2010年10月31日日曜日

アメリカで武者修行 第28話 PMPって資格知ってるか?

10月末のこと。次の職探しについてジョージに相談したところ、サンディエゴ支社にいる彼の同僚、ドンと会ってみるよう勧められました。ジョージと同じく70歳を悠に超える大ベテランのドンは、私を自分の特大オフィスに迎え、キャリアパスに関する示唆を二、三挙げた後、次の点を強調しました。
「君が何より先にやらなければならないのは、PE(プロフェッショナル・エンジニア)の取得だよ。PEはいわば切符だ。君は地下鉄の駅にいる。でも切符を持っていない。地下鉄に乗れないんだよ。まずは切符を買いたまえ。このままじゃ、隣の駅に行くにも歩かなくちゃならん。」

ひょっとしたら仕事を紹介してもらえるかもしれない、という甘い期待は見事に裏切られましたが、これは真摯に受け止めるべきアドバイスです。4月のPE試験に向けて気合を入れ直し、毎朝5時起きして受験勉強を続けました。同時に仕事探しも本格的に開始しましたが、なかなか先が見えません。世間で募集している職はほとんど「PE所持者に限る」という条件つき。そうでなければ、「製図ソフトが使える若手技術者求む」というもの。どちらにも該当しない私にとっては、実に苦しい戦いです。次に見つける仕事の場所によっては引越しも考えなければならず、ちょうどアパートの賃貸契約も1月で切れるため、大晦日までには何らかの決断をしなければなりません。じわりじわりとプレッシャーが増す毎日。

11月に入り、高速道路設計チームは「贅肉ゼロ」から「骨と皮」にまで人員をそぎ落としました。とうとう相棒のケヴィンまで、週3日勤務になってしまったのです。とは言え彼は、サンディエゴ支社に自分を売り込んだ結果、春から上水道業務を担当することが決まったので、今はその移行期間といったところ。ケヴィン以外には人脈のない私に彼は、
「サンディエゴ支社に行くたび、君を売り込んで来るよ。」
と約束してくれました。

設計プロジェクトは最終コーナーを回り、翌春には工事着工の運びになりました。当然ながら、土質調査や交通需要予測などの下請け業務はほぼ完了。私の仕事の重心は契約上の紛争処理などに移ってきました。ジョージは課題のリストと処理スケジュールを私に手渡し、頻繁に処理状況を確認するようになりました。2週間でリストの半分を解決した時、ジョージが親指を突き出して、
「やったな!」
と顔をほころばせました。私も親指を立てて笑顔を返しましたが、彼を満足させる度に自分の食い扶持が尽きて行くのだという現実を思い出すと、指先の反りも鈍ります。

それから暫くして、ジョージの姿を職場であまり見なくなりました。急用があって彼を探していた時、サンディエゴ支社のクリスが、
「彼の現場事務所勤務はパートタイムになったんだよ。」
と教えてくれました。コスト削減運動のリーダーがとうとう自分自身まで切ったということは、いよいよ私のクビも秒読み段階ということ。背筋が冷たくなりました。

11月末、元上司のマイクがイラクから戻ってきました。後釜のジョージでさえ片足抜いた状況ですから、当然マイクの戻る席などありません。この先どうするんだろうと皆で話していた矢先、リンダが意表を突いて十日間の大型連休を取り、マイクと二人でイタリア慰労旅行に出かけてしまいました。この情報を教えてくれたのはティルゾで、私は彼にこう尋ねずにいられませんでした。
「リンダはマイクと別れたんじゃなかったの?」
ティルゾはニヤリと笑った後、こう答えました。
「男と女の関係は、本人同士にしか分からないことがあるんだよ。」

帰国した彼女は、
「すっかり食べ過ぎちゃった。ダイエット再開しなきゃ。」
と、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどのはしゃぎぶり。マイクの動向について尋ねてみたところ、とりあえずサクラメント支社に戻ったとのこと。
「イラクではストレスなく采配が揮える立場にいたみたいで、すごく満足して帰ってきたわ。軍関係に人脈も作ったし、その路線で次の仕事を探すんじゃないかしら。」
彼女自身は今後どうするのかという質問には、
「分からないわ。マイク次第ね。」
と完全復縁を匂わせる発言。

そんな折、7月に解雇されたカルヴァンが職場に戻ってきました。
「ヘイ、マイフレンド。元気だったか?」
過剰な人員削減の結果、最低限の仕事をするにも製図の専門家が足りなくなったようで、再び呼び戻されたというのです。あんな形で解雇されたのに、よく戻る気になったね、と尋ねると、
「前は契約社員だったんだ。真っ先にクビにされても文句が言えない立場だよ。今回は正社員として迎えられたんだ。条件が大幅に改善されたよ。」
「そりゃ良かった。ここ数ヶ月、昼休みのウォーキングを休んでたんだ。今日から再開だ。」
「オーケー、一緒に歩こうぜ。そう思ってウォーキングシューズを持ってきたよ。」
「準備がいいなあ。」

さて12月中旬のある日、PE試験の願書締め切りが迫って来たため、受験要綱を丹念に読み返していた私は、こんな文章に気付いて思わず目を疑いました。
「技術職経験として考慮されるのは、PEを持つ上司の下で働いた期間のみ。」
日本での14年間の現場経験が、「二年の技術職経験」という受験資格を楽々クリアしていると思い込んでいたので、これには愕然としました。しかも、
「契約業務は経験年数に加算できない。」
とまで書いてあります。つまり、今の職場でこれまでやってきた契約の仕事は、全く受験の助けにならないのです。今後この国で純粋な技術職を2年経験しなければPEを受験出来ないし、そもそもそのPEがなければまともな技術職には就けない。これじゃ、まったくの堂々巡りです。打ちひしがれた私は、ケヴィンに話しに行きました。
「何だって?受験要綱を見せてくれよ。」
と目を見開いてコピーを読み返していたケヴィンが、顔を上げて表情を曇らせました。
「これは俺の責任だ。申し訳ない。こんな厳しい条件があるなんて知らなかった。知ってればもっと早く手を打てたのに…。」
そんなわけで、PE受験は無期延期とするしかなくなりました。私はあまりのショックに呆然としながら、仕事探しの速度を上げなくっちゃな、と焦りを募らせていました。

翌日、まるでタイミングを計ったかのように、社長のダイアンから全社員に宛ててこんなEメールが届きました。
「イラク再建事業に参加する意思のある人は、年末までに履歴書を送って下さい。我が社は橋梁と上水道のプロジェクトに乗り出す予定です。米国にいたままでも出来る仕事はあります。現地勤務の意思がなければそう明記して下さい。そういう業務を充てることもあります。」
これには職場が一時騒然となりました。
「現場に一度も足を運ばず出来る仕事なんてあるのかね。この最後の文句はちょっと臭うな。」
とティルゾ。
「後になって、事情が変わった、現地へ飛んでくれ、というのはよくある話だよな。」
とケヴィン。
現地勤務さえなければ願ってもないチャンス。履歴書を出すだけ出してみようか、と妻に話しましたが、命を落とす可能性を考えると、さすがに二の足を踏みます。

数日後、ケヴィンが私のキュービクルにやって来ました。
「シンスケ、PMPって資格知ってるか?」
「いや、知らない。何それ?」
「プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナルの略だよ。このところ、俺はずっと将来進むべき道について考えてた。このままいつまでも技術屋としてプロジェクトからプロジェクトへと渡り歩く人生は真っ平だ。今までの自分の経歴を考えると、プロジェクトマネジメントのコンサルタントを目指すという道も一案かなと思うんだ。シンスケだってPE取得を延期したところだろ。このPMPって資格を一緒に取ってみないか?」

何ヶ月も続けて来た受験勉強が突然ふいになり、エネルギーのやり場に困っていた私です。この資格取得の話は渡りに船。
「有難う、ケヴィン。職の安定に繋がるなら何だってやるよ。ウェブサイトのアドレス送ってくれる?」
これが人生の分かれ道になるとは、この時は想像もしていませんでした。

Milk わざと長引かせる

木曜日、久しぶりにオレンジ支社へ行きました。同僚アンと食堂で会った時、彼女の額にミミズ腫れの縫い目が走っているのに気付きました。瞬間、「あ、ハロウィンの仮装ね。」と納得したのですが、ちょっと待てよ、いくら何でも気が早い。まだ三日前だし。

「その傷どうしたの?縫ったの?」
と尋ねると、前日に同僚たちとソフトボールの練習をしていた時、球が当たったのだと言うのです。職場から数百メートル離れたところに市民グラウンドがあり、有志で月に一度お遊びのゲームを楽しんでいます。その日も、試合前に二人一組になってキャッチボールをしていたのだそうです。
「グラウンドの隅っこでデイヴィッドとキャッチボールしてたの。彼の投げたボールが、ちょうど枝と枝の間を抜けたのよね。」
球技場をぐるりと囲んで大振りな常緑樹が間断なく植えられていて、グラウンド脇には、手の届きそうな高さまで葉の繁った枝が垂れ下がっています。
「一瞬、ボールが葉っぱの中に姿を消して、気づいた時にはもう目の前。よける間もなくおでこに命中してたわけ。」
みるみる膨らんでいく額のコブ。彼女を取り巻く人の輪がどんどん大きくなって、加害者のデイヴィッドは青くなって謝り続けていたとか。

「で、縫ったの?」
「違うの、これ。ボールの縫い目の跡がついて、それがピンクに腫れちゃったの!」

後から食堂へ入って来たスティーヴンという若者(彼もその現場にいたそうです)が、笑いながらこう言いました。

“You should milk David!”

仕事に戻ってから、どうにもこの表現が気になりだして、仕事に身が入らなくなりました。ミルクって、動詞になると「金を搾り取る」という意味になるんだと思ってたんです。でもまさか、あの場面で「デイヴィッドから金を取れ」とは言わないよなぁ。
「スティーヴン、さっきの会話で、デイヴィッドをミルクしろって言ってたでしょ。あれ、どういう意味なの?」
この若者とまともに話すのはこれが初めてだったのですが、実に丁寧な解説が返って来ました。

ミルクには、「わざと長引かせる」という意味があり、例えば

He’s milking the task.
あいつ、わざとだらだら時間かけて仕事してるぜ。

などという風に使うそうです。今回のケースでは、アンにボールをぶつけてしまったデイヴィッドの罪悪感を長引かせるために、「傷が後々まで残るんじゃないか」とか、「脳に影響が出たらどうしよう」などと、不安をかきたてるような事をじわじわ言っていたぶってやれよ、という意味に使ったのですね。ま、冗談ですが。

子供の頃、千葉のマザー牧場へ遠足か何かで行った時、乳搾りの実演を見たような気がします。その時、ビュウビュウ飛び出して来るのだとばかり思っていた牛の乳が、実は糸のように細く、ごく少量ずつしか出てこないことを知り驚いた記憶があります。おじさん、あんなに一生懸命絞ったのに、バケツの底にちょっぴりしか取れてないじゃない。大変な仕事だなぁ、と。

ミルクに「わざと長引かせる」という意味があることを、この時の情景を思い出してビジュアル的に納得したのでした。

2010年10月29日金曜日

2010年10月27日水曜日

Pencils down. 鉛筆を置いて下さい。

今日はトレーニング二日目。午後4時近くになり、15人の受講者たちにまとめのテストを配りました。終了時間になり、私の使った決まり文句がこれ。

Time’s up. Pencils down.
時間切れです。鉛筆を置いて下さい。

実は私、このフレーズうろ覚えだったので、

Pencil down.

と単数形で使ってしまいました。私がこれを言い終わらぬうちに、参加者の数人が一斉に

Pencils down! Pencils down!

と言い始めたので、おおそうか、テストは大抵大勢で受けるんだから、ここは複数形が正しいんだな、と気付いた次第。

単複の区別って、英語学習者にとっての大きなハードルだな、とあらためて思ったのでした。

2010年10月26日火曜日

At your fingertips 指先一本で取り出せる

今日と明日は朝8時から夕方5時まで、トレーニングの講師です。8時間という長尺トレーニングを受け持つ(しかも二日間)のは生まれて初めてで(日本語でも英語でも)、内容は、プロジェクトマネジメントのためのソフトウェアについての説明。わが社の環境部門が過去一年かけて使いながらアップデートして来たものを、来月から交通部門と上下水道部門が使い始めることが決まり、プロジェクトマネジャー達に対する使用説明を依頼されたのです。

昨日の晩は頭の中でリハーサルを繰り返していたのですが、その時、
「このソフトウェアがあれば、今まであちこちから苦労して掻き集めなければならなかった情報が、指先一本で瞬時に取り出せます。」
という説明を思いつきました。英語にすると、

All the project information is at your fingertips.

ま、Fingertips は複数形なので、正確には「指先一本」じゃないのですが、言い回しとしてはこれが一番近い和訳だと思います。コンピュータ業界で使われていた表現が一般社会に広がったんじゃないか、というのが私の推察ですが、「情報が自由に引き出せる」と言いたい場面に使う表現としては、結構クールじゃないでしょうか。数年前あるトレーニングに参加した時、このイディオムを使った講師がいて、いつか活用してやろうと目論んでいたのです。

しかし何とも残念なことに、トレーニングを終えて先ほど帰宅するまで、この表現を使い忘れたことに気がつきませんでした。がっくり。明日必ず使おうと思います。

2010年10月23日土曜日

アメリカで武者修行 第27話 私達別れるの。

2003年10月。採用から一年が経過したということで、業績評価のための面接がありました。プレゼンテーション技術、リーダーシップ、コーディネーション能力などの評価項目が各十段階で採点され、最終的には四点満点の総合評価を頂きます。

さて、ジョージとの面接。
「私は君と働き始めて日が浅いので、評価はリンダに一任した。この書類に書き込んだのはすべて彼女だということを断っておく。一応目を通してからサインしてくれ。」
評価される側が自分の通信簿にサインするというのは、いかにもアメリカ的だな、とちょっと感心しました。一読したところ、彼女からの評価は概ね好意的。コミュニケーションの欄を見ると、さすがに会話能力についてはやや低めの評価でしたが、それ以外はほとんど高得点。一番高く評価されたのは、コーディネーション能力。日本での経験を活かせた、というところでしょうか。総合評価欄には、「契約業務全般において著しい成長を見せた」とあり、思わずニッコリ。厳しく指導しながらも、ちゃんと評価してくれていたんだと思うと、胸が熱くなりました。しかし最後に、“Recommended to be more assertive” (もっとassertive になることが望まれる)という一文が記されていました。書類にサインしてジョージに返しましたが、この “assertive” という言葉(日本語では「積極的に主張する」とか「断定的な」という意味)がその後も長い間、心に引っかかりました。

確かにこの仕事を始めた当初から、リンダには同じ意味のことを何度も言われて来ました。自分でもそうなれないことに苛立ちを感じてきましたが、初めは「英語がそれほど流暢じゃないのに、どうやってassertive になれって言うんだ」と自分で自分に言い訳していました。しかし段々と、言葉の問題よりもむしろ「物事をどの程度深く理解したら断定的になってもいいか」という自分の中のルールが少し厳しすぎるせいではないか、とも思い始めました。何かを100% 理解するまで待っていたら、いつまで経っても何も断定出来ないことになってしまいます。とは言え、中途半端な理解度で断定的な態度を取ればミスを犯す確率も高くなるわけで、私はこれまでそういうリスクを避け安全な道を歩んで来た結果、押しの強い印象を人に与え損なって来たのだろうなあと思いました。

しかしリンダだってやはり人間。間違いは犯します。彼女がものすごい剣幕でガンガン押して来た時、私が
「それは違うと思いますよ。」
と意見し始めると、大抵最後まで喋らせずに、
「私の話を聞きなさい、これが正しいのよ!」
と退けようとします。それでも辛抱強く説明していくと、ある時点で
「あらそうなの?それじゃあなたが正しいわね。」
とさらりと受け入れることがよくあるんです。そんなにあっさり切り替えられるんだったら、どうしてあれほど強く主張出来たんだ?と首を傾げてしまうことしきり。

ある日、元請けのORGで契約変更を担当しているトムとの会議に出席しました。その日の議題のひとつに、「ロックアンカー擁壁の導入に起因する地盤調査費用の増額」というものがあり、その書類一式を用意した私も臨戦態勢でリンダの横に座っていました。リンダの弁舌は立て板に水。
「標準タイプの擁壁を想定していたのにORGが変更した。そのために余分な地盤調査が必要になった。これはあなた達が払うべき費用よ。我々はこれ以上ただ働きしませんから。」
一方トムは、
「タイプがどうであれ、高速道路建設に必要な擁壁を設計するのはあんた達の仕事だ。設計に必要な地盤調査もあんた達が賄うべきだ。」
と十八番の屁理屈。リンダが顔を紅潮させ、
「ロックアンカー擁壁は、入札時には想定されていなかったのよ。契約書の地盤調査の項にも一切その記述がないじゃない。標準タイプの擁壁にかかるお金とロックアンカー擁壁にかかるお金との差分はあなた達が払うべきよ。」
と激しく応戦。そうして暫く鋭いジャブのやりとりが続き、双方のボクサーが息を整えるためコーナーへ下がった(椅子の背に身体を預けた)時、なんとリンダがこう言ったのです。
「ところでトム、無知を許して欲しいんだけど、ロックアンカー擁壁って何?」
これにはセコンドの私が激しくずっこけました。それを知らずにあそこまで強い態度に出られるのか、と畏敬の念すら覚えました。

彼女はちょっと前に、香港でR・リーという青年実業家の下で働いていた頃の話をしてくれました。この若き野心家の瞬間湯沸かし器的な短気は有名だったそうで、必要な情報が瞬時に出てこないとたちまち大爆発するそうです。部下はいつもビクビク、ピリピリ。ある時彼がリンダの目の前で、廊下を歩いていた部下を呼び止めて仕事の指示を始めました。そして、
「おいお前、メモ取らないのか?」
と言われた部下が、
「すみません、今ペンを持っていないので。」
と答えると、見る見る形相が変わっていき、
「ペンを持っていないだと?そんなこと知るか!今すぐ自分の手首を切ってその血でメモしやがれ!」
と怒鳴りつけたというのです。「すみません、ナイフも忘れました」などというユーモアが通用する相手ではなく、その部下はただただ縮み上がって説教されていたそうです。

「私は、そういう環境で長いこと働いてきたの。」
こんなエピソードを聞かされれば、リンダの仕事のスタイルには頷けるものがあります。まずは大雑把な情報をもとにとにかく走り始める。攻めの姿勢を保ちながら事案への理解を深め、間違いに気付けばしなやかに方向転換する。スピードの要求される仕事をこなすにはそういうスタイルが大事なんだなあと悟った次第(悟ることと実行することとの間には大きな隔たりがありますが)。そもそも私は、簡単に自説を翻せば己の信用やプライドが傷つくと考えてしまう方なので、仕事のスタイルを転換するにはまずその辺をクリアしなければいけません。

そんなリンダにある日、
「マイクは元気なんですか?」
と尋ねたところ、
「多分ね。」
という曖昧な返事が返って来ました。そういう質問にはもううんざりよ、という表情を感じ取って黙ったところ、
「私達別れるの。」
と言いました。ここのところ二人の間では諍いが絶えず、イラクからの長距離電話でもしょっちゅう大喧嘩しているそうです。
「プロジェクト終了間近になってこんなことになっちゃって、きまり悪いわね。」
彼女はマイクのところにあった自分の荷物をすべて引き払い、職場から二十分内陸に入った田舎に建つ一軒家の二階を間借りすることになりました。金曜の午後、ティルゾと私とで彼女の荷物の運搬を手伝い、引越しを済ませました。額の汗を拭きながら、リンダが遠くを見るような目でこう言いました。
「このプロジェクトが終わったら、中国へ行って仕事を見つけるつもりよ。」

2010年10月22日金曜日

Don’t hold your breath. 期待しないでね。

“Take My Breath Away” というタイトルのヒット曲がありますが、これを初めて聞いた時はまだ中学生だったので、「私の息を取り上げて」って一体どういうこと?と悩みました。だいぶ後になってから、これは「あまりのこと(驚きや美しさなど)に息をのむ」という意味だと分かりました。

She took my breath away.
彼女を見て思わず息を呑んだ。

「息を奪う」なんて、声を奪われる人魚姫を連想させます。表現が大袈裟すぎて、使うのが躊躇われますね。

さて、最近仕事で何度か、計画していたことがうまく行きそうになって「楽しみだね」とメールした際、

“Don’t hold your breath!”

という返信メールを受け取ることが重なりました。直訳すれば「息止めんなよ!」ですが、それじゃ訳が分からない。で、調べてみたところ、「期待しないでよね」という意味で使われていたことが分かりました。Hold breath で「息を止めて待つ」、つまり「期待する」「楽しみにする」となるわけ。「あまり期待しないでね」というのは友達や家族との間でわりと頻繁に使う文句。これをしっくり表現出来る英語のフレーズ、ずっと探してたんです。やっと見つけました。これからどんどん使って行こうと思います。

2010年10月21日木曜日

Dis 侮辱する

「パソコン」とか「泥縄」とか、日本人は「短縮語」を作るのが得意だと思います。アメリカに住むようになって、あらためてこのことに感心するようになりました。日本語学習者にとってはやっかいな代物かもしれないけど、一旦コツが分かってしまえば自分で色々創作出来るし、ほんとに便利なテクニックだと思います。

さて、昨日まで三日間は出張で、ロサンゼルスとオレンジ郡に滞在していたのですが、ホテルのテレビでこんなニューステロップを見ました。

“Elton John dissed American Idol.”

アメリカン・アイドルというのは日本で昔やってた「スター誕生」みたいな高視聴率大人気番組。審査員役を打診されたエルトン・ジョンがこれを断り、ラジオのインタビューで「テレビには出たくない。最近どんどんつまらなくなってるし、ほとんど脳障害を起こしてる感じだ。」とコメントしたというのです。ニュースのタイトルに使われた、

“Dissed”

ですが、元はどうやら黒人英語で、「Disrespect (見下す、軽視する、軽蔑する)」から来ているみたいです。「あいつ、俺をディスしやがった。」みたいに使います。そういえば、ちょっと前にコンストラクション・マネジャーのトムが、クビになった男のことを、
「あいつ、クライアントのお偉方をディスしちゃったんだよ。」
と話していたことを思い出しました。

この “Dis” という言葉、 “Discount” とか “Disregard” とか、動詞の前にくっついて、元の意味を反対の方向に変化させる役目があります。ほぼ原型を留めていないにも関わらず何となく意味が通じるのは、そのせいですね。

2010年10月15日金曜日

Step on someone’s toes. 人の領分を侵す

昨日の電話会議で、ある出席者の女性が、
「それは彼の所轄分野でしょ。だから私が下手にあれこれ動いて彼の領分を侵したくないの。」
と発言。実際には、

“I don’t want to step on his toes.”

と言ったのですが、直訳すると「彼の爪先を踏みたくないの。」

何となく雰囲気で意味が理解出来る言い回しなのですが、私はこの “Toes” に引っかかりました。Toe が「爪先」を指すとすれば、どうして Toes と複数形にするのか?なんで “Step on his toe” じゃいけないの?

で、隣の部屋で働く元上司のエドに尋ねました。すると、
「だって、みんな大抵10個Toe があるだろ?」
「はぁ?」

そう、日本語の「爪先」は足の先端部分を意味し、片足にひとつずつですが、英語では足の指の先すべてをToe と言うらしいのです。親指はBig toe で、小指はLittle toe だとか。だから、もしも

“I don’t want to step on his toe.”

と単数形で言われたら、「え?彼には足の指が一本しかないの?」と相手を戸惑わせてしまうみたいなんです。日本語の「爪先」イコール英語の「Toes(複数形)」なのですね。べんきょーになりました。

2010年10月14日木曜日

Love Handles わき腹のお肉

先週、サンディエゴ空港のターミナル拡張プロジェクトを手伝った時、会議室に同じメンバーとほぼ3日間缶詰になってました。この中に、朝から晩まで口も塞がず悪質な咳を連発していた男がいて、具合が悪いなら家に帰って寝ればいいのに、と非常に不快に思っていました。

で、予想通り、ガッツリ感染。一昨日、昨日と猛烈な頭痛に苦しめられ、なすすべなく寝込んでいました。今朝ようやく起き上がって体重計に乗ったら、2キロ近く減っていました。おまけに、わき腹の贅肉もすっきり落ちてるじゃありませんか!

出社して同僚マリアにそのことを話すと、
「寝ただけでわき腹のお肉が落ちたの?すごいじゃない!」
と羨ましそうに笑いました。

ところで、この時私が使った表現がこれ。

“I lost my love handles.”

わき腹の余分な肉は、Love Handles と呼ぶのですね。何でそんな名前がついてるのか前々から不思議に思っていたので、本日調べました。諸説あるようなのですが、一番気に入ったのが、

「メイク・ラブする時につかむハンドル」

というもの。なんじゃそりゃ、だけど笑えるのでこれを採用します。

2010年10月11日月曜日

Pretty, Beautiful, Hot. 綺麗な女

以前、同僚エリカとマリアと一緒にランチしてた時、俳優の誰がかっこいいか、という話をしたのですが、トム・クルーズは Cute でもあり Hot でもあるらしい。エリカはマシュー・マコノヒーの大ファンで、彼の場合は最上級の Smokin’ Hot だそうです。

さて一方、綺麗な女性を表現する時にはどういう形容詞を使うべきなのか、というのは以前から悩ましいテーマでした。下手すると誰かを傷つけたり怒らせたりするかもしれないため、なるべくそういう話題は避けるようにしていたのです。

数年前、元ボスのエドに初めて妻を紹介した時のこと。あとで私に、

“Shinsuke, your wife is pretty!”

と言ってくれました。プリティって、日本語では一般に「可愛い」って意味で使われてるけど、エドがまさか人の(しかもピチピチって歳でもない)奥さんを「可愛い」とは言わないよな、と怪訝に思ったことを憶えています。

今朝マリアが、彼女のお父さんが先週シカゴから遊びに来て、彼女のガールフレンド達に紹介したら「おお、みんなプリティだなあ。」って顔をほころばせてた、という話を聞かせてくれました。彼女の友達だってみんな四十がらみだし、「可愛い」ってのはちょっとおかしいよな、とこれまた首を捻りました。

で、さっそく調べてみました。

Pretty:  外見が綺麗。
Beautiful: 外見が綺麗で、魅力を感じてる。
Hot:    性的な対象として魅力的。

つまり、プリティは「綺麗な人だね」と客観的に評価する感じですね。ビューティフルはその人に魅力を感じていて、「ちょっと好きになっちゃったかも」くらいの入れ込み方もありでしょうか。そうなると、人の奥さんを「ビューティフル」と表現するのはトラブルの元ですね。

もちろん、 Hot はヤバいです。ビジネス・スクール時代、学生6人でプロジェクト・チームを作って非営利組織の仕事を請け負った際、最年少メンバーのブライアンがクライアントの女性を見て、

“She’s hot!”

と囁きました。本人の耳には届かなかったけど、これを堅物の友人ケヴィンは聞き逃さず、ブライアンを厳しくたしなめていました。日本語だと「いい女だぜ!」ってとこでしょうか。公の場で使うのは避けた方が良い言い回しですね。

2010年10月10日日曜日

アメリカで武者修行 第26話 そこに立って何か考えているのかね?

2003年9月。イラクへ飛んだマイクの留守を預かるため、サンディエゴ支社から新しいプロジェクトマネジャーがやってきました。名前はジョージ。業界歴四十年の大ベテランであるだけでなく、海軍勤務が長かったようで、ベトナム戦争にも出征したとか。向かい合うと思わず目を逸らしたくなるほどの、強烈な威圧感があります。軍服を着ていないことがむしろ不自然に感じられるほどで、その風貌はまるで「最前線の司令官」。短く刈り込まれた銀髪、鍛錬を物語る太い首。「入りたまえ」と入室を促す張りのある声は、内臓に響きます。コンピューターの操作に使うのは、両手の人差し指のみ。文書は全て手書きです。そのくせ、エクセル表の中の小さなミスは瞬時に探し当てます。何かそのための特別な嗅覚でも備わっているかのようで、私の提出する書類をさらっとめくっただけで、ぴたりと計算ミスを指差すのです。仕事の指示は常に箇条書き。しかもすべて報告期限つき。普段の報告・連絡でも、中華包丁でザクザク白菜を切るような具合に会話を運ばないと、眉間の皺がみるみる深くなっていきます。込み入った事情を説明し始めると直ちに制止し、
「で、君の結論は?」
と、まるで喉元に短刀を突きつけるかのように容赦なく挑んで来ます。一問一答が淀みなく流れなければ、回答者は不合格、そして退場、という厳しいルールで動くマネジャーなのです。

ある日のこと、この十ヶ月間必要に応じて測量業務を頼んできた業者との契約額が上限に近づいて来て、今後更に仕事をしてもらうためには契約変更が必要だと上申したところ、
「金が足りないと言われてハイそうですかと払うわけにはいかん。何故その額で不足なのかを明らかにさせ、納得できない理由であれば現契約額で仕事をしてもらう。」
と言われました。至極真っ当なお答えです。
「しかし昨年秋の発注時点で、どれくらいの業務を依頼するか正確に見積もる術はありませんでした。必要に応じて測量を頼む、というだけの契約書を結んだのもそのためです。現実の業務量が当時の見積もりより多いことが分かった今、今後は無料で働いてくれ、という訳にはいかないと思うのですが。」
と言うと、
「君はある契約額で家の設計を業者に頼んだ場合、窓のデザインが難しかったから、と泣きつかれて更に金を払うのかね?」
と返されました。
「いえ、この場合、家の設計を任せると言っておきながら庭や生垣のデザインも頼んでしまった、というたとえの方が適切だと思います。」
と切り返すと、
「それではその追加分の設計額を算出して、まず元請けに申請するべきだろう。」
と即座に突っ込まれ、ぐっと詰まってしまいました。即答を心がけるあまり、とっさに中途半端なたとえ話を持ち出してしまったことを悔やみました。下請け会社と結んだ契約書があまりにも曖昧なため、過去の測量業務は「これは対象外」「これは元々頼んでいたこと」と明確に線を引くのが容易でなく、しかも私は発注事務を担当してきただけで、各測量業務の中身を熟知していたわけではないのです。

私がそのまま黙ってしまうと、二秒もしないうちに、
「君はそこに立って何か考えているのかね、それとも何も浮かばなくて黙っているのかね?」
と真顔で尋ねます。うわぁ、そんな非情な追い込みをかけるのかよ、と焦りながら、
「どうやって対象外の数字だけ弾き出そうか考えていたんです。」
と答えると、
「実際に仕事を依頼した設計担当者達に話を聞きたまえ。まず内容を分析しなければ数字は出せんだろう。」
おっしゃる通り。すごすごと退散です。

席に戻って落ち着いて考えているうちに、そのくらいのチェックは最初からやっておくべきだった、どうして自分は言われるまで動かなかったんだろう、と無性に悔しくなって来ました。しかしすぐに、責任の範囲が明確に定義されていないことがこうした問題の原因になっているのだという、何度も蒸し返し繰り返し考えてきた結論にまたもや辿り着きました。さっそく翌朝、ジョージに質問します。
「これまで私は、下請契約や支払い等の事務的業務を遂行するよう指示されてきました。実際、下請け業者の仕事内容にはほとんど関わって来なかったのです。昨日のご指示を総合すると、もう少し踏み込んだマネジメントを要求されているように受け取れるのですが。」
すると彼は、
「その通りだ。君には事務処理だけでなく、下請けのマネジメント全般をやってほしい。君の経歴から考えたら、そうすることが正しいと思う。これは君自身のためでもあるんだ。」
と、私の目を真っ直ぐ見据えました。これにはちょっと感動しました。この人は部下のバックグラウンドをしっかり把握しており、その成長まで考慮に入れて指示を出しているのだということが分かったからです。

そのジョージが、ある日我が社のスタッフを全員召集しました。ケヴィンと私、そして総務経理担当のシェインを含め、今やたった十人しかいません。会議の目的は、現在のプロジェクトに関する会社の方針説明でした。
「我々が社長から与えられた期限は、来年三月。クラウディオと話して、三月一杯でこのオフィスから撤退することにした。それまでに残りの設計業務を片付け、未解決の課題はすべて清算する。三月まで時間があるということではなく、最悪のケースが三月なのだと思ってほしい。このオフィスで我々JVチームが一日過ごすだけで、毎日数万ドルのコストがかかっている。一週間でも一日でも早くここを去れば、それだけ損を減らせるんだ。とにかく総員全力を挙げて成果を出して欲しい。」

会議の後、あらためて彼のオフィスを訪ね、ずっと心に引っかかっていた疑問をぶつけました。
「私の担当業務は、効率よく進めれば、年末までにすべて片付くかもしれません。その場合、三月を待たずにお払い箱になるということでしょうか。」
彼は微かに顔を歪め、少し間をおいてから、
「残念ながらそういうことだ。君もすぐに仕事探しを始めた方がいい。」
と答えました。

こうして、業務効率を上げれば上げるほど失職の日が早まるという、一種自虐的なゲームに組み込まれてしまった私。冷静にまわりの状況を眺めれば、そもそも残留組のひとりでいること自体が奇跡的と言うべきなのでしょうが、仕事探しの過酷さを一年前に経験している私に、このゲームを楽しむ心の余裕はありません。

オフィスの入り口近くの廊下の壁には、「在、不在」を示すマグネットボードが二枚かかっています。ある朝、左側の一枚から名前がすっかり消えているのに気付きました。よく見ると、去って行った人たちの名札が下の方に乱雑にまとめられているのです。そしてその上にマジックで、大きな下向きの矢印と Graveyard(墓地)という殴り書き。誰の仕業か知りませんが、それを見た人たちは皆顔を見合わせ、寂しい笑いを浮かべて立ち去るのでした。

2010年10月9日土曜日

With all due respect. お言葉を返すようですが。

昨日まで三日間、サンディエゴ空港のターミナル拡張プロジェクトの手伝いのため、現場のオフィスに詰めていました。スケジューリングの第一人者(グル)として、プロジェクト・チームのスケジュラー達を指導してくれないか、と声がかかったのです。誰の勘違いで私がグルに仕立て上げられたのか分かりませんが、依頼主のディレクターは週明け月曜の役員会に提出する資料を完成させなければならず、明らかに焦っています。助けてあげたいし、空港の仕事は初めてで、私にとっても良い経験になりそう。結局、我が社のトップスケジュラーであるボブにシカゴから駆けつけてもらい、二人で乗り込むことになりました。

蓋を開けてみると、現場のスケジュラー達6人は、年齢こそ若いものの、私よりはるかにスケジューリング経験の長いツワモノ揃い。見栄張って専門家面して、単独で来ないでよかったぜ~、と内心ドキドキしていました。毎日毎日額をつき合わせて仕事しているというこの若者グループは、仲の良さがビンビン伝わってくるほど結束が固く、冗談を飛ばしながら、絶妙なチームワークできびきびと仕事を片付けて行きます。

彼らの間で一時的に流行っていたのかもしれないけど、仕事中にこんなセリフが何度も飛び交っていました。

“With all due respect.”

まず相手の意見を手厳しく批判してから、もったいぶった声でこの言葉を付け足すパターンが横行しています。あとで調べたところ、「失礼ですが」とか「お言葉を返すようですが」とかいう意味だということが分かりました。Due というのは、赤ん坊の誕生予定日や借金の支払期限、レポートの提出締切日などを指す場合に良く使われる言葉。 “Due date” みたいに。知らなかったんだけど、実はそのほかに、「当然与えられるべきの」という意味があったのです。 “With due respect” は「当然敬意を払われるべき」となるのですね。

“I think it’s a bad idea, with all due respect.”
そりゃ駄目だと思うよ、お言葉を返すようだけど。

上の句が辛らつであればあるほど、この慇懃な下の句がピリッと効いて来る仕掛け。ふと昔、松尾貴史がやってた西部邁のモノマネを思い出しました。
「失礼ですがあなた、民主主義という言葉の意味、ご存知ですかぁ?」
あのヌメヌメした声の真似、ほんとに名人芸だったなあ。

2010年10月8日金曜日

Out of sight, out of mind. そばにいなけりゃ情も薄れる

数ヶ月前まで、オレンジ郡のオフィスに週二日か三日の割合で通っていました。私がサポートするプロジェクト・マネジャーの多くがそこで働いているから、というのが主な理由なのですが、そもそも私が提供しているのは電話とコンピュータとメールがあれば出来るサービス。果たしてそんな頻度でわざわざ出向く必要があるのだろうか、という疑問が日々膨らんで来ました。毎週ホテルに一泊させてもらっているとはいえ、長距離ドライブは肉体的にもキツイし、家族と過ごす時間だって犠牲になります。そこである日ボスのリックに、オレンジ支社に出向く回数を減らせないか相談してみました。
「賛成だよ。君はもう充分顔が売れてるんだから、サンディエゴからだって仕事は出来る。こっちのオフィスに来る頻度を減らせば、君は時間を有効に使える。それに毎週のホテル代だって浮く。うちの部門の経費節減にもなるから、一石二鳥だ。」

というわけで、オレンジ支社への出張は二週に一回まで激減。おかげで、毎日を規則正しく送れるようになりました。定時に会社を出て息子を学校まで迎えに行ったり、帰宅後エアロバイクを漕いだり、と極めて健全な生活がしばらく続きました。ところが最近になって、仕事量がじわりじわりと減って来ているのに気付いたのです。原因が分からず焦っていたところ、ある日経理のベスがオレンジ支社のマーカスと電話で話しているのを偶然耳にして、ギクリとしました。
「私だって、シンスケがそっちのオフィスに行ってる時は困ってたのよ。この頃はほとんどこっちにいるから、仕事をすぐに頼めて助かるわ。」

どうやらマーカスは、私が最近めっきり顔を出さなくなったことで、ベスに不満を漏らしていたみたいなのです。目の覚める思いでした。電話一本かけてくれりゃすぐに応えるのに、と思うのはこっちの勝手で、直接会って仕事を頼みたい人だっているんだよな。思い返せば、私がオレンジ支社内を歩いてる時、
「お、ちょうどいいところに現れたな。ちょっと頼みたいことがあるんだけど…。」
と仕事の依頼が飛び込んで来ることは何度もあったのです。仕事量の減少は、私の営業努力不足に起因していたのでした。

先週ボスのリックを訪ね、事情を話しました。
「これからはまた少し頻度を増やしたいのですが。」
と言うと、
「そうか、早く気付いて良かったな。君の言ってること、良く分かるよ。顔を合わせてないと、存在感も薄れていくものだからな。」
と理解を示してくれました。この時彼の使った言い回しが、

Out of sight, out of mind.

という常套句。「視界に入っていなければ、その存在は忘れられる」という意味。意訳すると、「そばにいなけりゃ情も薄れる」でしょうか。確かにその通りです。長距離恋愛が悲しい結末を迎えがちなのも、そんな人間心理が主要因なのだと思います。
「あなたのこと、ほんとに好きよ。でも私、いつもそばにいてくれる人の方が大事だって分かったの。」

PMたちに突然別れ話を切り出される前に、営業活動に精を出したいと思います。

2010年10月3日日曜日

無ケーカクの命中男


最近、映画などで度々こんな表現を耳にします。

Do it already!

Already (既に)というのは過去形や現在完了形でしか使われない言葉だと思っていたので、こんな「おととい来やがれ!」みたいな不思議な言い回しには首をひねるしかありませんでした。

最初の出会いは、映画「Knocked Up」で、日本では「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」というタイトルになってるらしいです(こんなふざけた邦題がまかり通るとは驚き)。 “Do it already!” は映画のストーリー上、とても重要なセリフ。この発言の解釈が、主人公となる男女の間で違っていたことから話がこじれていくのです。

さきほどネットで調べたところ、Already には「素早く」とか「すぐに」という意味もあるらしいことが分かりました。 “Do it already!” はつまり、「早くしてよ!」ってことですね。映画の中で、女性は「早く避妊具つけてよ!」のつもりでそう言ったのに、男性は「もうそんなのいいから早くしてよ!」と言われたんだと思ってた、というわけ。で、見事一発命中。

ま、そう考えると「無ケーカクの命中男」も悪くない邦題か…。