2014年10月27日月曜日

不気味さの加減

ここ最近、どの支社に行ってもオフィス内がオレンジ色や黒、それにフェイクな蜘蛛の巣で飾り付けられています。理由は簡単、ハロウィンが今度の金曜日に迫っているのです。いつも使っている地下駐車場のあるビルに入った時も、ドアの両側に立てられた等身大のゾンビと骸骨が出迎えてくれました。エレベーター・ホールに入るや否や、背後でおぞましい悲鳴が聞こえます。さすがに虚を突かれてびくっとしました。振り返ると、ビルの管理人が飼っている籠の中のオウムが不気味な声で鳴いています。なんだよ、リアルにびっくりしちゃったぞ。

木曜日の午後、ダウンタウン・サンディエゴ支社の5階で同僚ピーターを探していた際、そこにいたジェシカに、

「ねえ、ピーター見なかった?」

と尋ねます。

「さあ。何故かこの階、ほとんどだあれもいないのよ。ランチタイムってわけでもないのにね。」

と不思議顔のジェシカ。続けて彼女がこうコメントします。

“It’s a kind of eerie.”
「ちょっとイアリーよね。」

ん?イアリー?それ何だっけ?不気味とかそういう意味だよな。これまで何度も耳にしてきたけど、明確な定義を確認したことはありませんでした。6階にある自分のキュービクルに一旦戻りかけてから、思い直して同僚ステヴを訪ねます。

「ねえ、イアリーって言葉あるでしょ。それってどのくらいの不気味さ加減なの?スプーキー(spooky)とかクリーピー(creepy)なんかと較べた場合、どの辺の位置づけなのかな。」

ステヴは暫く考えてから、正方形のポストイットに類義語の序列を書いてくれました。怖さ最上級から順に、

Terrifying (テリファイイング)
Scary(スケアリー)
Creepy(クリーピー)
Spooky(スプーキー)
Eerie(イアリー)
Strange(ストレインジ)

なるほどね。イアリーは思ったほど怖くなさそうだぞ。

「もうちょっとでつかめそうなんだけど、何かいい例はない?」

と追加説明をせがむ私。まわりをキョロキョロ見回した後、彼は自分のキュービクルのパーテーションに留められた写真を指さします。

「例えばさ、ここに朽ち果てた古い教会の写真があるでしょ。昼間にここへやって来た人がまず思うのが、Strangeだね。で、建物の入り口で中を覗き込むと、昼間なのに薄暗くてがらんとしてる。ここでEerie って感じるね。で、夕暮れが近づいて来て、俄然気味悪さが増して来る。中は真っ暗。そこでSpookyになる。夜になって、中から誰かが話しているような声が聞こえてくる。これはCreepyだね。で意を決して足を踏み入れると、部屋の奥の方で何かが蠢いている。ここでScary となる。そこへ、二つの目のような光が瞬き、何者かが猛然とこちらへ襲い掛かって来る。これがTerrifyingだ。」

おお、ようやくつかめたぞ。意訳すると、こんな感じでしょうか。

Terrifying 恐ろしい
Scary おっかない
Creepy おぞましい
Spooky 気色悪い
Eerie 薄気味悪い
Strange 異様な

さて、昨日の朝ベッドを出て鏡を見たら、なんと私の右眼の白目部分に真っ赤な出血。どうしてそんなことになったのか、見当が付きません。痛くも痒くもないし、視力の変化も感じられない。ネットで調べてみたところ、「心配する必要は無い。数日間で消えるでしょう。」との見解が多数だったので、ひと安心。

こうなると、俄然気持ちに余裕が出ます。さぞかし職場の皆がびっくりするだろうな、とほくそ笑み、どうしたのかと聞かれた時のために「ハロウィンの仮装だよ」というボケまで用意して出勤しました。ところが何故か、会う人会う人、完璧なノー・リアクション。誰も全く私の目のことに触れません。気づいた素振りすら見られない。あれ?いつの間にか治っちゃったかな?と、トイレに行く度に鏡で確認しましたが、やっぱり赤い。え?なんで?皆どうして知らん顔なの?僕以外には誰にも見えないの?どういうこと?


なんだかちょっと、薄気味悪くなりました。

2014年10月25日土曜日

Eclipse 日食

木曜日は久しぶりにダウンタウン・サンディエゴ支社へ行きました。出社して自分のキュービクルに向かう途中、若い同僚フェリースの背後を通り過ぎようとして、ふと立ち止まります。

「噂を聞いたよ。サンフランシスコに引っ越すんだって?」

そう話しかける私に対し、椅子ごと身体を回転させ、そうなのよ、と悲しそうな笑顔を見せるフェリース。過去8年くらい同居している彼氏がこのほど博士課程を修了し、就職先がサンフランシスコで見つかったのだそうです。それじゃあ一緒に引っ越さなきゃ、と急遽転居を決めたのだと。

「でも君はサンフランシスコ支社に転属出来るんでしょ?良かったじゃない。」

「実はずっと以前から、ラブコールが寄せられてたの。あの支社には私と同じ職種の社員が集中しているのよ。だから向こうでは、今回の決定をすごく喜んでくれてるの。」

エコノミストのフェリースは、経済効果予測を専門にしています。インフラや商業施設の建設が地域にどのような経済効果をもたらすかを調査・分析するのです。スペイン語も堪能な彼女は南米での仕事も多く、頻繁に出張しています。

彼氏のアンドリューも経済専門で、会社のパーティーで何度か会った際、「酒屋の出店規制を緩めると地域にどんな影響が出るか」みたいな話題で盛り上がりました。妻も私もこのカップルをいたく気に入って、一度我が家に招いて食事をしようよと話していたのですが、こっちがぐずぐずしている間にサンディエゴを離れることが決まってしまったのです。

過去数年、会社の体質が「利益第一主義」に変貌していく中、櫛の歯が欠けるように次々と社員が消えて行きました。かつて12人くらいがわさわさ働いていた私の就業エリアにも、今ではステヴ、ジェシカ、レイチェル、ジェイミー、それにフェリースしか残っていません。今回の異動は、フェリースにとってハッピーな出来事。皆でおめでとうを言ったものの、ただでさえ少ない仲間がひとり欠けることで、淋しい思いは隠せません。

その日の午後、そのフェリースが私のキュービクルにやって来ました。

「今日はEclipse(エクリプス、日食)があるのよ。見に行かない?」

「え?そうなの?知らなかったよ。行こう行こう。」

「ピークは30分後よ。皆にも声かけたから。」

彼女はその辺にあった使用済みコピー用紙に大小の丸い穴を開け、同僚たちに手渡します。

「お日様を直接見られないから、この穴を通した光が地面を照らしたものを見るのよ。」

この日出社していたステヴ、ジェイミー、それにレイチェルと一緒に五人でオフィスを出て、近所の交差点の歩道に集まりました。行き過ぎる車の運転手たちが何事かと凝視する中、太陽を背に穴あきコピー用紙を持って静かに立つ五人。ちょっとした路上パフォーマンスみたいになりました。

「ちょうど今がピークよ。見える?」

とフェリース。

「あ、これかしら?見えたんじゃない?」

とレイチェル。彼女の作った影の中の丸い光の片隅に、まるで指をちょっぴり突き出したような恰好の陰が見えました。

「僕のはよく分からないなあ。」

と私。

「シンスケのは穴が大きすぎるんだよ。」

とステヴ。他のメンバーの作品も成果が今一つ。皆でレイチェルの部分日食を一緒に観察しました。

それから10分ほどして影は消え、口々に楽しかったねと言いながら5人ぞろぞろと会社に戻りました。

「私、日食の観察、生まれて初めてよ。」

とレイチェル。私も、僕も、と皆で同意します。すると、ニッコリ笑ったフェリースがこう言いました。

“Now you have something to remember me about.”
「私のことを思い出すきっかけが出来たわね。」

一週間後には、彼女のいた席が空っぽになります。

楽しくも切ない午後でした。

2014年10月18日土曜日

ゾンビ映画のメッセージ

先月、息子が土曜日に通う日本語補習校で、保護者を対象に「大学進学セミナー」を開きました。テーマは「アメリカでの大学進学のための賢い教育資金の貯め方」です。数年前からサイドビジネスとしてファイナンシャルプランナーをしているせいで、こういう機会にお呼びがかかるようになったのです。

準備の段階で色々下調べをしていた時、アメリカの平均世帯収入が2007年頃から減少を続けていることを再確認し、溜息が出ました。大学の教育費用は年間5%程度の増加を続けて来たのに、です。そんな状況でどうやったら学費を捻出出来るのか、というのは非常に悩ましいテーマなのですね。

さてつい先日、友人宅で開かれたバーベキュー・パーティーに招かれました。到着してすぐ、裏庭のグリルで火をおこしていたご主人のステフェンさんを訪ね、挨拶もそこそこに質問をぶつけます。

「最近何か面白い映画観た?」

彼は私よりいくつも年下ですが、経済からサイエンスに至るまで様々な分野の知識が豊富で、日々勉強を怠らないタイプ。この人と話すと、自分がいかに浅学であるかを思い知らされると同時に、知的刺激を頂けるのです。

彼は暫く考えてから、 “Inequality for All” という作品を挙げました。

「ちょっと待って。その映画、ちょうどさっき夫婦でDVDを観て来たところだよ!」

と、偶然の一致に興奮する私。これは図書館から借りて来たドキュメンタリー映画で、アメリカ社会における富の不均衡がどのように拡大を続けて来たか、がテーマ。中産階級の時間当たりの報酬は下がり続け、それを補う形で労働時間が増大。マネーゲームの勝者たちはロビー活動を通じて政治家に圧力をかけ、累進課税の上限を抑え続ける。ミット・ロムニーのような資産家の実質税率が15%に満たない一方で、ミドルクラスは30%もむしりとられて行く。富める者はますます富み、貧しき者はさらに窮乏して行く

アメリカ人は、「独立心」や「実力主義」が大好きです。私も、「努力した者が成功する」コンセプト自体には大いに賛同します。でも、一歩間違えば勝ち組が権利を濫用して悲惨な格差社会を築いてしまう。これは深刻な問題です。

そんなキャピタリズムの危うさや脆さに気づかされ、時にハラワタが煮えくり返る思いをさせてくれる傑作ですが、ラストは意外にも感動的で、妻も私も目を潤ませて鑑賞し終えたのでした。

「メッセージ性の強い映画だったねえ。」

二人で火をおこしながら、暫し語り合うステフェンさんと私。最近iTunes で購入した “Burning Bush“という、1968年にチェコスロバキアでおきた民主化運動弾圧事件を扱った映画の話を紹介し、作品にこめられたメッセージを議論します。東ドイツ出身のステフェンさんにとって、社会主義の暗い側面は他人事じゃなく、少年時代に実体験して来たキツい現実だったのですね。

その後間もなくして別の招待客がどやどやと現れたので、難しい話はここで打ち切りとなりました。

先に食事を済ませた子供たちを二階に追いやり、大人9人でテラスの食卓を囲みます。バリバリのアメリカ人で、過去何年も救急隊員の仕事をしているデイヴィッドが私の横に座りました。映画の話題が巡ってきたところ、彼が迷いもなくこう発言しました。

「俺はゾンビ映画が一番好きだね。中でも、最近封切られたゾンビ・ランドってのが最高だよ。」

う~ん、ゾンビ映画か。いかにもアメリカ的な趣味だよなあ。確かに面白いんだけど、私はあの手の映画を観るたびに、なんて無駄な時間を過ごしてしまったんだろう、と悔やむことが多いので、もう何年も手を出していません。デイヴィッドがどうしてその分野を推すのかに興味を惹かれ、質問してみました。

「あのさ、ゾンビ映画のメッセージって何?」

すると彼は、気でも狂ったか?という目で私の顔を見つめ、吐き捨てるように言いました。

「ゾンビ映画にメッセージなんか無いだろ!」

目が覚める思いでした。

そうか!そもそも、映画にメッセージを求めなきゃいけない理由なんか無いんだよな。そんなもの無くても、人は純粋に映画を楽しめるんだ。僕は何をそんなにこだわってたんだろう?

「ちょっと待てよ。」

と、デイヴィッドが急に真顔で上を向きます。

「あるかもしれないな、メッセージ。」

ちょっと考えてから、彼がこう付け足しました。

「メッセージは、ジムに通って身体を鍛えろ、だな。」

え?何を言い出すの?と彼の方へ向き直る私。デイヴィッドは、話をこう締めくくったのでした。

“So that you can outrun them.”
「奴等が追いつけないくらい速く走れるようにな。」

なるほど。やっぱりアメリカ人は、実力主義が好きなのね。


2014年10月13日月曜日

Rub someone the wrong way 神経を逆なでする

元大ボスのジョエルから依頼があり、先週急遽コロラドの二支社(フォートコリンズとデンバー)へ出張しました。今回の任務は、大抵のプロジェクトマネジャーが苦手とするレベニュー(歳入額)算定方法にフォーカスしたトレーニング。デンバー支社ではランチタイムの教室形式トレーニングに加え、PM13名に対する個人レッスンを各30分間提供しました。

三年前に突然会社が会計規則を変えて以来、プロジェクトの財務管理は経験豊富なPM達にとってさえ頭痛の種です。上がってきた数字を見て判断するだけのオペレーションマネジャー達は、PM達がどうしてそんなに苦しんでいるのか理解出来ない。そんなすれ違いが日々の不協和音を煽り、組織がギクシャクしています。

「今回は管理職の面々もトレーニングしてくれ。彼らの理解度を高めないことには組織全体の力が上がらないからな。」

とジョエル。

トレーニングを終えてみて分かったことですが、問題の根っこにはツールのデザイン不備に加え、財務部長C氏の存在があるようです。二人の社員から、全く同じ表現の悪口を聞かされました。

“He rubs me the wrong way.”

直訳すると、「奴は間違った方向に俺をこするんだ。」です。この男、人の話を聞かない、常に自分が正しい、俺の言う通りにすれば世の中の問題は全て解決するはずだ、という極端な唯我独尊タイプらしい。う~ん、それはイラつくだろうなあ。

サンディエゴに戻ってから、同僚ステヴに解説をお願いしました。

「イラつく、なんていうレベルの話じゃないよ。かと言って、I hate him (大嫌いだ)とまではいかないんじゃないかな。でもかなり近いね。」

技術屋集団の我が社では、財務系の社員は敵視されがちです。プロジェクトの内容を理解する意思も頭も無いくせに、数字だけ見て偉そうにやいのやいの言いやがって、と。私は今回の出張中、意識して「私自身も技術畑のPMであり、ご苦労はよく理解していますよ。」という姿勢を堅持しました。財務管理のトレーニングをすると、初対面の社員から「このbean counter(経理屋)が!」という敵意ムキ出しの目で見られることが多いのです。一旦そうなると、なかなか素直に話を聞いてもらえなくなるのですね。

さて、 “Rub someone the wrong way” ですが、どうやらこれは、「猫の毛を逆なでする」ところから来ているようです。猫が気に入らない撫で方をされて不機嫌になるというところから、「人の神経を逆なでする」という意味になったみたい。


しかし、です。やっぱりこのイディオムも、私にはしっくり来ないのですね。猫を飼ったことこそありませんが、子供の頃から何十匹もの猫を撫でて来ました。これまで一度たりとも彼らを不機嫌にさせた記憶は無いし、それどころか大抵の猫は、ゴロゴロ喉を鳴らして快感を露わにしてました。一体どんな撫で方をしたら猫が怒るっていうんでしょうか?それとも私には特別な才能が備わっていて、どんな猫も私にかかればイチコロ、快楽の谷底へ落ちて行く、とでもいうのかな。

そうならちょっと嬉しいけど。

2014年10月2日木曜日

Brother from another mother ブラザー・フロム・アナザー・マザー

月曜日。オレンジ支社に出張した際、元ボスのリックが私の服装に気が付いて、笑いながらこう言いました。

“You didn’t tell me that you’re going to wear it!”
「それ着て来るって言ってくれなかったじゃないか!」

え?何の話をしてるんだ?怪訝に思って自分の上着をよくよく見つめたら、3秒ほどで謎が解けました。これは数か月前、偶然にも二人全く同じ格好をしていることに気が付いた日に着ていた上着だったのです。同僚たちに指摘され、大笑いの二人。肩を組んで記念撮影をしたのでした。

「あの時は笑ったねえ。まるでBrother from another mother みたいだったもんね。」

「え?何ですって?」

ブラザー・フロム・アナザー・マザー、つまり他のお母さんから産まれた兄弟、「異母兄弟」ですね。一瞬分かった気になったけど、それ、一体どういう意味だ?分かったような、分からんような…。

水曜日にダウンタウン・サンディエゴ支社へ行った際、同僚ステヴに意味を尋ねてみました。

「アザーを三つ繋げて韻を踏んでいるところは面白いんだけど、そもそも異母兄弟っていうコンセプトがよく分からないんだよね。どの程度の仲良し具合なわけ?例えば、Buddy(相棒)とかBest Friend(親友)とかと比べてさ。」

「そうだなあ。Buddy よりBest Friendが上だね。で、その更に上に来るのがBrother from another mother だな。」

「あ、そうなの?そんなに上?」

日本語に直すと、「無二の親友」って感じでしょうか。韻を踏んだ和訳にはならないけど。

「ちょっと調べたら、このフレーズの女性バージョンもあるんだね。」

「ああ、Sister from another misterね。」

シスター・フロム・アナザー・ミスター。男性版と同じ調子で韻を踏みたいばっかりに、無理やり「ミスター」を引っ張り込んだのでしょう。Sister Father だと、「er」だけの韻になってしまうので、ここはどうしても「スター」で終わりたかったのだと思います。

「別のミスターから授かったシスター、か…。これってさ、どことなく意味ありげじゃない?母が父親じゃない男性と…。なんてさ。」

と、私。そもそもミスターって単語自体が、意味深じゃない?

「そんなことないと思うよ。単なる言葉遊びでしょ。」

私の顔をじっと見つめ、きっぱりと否定するステヴ。


考え過ぎでした。