2010年8月31日火曜日

Courtesy 礼儀・儀礼

先日、極彩色の鳥の絵を配した見慣れない切手が貼られた封書が届きました。夫婦あてです。差出人の名には見覚えがなく、住所は南アフリカ共和国と書いてあります。咄嗟に、
「これは詐欺だな。」
と思いました。アフリカから儲け話が書かれた手紙が届き、今すぐ金を送ってくれればすごい倍率で増やしてあげる、などという手口は有名です。

用心深く中身を取り出すと、手作り風の可愛らしいカード。なんと、元同僚のデニスの結婚式への招待状だったのです。差出人は新婦の親。見覚えがなかったのは当然です。カリグラフィの文字は読みにくく、式の場所が書いてある箇所を捜し当てるのに時間がかかりました。どうやら、南アフリカのケープタウンでやるらしい。

う~ん。これは困った。南アフリカにおいでませ、と簡単に言われてもね。調べたところ、飛行機二回乗り継いで、片道にまる二日かかります。デニスはいい奴だし、出席したいのは山々だけど、ちょっと東海岸まで行ってくる、というのとはワケが違う。どのくらい本気で招待してくれてるんだろう?絶対来いよ、という本人からの念押しは受け取ってないしなあ…。

で、さっそく同僚達に意見を聞いてみました。全員口をそろえて、
「いくらなんでも、本気で来るとは思ってないでしょう。」
元ボスのエドがこう言いました。

It’s more of a courtesy invitation.
儀礼的な招待だと思うよ。

このCourtesy(カーテシー)というのは、よく聞く単語です。礼儀とか儀礼のほか、優遇、優待という意味にも使われます。よく聞くのが次の表現。

Courtesy call
表敬訪問

Courtesy car
送迎車

Courtesy seat
優先席

Courtesy phone
空港などにある無料案内電話


結局、メールで欠席を告げました。ちょっぴり残念…。

2010年8月30日月曜日

Bait and switch おとり商法

先週サクラメントで行ったクライアントへのプレゼンは、こんな具合で進みました。最初にこちらが売り口上を20分間展開し、続けて質問状を受け取る。審査員三人が15分間席を外している間に大急ぎでこれを検討し、戻って来た審査員たちが質問をひとつひとつ読み上げ、我々がこれに答える。

質問は8つほどで、それぞれが結構な難物です。15分間というのは思ったよりも短く、結局どの質問に誰が答えるかを割り振るので精一杯でした。私は結局3問を受け持ったのですが、担当しなかった質問のひとつにこんなのがありました。

We have experienced bait and switch many times. そういうことをしないという保証は?

なんとなく意味は分かったのですが、これにどう答えて良いのかなんて見当もつきません。

Bait and switch のBait (ベイト)は釣りなどのエサのこと。問題はSwitchです。切り替える、という意味は知っていたのですが、それじゃ話が見えません。今日調べてみたら、Switch には「小枝などでムチ打つ」という意味があるのですね。そう言われてみると、電気回路のスイッチは「しなやかにたわむ小枝」っぽい。

Bait and switchは値引き商品をおとりとして高額商品を買わせる、いわゆる「おとり商法」を指すのですが、ここでは「うちにはこんな優秀なコンサルタントがいますよ」と人材の豊富さを売りつけておいて、いざプロジェクトをゲットしたら「彼らは現在、ちょうど他のプロジェクトで忙しくて…」と二軍クラスの社員をあてがう、というやり方を意味しています。

プレゼンチームの大御所のひとりフィルが、
「我々の辞書に、そんな言葉はありません。大体そんな会社は二度と雇ってはいけません。我々の仕事は信頼で成り立っているのです。」
と噛んで含めるように言うと、別の大御所のケヴィンが、
「仕事を始める前に、そんなおかしな真似はしないという合意書を交わすというのはいかがです?」
と落ち着いて付け足しました。

私にはそんな回答、思いもつきませんでした。経験の長さというのは、こういう時に物を言うんだなあ、と感心したのでした。

2010年8月29日日曜日

The buck stops here 責任は私がとる

昨日は土曜だというのに、朝から会社のミーティングがありました。コンストラクションマネジメントに関わる社員が集まって、人脈作りをするのが主目的です。オックスナードの工事現場にあるトレーラーオフィスに朝8時集合。我が家からは270km(福岡から鹿児島くらいまでの距離)も離れた場所なので、金曜の晩に現場近くのホテルで一泊しました。

いくつかの議題の後、私がスケジュール作りに関するプレゼンを30分やりました。出席者は総務担当から現場の工事監督まで幅広いので、難しい話は避け、プロジェクトマネジメントの歴史を盛り込んだ写真中心のスライドを作って臨みました。予想通り、これがウマクイッタ。終了後、何人も私のところへやって来て、
「いいプレゼンだった。すごく面白かった。」
と肩をポンポン叩いてくれました。ああ良かった。これで往復8時間の運転も、苦痛でなくなります。

さて、会議の後半は自由闊達な意見交換があり、私の大ボスであるエリックが、
「この中でプロジェクトマネジャーは何人いますか?」
と質問しました。4人ほど手を挙げたのですが、オックスナードのプラント建設プロジェクトのマネジャーであるジムが、
「一応僕がこの仕事のマネジャーだけど、実務はそれぞれのチームリーダーに任せてるんだ。文書管理はそこのロバートが責任持ってやってくれてるし。」
すると私の隣に座っていた若手エンジニアのロバートが、笑いながらこう言いました。

The buck stops there, though.
最終責任はそちらが取るけどね。

The buck stops here というのはかつてトルーマン大統領が使って有名になった表現です。そもそも pass the buck(責任を転嫁する)という言葉があって、これをもじったわけ。「俺のところで責任は止まる」つまり「最終責任は俺にある」という意味です。ま、大統領なんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

問題は、何故 Buck(バック)なのか。Buck は1ドル札のことも指すのですが、それだとこの表現全体の意味が分からない。ちょっと調べてみたところ、またしてもこれがポーカー絡みの語源を持つらしいことが分かりました。

19世紀後半、アメリカではポーカーの人気が高かったのですが、いかさまが横行していた。それがもとで殺し合いが絶えなかったので、親は目印としてナイフを持つことになった。そのナイフの柄には大抵、鹿の皮 (Buck) が使われていた。Pass the buck は文字通り次の親にナイフを回す行動で、ここでポーカーの親と「責任」とが繋がるわけ。後にこのナイフが1ドルコインに取って代わられたので、今でも1ドル札をバックと呼ぶのですね。

トルーマン大統領はこのThe buck stops here! で知られているのですが、ロバートは昨日、これをちょっぴり変えて使ったというわけ。

こういう英語表現って、きっとアメリカを一歩出たら通用しないんだよなあ。

2010年8月26日木曜日

Digress 横道にそれる

今日はプロジェクトレビューのための電話会議がありました。ベテランPMのダグが現状を説明していたんですが、突然黙ってからこう言いました。

Sorry. I digressed.
ごめん。横道にそれた。

このdigress(ダイグレス)、過去に何度も聞いてるのにいざ使おうとすると思い出せない単語の代表例。分解すると、di(離れて)gress(歩く)で、アクセントは「グレス」にかかります。近いうちに、このセリフを使うためにわざと話を脱線させようと企んでいます。

2010年8月25日水曜日

Wordsmith  言葉の達人

火曜の朝サクラメント支社に到着し、今回のプレゼンをコーディネートしているデニスと初めて対面しました。ラテン系をイメージしていたのですが、バリバリのアジア系。外見はほぼ中国人ですが、目ヂカラが半端じゃなく、若い頃の仲代達也を彷彿とさせます。まだ三十代だと思うのですが、全身から自信がみなぎっていて、あの若さでディレクターのポジションにいるのも頷けます。

少し遅れて到着したプレゼンリーダーのエリックは、35年の経歴を持つ大ベテラン。エリックが8分、私が12分話す段取りです。三人でスライドを一枚一枚めくりながら、合わせ稽古をしました。もともとデニスがまとめたスライドだということもあるのですが、どうも調子がつかめません。不本意ながら箇条書きを棒読みするしかなかったのですが、それでもしどろもどろ。デニスがニコリともせず、

“What’s the take-home message here?”
ここで一番重要なポイントは何?

“You lost me. It didn’t transition well.”
意味が分からなかった。流れが悪いな。

などと、容赦なく注文をつけてきます。

“I won’t buy that. You sounded like, trust me because you can trust me.”
今のは受け入れられないな。「私は信頼出来る人間です。だから信頼して下さい。」って感じに聞こえたよ。

とダメ出しされた時には、さすがにちょっと凹みました。そんな私の心の内を知ってか知らずか、彼はすかさず提案を畳み掛けます。

“We shouldn’t paint a rosy picture. We should say, there were bumps in the road.”
先行き明るいなんて思わせちゃ駄目だ。正直に、色々大変なこともあったと言うべきだ。

ここに至って、「売り込み型」プレゼンには自分の持ち合わせている語彙じゃ、全くもって不十分なんだということを悟りました。デニスはいとも簡単に、状況に即した表現を次々と繰り出して来ます。まるで倉庫一杯に工具が納められていて、必要に応じて最適な一品を棚から取り出すように。私はプラスとマイナスドライバー一本ずつしか持ってないってのに!

久しぶりに、嫌な汗をじっとりかきながら合わせ稽古を終えました。デニスは私の出来の悪さに落胆したようで、顔をこわばらせていました。この後、彼とエリックが別のミーティングのため2時間ほど席を外したので、その間にスライドに書かれた内容を、すっかり自分の言葉に書き変えてしまいました。彼らが戻って来たので再び通し稽古をしたところ、
「随分良くなったね。」
との評価。

この後、残りのメンバーのケヴィン、キース、フィル(彼らは各業務分野の重鎮で、プレゼンではQ&A対応)が登場し、一緒に夕方までリハーサルを続けました。デニスの出す細かく的確な指摘は、このベテラン陣をも唸らせていました。
「デニス、君が来て全部まとめてプレゼンしてくれたらいいのに。」
と皆で笑いました。彼はコーディネートだけやって、プレゼンには参加しないのです。あとでフィルが、
「彼は大したWordsmith だな。」
と感心していました。

Wordsmith の「スミス」は、Blacksmith(鍛冶屋)、Silversmith(銀細工師)などで使われるように、「職人」という意味。Wordsmithは差し詰め、「言葉を操る職人」とか「言葉の達人」ってところでしょう。

そして今朝、クライアントに対するプレゼンを無事終了しました。昨夜はホテルの部屋で遅くまで何度も練習したので、自信を持って喋ることができました。今回はつくづく、「売り込み型」プレゼンの大変さを味わいました。帰りの飛行機で爆睡したことは言うまでもありません。帰宅して体重を量ったら、2キロほど痩せてました。

2010年8月23日月曜日

Just like that? それでおしまい?

週末に夫婦で、“Up In the Air” というジョージ・クルーニー主演の映画を観ました。全米の企業を飛び回り、従業員に解雇を告げるのが彼の仕事。誰もやりたくない汚れ役を外部の人間が演じるというわけ。

「私は17年間も真面目に働いて来たのよ。明日からどうしろっていうの?」
「お前は一体何様なんだ?初対面のお前にどうしてこんなことを言われなきゃならんのだ?」
などと罵倒されながら一人ずつ引導を渡す。解雇通告を受けた社員がよく使っていた表現が、

“Just like that?”

簡単な表現なんだけど、今ひとつ使い方が飲み込めない。ネットで調べると、「あっけなく」とか「やすやすと」とあります。映画に出てきた状況から考えると、

「それでおしまい?そんな簡単に片付けられちゃうわけ?」

という意味でしょう。他にどんな状況で使えるのかな、と思って今朝同僚のリチャードに聞いてみました。この手の質問にすばやく答えられる人って稀なんだけど、彼も唸って考え込んでしまいました。

「もしかして、長年付き合ってきた彼女に、他に好きな人が出来たから別れてくれって言ったら、Just like that? って言われる?」
と尋ねたところ、
「それだそれ!それこそぴったりなシチュエーションだよ。長期間かけて関係を築き上げて来たのにあっさりと別れを切り出されたら、そう言うよね。解雇シーンよりよっぽどしっくり来るよ。」
と、やや興奮気味に承認されました。

というわけで意味は良く分かったけど、使える場面にこの先巡り合うかどうか疑問な表現です。

2010年8月21日土曜日

アメリカで武者修行 第21話 感情なんて関係ない。

話は少しさかのぼり、3月半ばのこと。設計JVの片割れであるPB社のシアトル支社から、プロジェクトマネジメントのスゴ腕が送り込まれてきました。この男ジムは、十秒話しただけでその切れ者ぶりが嫌でも相手に伝わってしまうタイプ。頭脳明晰、たちどころに問題の本質を見抜き、微塵の迷いも見せずに決断します。アメリカ人の中でも図抜けてゴール・オリエンテッド(目標達成志向)な人物。常に「我々が達成しなければならないのは何か」を皆に問いかけ、組織のふらつきを正すのです。しかも底抜けに明るく、ウィットに富んだジョークで始終まわりを爆笑させてくれます。彼が来てからというもの、組織全体に活気がみなぎり、停滞していた事案も少しずつ動き始めました。彼の役割は、設計業務のスケジュールを管理し、何か問題があればそれを解決すべく動く、といったものらしいです。

そのジムが、ある時私がまとめた資料をいたく気に入り、それからというもの、私によく仕事を頼むようになりました。そして5月の中旬、マイク、グレッグ、リンダ、ケヴィンと開いたチームミーティングの席上、
「元請けとの変更交渉の資料作成は、これからはシンスケに任せようじゃないか。」
と彼が強く主張した結果、マイクの口から曖昧なOKが出て、下請け担当の私が突然、設計業務全体を見渡す仕事の責任者になってしまいました。彼は会議後、興奮した面持ちで私のキュービクルへやって来て、この仕事は組織の命運を握っている、元請けにうんと言わせるには完璧なドキュメント作りが決め手になるんだ、と業務の重要性を説きました。
「今はリンダがこの仕事の責任者だけど、彼女は所詮弁護士だ。技術的な視点が抜け落ちている。だからこそ、エンジニアのシンスケが適任なんだ。」

私にとって、これは願ってもないチャンス。この仕事で実績を残せば次のステップが見えてくるからです。ところがこの会話を傍で聞いていた老フィルがやってきて、
「彼はわしに何の断りもなく君に業務命令を出したようだな。」
とおかんむり。確かに直接の上司であるフィルを通さず仕事を引き受けたのはまずかったなあと思いましたが、ジムは気にもかけません。
「他人の声なんか気にするな。今はシンスケがこの仕事の親分なんだ。」

フィルに気を遣いながらも私は少しずつ資料作りを開始し、段々と形が出来てきました。設計業務には、予定外に発生する仕事がつきもの。元請けの担当者が会議で気まぐれな指示を出し、作業開始から2週間後に前言撤回するなんてケースは日常茶飯事。これをすべてきちんと文書化し、誰がいつどこでどういう指示をしたか、また何故それが契約対象外なのか、また業務に見合った労務費請求の根拠はかくかくしかじか、そういう資料を作るのはかなり骨の折れる仕事。聞き込み調査をする刑事さながらです。

そしてどうにかこうにか方法論が固まってきたある日、マイクから電話がありました。
「ちょっと来てくれないか。」
彼のオフィスを訪ねたところ、マイクが席についたまま目で入室を促します。リンダとグレッグが無言で立っていました。リンダは少しうつむき加減で壁にもたれています。張り詰めた空気。マイクが沈黙を破りました。
「何がどうなっているのか、俺にはさっぱり分からん。変更管理の仕事はずっとリンダがリードしてきたんだ。ジムが何を言ったか俺は知らんが、シンスケはこれまで通りリンダの指示を受けて動いてくれ。」
これにはさすがに意表をつかれ、一瞬言葉を失いました。しかし反射的に「分かりました」と答えていました。さらにマイクはリンダの方を向き、
「今シンスケに手伝って欲しいことはないか?」
と尋ねました。
「何もないわ。私ひとりで仕切れるわよ。」
床の一点を凝視したまま、機械の音声のような冷たい調子で彼女が答えました。
「グレッグは?何か言うことはないか?」
「私は何も。」
とグレッグ。
「そういうわけだ。リンダの指示を待て。」
マイクはそう言って私を下がらせました。

自分のキュービクルに戻り、たった今何が起こったかのかを冷静に考えてみました。「ジムがシンスケを使って私の仕事を奪おうとしている」とリンダが激怒し、マイクがそれをなだめるために私を外した、そんなところでしょう。

数時間後、リンダが席を外すのを待っていたかのように、マイクがこっそり私のキュービクルへやって来ました。そして小声でこう言ったのでした。
「さっきは悪かったな。ほとぼりが冷めるまで、暫く様子を見てくれ。」

翌日私はジムのところへ行き、
「もう聞いたかもしれないけど、僕は干されたから。やっぱりリンダがこの仕事のリーダーだし、彼女は誰の助けも必要ないってさ。」
と伝えました。ジムは心底驚いたようで、椅子から勢いよく飛び上がり、
「彼女と話してくる。」
とスタスタ歩き始めました。私は慌てて彼を制し、
「ちょっと待って。今彼女と話しても無駄だと思うよ。領域を侵されたことで感情的になっているからね。」
と言いました。彼は、気は確かか?といった表情で、
「感情なんて関係ない。俺達は今ビジネスの話をしてるんだ。これが正しいやり方だということくらい、彼女にも分かるはずだ。」
と言いました。
「それでもまずはマイクと話した方がいいと思うけど。」
と私が言うと、
「分かった。それじゃあマイクと話してくる。」
と急ぎ足で去って行きました。数分後に戻ってきた彼は、
「マイクはシンスケを外したわけじゃないよ。ただリンダの怒りがおさまるで待てってさ。」
と私に告げました。

そして翌週、六月最初の金曜日。夕方になって帰り支度をしていた私のところへ、ケヴィンが来て言いました。
「聞いたか?ジムに解雇通知が出た。来週一杯でクビだってさ。」
まさか先週のことが原因で?といぶかりましたが、知る術もありません。
「今日の晩、ジムとビールを飲みに行く予定なんだ。その時詳しく事情を聞いてみるよ。」

翌週月曜の朝、ジムの解雇原因についてさっそくケヴィンに尋ねました。
「どうやら、サンディエゴに異動になった時の強気な報酬交渉が祟ったようだな。役員を怒らせたのが直接の原因だろうって彼は言ってたよ。」
クビになった当人が本当の解雇理由を分かっているかどうかは、怪しいところです。しかし彼のこれまでの言動からして、上司とぶつかることなどいくらでもあるでしょう。ジムのような男の人生には、こういう事件がつきものなんだろうなと思いました。
「彼、落ち込んだり荒れたりしてた?」
とケヴィンに尋ねると、
「それが全然なんだ。次の目標は、来週の月曜までに新しい会社で仕事を始めることだ、と息巻いてたよ。」
どこまでもゴール志向な男だよなあ、と二人で笑いました。

そんなわけで、我々は有能な人材を一人失い、彼の残した仕事を引き取ったケヴィンは大忙しになりました。私もそのあおりを食って残業続きの毎日に…。

ちなみに当のジムは、解雇の一週間後には次の会社で仕事を始めたそうです。

2010年8月20日金曜日

Segue セグウェイ?

クライアントへのプレゼンのため、来週サクラメントまで出張することになりました。社外でプレゼンするのは4年ぶり。しかも今回はプレゼンチームの主役です。クライアントは、組織をあげてプロジェクトマネジメントのプロセスを統一しようとしていて、コンサルタント・チームを募集しています。彼らがPMBOK Guide に基づいたシステム作りを目指しているため、PMPの資格を持っている私に白羽の矢が立ったというわけ。

今週、サクラメント支社のチーム(誰とも会ったこともなければ、話すのも今回が初めて)と電話で何度か打ち合わせして来たのですが、コーディネータ役のデニスがパワーポイントのページをめくりながら、電話の向こうでこんな表現を何度か使いました。

This will セグウェイ into 〇〇.

セグウェイ?あの「世紀の大発明」とか言われながら鳴り物入りで登場したものの、まったく流行らなかった風変わりな乗り物のこと?

さっそくオンライン辞書でSegway を調べたのですが、名詞しか見つからない。他のスペルを色々試すうちに、ようやくSegue と綴るのが正しいことを知りました。

もともとはイタリア語で、楽曲が切れ目なく続くことを指すらしいのですが、それが転じて「滑らかに切れ目無く移行する」という意味になったようです。なるほどね。乗り物のSegway 、あの独特な動き方はまさにSegue だな。

A segues into B.
A が滑らかにB へ移行する。

いいじゃん。実にクールな表現だ。

2010年8月19日木曜日

Gospel 金科玉条

先日のトレーニングで、インストラクターのロンが使っていた英語表現をもう一丁。

Don’t take it as gospel. It’s more of a point of reference.
絶対正しいと思わないで下さい。むしろひとつの評価基準です。

このgospel(ゴスペル)って、ずっと音楽のジャンルだと思ってました。ゴスペラーズってグループもいることだし。キリスト教の福音書のことだったとは…。いや、知ってたな。知ってたけど忘れてた。As gospel で、絶対正しい、金科玉条の、という意味になるので、俺の言ってることをまるごと信じるなよ、と断りを入れる時に使えます。

大事なのは、冠詞無しで使うってことですね。As a gospel とは言わない。福音書はこの世にひとつなので(たぶん)。

2010年8月18日水曜日

White Elephant ありがた迷惑な贈り物?

月曜、火曜と二日間、社外トレーニングを受けて来ました。Practical CPM Scheduling というのがテーマで、Primavera(プリマベーラ)というソフトウェアの上級コースです。社内でエキスパートを名乗って来た私ですが、このトレーニングの後、自分は何も分かってなかったんだなあ、と目の覚める思いがしました。

熟練インストラクターのロンは、私が抱えていた無数の疑問を悉く解消してくれて、鼻づまりがすっかり治ったような爽快な気分でした。今回悟ったのですが、聞きたいことが山ほどあると授業中眠くならないんです(昔から私は、大抵の授業で居眠りしてました)。眠い授業にしない秘訣は、生徒が疑問で頭を一杯にして臨むことだ!

さて、ロンが授業の中で使った英語表現に、こんなのがありました。

Primavera is another white elephant for IT people.
IT担当者たちにとってプリマベーラは、またも現れたWhite Elephant なんだ。

何?白い象?なんのこっちゃだったので、帰宅してすぐ調べました。「厄介者」、「無用の長物」という訳が一般的のようですが、Wikipediaの語源を読む限りでは、この和訳はちょっとズレてる気がします。東南アジアで繁栄の象徴とされている白い象。これを君主から贈られることは名誉であると同時に、迷惑なことだった。死なないように大事に育てなければならないし、大量のエサが必要なので膨大なコストがかかる。私はこれを、「ありがた迷惑なギフト」と訳したいと思います。

マリアにこの話をしたら、
「シカゴにホワイトエレファントっていうお店があったわよ。家具だとか電化製品とかがわんさか売られてるの。」
と。ついに見切りをつけられた「白い象たち」の集合場所。我が家にはそういうブツ、無いなあ。

2010年8月16日月曜日

アメリカで武者修行 第20話 そう簡単にドジは踏まないよ

2003年5月2日、大統領が戦闘終結宣言を行ったというニュースが流れました。イラク戦争が事実上終わったということです。幸運にも戦争は私の仕事に何の影響も及ぼさず、着任から半年が経過しました。

この数ヶ月間、元請けや下請けに宛てて毎日2通くらいのペースで手紙を書いて来ました。元請けのORGに対しては、
「先日依頼された業務は契約書第何条に合致しないので契約額を変更願います。」
そして下請けに対しては、
「御社の請求書の二番目の項目はこれを正当化する事前の合意文書がないので支払えません。」
といった内容が中心。日本で働いていた頃は外部向けの文書を出す場合、決裁書にたくさんのハンコをもらっていました。係長、課長代理、課長、次長、部長、という順に。当時そのことについて特に深く考察したことはなく、それが組織の意思決定というものなのだ、と素直に受け入れていました。

だからこのプロジェクトに参加した当時、マイクのサインさえ貰えば良いと知った際には唖然としました。なんて平たい組織なんだ、これがアメリカの組織の意思決定か!そう無邪気に興奮したのも束の間、2ヶ月もたたないうちに業務量が数倍に膨れ上がり、組織は急拡大。仕事のプロセスも複雑化し、とてもマイク一人の手には負えなくなりました。文書の草案を持って行っても、
「一体全体、何の話をしてるんだ?」
という反応が返ってくるようになりました。そしてある日、
「シンスケ、これからはグレッグにもチェックしてもらってくれ。」
とギブアップ宣言。そこで草案の片隅にサイン欄を設け、当時ナンバー2だったグレッグにイニシャルを書き込んでもらってからマイクに持っていくようになりました。

その後、リンダとフィルが私の仕事を中間管理するようになったため、彼等の名前もサイン欄に加わり、クレイグのトップ就任によってマイクの名前は箱の中へ移動。事案によっては担当者にも確認して貰うようになったため、草案チェックのプロセスが5倍くらいに延び、手紙一通出すのに三日から一週間はかかるようになりました。なんだ、これなら日本でやってきた決裁とちっとも変わらないな、と少しがっかりしていたのですが、皆の反応を見ているうちに、どうもこれはそれほど一般的なやり方じゃないみたいだということに気がつきました。

老フィルは、
「これはとてもいいアイディアだよ。その事案に関与している全ての人のチェックを通ったことがひと目で分かるからね。」
と、さもこれが革新的なシステムであるかのようなことを言うし、リンダは、
「いい習慣ね。どんな通信文書も必ずこのプロセスを通すことを勧めるわ。そして責任者達のイニシャルがついた草案は別フォルダーに綴じてしまっておくの。後で裁判になった場合、それがあなたの身を守ってくれるわ。」
と、あくまでもCYA (Cover Your Ass) の観点からこの決裁システムを賛美しています。彼女の論点はつまり、責任者達のサインやイニシャルがついた草案は組織の正式文書として保管されるわけではなく、あくまでも「何かあった時に自分に責めが及ばないようにする」ための武器だというのです。

そういう視点で決裁というシステムを考えたことは一度もありませんでしたが、言われてみれば、サインを依頼した時の人々の反応に合点が行きます。
「ほんとに俺がサインしなきゃいけないの?」
という渋い表情を浮かべる人は多いし、サインする前には皆しっかり時間をかけて内容を一言一句確認するのです。本来はもちろんそうあるべきなのでしょうが、自分はかつてわりと安易に印鑑を押していたので、いささか新鮮でした。

測量会社からの請求内容と業務の達成状況とを照合するため、実際に個々の測量業務を依頼した担当者の名とその仕事の進捗状況を、表にまとめた時のことでした。当の担当者達に確認してもらおうとサイン用の紙を一枚添付してオフィスを回ったところ、最初に訪ねたデイヴにきっぱりと拒絶されました。
「俺はこんな紙切れなんかにサインしないよ。」
当惑していると、彼が続けました。
「これにサインしてしまえば、一覧表にある全ての業務の責任を取らされかねないからね。俺は自分の担当業務にしか責任は持てないよ。」
そう言ってサイン用の紙をはねのけ、表中の自分の名前の横に小さくイニシャルを書き込みました。
「俺にとって一番大事なのは、プロジェクトの最終日までこのケツが胴体と繋がっていることだ。そう簡単にドジは踏まないよ。」

書類にサインすることの怖さを、自分はデイヴほどは分かっていなかったなあとつくづく思ったのでした。日本で働いていた頃は、「責任を取る」という言葉が今ほどは現実味を帯びていませんでしたから。

さて5月の第一週のこと。ディレクターであるクレイグの辞任が突然発表されました。コロラド州交通局から技術職のトップとして迎えたいというオファーがあり、それを受けることにしたというのです。就任からわずか3ヶ月で転職…。いかにもアメリカらしい話です。総務経理担当のシェインがオフィスの隅にケーキとお茶を用意して、立食式のささやかな送別会が開かれました。
「随分悩んだのですが、娘たちがコロラドに住んでいるということもあり、家族でよく相談して決断しました。かつてこれほど優秀な部下達と働いたことはなく、そんな皆さんとお別れするのは本当に残念なのですが…。」

理由の真偽はどうあれ、トップがたった3ヶ月で辞めてしまうのです。当然、部下達は浮き足立ちます。人だかりの中、ひそひそ話が始まりました。
「本当に個人的な理由なのかな。このプロジェクト、危ないんじゃないの?」
そんな懸念に先回りするかのように、送別会に参加していた本社のお偉方が、
「後任のディレクターは、月末には到着します。彼はきっと腰を落ち着けて活躍してくれるでしょう。既にこのエリアに家を買ったそうですから。」
と補足しました。隣に立っていたミシェルが、
「ちょっと眉つばっぽいわよね。」
と声をひそめていたずらっぽく笑いました。

午後遅く、クレイグのオフィスを訪ねました。夕陽の差し込むがらんとした部屋で、ダンボール箱に荷物を詰めているところでした。
「クレイグ、私としては今回のことを、とても残念に思っています。でも、コロラドでの仕事がうまく行くことを祈ってます。」
「どうも有難う。私もこんなに短期間での転職は予想もしていなかったよ。」
彼は作業の手を休めて立ち上がり、握手を求めて手を差し出しました。
「これからも、今の調子でプロジェクトに貢献してくれ。」
私はふと、前から聞いてみたかった質問を口にしてみました。
「クレイグ、この仕事はペースも速いし、プレッシャーもキツかったと思います。日々、ストレスは溜まりませんでしたか?どうやって毎日冷静に過ごされてたんですか?」
彼は表情を変えずに少し考え、それからこう答えました。
「私だって、何度か夜中にうなされたことはあるんだよ。だがね、大事なことは、チームの皆を信頼することなんだ。信頼していれば、不安に苛まれることはない。」

まるで部外者から「たちの悪い」冗談を聞かされたようで、釈然としないまま自分のキュービクルに戻りました。「信頼していれば、不安に苛まれることはない」だって?彼はここで三ヶ月、一体何をやってたんだ?マイクやリンダが彼をどう思ってたか、気付かなかったとでも言うんだろうか?いや、そんなはずはない。彼はシャープな男だ。当然気付いてたはずだ。しかし気付いていてそういうコメントを思いついたとすれば…。

私はじわじわと腹が立って来ました。自分が「小物扱い」された気がして怒りがこみ上げて来たのです。まるで「こんな下っ端に、誠実に答える価値などない」、という心の声を聞いてしまったみたいで。

ナメてもらっちゃ困る。アメリカでこそまだまだ新参者だが、日本ではそれなりに仕事の実績を積んで来たんだ。くそっ!このままでは終わらないぞ!ひとりメラメラ燃えながら、残業に突入したのでした。

2010年8月15日日曜日

Jackpot! 大当たり!

いよいよ今月末、同僚エリカがラスベガスへ引越すことになりました。彼女はオフィス内を回って荷造り用のダンボール箱を探していたのですが、初めて話しかけたエンジニアの社員が、ちょうど大きな荷物の移動を終えたところだと、大量の箱を提供してくれたそうです。

I hit the jackpot!

と嬉しそうに笑う彼女。このJackpot というのはもともとポーカー用語だったらしいのですが、今ではスロットマシーンの大当たりを指すようです。日常会話で用いられる時は、「思いがけない大当たり」となります。

こういう表現を学ぶたびにいつも思うんだけど、どうしてここで定冠詞を使うんだろう?

I hit a jackpot!

じゃいけないの?と。

今のところ私の解釈は、スロットマシーンが出す中で最高の、ひとつしかない賞を指すからThe なのだ、ということ。どうでしょう?

2010年8月14日土曜日

Weigh In 論戦に参加する

切れ者PMのキャスリンが、オンラインの月次レポートを仕上げにかかっていてたのですが、昨日のメールでこんなことを書いて来ました。

I did my part, but can you weigh in on the 2 financial questions?
私の担当部分は終わったんだけど、財務関連の質問二つに答えるの、手伝ってくれない?

このWeigh In というのは目新しい表現。さっそく調べたところ、スポーツ選手が「計量する」という訳が最初に出てきました。そして二番目が、「介入する」とか「助けに入る」。「出場を懸けて体重計に乗っかる」動作を思い浮かべると、「ややこしいことに足を踏み入れる」という意味が派生したのは頷けます。前置詞 on を伴うと「論争に参加する」というニュアンスになり、キャスリンは私に「質問に答えてひとつ論じて欲しい」と要請していたのですね。

ビミョーな表現、気に入りました。使う機会を探します。

2010年8月13日金曜日

Blurb 自賛広告

同僚エリカの旦那マークが遂に、ラスベガスでの観光ヘリの仕事を開始したそうです。初日はグランドキャニオン周遊ルートを3回飛んだとか。エリカが電話で、
「チップは全部でいくらもらったの?」
と尋ねたところ、たったの5ドルだったそうです。ベテランになるとチップだけで週に500ドル稼ぐそうなので、そのあまりの少なさに思わず笑ってしまったと彼女が言いました。いつも軽いノリのマークでも、さすがに緊張して口数が減ったらしいのです。

彼が飛行士仲間にチップの額を話したところ、こんな風に言われたそうです。

“You have to come up with some blurbs to get tips.”
「何か売り口上を考えないと、チップはもらえないぞ。」

Blurb というのは、本の背などに載せる自賛広告のこと。中身の抄訳とか著者紹介とかを織り交ぜた、短い宣伝文句ですね。ブラーブとブルーブの中間くらいの発音。ラスベガスから観光飛行しようって客は、チップの習慣がない国から来ている旅行者が大半。だから、自分達はチップをあてにしているのだということをきちんと伝える必要があるのです。Blurb の「自分で書く」広告というニュアンスが、この文脈に合っているのですね。

ところで初飛行に際しては、会社の人からこう釘を刺されたそうです。
「くれぐれも、これまで何回飛んでるんですか、というお客さんの質問に、初めてですとは答えないように。」
そりゃそうだ!

2010年8月11日水曜日

Coined Terms 造語

語彙の豊富さでは他の追随を許さない、コンストラクション・マネジャーのトム。彼が話し始めると、その優美な語り口についつい耳をそばだててしまいます。昨日も契約担当のリエンと立ち話しているのを仕事しながら聞いていたのですが、彼が突然耳慣れない単語を使ったので、思わず振り返ってしまいました。彼の方も私が聞き逃さないことを予期していたようで、リエンに
「ほら、シンスケが食いついたぞ!」
と嬉しそうに笑っています。メモ用紙を渡してその単語を書いてもらったのですが、これがどういう意味なのか、皆目見当がつきません。

Shankapotomus

「シャンカパトマス??何これ?初耳だけど。」
トムは心得顔で、
「そりゃそうだ。辞書には載ってないぞ。」
とニヤつき、もったいぶっています。
「ちゃんと教えてよ。何なの?この言葉。」
彼の説明によれば、これはテレビコマーシャルから飛び出した新語であり、アメリカ人ならニヤッと笑えるニュアンスがあるのだそうです。

Shank (シャンク)とは、ゴルファーが大失敗した時に放つ、とんでもないファールボール。Potomus はHippopotamus (カバ)の後半部分で、動きの緩慢な男性を指すようです。Shankapotomusは、これを合成した造語。「ドジでぶざまなおっさん」てな感じでしょうか。ネットを調べたところ、Etradeという会社のテレビコマーシャルで、赤ちゃんが口をパクパクさせているところに大人の男性がセリフを合わせて小憎らしいことを言わせる映像が出てきました。

アメリカ人数人に尋ねたところ、全員この単語を知ってました。「ちゃんとした言葉じゃないよ。おふざけの造語だよ。」との但し書き付きですが。

ところでこの「造語」ですが、英語では

Coined Terms

と呼びます。コイン(貨幣)が動詞になると「鋳造する」ですが、それを言葉にも使うところが英語らしいなあと思います。Coined Phrase とかCoined Name なども、良く見る例です。

Who coined the term Shankapotomus?
シャンカパトマスって誰の造語?

てな感じで使われます。トムが最後に真面目くさった顔で、
「くれぐれも、ビジネス・ミーティングでは使わないように。」
そしていたずらっぽい笑顔になって、こう付け加えました。
「俺には使っても全然構わないよ。It’s totally cool to me!」

2010年8月9日月曜日

Volcanic Temper キレやすい性格

私の好きなビジネス本のひとつに、 What Got You Here Won’t Get You There というのがあります。トップ企業のエグゼクティブを対象としたコーチングをしているマーシャル・ゴールドスミスという人が書いていて、たくさんの実例が扱われています。中でも私が気に入っているのは、ものすごくキレやすい人の描写。これを筆者は、

This executive was notorious for his volcanic temper.
この重役は、キレやすいことで悪名を馳せていました。

と表現していたのです。このVolcanic(火山性の)Temper(気性)というのが何とも写実的でいいじゃない!

で、実際に職場で何度か使ってみたところ、
「面白いね、その表現!」
と大うけでした。ちなみに、私の周りを見渡した限りでは、アイルランド系の男性にこの傾向が多く見られるようです。実際、Irish Temper という言葉まであるほどこの人たちの好戦的な性格は有名で、そのキレ方は笑っちゃうほど極端です。

追記:これ、あからさまな悪口になりますので、必ず最後に、"He really is a good man." 「本当はいい奴なんだよ。」と補足しましょう。

2010年8月8日日曜日

Bet or Wager? 馬に賭ける!



昨日の午後、我々夫婦の長年の友人であるK子さんに誘われ、皆でデルマー競馬場へ行きました。私達は競馬に関しては全くの素人なのですが、連戦連勝のゼニヤッタという人気馬がやって来るというので興味をそそられました。さらに、
「パドックで、前足をひょこひょこ動かして踊るのよ。」
とK子さんに言われ、そいつはちょっと面白そうだ、となったわけ。

デルマー競馬場には、目を血走らせたおっさん達だけでなく、家族連れやカップルが詰め掛けていて、まるで国民的スター歌手のコンサートみたいな熱狂ぶり。この馬が得意としているのは、最終コーナーまでずっと後方につけておいて、最後の直線でいきなり前方集団をゴボウ抜きするという、極めてアピール度の高いレース運び。この日のレースでも美しい追い込みを見せ、鼻差で優勝をもぎとりました。18戦18勝。まさに競馬界のヒクソン・グレーシー(たとえがちと古いが)。観客は割れんばかりの歓声でこれを迎えます。

K子さんはゼニヤッタに10ドル賭けたのですが、さすがに人気抜群なので、当然倍率は低い。ど素人の私達は電光掲示板の数字(ちんぷんかんぷん)を見ながら、
「優勝したら元本割れすることってあるのかな?」
とか話してました。結局K子さんは11ドルの返金を受けました。1ドルの儲け。

ところでこの「賭け」。私はずっと英語ではBet というのだと思っていたのですが、K子さんが換金に行ったところで看板に、

How To Place Your Wager
賭けの手順

という文句を発見。Wager? 何それ?

帰宅してから調べてみたのですが、この言葉はBet とほぼ同様に用いられているようです。明確な違いは、Wager の方が言葉としての歴史が長く、古風な響きがあるということ。Make a bet よりPlace a wager の方が、70年以上の伝統を誇るデルマー競馬場にふさわしい、クールな表現であることは確かでしょう。

アメリカで武者修行 第19話 ただのランチよ。

2003年3月17日月曜日。アメリカ軍がイラク空爆を開始し、いよいよ本格的に戦争が始まりました。この軍事行動の準備にどこまで深く関わっていたのかは知るべくもありませんが、この日の朝、マイクが二週間の予備役任務から戻って来ました。予想通り、土質調査会社との一件について週末にリンダから報告を受けていたようで、朝から彼の怒りが炸裂です。
「お前がいながら、どうしてそうやすやすと交渉の糸口を与える羽目になったんだ?」
私が率先して進めた話なので、「お前がいながら」という前置きは的外れです。
「クレイグも了承した上でのことなんですが…。」
「あの男はこの仕事を始めたばかりでまだ状況を把握していないんだぞ!お前が食い止めないでどうする?!」

さらにその週の木曜日、フィルのキュービクルで打ち合わせをしていたところへ、マイクが飛び込んできました。今にも私を張り倒さんばかりの勢いで、
「これは一体どういうことだ?!」
と、クレイグのサインがついた契約書のコピーを私の鼻先に突きつけます。造園設計会社と追加契約した件が、ついにバレたのです。
「なんでこんな高額の契約書を作ったんだ?お前正気なのか?何でクレイグにサインさせたんだ?」
老フィルが、のんびりした口調で説明を始めました。
「造園設計費はプロジェクトの予算に含まれていなかったんじゃよ。まさか無料で働けとは言えんだろう。」
フィルが言い終わるのを待たず、マイクは踵を返して自分のオフィスに帰って行きました。

その後数分して、リンダが怒りに唇を震わせながら私のキュービクルに現れました。どうやら今度はマイクが彼女に告げ口したようです。
「食堂に行きましょう。」
リンダの後をついて食堂まで無言で歩き、大テーブルの隅に向かい合って座りました。
「私は今、なんとか冷静さを保って話しているのよ。あなたのやったことは、途轍もなくインパクトの大きい話だってことを分かって欲しいの。下請け業者に対して公正に振舞おうとしているのは分かるわ。でも、可能な限りお金を絞りつつ彼等に仕事をさせるのがあなたの役割なのよ。一瞬たりともつけこませては駄目。これはタフなビジネスなの。あなたもタフにならなきゃいけないわ。」
私の頭にも血が上っていたのでしょう。「タフになる」というのは具体的にどういうことなのかが、全くイメージ出来ません。すると、彼女の方から答えを提供してくれました。
「今すぐ下請けに手紙を書きなさい。この契約は間違いだった、再度話し合いたいって。」

これは断じて間違いなんかじゃありません。組織のトップがサインした契約なのです。一枚下の層にいる人間が手紙を送ったところで、要らぬ混乱を招くだけです。そんな反論をぐっと吞み込んで自分のキュービクルに戻り、手紙を仕上げてリンダに渡しました。彼女は無表情でそれを読み終わった後、
「マイクのサインは私がもらうわ。」
と消えて行きました。そんな訳で、マイクとリンダの怒りの表情が頭の隅に貼り付いたまま、どうにも気の晴れぬ週末を迎えました。

明けて月曜日。午前も終わりに近づいた頃、リンダが不意に私のところへやって来ました。
「マイクとランチに行くんだけど、一緒に行かない?」
これには椅子から身体が飛び上がるくらい驚きました。ここで仕事を始めて約五ヶ月、食事はおろかコーヒーにさえ誘われたことがなかったのに、どうしてこのタイミングで誘ってくるんだ?
「ランチミーティングってことですか?」
と尋ねると、
「いいえ、ただのランチよ。」
と微笑むリンダ。実は家から弁当を持って来ていたのですが、これはきっと断れない種類の誘いなんだろうなと思い、
「ええ、喜んで」
と答えました。
「マイクは今現場に行ってるの。彼が戻って来たら出かけましょう。」

それからマイクが事務所に到着するまでの間、仕事が全く手につきませんでした。
「この週末にリンダと良く話し合った結果、お前はこの仕事にふさわしくないという結論に達した。今日限りで荷物をまとめて職場を去ってもらいたい。」
そういう宣告の場としてランチを使うことは、充分考えられます。ようやくファミリーライフが再開したところだっていうのに…。気がつくと、脇の下に嫌な汗をびっしょりとかいていました。その時、
「ヘイ、マイフレンド。」
と声がしました。設計チームの一員で契約社員のカルヴァンが、キュービクルの仕切り壁の上に鼻から上だけ覗かせています。彼とは数日前、健康のため昼休みに歩こうじゃないかという話をしたところだったのです。
「今日あたりどうだい?ウォーキングシューズは持ってきた?」
しかし私の硬直した表情に気付いたのか、
「どうしたんだ。顔色が変だぞ。」
と心配げな声で言いました。
「今日は駄目なんだ。残念だけど。」
「おいおい、随分深刻そうだな。何があったか知らないが、とにかく深呼吸だ。深呼吸。ちゃんと息をしなきゃ駄目だぞ。ここにいる連中はみんな呼吸することを忘れてる。」
「分かった。深呼吸だね。やってみる。でもとにかく今は駄目だ。後で話すよ。」
「オーケーオーケー、じゃ明日にしよう。」
カルヴァンが立ち去ったのと入れ替わりに、
「準備はいい?」
とリンダがやってきました。

「家族はみな元気でやってるの?」
職場から十分ほど走ったところにある小さな日本料理店で、リンダが口火を切りました。私はことさら憐憫の情をかきたてようと、少々大袈裟なまでに家族水入らずの幸せな毎日を描写し、第二の矢を牽制しました。
「日本ではどんな仕事をしていたんだっけ?」
そら来た、今度は仕事関連の質問だぞ。無職時代に何度も練習してきた通り、すらすらと自分の実績をアピールしました。マイクは一言も口を挟まず、いつもの仏頂面でてりやきチキン定食を黙々と食べ続けています。ここで私は思い切って話題を変えてみました。
「ところでリンダ、ロースクール(法科大学院)時代の話を聞かせて下さいよ。すごく厳しい競争環境だと聞いたことがありますが、本当にそうなんですか?」
するとリンダは表情を和らげ、かつて彼女が開発した「教授の厳しい質問をさらりと交わすエレガントなテクニック」だとか、彼女の鋭い論ぱくに逆上した意地悪な教授の話だとか、面白いエピソードを立て続けに披露してくれました。早々に食べ終わっていたマイクは、その間ただただ黙ってつまらなそうにリンダの顔を眺めていました。その沈黙は、「いい加減に締めくくってそろそろ本題に入れよ。」という催促とも解釈できるし、「勘弁してくれよ。俺はその話聞くの、これでもう3回目だぜ。」という不満の表明とも取れる、微妙なものでした。

しかしそうこうするうちランチは終了し、マイクがそそくさと代金を支払い、席を立ちました。え?これだけ?本当に「ただのランチ」だったの?マイクの車で職場に戻り、疑念が完全に晴れぬまま午後の仕事に入りました。どうやらとんだ取り越し苦労だったようですが、このわずか一時間半で経験した精神的な消耗は相当なものでした。トイレの鏡に映った自分がすっかり白髪になっていなかったことが不思議に思えたほど。

帰宅して妻に今回の一件を話したところ、
「週末に二人で話し合って、シンスケには少し言い過ぎたから月曜にはご飯に誘おうってことになったんじゃない?」
と、とんでもなく暢気なコメントが返って来ました。
「そうかな。まあ、そう思っておけば気が楽だね。」
「やめられちゃ困ると思ってるのよ、きっと。」
「そこまで都合よくは考えられないよ。」

翌日、カルヴァンを誘って昼休みのウォーキングに出かけました。職場から十分ほど歩いて角を曲がると、突然美しい芝生の公園が開けます。広大な芝生の広場は人口湖を囲んでいて、我々はその湖を一周することにしました。汗をかくくらいの早足で歩きながら私は、前日の顛末を話しました。暫く黙って聞いていたカルヴァンは、
「そうか、そんなことがあったのか。様子が変だとは思ってたんだ。」
それから少し間を置いて、
「でもまあ、悪いけど俺に言わせりゃそんなの大した話じゃない。クビになったらなったまでのことだ。次の仕事を探すだけの話だよ。」
このあっさりした片付け方に、私は少し傷ついていました。
「僕はとてもそんな簡単には考えられないよ。自分ひとりなら何とかなるけど、家族の生活を守らなきゃいけないんだよ。」
「俺はね、これまで無数の仕事についてきたんだ。クビになった回数なんて数え切れない。一から出直すのにももう馴れたし、いちいち感情的になるのはとうの昔に止めた。俺の場合、それ以外にも差別という要素があったしね。」
「差別?どうして?」
「分かるだろ。これだよ。」
彼は自分の手首を指差しました。その時、彼が黒人であることを初めて意識させられました。肌の色の違いが差別に繋がる世の中はとうに終わりを告げたとばかり思っていた私には、正直、意外でした。
「え?、まだそういうの、あるの?」
「あるさ。まだまだある。」
「知らなかった。僕はこの国に来てまだ二年ちょっとしか経っていないけど、これまで人種差別を経験したことがないんだ。」
「うん、まあきっとそういうのは黒人である我々にしか分からないと思うよ。」
「僕もアジア人だけど。」
「そいつはまったく違うよ。」

彼は少し黙った後、こんなことを口にしました。
「俺はね、一度死にかけてるんだ。脳に腫瘍が出来て、ある日仕事中に倒れたんだ。昏睡状態が何日か続いてね。で、手術で奇跡的に生還したんだ。」
「後頭部の傷は、手術跡だったんだね。」
「うん。その時から人生がガラリと変わったよ。仕事に復帰した後すぐクビになったけど、それはもうどうでも良くなった。その日その日を目一杯楽しんで、自分が今呼吸をしている、そのことに純粋に感謝して生きてるんだ。」
カルヴァンのこの言葉に、何か救われた気がしました。そして背筋を伸ばし、大きくひとつ深呼吸をしました。

2010年8月7日土曜日

I’m out of the woods. もう大丈夫。

昔、村上春樹の「ノルウェイの森」の英語題が “Norwegian Wood” だと知った時には、おやっと思いました。森はForest だとばかり思っていたので。しかもWoodという単数形で「森」になるの?と。これは、そもそもビートルズの歌が和訳された時点での誤訳を村上氏が確信犯的に使ったようですが、たとえWoodsという複数形だったとしても、私にはしっくり来なかったでしょう。

昨日の夕方、エリカが私のオフィスの戸口に立って言いました。
「車の調子が悪くて修理屋に出してるの。今からエドに乗せてもらって様子見に行くんだけど、もしかしたらまだ直ってないかもしれないんだって。エドはその足で家に帰らなくちゃならないから、もしそうなったら私、ここに戻って来れないし、家に帰れないのよね。修理屋から電話したら、迎えに来てくれる?」
お安い御用と承知したのだけれど、30分ほどでふらっと彼女が戻って来ました。
「代車を出してもらったの。週末も使っていいって。心配かけたけど、もう大丈夫。」
この「もう大丈夫」というのを、彼女は

I’m out of the woods.

と表現しました。「森から脱け出したわ。」という感じですね。考えてみたら、脱出したくなるような深い「森」になんて入ったことない。西洋の童話にはよく森の恐ろしさが描かれているのですが、そもそも同じ意味での「森」って日本にあるのだろうか。富士山の樹海あたりがそうなのかな。

ところで色々調べてみたら、ForestはWoodsよりも密度の濃い、獣なども住んでいるような鬱蒼とした森林を指すようです。そうなると、

I’m out of the forest.

の方が安心感をずっとうまく表現出来ると思うんだけど、そういう言い回しは無いみたいです。

2010年8月6日金曜日

Toy Story 3 はTear-Jerker か?

昨日の午前中に家族連れ立って、今日の便で日本に帰ってしまう息子の友達も連れてToy Story 3を観に行きました。夏休み中のため大混雑を予想していたのですが、木曜の午前中だったので、客はわずか10人程度(何という贅沢)!

映画の三作目というのは観客のハードルが高くなっていることもあって、コケる場合が多いと思います。私はToy Story もToy Story 2も大好きなので、期待を裏切られることを半ば予期していました。しかしなんと、そんな心配は全くの無駄でした。正真正銘、名作です。子供の成長と旅立ち、友との絆、そして別れ、愛する人の裏切りが残す心の傷など、胸を抉る様々なテーマが見事に織り合わさって、最後の30分は、一流の指圧師が涙腺を丹念にマッサージしてくれているようでした。映画館であんなに泣いたのは久しぶりだなあ。

午後、感動から醒めやらぬまま職場に戻ったのですが、同僚マリアにこの作品を薦め、「泣けるよ~!」と言おうとして、 “It’s a real tear-joker.” とうろ覚えの単語を使ったところ、
「あ、Tear-Jerkerね。」
と訂正され、ちょっと恥ずかしかったです。Jerk というのは「ぐいっと引っ張る」という意味があり、Tear-Jerkerは「涙をぐいっと引き出しちゃう奴」ということですね。

その後、この単語の意味をネットで調べていて、「お涙ちょうだい」という若干蔑んだ態度の日本語訳が多いのに気付きました。もしそうだとすれば、何だかToy Story 3に申し訳ない気がします。あれは断じてそんな薄っぺらい作品じゃない!英語の辞書サイト(Merriam-Webster)を調べてみると、

“a story, song, play, film, or broadcast that moves or is intended to move its audience to tears.”

とあります。「泣ける」と「泣かせる」の両方あるようですが、「お涙ちょうだい」までの悪意は感じられません。さらにネットを探すと、BBCで製作者に対するインタビュー “Why Toy Story 3 is a tear-jerker.” があり、これを聞いてさらに確信が深まりました。もしもこれが「Toy Story 3 は何故お涙ちょうだい映画なのか」という意味だったら、取材を受けた側が厳重抗議するでしょう。Toy Story 3 は何故「泣ける」のか?というのが正しい理解だと思います。

2010年8月5日木曜日

Cliffs Notes アンチョコ

去年の夏、元ボスのエドが中心となってプロジェクトマネジメントのためのコンピュータ・プログラムが開発されました。今年中には世界中の支社のPMに使用が義務付けられる予定なのですが、昨秋使用を始めた環境グループのPM達には、あまり評判が芳しくありません。インハウスのプログラムにありがちな話なのですが、デザインが荒削りで、どのボタンが何をしてくれるのか、直感的に分からないのです。苛立ちを募らせたPM達は、時に「Fワード」まで織り込んでこのプログラムを罵ります。そこで私が登場するというわけ。Can I help you?

プログラムと格闘を続けた末に、疲れ果ててギブアップした人を鮮やかに救ってあげると、とても感謝されます。なんだかエドと組んでマッチポンプを演じているようでちょっと心苦しいのだけど、「困った人のいるところに飯の種あり」で、今の私はこのプログラムの恩恵に大いに浴しているのです。

先日、中堅PMのスティーブから、「ちょっと俺のオフィスに来てくれ」と電話がありました。数日前に、どうやってプロジェクトのデータ更新をすれば良いか、箇条書きにしたメールを送ったところでした。彼のオフィスを訪ねてみると、極めて初歩的な質問をされました。実際PM達のほとんどは、その初歩的な知識が無いためにプログラムを操れないのです。質問に丁寧に答えると、ようやく得心したように礼を言い、

“Then I’ll follow your cliffs notes.”

と私のメールをモニター画面に映しました。このCliffs Notes というのは、Cliffが「崖」ということから、以前は「崖から飛び降りる人の書置き」だと思い込んでいました。調べてみると、これはアメリカの学生なら誰でも知っていると言っても良いほど広く使われている、教科書の要約版冊子のことなのでした。Cliff という名の人が始めたビジネスだからこういう名前になったので、崖とは関係ありません。本屋に行くと、大抵専用の回転棚に沢山収まっているのですが、同じような商品は日本にもあるのでしょうか?和訳は「教科書ガイド」、または「アンチョコ」だと思います。スティーブはこう言ったというわけ。

「じゃ、あんたのアンチョコ見てやってみるよ。」

もっとも、「アンチョコ」という単語が今の日本で一般に使われているかどうかも怪しいんだけど。

2010年8月4日水曜日

Time is of the essence 期限厳守

組織で働くことの利点のひとつは、多様なバックグラウンドを持つ人達から気軽に知識を頂戴出来ることだと思います。それも無料で。廊下を挟んで斜め右のオフィスにいるラリーは弁護士で、契約関係の大御所です。昨日の夕方、数年前からひっかかっていた疑問をぶつけてみました。

プロジェクトの契約書には大抵の場合、次の一文が大きな顔でふんぞり返っています。

Time is of the essence.

直訳すれば「時間は重要だ」ですが、実務的には「期限に遅れたら責任とってもらうからな!」という脅し文句です。この条項によって、契約相手が期限を守らずダラダラ仕事するのを防ごうとしているのですが、現実にはこの一点だけでは不十分。遅れの責任が誰にあるかを分析したり訴訟を起こしたりするには大変な労力がかかるので、よほどのことが無い限りこの条項をたてに相手を糾弾することはないのだと。ただし、建設プロジェクトの場合は必ずと言ってよいほどLiquidated Damage(一日遅れるごとに〇万ドル払わせるぞ)という条項があり、この二点セットで防御は完璧なのだそうです。

こういったことを事細かに解説してもらって、全てタダ。有難いなあ。しかも会話の半分くらいはトイレでの立ち話。でも実は、私の本当の疑問はどうして「Time is essential.」じゃ駄目なのか、という点だったんです。なんでわざわざbe 動詞にof つけて仰々しく身構えるんだろう、と。これは法律外の話かもしれないので、昨日は遠慮して聞きませんでした。でもやっぱり気になったので、本日再度質問。すると、
「この国がスタートするはるか以前から、西洋社会の法律で使われていた条文なんだよ。この文章はそれ自体が既に独り立ちしていて、誰も疑問を抱かないんだな。その文章構造にあえて手を入れたりすれば、そこに何か特別な意図を感じてしまうだろうね。」

勉強になりました。

2010年8月3日火曜日

Hi stranger! おひさしぶりね


オレンジ支社のトップで私の大ボスにあたるエリックが、今日の午後私のオフィスに現れました。会議があってサンディエゴまで来たとのこと。

“Hi stranger!”
「久しぶり!」

と笑顔を浮かべて握手を求めて来たのですが、この挨拶、何となく意味は伝わるものの(しばらく会ってなかったから「誰だっけ?」って感じでふざけてるのでしょう)、どんな相手にどんな場面で使える表現なのかよく分かりません。で、ネットでチェック。すると、
「異性の知り合いに誘いをかける時などに使うこともある。」
という記述を発見。え?そうなの?これはいよいよ分からん。さっそく同僚エリカに確認すると、
「え?エリックはどんな表情で言って来たの?」
「いや、そうじゃない。エリックはいいんだ。僕の質問は、男女間で、セクシャルな意味で使うこともあるのかってこと。」
「う~ん、私の知る限りでは無いわね。言い方にもよるけど。」

そうか、なるほど、言い方か。綺麗な女性にじっと目を見つめられ、やや低い声で
「ハ~イ、ストレンジャー。」
って言われたら、ちょっとイイかも。

2010年8月2日月曜日

Pigeonholed - 「鳩小屋」される(?)


サンディエゴ空港で施設補修プロジェクトのスケジューリングを担当しているジェニファーが、先日相談にやって来ました。
「PMPの資格を取りたいんだけど、何から始めたらいい?」

会社が買収される直前まで私は、南カリフォルニアの三つの支社を回ってPMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)の試験対策連続講座を開催していました。以前一緒にランチした時話題にしたのですが、それを憶えていて情報収集に来たというわけ。最近一念発起して資格取得を志した彼女は、その動機を教えてくれました。
「20年以上もスケジュラーやっているでしょ。しかも過去五年はずっと空港関係の仕事に張り付いてるから、私には空港専門のスケジュラーっていうレッテルがついちゃってるの。今のままだと先細りなのよね。」

この時彼女が使った表現が、

“I am pigeonholed.”

「Pigeon(鳩)Hole(穴)」をこのように動詞として使うことは多いようで、職場でしょっちゅう耳にします。穴というと丸い形をイメージしがちですが、これは鳩舎を指している言葉。四角く仕切られた沢山のスペースが書類整理棚と似ているので、「分類整理する」、転じて「レッテルを貼る」「固定観念を持つ」という意味になっているのです。

プロとして何かを極めて行く人に、このジレンマは付き物。私も今じゃ自分を「プロジェクト・コントロール・マネジャー」という肩書きで自己紹介していますが、実はこれ、pigeonhole されないように勝手につけたタイトルなんです。自分ならではの武器を揃えて常に磨きをかけながらも、「実は他にも色々出来るんだぜ」というポーズをちらつかせることが、生き残るためには大事なのです。

日本でこれやると、嫌われる可能性大だと思いますが。

2010年8月1日日曜日

アメリカで武者修行 第18話 目を光らせておくべきだったわ。

マイクの不在をカバーするため、サクラメント支社から彼の上司であるラスがやってきました。銀縁眼鏡、身長180センチ強。年齢は私と同じくらいでしょうか。見るからに聡明ですが、物腰の柔らかさはマイクと対照的。彼はディレクターのクレイグと出会ってわずか数秒で意気投合したようで、まるで長年の友人のようににこやかに話しこんでいました。

一方私の方は、激しい緊張状態にありました。土質調査会社がいよいよストライキ状態に突入したのです。先方の社長と副社長が直々に乗り込んできて、クレイグとラスに怒りをぶつけます。
「プロジェクト開始時は、ここまで仕事が長引くとは考えていなかった。本来なら去年のうちに終わっているはずだったのに、これまで3箇所しか掘らせてもらっていない。現場に入ろうとするたびに、環境条件をクリアしていないとか何とか言ってJVから待ったがかかる。スケジュールが長引いた分の人件費を払うという承認を貰うまでは、一切仕事しないのでそのつもりでいてくれ。」

前回の衝突では手紙のやり取りで事が済んだのですが、今回は一歩も退かない覚悟が明白です。我々は四月までに基本設計を提出しなければならず、それには土質調査の結果が絶対に必要で、ここでグズグズとストライキに付き合っている訳にはいきません。クレイグとラスから交渉戦略の策定を任された私は、老フィルとも相談した上で、彼らにこう確認しました。
「交渉の着地点は、何とか仕事を続けて貰い、期限までに調査結果を得ることですよね。」
「その通りだ。」
とクレイグ。さっそく、土質調査会社との契約書や過去の通信録を丹念に見直した結果、以下の点が整理されました。

1.昨年12月に締結した下請け契約書には、「設計施工一体型プロジェクトの性格ゆえ、スケジュールは未定。JVと調整しつつ進めること。」とあり、彼らの「これほど長引くとは思っていなかった」という言い分は、法的には通らない。
2.同契約書には環境条件などを記した文書をよく読んでおくよう書いてあり、「これほど環境条件が厳しいとは知らなかった」という言い訳も通らない。
3.下請け契約の元となった彼等のプロポーザルは五年前に提出されており、この時点ではそうした制約条件を彼等が知る由もなかったのは確か。しかも見積もりには「3ヶ月程度で仕事が終了する前提」と明記されている。しかし結局は契約書にサインしたのだから、やはりこれも言い訳には使えない。

「調べれば調べるほど、我々の側に分があることが分かって来ました。妥協せずに強く出るという手もありますが、それではこの状況を打破出来ないでしょう。」
と私。クレイグとラスが顔を見合わせます。
「その通りだ。それに、もしも彼らが法廷に持ち込んだらどうなる。一般大衆の目には、下請けを泣かせるムゴいJVという風に映るだろうな。」
とクレイグ。ラスも同意します。議論を尽くした末、ようやく結論に辿り着きました。
「先方の言い分を文書化してもらい、それを我々がORGに突きつけて交渉する約束をしよう。金を出すか出さないかはORGが決めることだが、彼等にとっても土質データは生命線だ。勝機はあるだろう。」
翌週水曜日、再び土質調査会社と会議を開きました。我々の戦略を受け入れた彼らは、仕事を再開する約束をしてくれました。

金曜の夕方、それまで不在がちだったリンダが久しぶりにオフィスに現れたので、今回の顛末をさらりと報告しました。話を聞きながらみるみる般若の形相に変貌して行った彼女は、手にしていたボールペンを振り上げて机に叩きつけ、
「何でそういうことになったのよ?!」
と叫びました。ボールペンは彼女の足元に転げ落ちました。リンダはそれを拾おうともせず、今にも何か恐ろしい魔物に変身しそうな勢いで身を震わせました。
「彼等の仕事が遅いせいで被害を被っているのは私たちなのよ。こっちが賠償請求をするべきでしょう。どうして会議なんか開いたのよ?彼らに交渉の糸口を与えちゃ駄目じゃない!」
「ちょっと待って下さい。これはクレイグやラスの判断でもあるんですよ。」
と慌てて反論したのですが、
「彼らはプロジェクトに参加してから日が浅いのよ。この件を任せられると本気で思ってるの?」
と取りあいません。契約に関しては誰よりも知識が豊富だし、いつも師と仰いでいる彼女ですが、今回ばかりは意見が合いません。法的に分があるからと言って仕事のパートナーを徹底して窮地に追い込むことが、正しい判断とは思えないからです。隣のキュービクルで我々の会話を聞いていた老フィルも立ち上がり、
「下請けにひどい仕打ちをすれば、後で必ず自分たちに返って来るんだよ。彼等とは仲良くやっていかなきゃならんよ。」
と加勢してくれましたが、彼女は全く持論を曲げようとしません。

言おうか言うまいかずっと迷っていたのですが、私はとうとう切り札を出しました。
「そうやって追い詰めた結果、彼等がプロジェクトを下りると言ったらどうするんです?スケジュールは何ヶ月も遅れるでしょうね。そんな事態を受け入れる覚悟が我々にありますか?」
「我々」という複数人称を使うことで衝撃を和らげたつもりだったのですが、それでもこのセリフはぐさりと刺さったようでした。リンダはしばらく無言で私をにらみ付けていましたが、片手でさっとハンドバッグを鷲づかみにすると、
「この件にはもっと目を光らせておくべきだったわ。」
という捨て台詞を残して去って行きました。

リンダの後姿を見送った後、クレイグのオフィスを訪ねて彼女の意見を伝えました。彼は無表情で話を聞いていましたが、最後に私の目を見てきっぱりと、
「気にするな。これまで話し合って来た通りのやり方で行く。」
と言いました。気にするなと言われても、当然気になります。月曜にはマイクが戻ってくるのです。リンダが彼に一部始終を話すことは火を見るより明らか。私はマイクに雇われている身で、彼の逆鱗に触れれば解雇だって有り得ます。「気にするな」と言ったクレイグは、所詮別会社の人間。私を守ってくれるとは到底思えません。その夜は蒸し返し繰り返し、「リンダに刃向かったのは迂闊だったかもしれない」とか、「いや、あそこで黙っているなんてあまりに情けないじゃないか」と煩悶しました。

実は他にもうひとつ、心に重くのしかかっていた事件がありました。造園設計会社と打ち合わせしている過程で、彼らの設計費用がプロジェクトの予算から漏れていたことが明るみに出たのです。どうしてそんなことが起こりえるのか理解に苦しみましたが、フィルによれば、「契約交渉時に上層部の誰かが、元請けからのプレッシャーに負けて削ったんじゃないのかな。」とのこと。しかしだからと言って造園設計会社に無料で設計してくれと言う訳にもいかず、フィルが新たに彼らから見積もりを取りました。そして何度か交渉した後、クレイグの了解も得てようやく契約に漕ぎ付けたのです。実際、額の交渉に当たったのはフィルで、私は書類手続きをしただけだったのですが、問題はこれがマイクの留守中、しかもリンダの知らぬ間に起こったということ。あの二人に知れた時のことを想像すると、胃酸がじわりと噴き出して来るのでした。

そんな陰気な夜が明け、翌土曜日には遂に妻子がサンディエゴに到着しました。四ヵ月半ぶりにファミリーライフの再開です。両手を挙げずに歩くようになった息子を見て、その成長ぶりに驚嘆すると同時に、ようやく家族を呼び寄せたこのタイミングで職を失ったら最悪だな、と自虐的な笑いがこみ上げるのでした。