ、現地で採用された職員だよ。」

と言いました。ひとりの男性職員の写真を指さし、感無量という面持ちで話すジェラルド。

「彼は地元でJanitor(用務員)をやっていたせいで、このプロジェクトに呼びこまれたんだ。ほとんど基礎教育を受けてない彼のような人は、不注意から命を落とす危険性が高い。でも彼は迷わず手を挙げたんだ。彼こそが、Unsung Heroだよ。」

このUnsung Hero とは、Singされる(謳われる、褒め称えられる)ことのないヒーロー。つまり人知れずスゴイことをしている人。直訳すれば、「謳われることのない英雄」ですね。辞書には「縁の下の力持ち」という訳が多く出ていますが、これだと「ヒーロー」のニュアンスが欠けている気がします。私の訳はこれ。

“Unsung Hero”
「名も無きヒーロー」

ジェラルドの帰国から数週間経った頃、シエラレオネのエボラ終息宣言がニュースを賑わせました。

彼が褒め称えた用務員の男性には、自国の人々を救おうという自然な使命感があったことでしょう。縁もゆかりも無い場所に命を賭して飛び込み、多くの人々の命を救ったジェラルドのような人こそが、本当のUnsung Hero ではないでしょうか。


しびれました。

2015年12月27日日曜日

First World Problems 勝ち組のお悩み

14歳の息子が通う高校はCharter School(チャータースクール)といって、公立でありながら教科書を使わず、プロジェクト中心のカリキュラムで教育を受けることが出来る、いわば「自由な私立もどき学園」。受験戦争無しに抽選で入れるのですが、家庭の所得レベルによって不公平が生じないよう、低所得層にやや有利な選抜方法になっています(とてもアメリカ的)。クラスには大金持ちの子もいれば、三食すらままならない子までいます。

先日、学年集会のようなものがあり、その場にいる誰かを指さして「どれだけその人に感謝しているか」を皆に話す、というプログラムがあったそうです。生徒たちの多くは担任の先生を対象に話したようで、特に低所得層の家庭から来ている女の子たちは、先生にどれだけ助けてもらったかを強調したのだと。

「お母さんは忙しすぎて、私のことをほとんど気にかけてくれません。先生はまるで二人目のお母さんみたいに、いえ母親以上に、いつも真剣に私のことをサポートしてくれます。」

中には感極まって泣き出す子もいて、男子生徒たちは半ば白け気味に顔を見合わせていたのだそうです(この年齢の男子らしい)。その中で立ち上がったのは、既に涙目になっていた裕福な家庭の白人女子生徒。

「私はずっと、Self Acceptance (ありのままの自分を受け入れること)が出来ずに苦しんでいました。そんな時、先生は私を優しく見守ってくれて…。」

男子生徒たちは眉を顰めて目配せを交わし、

“Such a first world problem…”

と囁き合ったのだそうです。直訳すれば、

「ファースト・ワールドなお悩みだよな。」

First World Problemをネットで調べると、「裕福な人の贅沢なお悩み」と出ています。ファーストワールドって何だろう?と更に調べを進めたところ、これはそもそも冷戦時代に出現したカテゴリーだったそうです。

First World: アメリカをはじめとした西側諸国
Second World: ソビエトや中国などの共産国
Third World: その他の国々

だからそもそも経済的な強さ別に分けたものではなかったのですが、いつの間にかそこに裕福さの意味合いが加わってしまったみたい。私なりに訳すとすれば、

“First World Problem”
「勝ち組のお悩み」

ですね。

息子にこの言葉の使用例を尋ねたところ、友達の家でケーブル会社を替えたらWi-Fiのスピードが落ちたと不満たらたらだ、という話をしてくれました。なるほど、それは贅沢な不満だね。

2015年12月20日日曜日

Darwin Test ダーウィン・テスト

PMソフト使用テスト最終日、進行役のクリスティーナが、出席者からの自由な質問に答えるセッションを開きました。

「システムがフリーズしちゃって全然前に進めないなあ、とイラついてたら、プロジェクトの開始日を、間違って契約締結日の数日前に設定してたんだ。こういうのって、エラーメッセージが出るべきところじゃないのかな。」

と、アトランタのジム。一旦同意したクリスティーナですが、冗談めかしてこう言いました。

“PMs will have to pass the Darwin Test.”
「PM達は、ダーウィン・テストに合格しなきゃいけないわね。」

え?ダーウィン・テスト?何だそれ?

休憩時間に入るのを待って、クリスティーナに直接質問してみました。

「ああ、それ?愚かな行為(契約締結日前にプロジェクトをスタートするなど)を繰り返してたら生き残れないでしょ。だからダーウィン・テストって言ったのよ。適者生存説のダーウィン、知ってるわよね。」

「いや、それは分かるんだけど、何だかぴんと来ないんだよね。」

「ダーウィン・アワード(Darwin Awards)って知らない?愚かな行為によって子孫を残せなくなった人たちを称える賞。後で調べてみてよ。」

さっそくネットで調査したところ、これはインターネット上で行われているイベント。毎年複数の事件が受賞しており、例えば、

「ハイジャックに失敗し手製のパラシュートを背に飛行機から脱出するも墜落死。」

「アスファルト溶液のタンク内で灯りのためガストーチを使用し、引火して爆死。」

など、ユニークでセンセーショナルな話ばかり。初めはくすくす笑っていたのですが、何だかんだ言っても人が命を落としている話です。徐々に気分が悪くなってきました。

再び休憩中、クリスティーナの席に行って簡単に調査報告をします。

「なんだかさ、あまり楽しく笑えないんだよね。結構悲惨な話が多くてさ。冗談が過ぎるというか、なんか、残酷さの方が面白さに勝ってると思うんだ。例えばエジプトの事件で、井戸に落ちたニワトリを助けようと中に降りた六人が次々に溺死し、その後引き上げられたニワトリは無事だった、なんてね。」

すると、クリスティーナばかりか、これを聞いていた周りの人たちが爆笑。え?ここでそんなに笑う?

笑いの引き金って、人によって様々なんだなあ、と驚く私。ニューヨークから来たダンディは、

「最後にニワトリが助かった、ってところが最高よねえ。」

などと無邪気に笑っています。すると、ちょっと離れた席にいたシカゴ支社のビルが会話に飛び入りします。

「昨日のニュースにこんな記事があったよ。フロリダで空き巣に入った男が逃走中、姿を隠そうと湖に入ったところ、巨大なワニに食べられちゃったんだって。」

一同、再度爆笑。


う~ん、これって西洋的なユーモア・センスなのかな?この環境で、笑いの「ダーウィン・テスト」に合格する自信が私にはありません。

2015年12月12日土曜日

Go down the rabbit hole ウサギの穴に落ちる

木曜日の午後、新PMソフトの使用テストも終盤を迎えました。ロスの会議室で二週間に渡り、しこしこ作業を続けて来た30人ほどの社員の前に、まとめ役のクリスティーナが立ちます。

「これまでみんな、真剣に取り組んでくれて有難う。日々報告してくれてるテスト結果は来週の頭にチームでおさらいする予定なんだけど、何か重大なバグを発見したという人がいたら今ここで発表してくれない?」

この投げかけに、

「どれほど深刻かは判断が難しいんだけど、」

と何人かが控えめに手を挙げます。フロリダから来たスザンヌ、アリゾナのカートなどが落ち着いた口調で自分の発見を報告し、クリスティーナが何度も頷きながらメモ帳にさらさらと書き取って行きます。数秒間発言が途絶えた時、アトランタから来たジムが低く張りのある声で喋り始めました。

彼は今回のPMソフト開発の生みの親で、全社で展開するプロジェクトマネジメント・トレーニングの講師も務める重鎮です。今にも陽気なカントリーソングを歌い出しそうなリズミカルな大声で、

「このパートでは次にこっちへ進むかと思いきや、そうはならないんだよね。PMの立場から見て、このフローはちょっと分かりにくいと思うんだ。だからさ、」

ここでクリスティーナが、まるでジムの頬を平手でぴしゃりと打つようにきっぱり制しました。

“We don’t want to go down the rabbit hole.”
「うさぎの穴に落ちたくないの。」

ジムは首をすくめ、オーケー、分かった分かった、とあっさり降参します。

これまでも度々、似た光景を見て来ました。ジムという人は、一旦何かにひっかかるとこれに食らいついてなかなか放さないところがあり、質問に継ぐ質問で会議の進行を停滞させてしまう傾向があるのです。クリスティーナはあえてこれを厳しくたしなめたのですね。

彼女の毅然とした態度に感心しながらも、私はこの「うさぎの穴に落ちる」という表現が気になり出し、肝心の作業が再開出来なくなりました。さっそくネットで調べてみたのですが、よく分かりません。この日の夕方、クリスティーナに直接尋ねてみました。

「え?私そんなこと言った?」

と笑ってから、

「不思議の国のアリスってディズニー映画観たことあるでしょ。ウサギの穴にアリスが落ちていく場面を憶えてる?そこから摩訶不思議な展開が延々と続くの。それが語源だと思うわ。」

「うん、それは知ってる。楽しい冒険談だよね。でもさ、さっきのジムの発言とうまく繋がらないんだ。別に彼は素っ頓狂な話をしてたわけじゃないでしょ。」

「でもあの発言は、私が求めてたことと大きくずれてたじゃない。ああやって一旦横道に逸れ始めると、そのうち本題に戻れなくなっちゃうことが多いのよ。」

おお、そういうことか、分かったぞ!彼女の発言は、こういう意味ですね。

“We don’t want to go down the rabbit hole.”
「本題から逸れたくないの。」

その晩は、参加者ほぼ全員でTom’s Urban というバーに繰り出しました。シカゴから来たビルにこの話題を振ったところ、自分は昔から「不思議の国のアリス」のファンなんだ、と告白しました。

「実はさ、クリスティーナがあのイディオムを口にした後、今回の参加者がアリスの映画のどの登場人物に当てはまるか考えて楽しんでたんだ。」

ふ~ん、登場人物ってどんなのだっけ?でっかい猫とか帽子のおじさんくらしか思いつかないぞ。

「あたしはどのキャラ?」

と、ニューヨークから来たダンディが、これに食いつきました。ビルは一瞬言い淀んでから、

「君はCaterpillar(いもむし)。」

と笑います。

「ええ!?何ですって?」

「それから、Queen of Heart(ハートの女王)がジョディ。」

あっはっは、と愉快そうに笑うビル。

よく分かんないけど、ディズニー映画って「みなさんご存じの」という感じで使われるレベルの認知度みたい。実は昼間、ジムが席をはずしてる間にカートがYouTubeを開いて、

「次にジムがまたしつこく質問を始めたら、これ流すからな。」

と再生ボタンを押します。スピーカーから「アナと雪の女王」のテーマ「Let It Go」が流れ、一同爆笑。クリスティーナもこれに乗っかり、

「素早くエルサの仮装したりして!」

とふざけます。ディズニー映画の浸透ぶりはやっぱりすごいなあ、とあらためて感心。

ちなみに、「Let It Go」は日本語で「ありのままに」と訳されてますが、ここでカートが言いたかったのは、

“Let it go!”
「そんなにこだわんなよ!」

ですね。


2015年12月3日木曜日

Open Kimono 包み隠さず

先月に引き続き、12月も上旬二週間はロスの本社にべったり出張。全米各地のオフィスから派遣された約30名の社員たちと会議室に缶詰になり、来年全社で使用が開始される新PMソフトの使用テストに明け暮れています。

開発チームの中心メンバーで、ボストン支社から来ているクリスティーナが朝一番、会議室に顔を出しました。そして作業に励む男性陣(ボブとジムと私)を訪ね、開口一番こう言いました。

“You guys look all bright-eyed and bushy-tailed!”
「みんな目がキラキラ、尻尾はフサフサね!」

はあ?なんだ今の挨拶は?

一旦作業を休止してネットで調べたところ、どうやらこれは、リスなどの生き生きとした様子が元になっていて、「精力が漲っている」状態を表しているらしいことが分かりました。クリスティーナの言いたかったのは、こういうことだと思います。

“You guys look all bright-eyed and bushy-tailed!”
「みんな元気はつらつね!」

イディオム・マニアの彼女は、こんな風にさりげなく慣用句を出して来るのです。昨日も会議中、

“This is open kimono!”
「これはオープン・着物なのよ!」

と発言。今回のPMツール開発は、プロジェクト関連情報を社内で広く共有することが目標のひとつである、という文脈での発言だったので、意味は何となく分かりました。着物を脱ぐ、つまり「裸をさらす」、要は「情報を包み隠さない」という意味ですね。「着物」という日本語が英単語として使われていることに(アクセントは「モ」についてますが)、まずビックリ。そしてどう考えてもそこそこエロい表現を、女性がビジネスの現場でさらりと使ったことで、更にビックリしました。
アリゾナから来たカートという男に、

「ねえ、今のイディオム知ってた?」

と尋ねたところ、一度も聞いたことない、との返事。

「性的な含みがありそうなイディオムじゃない?あんな言い方、普通にしていいのかな?」

と聞くと、

「分かんないけど、女性が使う分には問題無いんじゃない?」

と笑うカート。

そこのところをちょっと確認しておきたいな、とランチタイムにクリスティーナを捕まえます。

「誰が使ったって問題ないわよ。だって着物って女性だけが着るものじゃないでしょ。」

「ま、そりゃそうだけど。」

胸の前で両手を素早く交差させた後、着物の前をがばっとはだけるジェスチャーをして、

「何も隠してませんよ、って感じがすごく良く分かる表現じゃない?」

と屈託なく微笑むクリスティーナ。そしてそのまま「全身丸見え」の態勢を保ちつつ、会議や交渉で忌憚のない意見交換を促したい場合に使えるのだ、などと丁寧に解説してくれました。なるほどなるほど、と相槌を打ちつつも、何となく目をそらしてしまう私。

この表現、中年男性が若い女性相手に使うと、思わぬ怪我をしそうです。


2015年12月2日水曜日

Some Will, Some Won’t, So What? 営業マンの心得?

最近、ファイナンシャル・アドバイザーのパトリックという男性と話すチャンスがありました。まだ40代の彼ですが、その気になればいつでも引退出来るそうです。生活のクオリティ維持や子供たちの将来のためにまだ暫く働くつもりだし、何より誰かの役に立っている毎日が楽しい、と笑って話してくれました。

余裕があって羨ましいな、きっと順風満帆にやってきたんだろうな、と思っていたら、学校出てから数年間は鬼のように働いたよ、と言います。大した学歴も無かった彼は、生命保険の外交員からキャリアをスタートしたそうです。当時のスケジュール帳を開いて、夜でも土日でも厭わず営業活動に励んでいた様子を見せてくれました。

「営業で一番キツイのが、人から拒絶される経験が毎日続くことなんだよね。でもそこを乗り越えなきゃ、この仕事は出来ない。ほら、こういう言い回しがあるでしょ。」

そこで彼の口から飛び出したのが、この表現。

“Some will, some won’t, so what?”

SWで始まる単語を畳みかけて韻を踏んでいるこのフレーズ。単純に訳せば、

「そうする人も、しない人も。それがどした?」

ですね。パトリックの話の流れから言えば、

「気に入ってくれる人もいれば、拒絶する人もいる。気に病む必要は無いよ。」

といったところでしょう。目の前のことにベストを尽くして前進を続けろ。ネガティブな反応を真に受けてくよくよするな。そういう教えですね。

これ、営業マンだけでなく、大抵の「挫けそうな状況」に適用出来ると思います。