2012年2月29日水曜日

Boondoggling お遊び出張

先週、フロリダの現場事務所で仕事していた際、プロジェクトマネジャーのルーが、
「シンスケ、来週も出来たらこっちへ来られないかな?」
と言うので、二週連続はさすがに無理で、再来週なら都合がつく、と答えました。
「う~ん、それは弱った。来週中にある程度成果を出したいんだよ。なんとかならない?」
と、悩んでいます。その時、コンストラクションマネジャーのマイクが、
「なら俺がサンディエゴに飛ぶよ。」
と志願します。
「え?いいの?」
「だってこれは二人でやらないと出来ない仕事だろ。シンスケがいるところに俺が行けば済む話じゃないか。」

そんな訳で、今度はマイクが出張することになりました。現場管理の方は遠隔操作で何とかなるさ、とのこと。フットワークが軽いなあ、と感心しました。

この後、サウスカロライナからお偉方がどやどや現れて長い会議をしたのですが、大ボスのスティーブが、
「それで、スケジュールの仕上がりはどうなんだ?」
と尋ねたので、翌週はマイクと私がサンディエゴで作業を続ける旨を告げると、彼はニヤリと笑ってマイクの顔を覗き込み、こう言いました。

“I know you’re gonna boondoggle there.”
「Boondoggle するつもりだろ。」

このBoondoggle (ブーンダグル)という言葉、たまに会話に登場します。一般には「無駄な公共投資」とか「無意味なプロジェクト」という意味で使われるようですが、そもそもはカウボーイが暇な時に作る皮細工の名前が語源らしく、一生懸命働いてるようだけどその中身にはあまり意味が無い、という話ですね。今回の場合、

“I know you’re gonna boondoggle there.”
「お遊び出張しようと思ってるだろ。」

というからかいの意味で使われたのだと思います。南カリフォルニアというのは一年中温暖な土地で、同じく温暖なフロリダから見ても「お遊び」的なイメージが強いんだなあ、と学んだ次第。

しかしその温暖なはずのサンディエゴ、週末からぐっと冷え込み、日曜の晩には雹(ひょう)まで降るという狂った天候。昨日の朝、オフィスの駐車場に登場したマイクは、レンタカーから濡れた路面に降り立つと、開口一番、

“What’s going on?”
「どーゆーことだ?」

と笑いながら怒りをぶつけます。

“What’s happened to Sunny California?”
「お日様いっぱいのカリフォルニアじゃなかったのか?」

やっぱりちょっと、Boondoggling(お遊び出張)のつもりだったみたい…。

2012年2月25日土曜日

Edumacation エジュマケーション

今週は、日曜からフロリダ出張でした。一昨日の晩サンディエゴに戻ったところ。事の始まりは、一本の電話でした。サウスカロライナ支社のマイクの名前が携帯画面に表示されたので、きっと掛け間違えだろうだな、と思いながら電話に出ました。彼とは6年前、ロードアイランドのプロジェクトの助っ人として一緒に三日間だけ現場に張り付き、仕事した仲。それっきり一度も連絡を取ったことはなかったのです。彼の携帯に私の番号が入っていたこと自体、驚きでした。

「フロリダのサラソータにいるんだ。うちのプラント建設プロジェクトのスケジュールがひどいことになってて、大幅な修正が必要なんだが、助けてくれないか?」
「え?なんで僕に?」
「知ってる中で、頼れるスケジューラーは君だけなんだよ。」

月曜の午後一時、もらった住所を手がかりにサラソータ空港近くの現場を訪ねます。二階建てくらいのオフィスビルを想像していたのですが、到着してみると、ちっぽけなコンテナハウス(Trailer House)でした。ドアを開けると、肩を怒らせたむさ苦しい白人のおっさんだらけ。半袖ポロシャツにジーンズ姿で、ヘルメットを被ったり脱いだりして慌しく出入りを繰り返しています。ストライプのビジネスシャツと綿パンの私は、思いっきり場違い。

強烈な南部なまりのあるグレッグというおじさんと自己紹介しあっていたら、マイクが現れました。6年ぶりの再会は大した感動も伴わず、握手とともに仕事開始です。

このプラント建設は、社内でも有数の大規模プロジェクトで、年内終了の予定です。これまでは契約書の仕様通り、マイクロソフト・プロジェクトというソフトを使ってスケジュールを管理して来ました。しかし、このソフトはそもそもこれほどの規模のプロジェクトを扱うのには不向きだし、プロのスケジューラーでなくてもそこそこ使えてしまうので、ミスが出るのは必至。クリティカル・パスの特定が出来ずに四苦八苦していたわけです。そこへ助っ人の私を投入し、重戦車ソフト「プリマベーラ」で完璧なスケジュールを仕上げる、というのが今回の趣旨。

少し遅れてプロジェクトマネジャーのルーが登場し、コンテナハウス内のあちこちでミニ会議が始まりました。時々マイクもその輪に入り、進行中の課題について話し合っています。ここで気付いたのですが、彼らの口から飛び出すセリフには、まず間違いなく、ガッデム(God damn)とかシット(shit)の他、いわゆるFour-letter-words (フォーレターワーズ)が含まれているのです。

“I need f**kin’ everything!”
「俺はファッキン全部必要なんだよ!」
“I can't f**kin’ guarantee it.”
「ファッキン保証なんかできねーな。」
“I need the f**kin’ structural steel plan.”
「ファッキン鉄骨構造設計図が必要なんだ。」
“He sent me f**kin’ 50 sheets of plans.”
「奴はファッキン50枚も設計図を送ってきやがったんだ。」

卑猥な言葉を全ての会話に満遍なく散りばめる様は、まさに芸術的。オフィス内はこれで申し分なく、「工事現場の野郎ども」的な荒々しい雰囲気に満たされるわけ。マイクもルーも、電話で話した時にはとっても紳士的だったんです。工事事務所に足を踏み入れた途端、スイッチが入るのかもしれません。実際、現場で働く男たちの多くは教育レベルが低く、彼らの信頼を得るためには「お偉いさん」っぽい態度をすっぱり捨てないといけません。話し方のレベルを合わせることで、「俺たちは皆仲間なんだぜ」みたいな一体感を生み出せるのでしょう。

コンピュータに向かいながら聞き耳をたてていた私は、段々笑いがこみ上げて来ました。その言葉が使われる度に、あ、また出た!とピクピク反応しちゃうんです。その時、ドアがバタンと開き、巨漢の白髪老人が現れました。地元で雇われたベテラン工事監督です。私の前を大股で通り過ぎ、喧しく議論を交わしている男たちのそばに仁王立ちしてひとしきり聞き入った後、大声でこう言ったのです。

“Hey guys, watch your f**kin’ language!”
「おい、あんたらのファッキン言葉遣いはひでーぞ!」

私はここで、とうとう堪え切れなくなって吹き出してしまいました。

翌日6人でランチに繰り出した際、この老人が私の横に座りました。
「ここの地元の産業って何ですか?」
と尋ねると、
「気候が良いんで、引退した人たちが大勢住んでるんだ。だからその人たち向けの薬屋とか健康関係の店が多いね。それに葬儀屋もかなりの数があるな。毎日じゃんじゃん人が死ぬから。」
と笑いました。
「学校は?」
私は、地元の有名大学の名前でも聞き出せるかな、と思って聞いたのですが、ここで老人はすかさず揚げ足を取ります。

“Yeah. We have schools. We can read and write. We have no trouble counting up to ten.”
「ああ、学校はあるよ。おいらたちにも読み書きは出来るんだ。数だって十までなら楽に数えられるよ。」

皆で大笑いしたのですが、ここで老人が悪戯っぽい笑顔で付け加えます。

“We have edumacation.”
「おいらたちゃエジュマケーションを受けてんだ。」

なんだそれ?えじゅまけーしょん?エジュケーションじゃないの?

サンディエゴに戻ってから調べてみると、これは「得体の知れない学校で受けるお粗末な教育」のことだというのが分かりました。じいさんのジョークだったのですね。

来週日曜には再びフロリダ行きです。今度の出張では、ファッキン労働者用語をマスターしようと思います。

2012年2月18日土曜日

Accountable アカウンタブルって何?

昨日の朝、カマリヨの支社長トムからメールが入りました。午後の電話会議に出席してくれないか、とのこと。中身をよく見ずに「参加(Accept)」ボタンを押したのですが、会議が始まってみると、これがサリーのプロジェクトのレビューだったのです。大きな損失を申告したのはサリーだけど、損失を発見して額を弾き出したのは私。きっと、どうやって計算したのか解説させられるんだろうな、と心の準備をしていました。ところが蓋を開けてみると、これは南カリフォルニア地域のドン、ジョエルによる「お裁きの場」だったのです。サリーの上司マイク、そして支社長のトムが、かわるがわる「どうしてこんなことになったのか」を話し始めます(何故か当のサリーは欠席)。

トムが、
「先週シンスケに来てもらって彼の分析を受けるまで、誰も損失に気付かなかったんです。我々は何十ものプロジェクトを抱えていて、個々に詳細な分析をする余裕が無いんですよ。」
と、苦しい弁明。
「プロジェクト・マネジメントのプログラムがあまりにも分かりにくい、ということも、発見出来なかった原因のひとつかもしれません。」
とマイク。この一言が、ジョエルの逆鱗に触れました。

「今頃になって何をとぼけたこと言ってるんだ?このプログラムが導入されてからもう二年も経ってるんだぞ。そんなのが言い訳になるか!ソフトウェアの使い方が分からなくて赤字が出ました、とこれから毎月泣き言を言い続ける気か?」
電話の向こうで、二人とも押し黙ります。やや間を置いて、ジョエルが声を和らげます。まるで取り調べ室で容疑者を落としにかかるベテラン刑事のように。

「まあ俺だって、このプログラムを使いこなせてる訳じゃない。俺がトムの立場にいたら、同じ失敗をやらかしたかもしれない。しかしな、今一番大事なのは…。」

“Mike is responsible for holding Sally accountable. Tom is responsible for holding Mike accountable. I am responsible for holding Tom accountable.”
「マイクはサリーをアカウンタブルにしておく責任がある。トムはマイクをアカウンタブルにしておく責任がある。俺はトムをアカウンタブルにしておく責任がある。」

似たフレーズを三回繰り返すあたり、まるで政治家の演説を聴いてるみたい。

Responsible もAccountable も、通常「責任を持つ」と訳されます。でも、「マイクはサリーに責任を持たせる責任がある」じゃ、何のことやら分かりません。違いは何でしょう?Responsibility(リスポンシビリティ)はその人の役割(例えば親とか上司)に付随する責任ですが、アカウンタブルやアカウンタビリティって一体なに?

日本でAccountability (アカウンタビリティ)の概念を導入した際、どこかの役人が「説明責任」という不可解な訳をつけたばっかりに、今日に至るまで「つかみどころの無い英単語」の地位を守り続けているような気がします。実はこれ、アメリカ人に質問してもなかなか満足の行く回答が得られない難問なのです。これまで実際、十人以上の同僚をこの質問で黙らせて来ました。

ジョエルの演説で分かるように、アカウンタブルというのは、仕事の「結果についての責めを負う」ということですね。サリーはプロジェクト・マネジャーなんだから、自分のプロジェクトの経営悪化や成果品のミスについては、彼女自身がきっちり責めを負わないといけない(これがアカウンタブル)。その上司であるマイクは、サリーがアカウンタブルであるよう指導・監督しなければならない(こっちはリスポンシブル)。渡辺千賀という人のブログでは、アカウンタブルを「落とし前をつける」責任と解釈していて、これはウマいな、と思いました。

ジョエルのセリフはこう和訳できると思うのですが、どうでしょう?

“Mike is responsible for holding Sally accountable.”
「マイクは、結果についての責めを負う自覚を持ち続けるようサリーを指導する責任がある。」

最後にジョエルが、ずっと傍聴人を続けていた私にこう言いました。
「シンスケ、この支社はまだまだ助けが必要だ。これから重点的にサポートしてくれ。」

緊張感がじわっと高まります。私は自分の出す財務分析の結果について、「アカウンタブル」なわけですから。

2012年2月17日金曜日

Shit hits the fan しっちゃかめっちゃか

先週木曜にカマリヨ支社へ出張した時、PMをひとりずつ会議室に呼び、彼らのプロジェクトの財務分析結果を見せながら対策を話し合いました。ベテランPMのサリーの順番が来て、一緒にいたジェシカが緊張を見せます。私の計算によると、サリーのプロジェクトにはかなりの額の損失が見込まれるのです。しかもそれは、これからいくら頑張ったところでとても取り返せるようなレベルの額ではない。もしもこの数字を使って月次レポートを提出したら、その途端にマネジメント層が激しく反応するであろうことが予想されました。

彼女は私の話に深く頷いていましたが、
「分かったわ。どうも有難う。ジェシカ、この数字でレポートを修正してくれない?今晩提出するから。」
と言って席を立ちました。サリーが事の重大さをどれほど深く理解しているのか、その表情からはつかめませんでした。

月曜の朝、カマリヨの経理担当ウェンディからメールが入ります。
「サリーのプロジェクトの分析結果だけど、詳しく説明してくれない?」
少し置いて、支社長のトムからもメールが入ります。
「シンスケ、このメールを見てくれ。至急、対策を相談したいんだ。」
スクロールして行くと、アメリカ西部の大ボスであるチャックを含めたお偉方の間を往復する、「ど~ゆ~ことや?きっちり説明せえ!」という緊迫したやり取りが綴られています。もう、蜂の巣をつついたような大騒ぎ。

ほらね、だから言ったじゃん。

昼前、ジェシカから電話が入りました。すぐに気付くほど、声に張りが無い。どうしたの?と聞くと、
「う~ん、なんて言ったらいいか…。」
と少し言いよどんだ後、

“Shit hit the fan.”
「糞が扇風機に当たったの。」

と早口で吐き捨てました。一瞬聞き流しそうになったけど、慌てて尋ねます。
「え?今なんて言ったの?」

ジェシカが力なく笑いながら、解説してくれました。
「聞いた通りよ。糞が扇風機に当たったらどうなる?」
「そりゃ飛び散るよね。」
「部屋中にね。」
「ひどいね。」
「そう、ひどいのよ。」

つまり、サリーのプロジェクトの損失(糞)が関係者全員に降りかかって大騒ぎになっている、という意味ですね。日本語にも同じようなイディオムがあるんじゃないの?と言われたけど、こんな悲惨な表現は思いつきません。「しっちゃかめっちゃか」くらいかな?

昨日の晩帰宅して、妻にこの話をしたところ、
「いやだ、私ドキドキして来た。」
とおかしな反応を見せます。
「ほんとに計算間違いしてない?分析結果にミスがあって、それが原因で偉い人たちが大騒ぎになってたら大変じゃない。」

ほんと、家では信用ないなあ…。

でもちょっとドキドキしてきた。

2012年2月12日日曜日

Nuggets いい情報

木曜日、大規模プロジェクトの立ち上げを支援するため、二週続けてCamarillo(カマリヨと発音するらしい)支社に出張しました。プロジェクト・マネジャーのカール、その上司のマイク、スタッフのケリーとジェシカとでミーティングの連続です。午後4時半には電話会議にも参加し、オンタリオ支社のジムを交えて議論しました。会議中、ジムが誰かの名前を挙げてこんなことを言いました。

“Why don’t you ask him?”
「彼に聞いてみたらどうかな?」

どうやら、あまりの情報不足で袋小路にはまったような状況らしく、マイクもカールもお手上げ、という文脈での発言でした。私の注意を引いたのは、次の一言。

“He may have some nuggets.”
「ひょっとしたら、彼がナゲット持ってるかもよ。」

ナゲット?

毎度のことですが、ここで一瞬、思考がストップします。一体何の話をしてるんだ?ナゲットってあの、マクドナルドで食べるチキンナゲット?

会議終了後、マイクを廊下でつかまえて質問します。
「ああ、それは俗語だよ。」
と微笑むマイク。
「ほら、Golden nuggets と言えば、金塊の粒でしょ。そこから来てると思うんだけど、何かいい情報のことをそう表現するんだ。」

ふ~ん。そうするとジムのセリフは、こういう意味になりますね。

“He may have some nuggets.”
「ひょっとしたら、彼が何かいい情報を持ってるかもよ。」

一旦納得した後、念のため英辞郎をチェック。

一番目の訳は、「小さな塊、天然の金塊」
二番目が、「貴重なもの、価値あるもの」

この二番目の訳ですが、今回のジムのセリフを説明するにはちょっと遠い気がします。情報という意味合いは全く読み取れないので。不安になったので、翌日ダウンタウン・サンディエゴ支社へ行った際、総務のトレイシーにセカンド・オピニオンを求めました。すると彼女も、マイクと全く同じ説明を返して来ました。

「やっぱり貴重な情報、という意味で使っていいんだね。」
「俗語だから、辞書には載ってないんじゃない?」
とトレイシー。

「ところでさ、その辞書にはこんな訳も出てたんだよ。」
英辞郎の三番目の訳がこれ。

睾丸、きんたま(複数形で)

トレイシーは驚いた顔で、
「ええっ?そうなの?初めて聞いたわ。」
そして、こう付け足しました。
「じゃ、そのナゲット持ってるっていう人にはこう言わなきゃね。結構です。ちゃんとしまっといて下さいって。」

2012年2月6日月曜日

Ashes to ashes 人は大地より出で大地へ還る

金曜の昼過ぎのこと。オフィスのパーキングに車を停めてビルの入り口に向かっていたら、白いワゴン車がのろのろと進入して来ました。白人のおばあさんが二人乗っていて、私に向かって何か呼びかけています。近づいてみると、運転手の方がしわくちゃになった紙切れを差し出し、
「この住所を探してるんだけど…。」
と、道に迷っている様子。
「午後一時の約束なのに、もう10分も遅れちゃってるのよ。」
ぬいぐるみのようにふさふさした毛の白い小型犬が、彼女の膝の上で後ろ足を突っ張らせ、私の手を舐めようと窓枠に前足をかけてしきりにジャンプしています。

「いや、この住所は知りませんね。本当にこれ、あってますか?」
と私が首を捻ると、
「あなた携帯電話持ってる?」
とおばあさんがぶっきら棒に尋ねます。
「ええ、持ってますが…。」
「この番号にかけてくれない?」
「は?」

通りすがりの者に対する頼み事としては、いささか度を越してるんじゃないか、と戸惑っていたら、それまで黙っていた助手席のおばあさんがこちらに身を乗り出して言いました。

“She’s picking up her husband’s ashes.”
「この人、ご主人のashes を引き取りに行くところなのよ。」

Ash は「灰」だから、きっと「遺灰」のことに違いない、と思いました。事態はにわかに緊張の度を増し、ここは力になってあげなきゃいかんだろうな、と腰からブラックベリーを取り出し、ダイヤルし始めました。
「ジェイソンっていう人を呼び出してよ。」
と、老未亡人。

五回ほどダイヤル音を聞いた後、男性の声が応えました。
「ジェイソンと話せますか?」
「俺がジェイソンだけど。」
「あのですね、今ですね…。」
と話し始めたところ、
「掛け直していいかな?今ちょっと駄目なんだ。」
と、男が遮ります。受話器を手で覆って誰かと話しているような、くぐもった音が続きます。
「ええ、構いませんよ。」
と電話を切り、メモ書きをもう一度見ながら三人で暫く話し合いました。そこへ電話が鳴ります。
「あ、きっとジェイソンですよ。」
とブラックベリーの画面を見ると、ボスのリックからです。
「すみませんリック。今、人から電話を待ってるところなんです。こっちからすぐ掛け直します。」
と言って切り、また暫く待ちます。しかし、一向にかかって来ません。痺れを切らした様子の二人が、
「もう行くわね。」
と車を走らせようとするので、
「電話はどうするんです?」
と慌てる私。未亡人は苛立ちを露にして、こう吐き捨てました。
「ジェイソンに言っといて。もっと分かりやすい案内を書きなさいって!」

後に残された私は自分のオフィスに戻り、椅子に腰掛けて、たった今起こったことの意味を解釈しようと努めました。そこへ、知らない番号から電話が入ります。
「ジェイソンだけど、あんた誰?」
つっけんどんな調子で尋ねる男。二人の婦人に道を聞かれたけど助けてあげられなかったこと、彼女たちは数分前に去ってしまったこと、などをかいつまんで説明しました。
「ああ畜生!携帯電話も持たずに来てたのかよ。何度かけても出ないんだもんなあ。」
と、怒りを募らせるジェイソン。
「一時の約束に絶対遅れないでくれって何度も言ったんだぜ。」

ただただ聞き役を務める私。彼が話し終わるのを待って、こう聞きました。
「ところで、あの住所は一体どこなんですか?」
「サンドイッチ屋の横だよ。」
これでやっと分かりました。あのご婦人方は、完全に逆方向へ進んでいたのです。まだぶつぶつと文句を垂れているジェイソンに、私がこう言いました。

“Is there anything I can do for you?”
「何か私に出来ることはありますか?」

電話の向こうが急に静かになり、彼が一生懸命考えている様子が伺えました。どう考えても、私に出来ることなんかあるわけがない。彼もようやくそこに気がついたようで、
「いや。ないね。ありがと。」
と呟きました。
「どういたしまして。」
と電話を切る私。

まったくもって、変な話だ…。

暫く余韻に浸った後、助手席の婦人の発言が気になり始めました。確か、 “Picking up her husband’s ashes.” って言ってたよな。なんでAsh (灰)が複数なんだ?そもそもアッシュって可算名詞だっけ?灰を一粒ふた粒って数える奴なんていないだろうに…。

さっそくネットで調べたところ、案の定、Ash(灰)はAshes と複数形になると、「遺灰」とか「廃墟」という意味になるとのこと。ポイントは、これが単数扱いになるってこと。

His ashes was removed.

で分かるように、単数用のBe動詞が適用されるのですね。

へ~え。でも、なんでだよ?

いくら考えても分からないので、同僚リチャードの部屋を訪ねます。
「それは知らないなあ。Ashes to ashes, dust to dust. ってフレーズがあるけど、そこから来てるんじゃないかな。」

これは、クリスチャンの葬式で使われる文句だそうです。生けるものはいつか死んで灰になる。これが土になり、再び生き物を生み出す。無理やり和訳(意訳)すれば、「人は大地より出でて大地へ還る」てなところでしょうか。

今日、同僚マリアのところへ行ってこの奇妙なエピソードを聞かせたところ、
「へえ、そうなの。あんなところに葬儀社があったなんて知らなかったわ。」
と驚きました。彼女が知ってるとはとても思えなかったけど、一応質問してみることにしました。
「ところでさ、どうして遺灰の時だけAshes と複数形になるのか知ってる?」

That’s a good question! (いい質問ね。)」

暫く宙を見つめた後、マリアがこう言いました。

「そのジェイソンって人に電話して聞いてみたら?」

2012年2月3日金曜日

鼻歌でクイーン

クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」をたった一人で楽器からコーラスから全て演じてしまうという、驚嘆すべき映像がYouTube にアップされました。


妻にリンクを送ったら、見終わって一言。
「すごいねえ。クイーン要らないじゃん。」

いやいやいやいや。おいおいおいおい。な~んてこと言うんだね、君は。いくら愛する伴侶でも、それは聞き捨てならないぞ。PCもCDも無かったアナログの時代に、これほど複雑で芸術的な楽曲を創り出し、何百回という多重録音を繰り返したことだけでも賞賛に値するだろう。それにフレディ・マーキュリーのあのねっとりした独特の声が、この曲の聴かせどころでしょうが。草葉の陰で、彼がむくれてるぞ…。

さて、今日はカマリロ支社へ出張してました。午前中の仕事を終え、マイク、カール、ケリー、そしてジェシカと一緒にランチへ出かけようと二階のエレベーターホールに集まった際、半袖Tシャツからむき出した両腕に広範囲の刺青をした二人連れの男とすれ違いました。ふと見ると、バルコニーのタイル張り工事が進行中です。業者の皆さんだったのね。

「もうさあ、あいつらうるさくて仕事にならなかったよ。」
と、カールがこぼします。彼のオフィスはバルコニーのすぐそばなのです。
「でもそんなに大きな音じゃないでしょ、タイル張りなんて。」
と私が言うと、
「いや、あいつら歌いながら作業してたんだよ。」
「何歌ってたの?」
とマイク。
「それがさあ、ボヘミアン・ラプソディ歌ってやがるんだよ。しかもだ、二人揃ってとんでもない音痴なんだぜ。」

ボヘミアン・ラプソディを二人で口ずさみながらタイル張りに励む刺青の男たち…。それは是非見てみたかったなあ。

2012年2月1日水曜日

会議時間を変更してもらうには

昨日の午後3時、同僚ジュリーが担当するプロジェクトの進捗報告会議が予定されていました。朝一番、彼女からメールが入ります。宛先は、会議のコーディネートをしていたマイケル。産休明けの彼女のために代理PMを務めている私にもccが。

“Is there any way we can make the meeting today at least 1 hour sooner?”
「今日の会議、何とか一時間以上早めてもらう訳にはいかないかしら?」

出席者は確か合計で6人。当日になって全員の予定を変えるのは大変だぞ…。そう思いつつメールの続きを読んでいたら、こんなことが書いてあります。

「今日は私の誕生日なの。昨日の晩になって夫から、何かスペシャルな企画をしてるから遅れずに帰宅するよう言われたの。それには3時半の電車に乗らないと間に合わないのよ。」

へ~え、こういうのアリなんだ…。ちょっと感心してしまいました。日本の会社だったら、かなり勇気の要る発言だぞ。個人的な事情を前面に立てて会議時間の変更を要請する…。私にはこんなメール、書けません。自分だったら、「どうしても外せない緊急の用事が入りまして」とか「親戚に不幸が」とか、姑息な言い訳をでっち上げてしまいそう。人間が小さいなあ。

結局、みんな融通を利かせて会議は2時開始に早まり、ジュリーは3時半の電車に乗れたのでした。みんなから「ハッピー・バースデー!」と祝福までされて。

直球勝負って、いいなあ。